4、『仮名草子集成』

4、『仮名草子集成』 

 『仮名草子集成』は、昭和五五年(一九八〇)五月一二日に第一巻が発行された。編者は朝倉治彦氏である。近世文学の中でも、浮世草子の西鶴や、俳諧の芭蕉や、浄瑠璃の近松とは異なり、仮名草子は地味で、一般の人々には馴染みが薄い。当然、売れる本では無い。当初は文部省の出版助成金を受けてスタートした。
 第三九巻から、新体制で継承し、菊池眞一氏・花田富二夫氏と私が編集を担当し、さらに若い研究者の協力を得て今日に及んでいるが、第一巻発行から三六年になる。現在、第五六巻まで発行され、全七〇巻の完結を目指している。

■新体制の責任編集者
 第三九巻~第四五巻、菊池真一・花田富二夫・深沢秋男。
 第四六巻~第四九巻、花田富二夫・深沢秋男。
 第五〇巻~、花田富二夫・深沢秋男・柳沢昌紀。

■発行所 一〇一‐〇〇五一 東京都千代田区神田神保町一‐一七
     株式会社 東京堂出版 
      電話 03‐3233‐3741

 ■全巻・発行年・編者■

●假名草子集成 第一巻
 朝倉治彦編 昭和五五年五月一二日発行
●假名草子集成 第二巻
 朝倉治彦編 昭和五六年五月一五日発行
●假名草子集成 第三巻
 朝倉治彦編 昭和五七年四月三〇日発行
●假名草子集成 第四巻
 朝倉治彦編 昭和五八年一一月二二日発行
●假名草子集成 第五巻
 朝倉治彦編 昭和五九年一〇月一〇日発行
●假名草子集成 第六巻
 朝倉治彦編 昭和六〇年一一月三〇日発行
●假名草子集成 第七巻
 朝倉治彦編 昭和六一年九月一五日発行
●假名草子集成 第八巻
 朝倉治彦編 昭和六二年八月三〇日発行
●假名草子集成 第九巻
 朝倉治彦編 昭和六三年九月三〇日発行
●假名草子集成 第一〇巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成元年九月三〇日発行
●假名草子集成 第一一巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成二年八月二五日発行
●假名草子集成 第一二巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成三年九月二五日発行
●假名草子集成 第一三巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成四年八月二〇日発行
●假名草子集成 第一四巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成五年一一月二〇日発行
●假名草子集成 第一五巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成六年一二月一〇日発行
●假名草子集成 第一六巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成七年九月五日発行
●假名草子集成 第一七巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成八年三月二〇日発行
●假名草子集成 第一八巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成八年九月二〇日発行
●假名草子集成 第一九巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成九年三月一〇日発行
●假名草子集成 第二〇巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成九年八月三〇日発行
●假名草子集成 第二一巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成一〇年三月二〇日発行
●假名草子集成 第二二巻
 朝倉治彦・深沢秋男・柳沢昌紀編 平成一〇年六月二五日発行
●假名草子集成 第二三巻
 朝倉治彦編 平成一〇年九月一五日発行
●假名草子集成 第二四巻
 朝倉治彦・伊藤慎吾編 平成一一年二月二五日発行
●假名草子集成 第二五巻
 朝倉治彦・柏川修一編 平成一一年九月二五日発行
●假名草子集成 第二六巻
 朝倉治彦・柏川修一編 平成一二年四月二〇日発行
●假名草子集成 第二七巻
 朝倉治彦・大久保順子編 平成一二年七月一五日発行
●假名草子集成 第二八巻
 朝倉治彦・大久保順子編 平成一二年九月二五日発行
●假名草子集成 第二九巻
 朝倉治彦編 平成一三年二月一〇日発行
●假名草子集成 第三〇巻
 朝倉治彦編 平成一三年七月三〇日発行
●假名草子集成 第三一巻
 朝倉治彦編 平成一四年三月二五日発行
●假名草子集成 第三二巻
 朝倉治彦編 平成一四年八月三〇日発行
●假名草子集成 第三三巻
 朝倉治彦編 平成一五年三月三一日発行
●假名草子集成 第三四巻
 朝倉治彦編 平成一五年九月三〇日発行
●假名草子集成 第三五巻
 朝倉治彦編 平成一六年三月三〇日発行
●假名草子集成 第三六巻
 朝倉治彦編 平成一六年九月三〇日発行
●假名草子集成 第三七巻
 朝倉治彦編 平成一七年七月三〇日発行
●假名草子集成 第三八巻
朝倉治彦編 平成一七年九月三〇日発行
●假名草子集成 第三九巻
 菊池真一・深沢秋男・和田恭幸編 平成一八年三月一五日発行
●假名草子集成 第四〇巻
 花田富二夫・中島次郎・柳沢昌紀編 平成一八年九月三〇日発行
●假名草子集成 第四一巻
 花田富二夫・入口敦志・菊池真一・中島次郎・深沢秋男編 
 平成一九年二月二八日発行
●假名草子集成 第四二巻
 深沢秋男・伊藤慎吾・入口敦志・花田富二夫編 
 平成一九年七月二五日発行
●假名草子集成 第四三巻
 花田富二夫・小川武彦・柳沢昌紀編 平成二〇年四月二五日発行
●仮名草子集成 第四四巻
 菊池真一・冨田成美・和田恭幸編 平成二〇年九月二五日発行
●仮名草子集成 第四五巻
 花田富二夫・大久保順子・菊池真一・柳沢昌紀・湯浅佳子編 
 平成二一年三月一五日発行
●仮名草子集成 第四六巻
 花田富二夫・入口敦志・大久保順子編 
 平成二二年九月三〇日発行
●假名草子集成 四七巻
 深沢秋男・伊藤慎吾・入口敦志・花田富二夫・安原眞琴・和田恭
 幸編 平成二三年六月三〇日発行
-●假名草子集成 第四八巻
 花田富二夫・入口敦志・中島次郎・安原眞琴・ラウラ・モレッテ
 ィ編 平成二四年六月三〇日発行
●假名草子集成 第四九巻
 深沢秋男・伊藤慎吾・入口敦志・中島次郎・柳沢昌紀編
 平成二五年三月三〇日発行
●假名草子集成 第五〇巻
 柳沢昌紀・冨田成美・速水香織・安原眞琴編 
 平成二五年一一月三〇日発行
●假名草子集成 第五一巻
 花田富二夫編 平成二六年三月三〇日発行
●假名草子集成 第五二巻
 柳沢昌紀・入口敦志・大久保順子・冨田成美編
 平成二六年九月三〇日発行
●假名草子集成 第五三巻
 花田富二夫・入口敦志・松村美奈・柳沢昌紀編
 平成二七年三月三〇日発行
●假名草子集成 第五四巻
 柳沢昌紀・伊藤慎吾・中島次郎・花田富二夫・安原眞琴編
 平成二七年八月三〇日発行
●假名草子集成 第五五巻
 花田富二夫・大久保順子・中島次郎・湯浅佳子編
 平成二八年二月二九日発行

 ■朝倉治彦先生の思い出
                        深沢 秋男  

 私は、卒業論文に仮名草子の『可笑記』を選んだ。今、当時を振り返ると、この作品は書誌的に大変な問題をかかえていた。そのようなこともあり、国会図書館へ日参したが、何か疑問が生じると、朝倉治彦先生に教えて頂いた。先生は、その都度、あたたかくお導き下さった。
 私は、自分の生涯の研究目標として、大きなことは最初から考えなかった。『可笑記』とその作者の解明、これが目標だった。それでも良いと思える作品だった。
 そんな、私に転機を与えて下さったのは、横山重先生と前田金五郎先生だった。両先生は、昭和四十七(一九七二)から刊行開始された『近世文学資料類従』(勉誠社)の解題担当者に私を加えて下さった。ここで、私の仮名草子研究における対象範囲が拡大された。その後、平成元年(一九八九)に、朝倉治彦先生は『仮名草子集成』第十巻に私を加えて下さった。ここで、さらに、私の研究範囲は広くなった。このような経過をたどって、私は仮名草子を研究してきた訳であり、横山・前田・朝倉の三先生の御配慮で研究してきた、と言ってもいいと思う。
 私が『仮名草子集成』に参加するに当たって、横山先生と朝倉先生の間に、微妙な関係があって、これには苦慮した。しかし、朝倉先生は、『仮名草子集成』の出発に際し、本文の組み方で、横山先生の『室町時代物語大成』と同様のスタイルを採用された。また、収録作品も、『室町時代物語大成』との重複は避ける、という原則を打ち出された。これは、横山先生を尊敬していなければ出来ないことである。私は、このことを、横山先生に御説明申し上げて、『仮名草子集成』に参加することを許可して頂いたのである。
 朝倉先生は、『近世木活図録』(昭和五十九年、青裳堂書店)、『桜山本 春雨物語』(昭和六十一年、勉誠社)、『仮名草子集成』(平成元年、東京堂出版)、『仮名草子研究叢書』(平成十八年、クレス出版)などの出版の機会を与えて下さった。これは、私の研究生活の中で、極めて重要な意味を持っている。改めて、先生の御温情に対して感謝申し上げる。
 朝倉先生は、『仮名草子集成』を、第一巻から、全巻、御恵与下さった。しかも、一巻一巻、手渡しである。その度ごとに、喫茶店や居酒屋で、長時間にわたって、さまざまな学問上のお教えを賜った。年二回から三回ということになる。また、『仮名草子集成』に参加してからは、頻繁にお会いした。その時のお話の中心は、当然、仮名草子に関する事が多かった。先生の仮名草子論には特異な視点があった。長年に亙って広く、沢山の作品の原本に目を通された研究者でなければ主張できない見解があった。私は、そのお話を録音させて貰い、研究書にまとめたい、と、何回かお願いしたが、先生は許されなかった。これは、最も残念に思うことである。従って、私の仮名草子に関する考えは、朝倉先生の御見解の影響を少なからず受けている。
 作品の原本調査の方法も、研究者によって異なる。ある図書館の仮名草子作品を同時に一挙に調査する方法もある。また、一つの作品毎に、各図書館の所蔵本を一本一本調べる方法もある。私は、後者の立場ゆえ、仮名草子作品全般への視点が不足する可能性がある。その点で、朝倉先生の御意見は、非常に参考になった。
 朝倉治彦先生は、事実に基づいて述べ、余り評論はしない、という点で、横山重先生と共通したところがあるように、私は思う。私は、お二人の先生にお会いできて、多くの事をお教え頂いたことに、改めて感謝申し上げる。

 平成十七年三月、私は昭和女子大学を定年退職した。定年後は、ライフワークの、如儡子・斎藤親盛の研究をまとめる予定であった。その計画を立てている、その時である。朝倉先生から一通の手紙を頂いた。
 平成十六年十二月二十七日付けの手紙は、
 「さて、突然のこと申上げます。私の命は、いくばくもない状況です。家族はまだ自覚していません。この手紙が、私の最後のものとなるでせう。生涯最后の、私の申出を聞届けて下さるよう懇願いたします。」
と書き始められていた。要件は、進行中の『仮名草子集成』を以後、一任するので引き受けてもらいたいというものであった。私に残された時間も多くはない。朝倉先生が企画・開始された、この大事業を引き受けるのは、至難のことである。出来得るならば、お断りしたい。しかし、仮名草子研究のため、学界のために是非継承して欲しい、と先生から要請されては、これをお断りするのは、研究者としても人間としても、自分勝手に過ぎるだろう、そのように判断して、微力な身ではあるが、お引き受けすることにしたのである。
 平成十六年の時点で、『仮名草子集成』は第三十六巻まで発行されていた。私は、平成十七年一月三日付けで「『仮名草子集成』の継承に関する事項(案)」を作成して、朝倉先生に検討して頂いた。以後、先生との継承に関する意見の交換は、全て文章(手紙)て行い、電話などは使用しなかった。重要案件であるので、全て記録することにした訳である。先生との手紙のやり取りは、平成十九年四月二十九日まで、双方各五十二通に及んだ。
 この間、朝倉先生は、非常に多くのことをお教え下さった。あれも、これも、紹介したいような貴重な内容であるが、私信という事もあるので、ここでは一つ、『仮名草子集成』成立に関するものを紹介したいと思う。これは、第三十二通目のもので、平成十七年七月二十九日付けの手紙とともに同封されていた。

「仮名草子集成縁起譚(タイトルは、仮に深沢が付けた)
私は、学生時代に、お伽草子に興味を持って(卒論は異なる)、まず「神道集」からと考えて、お伽草子と共に、本を見て廻っていましたが、野口英一さんから手紙を出して貰って、昭和二十二年頃、信州松本市外の片丘村に横山さんを訪ねました。
横山さんは、慶應出で、アラヽギ派の歌人で、島木赤彦の弟子でしたが、次第に折口さんに私淑するようになり、古代の論文などを書くなどして、折口さんを慶應に迎えた人ですが、やがて、その方法に疑問を持ち、神道集、室町時代物語、古浄瑠璃正本、説経節正本などを出版したことは、御存知と思いますが(これは折口さんの構想そのまゝです)、蔵書家でもありました。
私は、塩尻に親戚がありましたので、毎回、その家から山道を歩いて通い、本について勉強し、蔵書を拝見させて頂き、次第に信用されるようになりました。
そのうち、研究を仮名草子にきめ、横山さんの応援をうけて進めることゝなりました。
昭和三十年ヨーロッパ遊学(一年弱)から帰国して、間もなく横山、吉田両氏のすゝめで、文部省へ研究費を申請し、うまく貰うことが出来ました。
吉田さんとの関係は、古典文庫出版前に訪ねて、会員となりましたが、吉田さんの名は、それ以前に雑誌「書誌学」誌上で、かねてから存じあげておりました。次第に親しくなって行きました(年令の差は十二、三才と思います)。
文部省申請は、横山さんから、吉田さんに、直接指導してやるようにとのお言葉で、吉田さんは手続を用意して下さいました。
古典文庫には、次第に、私も著者となり、「西鶴研究」編集にも参加し、「未刊文芸資料」も出版させて頂き、吉田さんのお蔭で、上野図書館に奉職し(昭和二十四年)、三十二年には、吉田さんのすゝめで、御親戚の娘さんとの結婚(吉田夫妻が仲人)と、すっかり吉田さんのお世話になって、人生を出発した訳です。
古典文庫の次には、未刊国文資料にも仮名草子を入れて、次第に研究を進めて行きました。
図書館に入ってからは、全国的に調査旅行を開始して、主な機関は、ほとんど調査したと思っています。これは『国書総目録』刊行以前で、その時のノートが、私の研究の基礎を支えてきています。
『仮名草子集成』は、昭和五十五年開始ですが、大分前から、これは考えていたことです。」

 この時に頂いた原稿は、ここまでで、後半はいずれ書きましょう、ということであったが、ついに頂けなかった。しかし、これだけでも、朝倉先生と横山先生のこと、朝倉先生と吉田先生のこと、朝倉先生の仮名草子研究の原点を教えて頂けて、有り難い内容である。
 『仮名草子集成』は、朝倉先生の御指導を頂きながら、新体制を立ち上げた。若い研究者の御協力を得て、現在、第五十二巻まで発行することが出来た。朝倉先生の始められた企画が断絶する事無く、継続できたことは、本当によかったと思う。
 私個人の立場からすれば、定年後の自分の予定・計画は、完全に狂ってしまったが、仮名草子研究全体のことを思えば、小さいことだと考えている。
     【『渋谷近世 國學院大學近世文学会会報』第二一号、
       平成二七年三月三一日発行。】

 

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。