2、仮名草子研究の現状(昭和五十九年)

2、仮名草子研究の現状(昭和五十九年)

 現在、仮名草子の研究は実に活発であり、私か仮名草子作品を読
み始めた頃を思うと、実に感慨深いものがある。
 仮名草子の文献目録は、それまでもいくつかあったが、昭和三十
八年、水田紀久氏が作られた「仮名草子文献目録」(日本古典鑑賞
講座『御伽草子・仮名草子』)は、最も充実した最初のものであっ
た。その後、四十八年に私は小川武彦氏と協力して「仮名草子研究文献目録」
(『近世初期文芸』第3号)をまとめたが、さらに水田氏は五十一年「参考文献・
仮名草子」(鑑賞日本古典文学「御伽草子・仮名草子」)を作成された。
 この水田氏の「参考文献」と国文学研究資料館の『国文学年鑑』
 (昭和51年~56年)を合わせて、仮名草子研究の歴史を通覧してみると、
明治三十八年から昭和十九年まで、つまり近代的な研究が始まってから
第二次世界大戦終結までの四〇年間に書かれた論文は一二〇論文に過ぎない。
年間平均三論文というさびしさである。
 戦後の研究は、昭和二十二年の野田寿雄氏の「仮名草子の世界」
(『国語と国文学』7月)から始まるが、二十二年から三十五年までの一四年間に
七四論文、年間平均五・三論文という低迷か続く。しかし、その次の年の三十六年には、
実に二六論文が発表され、以後五十六年までの二一年間に五五二論文、年間平均二六・三論文
と活発な研究が続けられ現在に至っている。
 三十五年から三十六年にかけて何があったのか。朝日新聞社の日
本古典全書は、戦後間もなく刊行開始されたが、この中に『仮名草
子集(上・下)』が入れられた。この野田寿雄氏校註の上巻が刊行
されたのが、三十五年三月三十日である。岩波書店の日本古典文学
大系は全六六冊として三十二年から刊行され始めていたが、仮名草子作品は
収録されなかった。朝日の日本古典全書に仮名草子が収録され、しかも二冊で
野田氏によって最初の注が付されたという事は、当時、仮名草子を学ぼうとしていた
我々にとって大きな励ましとなった。因みに、その後、岩波の日本古典文学大系は
第二期として三三冊を追加発表し、その中に「仮名草子集」(40年5月)一冊が加えられ、
前田金五郎・森田武両氏によって七作品に注が付された。さらに、小学館の日本古典文学全集・
全五一巻には『仮名草子集・浮世草子集』(46年12月)一冊が収録され、神保五弥・青山忠一・
岸得蔵・谷脇理史の諸氏により、注と共に現代語訳が加えられている。 
 近代に入り、仮名草子研究の道を拓かれたのは、「近世列伝体小説史」(明治30年)、
「仮名草子」(大正8年)などを残された水谷不倒氏であり、戦後の低調な研究を軌道に
乗せられたのは野田寿雄氏であると言ってよい。もちろん、この間、朝倉無声氏、藤岡作太郎氏、
潁原退蔵氏、藤井乙男氏、暉峻康隆氏。市古貞次氏、北条秀雄氏、野間光辰氏等の秀れた研究があったし、
戦後も三十六年頃までに、松田修氏、岸得蔵氏、関山和夫氏等をはじめ諸氏の論文はあったが、
その量において、また、対象の広さにおいて、野田氏の右に出るものはない。
 野田氏は昭和三十九年、仮名草子研究の状況を次の如く記しておられる。
 「仮名草子の作品は多いのにかかわらず、翻刻されているものは
 少ない。……(中略)……現在の段階では、やはりこういう文献
 学的研究が第一である。しかし、一つの作品からなにか問題を発
 見することも決して無意味ではない。まだまだ未開拓の仮名草子
 であるから、どんな問題でもむだということはないからである。」 
 (注1)
 この野田氏の提言に従ったかの如く、その後、本文整備は急速に
進んだ。水田紀久氏の、昭和三十八年の「文献目録」での複製・翻
刻書目は、九五作品に過ぎなかったが、五十一年の「参考文献」で
は、一九六作品に及んでいる。この内、複製のみのもの三四作品、
複製・翻刻ともに出版されているもの六一作品である。複製本は、
近世文芸叢刊・天理図書館善本叢書・岩崎文庫貴重本叢刊・大東急
記念文庫善本叢刊等に収録刊行されたが、これらの複製本シリーズの中で
最も注目すべき叢書は、近世文学資料類従・仮名草子編・古板地誌編(勉誠社)
である。その後刊行された遊女評判記集をも含めると実に八〇余作品を収録している。
この叢書は。前田金五郎・横山重両氏の企画になるもので、横山重氏が生涯をかけて
収集された赤木文庫蔵本を中心に、極力善本を求めて底本に使用している。本叢書の
資料的価値は、その収録作品数と共に高く評価されてよい。
 このようにみてくると、仮名草子の本文もかなり整備されてきて
いると言い得るが、市古夏生氏も指摘される如く(注2)、戦前の翻刻本は校訂の基準も
厳密さを欠き、誤植脱文も多いので、まだまだ満足すべき状態ではない。
 昭和五十四年五月、朝倉治彦氏は坂巻甲太氏と協力して『仮名草
子集成』(東京堂出版)の第一巻を出された。長年の諸本調査の実
績から、最善本を底本に選び、厳密な校訂を加えて、仮名草子の全
作品を収録しようというこの計画は、横山重・松本隆信両氏の労作
『室町時代物語大成』に接続するものであり、現在、第四巻まで刊
行され、二四作品とその異版が収録されているが。この大事業が順調に進行し、
完結する事を切に期待したい。
 このように本文の翻刻・複製が活発に行われた結果、作品の諸本
調査など書誌学的な研究にも多くの成果をもたらした。二十年前の
野田氏の提言に若い研究者が応えたものと言ってよいだろう。さら
に、それらの諸本調査に準拠した、各作品の本文批評が行われるな
らば、作品研究の基礎的な作業はほぼ整うことになる。
 これらの本文整備と共に、内容面の研究も進められてきた。単行
本として出版された研究書をみると、野田寿雄氏『近世小説史論考』
(36年)、『近世文学の背景』(39年)、『近世初期小説論』(53年)。
関山和夫氏『安楽庵策伝―咄の系譜』(36年)、『説教と話芸』(47年)、
『説教の歴史』(53年)。松田修氏『日本近世文学の成立―異端の系譜―』(38年)。
青山忠一氏『近世前期文学の研究』(41年)、『仮名草子女訓文芸の研究』(57年)。
北条秀雄氏『改訂増補浅井了意』(47年)、『新修浅井了意』(49年)。鈴木棠三氏
『安楽庵策伝ノート』(48年)。岸得蔵氏『仮名草子と西鶴』(49年)。田中伸氏
『仮名草子の研究』(59年)。坂巻甲太氏『仮名草子新政』(53年)。太刀川清氏
『近世怪異小説研究』(54年)。水田潤氏『仮名草子の世界―未分化の系譜―』(56年)。
等がある              
 約二十年間の研究の集積として、このように多くの実りを収める
ことが出来た。この間、仮名草子の研究者も増加し、現在ではおそ
らく二百名近いものと思われる。右に列挙した諸氏を別にして、雑
誌・紀要などをみてみると。
 野間光辰氏、暉峻康隆氏。中村幸彦氏、前田金五郎氏などの諸論
文は、それぞれの研究方法を以て論じられており、我々は、先学の
一つ一つの論文から内容面と共に。研究の方法をも学びとることが
できる。冨士昭雄氏、岡雅彦氏、鈴木亨氏、渡辺守邦氏、小川武彦
氏などは。この間に最も活発に研究を進められており。諸作品の諸
本調査・翻刻から、その典拠の解明。仮名草子の特質など、幅広い論文を
発表しておられる。岡本隆雄氏、三浦邦夫氏、阿部一彦氏、田中宏氏、
花田富二夫氏、宗政五十緒氏なども着実に研究を続けられ、仮名草子の文学性、
御伽草子・浮世草子との関連など、意欲的な論文が多い。さらに、市古夏生氏、
小野晋氏、黒部通善氏、佐々木孝二氏、長尾高明氏、原田福次氏、松原秀江氏、
森山茂氏、若木太一氏などの論文、その他の多くの研究者の活動が今日の仮名草子研究の
隆盛を導いたものと言うことができる。また、朝倉治彦氏、江本裕氏、谷脇理史氏、
堤精二氏、長谷川強氏、檜谷昭彦氏、水江漣子氏などの広い視野からの立論は、すでに、
研究書としてまとめられている諸氏の諸論と共に、今後の仮名草子研究の方向を示している。
 最も新しい仮名草子研究の展望は『研究資料日本古典文学・第四
巻・近世小説』(昭和58年10月)によって知ることができる。本書には、仮名草子・
書簡体小説・名所記・評判記・笑話本・安楽庵策伝・如儡子・鈴木正三・浅井了意・
山岡元隣・雲歩と恵中・犬枕・
伊曾保物語・三河物語・竹斎・うらみのすけ・薄雪物語・清水物語・仁勢物語・武者物語・
おあん物語・鹿の巻筆等の項目が収録され、島原泰雄・岡雅彦・矢野公和・市古夏生・
菊池真一・堤邦彦・大高洋司・武藤元昭・小西淑子の諸氏によって、現在までの研究が整理され、
それぞれの意義・評価などが指摘されている。
                                                     
 このように、十年前、二十年前を思うと、研究者人口も増え、論文の数も急激に多く
なってはいるが、研究の達成度からみるなら、まだ他の分野に比較して立ち後れている。
作品論も概論から各論に移行しつつあるが、それも、一部の名の通った作品に片寄っている。
個々の作品に最底四つ五つの論文が必要である。それも出来得るならば、異なる研究者の
論文があって欲しい。仮名草子作品の総数もまだ決定的なものは出されていないが、
ほぼ二〇〇前後として、この内、その作品論を持っている作品は、一五〇前後、しかもその中の
一〇〇前後の作品は一~二の論文しかない。まだまだ未開拓の分野であることに変わりはない。
 作者に関する調査・研究も、野間光辰氏が浅井了意及び如儡子に
ついて画期的な成果を示されたのは近年のことである。仮名草子の
作者として、浅井了意・朝山意林庵・安楽庵策伝・池田正式・井上
小左衛門・茨木春朔・江島為信・太田牛一・小瀬愚侍・烏丸光広・
北村季吟・木下長嘯子・小亀益英・斎藤親盛(如儡子)・斎藤徳元・
清水春流・鈴木正三・曽我休自・辻原元甫・富山道冶・中川喜雲・
野々口立圃・秦宗巴・林羅山・藤本箕山・三浦為春・山岡元隣など
の人々が知られているが、これだけの数の作品を遺しているのであ
るから、作者はもっともっと居たはずである。貞門俳人との関連も
考慮しながら、基礎的な調査を着実に進めるなら、きっと新事実を
発見できるものと思う。
 「仮名草子」という学術用語としての吟味も重要であろうし、分
類の問題も、御伽草子から浮世草子への文学史の流れの中で、全体
的に考察する事も重要である。しかし、現在、最も重要なことは、
依然として、そのような大きな流れを視野に入れっつ、一つ一つの
作品の基礎的な調査を行うことであり、その作品自体の文学的価値
の分析と評価を行うことであろう。一つの作品を一行二行で片付け
てしまうことなく、何故価値が無いかを分析評価することも、手順
としては必要であると思う。
 このようにみてくると、仮名草子研究は、諸先学によって着実に
研究が重ねられ、進められてきてはいるが、まだまだ今後の研究に
侯つところが多いと言わなければならない。それぞれの作品が十分
に分析され、評価が定まってから、「仮名草子」の意味を考え、除
くべきものは除いても決して遅くはない。むしろ、十分検討を経ず
に、むやみに整理する事は、却って研究の意欲を削ぐことになり、
マイナスですらある。この近世初期の大啓蒙期に続々と生産された
種々雑多な作品群を、「仮名草子」の名の下に、力を合わせて研究
してゆくことの方が実りは大きいと思われる。
 仮名草子研究文献目録は、五十一年の水田紀久氏の「参考文献・
仮名草子」以後作られていない。『国文学年鑑』のその項を参照す
れば、一応目的は達する事はできるが、「仮名草子」専用の詳細な
目録が、そろそろ作られてよいのではないかと思う。さらに、今痛
感することは、これは仮名草子に限った事ではないが、最近、外国
人による日本文学の研究が活発になってきているという事である。
この方面の確実なデータはまだ整っていないとのことであるが(注3)、
外国人による日本文学研究の文献目録なども作り、その研究成果を吸収
してゆく必要があると思われる。
 (注1)『国文学』昭和39年6月臨時増刊号、「仮名草子」の項。
 (注2)『日本古典文学必携』「仮名草子」の項。(別冊国文学・
     特大号、昭和54年11月)
 (注3)福田秀一氏談。(『文学』昭和57年12月号)
            【『文学研究』第59号、昭和59年6月】

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。