【1】可笑記評判 

仮名草子関係書・解説

ここには、これまで出版した、仮名草子関係の書籍に付けられた解説等をまとめた。

 【1】可笑記評判  昭和45年12月25日,近世初期文芸研究会発行,非売品。東京大学図書館蔵本を底本として翻刻したもの。ただし『可笑記』本文・振り仮名は省略。解説・索引を付す。自費出版。

書  誌

 万治三年刊行の『可笑記評判』を最初に記載した書籍目録は、寛文六年頃の刊とされる『和漢書籍目録』(寛文無刊記本)であが、以後出版された書籍目録の記録を、年代順に列挙すると、次の通りである。目録では『可笑記』の次に記されているため「同評判」とあるが『可笑記評判』のことである(注1)。
○「十冊同評判」(『和漢書籍目録』・寛文無刊記本)
○「十冊同評 浅井松雲了意」『増補書籍目録 作者付大意』・寛文十
 年刊)
○「十 同評判 浅井松雲 廿匁」(『書籍目録大全』・天和元年山田
 喜兵衛刊)
○『十 同評判 了意作」『広益書籍目録』元緑五年刊)
○「十 上村 同評判 了意 十五匁」(『増益書籍目録大全』元緑九
 年河内屋喜兵衛刊)
○「十 可笑記評判 了意(『新板増補書籍目録 作者付大意』・元禄
 十二年永田調兵衛等刊)
○「十 上村 同評判 了意 廿五匁」・(『増益書籍目録大全』・元禄
 九年刊正徳元年修丸崖源兵衛刊)

 東寺観智院所蔵の書籍目録(万治二年の写本)には、未だ記載されていないが、これは『可笑記評判』の刊行記「万治三年庚子二月吉祥日」と符合する。
 右に挙げた書籍目録の記録によると『可笑記評判』は〔浅井松雲了意〕の作として売買され、元禄九年、正徳五年頃の版元は、〔上村〕であった事がわかる。この〔上村〕は、京都二条通烏丸西入北側(玉屋町)に住し、寛永から宝永に亘って『聖賢像賛』『続列女伝』『智恵鑑』『洛陽名所集』『尚書通考』『僧伝排韻』『左伝林註』等を刊行した
上村次郎右衛門であろうと思われる(注2)。また価格も、廿匁(天和元年)、十五匁(元禄九年)、廿五匁(正徳五年)と時代により変化はあるが、員時代の他の書に比較してみると、この作品はかなり高価なものとして扱われていたようである(汪3)。      
 万治三年より正徳年間までの、およそ五十年間、新本としてまた古本として、書肆の店頭に出されたこの作品も、享保十四年の『新撰書籍目録』(永田調兵衛刊)・明和九年の『大増書籍目録』(武村新兵衛刊)では、他の大部分の仮名草子類と共に、その姿を消している。以後は各蔵書家の手によって、細々と伝えられたのである。
 「此書久シク探索シテ漸ク京師書林石田治兵衛ヨリ需ム雑書中ニテ
 ハ有益ノモノ歟今茲初テ得之珍蔵スベキモノナリ 七十四翁三園誌
 之」
 これは、名古屋大学附属図書館所蔵本の識語である。この旧蔵者・三園が何人であるかは未詳であるが、小野晋氏『近世初期遊女評判記集』によれば、愛知県刈谷市立図書館蔵の『そゞろ物語』にも三園の識語を存する。両者が同一人とするならば、この三園は「神谷氏、名は克楨、通称喜左衛門。尾張藩士で、京に在ること二十五年、学を好み和漢の異本珍籍を蔵し、有職故実・算数・本草学にも精しかった。岡田文園・吉田雀巣・柴田海城・小寺玉晁・小田切春江らと交わり、畸人をもって目せられた。明治四年六月、八十匹歳をもつて没し」た事になる(注4)。また石田治兵衛は、京都一条通大宮西入で、寛政から明治にかけて活動した書肆と思われる(注5)。三園の没年から逆算すると、この識語の書かれたのは文久元年となり、この時期の本書の状況を推察する事ができる。

 現在、その版本の所在が明らかになっているものは、次の七点である。
 1、京都大学附属図書館所蔵本
 2.、国立国会図書館所蔵本
 3.、東京大学附属図書館所蔵本
 4.、名古屋大学附属図書館所蔵本
 5.、横山重氏所蔵本
 6.、竜門文庫所蔵本
 7、早稲田大学図書館所蔵本
 右の各所蔵本は、いずれも同一版木に拠るものと思われるので、底本として使用した、東京大学附属図書館所蔵本について、やや詳しく記し、他の諸本については、とくに底本と異なる点のみを記すに止めたい。

 1 東京大学附属図書館所蔵本(青洲文庫 E24654)
著者・瓢水子(浅井了意)。
表紙・縹色表紙、縦267ミリ×横181ミリ。大本。
題簽 左肩双辺、「可笑記評判 一(~)」縦175ミリ×横39ミリ、
   巻五欠。
内題・「可笑記評判巻第一(~十)」。
巻数・十巻。                 
冊数・十冊。
字数・約二十二字(批評の部分は一段下げのため、それより一字ない
   し二字少々い。)
行数・十二行。
丁数・巻一……56丁  巻二……63丁  巻三……46丁
   巻四……56丁  巻五……47丁  巻六……51丁
   巻七……65丁  巻八……59丁  巻九……76丁
   巻十……79丁。
段数・巻一……27段  巻二……20段  巻三……23段
   巻四……24段  巻五……25段  巻六……17段
   巻七……21段  巻八……30段  巻九……43段
   巻十……47段。
匡郭・囚周単辺、縦206ミリ×横160ミリ(巻一の2丁表)。
柱刻・巻一 「可笑記評判一 乙(~五十六終)」。
   巻二 「可笑記評判巻二 乙」。
      「可笑記評判二 二(~六)」。
      「可笑記評判巻二 七(~六十三終)」。
   巻三「可笑記評判巻三 乙(~四十六終)」。
   巻四「可笑記評判巻四 乙(~五十六終)」。
   巻五「可笑記評判巻五 乙(~四十七終)」。
   巻六[可笑記評判巻六 乙(~五十一終]」。
   巻七「可笑記評判巻七 乙(~六十五終)」。
   巻八「可笑記評判巻八 乙(~五十九終)」。
   巻九「可笑記評判巻九 乙(~七十六終)」。
   巻十「可笑記評判巻十 乙(~七十九終)」。
奥書・「于時寛永十四南呂上澣 瓢水子筆之」。
刊記・「万治三年庚子二月吉祥日」・
内容・如儡子の仮名草子『可笑記』(五巻・五冊。寛永十
   九年初版か)に対する批評書であり、各段ごとに
   表題を付し『可笑記』の本文をまず掲げ、その後
   に「評曰………」と一段下げて批評を連ねる、とい
   う体裁をとってぃる。『可笑記』全二八〇段中、
   批評を付加したのは二三一段である(二四四頁・
   章段数対照表、参照)。各段の分量は、小は二行
   程度のものから、大は延々十三丁に亘るものも有
   り、必ずしも一定しないが、瓢水子の付加したも
   のは、序、愚序評、あとがきを加えると、二三四
   の長短の批評文という事になる。その他、各巻頭
   の目次題も新たに付加したものである。
蔵書印・「青洲文庫」「東京帝国大学図書印」。
その他・所収の『可笑記』本文は、十二行無刊記本に拠
   っていると思われる(注6)。
                        
 2 名古屋大学附属図書館所蔵本
         (岡谷文庫 913 51 A I~10岡)
表紙・藍色表紙、縦278ミリ×横182ミリ。
蔵書印・「真照文庫」 「名古屋大学図書印」。
   その他、巻一前表紙に白紙(縦157ミリ×横78ミリ)が
   貼付されており、墨書で次の識語かおる。「可笑
   記評判十套 万治三年庚子二月梓行/此書久シク
   探索シテ漸ク京師書林石田治兵衛ヨリ需ム雑書中
   ニテハ有益ノモノ歟今茲初テ得之珍蔵スベキモノ
   ナリ/七十四翁三園誌之」(この識語については、
   二七〇頁参照)。また、昭和二十六年二月十日に
   岡谷三男氏より寄贈された旨の記入がある。

 3 早稲田大学図書館所蔵本(へ 13 1701 特別図書)
表紙・後補薄藍色表紙、縦272ミリ×横182ミリ。
題簽・左肩に後補題簽「可笑記評判 一(~十)」と墨書。
蔵書印・「早稲田大学図書」。
その他・各巻頭の目録(乙丁)がすべて落丁。

 4 京都大学附属図書館所蔵本(国文学 pb 24)
表紙・縹色表紙、縦269ミリ×横185ミリ。
  
題簽・左肩双辺、「可笑記評判 一(~十終)」縦約187
   ミリ×横約38ミリ。ただし、巻三欠。
蔵書印・「京都帝国大学図書之印」その他に、受入年月
   日・大正六年二月九日、受入番号・一七〇七四九、
   が記入されている。

 5 国立国会図書館所蔵本(146 171)
表紙・元表紙は失われており、昭和四十一年に改装し、
   茶色縞表紙を補う。縦269ミリ×横201ミリ。
   この折、本文紙も全冊に亙って総裏打ちされた。
冊数・三冊に合冊されている。
   第一冊……巻一、巻二、巻三。
   第二冊……巻四、巻五、巻六、巻七。
   第三冊……巻八、巻九、巻十。
   なお、目録は各冊冒頭に集めてある。
蔵書印・「不忍文庫」「阿波国文庫」「東京図書館蔵」。そ
   の他「書林柳校軒 日本橋小川二丁目 彦九郎」
   の印がある。
その他・巻九の75丁・76丁、下三分の一ほど欠損。
   巻八の31丁・32丁、巻九の31丁、巻九の49丁
   ~76丁がそれぞれ乱丁。
                       
 6 横山重氏所蔵本(赤木文庫)
表紙・濃縹色表紙、縦267ミリ×横185ミリ。
題簽・左肩双辺、「可笑記評判 一(~十終)」縦187ミリ
   ×横58ミリ。
蔵書印・「西荘文庫」「アカキ」「よこ山」。
その他・巻八の31丁・32丁が乱丁。

 7 竜門文庫所蔵本(一〇ノ三 815)
表紙・後補茶色表紙、縦255ミリ×横180ミリ。
蔵書印・「永田文庫」「善宇」「本治」「竜門文庫」その他。
その他・巻一の52丁が落丁。
    巻三の2丁~6丁、巻十の76丁・77丁が乱丁。

 以上、各所蔵本を概観したのであるが、これらは、印
刷の先後によって、二つのグループに分ける事が出来る
と思われる。初刷本と断定出来たいにしても、やや早い
時期の刷かと思われるのが、名大本と早大本であが、東
大本・京大本・国会本・横山重氏本・竜門文庫本は後刷
本と思われる。その根拠は、東大本系には、版木の破損
に依って、巻五の55丁・56丁に、かなり不明の箇所があ
るが、名大本系ではこれが明瞭に出ているし(注7)、
また名大本系において、巻八の39丁の丁付は「丗」とあ
り「九」が脱落しているが、東大本系では「丗九」と訂
正され「九」を入木した跡が認められるからである。な
お、同じ巻八の丁付が「廿八・廿九・三十・三十一・丗
一・丗三」とあるのは、諸本共通であり「丗一」は「丗
二」の誤刻であるが、国会本と横山重氏本は「三十一」
と「丗一」を入れ替えて製本してしまっている。また、
題簽に二種あるが、名大本と東大本が同一のもので、京
大本と横山重氏本のものが同じである。これらの点から
考えると、後刷本と思われるグループの中でも、東大本
は名大本に近い関係にあるという事が出来る。

注1 書籍目録につにいては『江戸時代書林出版書籍目
  録集成』(慶応義塾大学附属研究所斯道文庫編)に
  拠った。
注2 『慶長以来書賈集覧』(井上和雄氏絹)による
  と上村姓の書肆は五名あるが、次郎右衛門が時代
  的にも妥当と思われる。
注3 価格を記した書籍目録の主友ものは、次の四種
  である。                    /6
 〔1〕、『書籍目録大全』(天和元年山田喜兵衛刊)
 〔2〕、『増益書籍目録大全』(元禄九年河内屋喜兵衛刊)
 〔3〕、〔2〕の増修本(宝永六年丸屋源兵衛刊)
 〔四〕、〔2〕の第五次増修本(正徳五年丸屋源兵衛刊)
  この中から主な作品を取り上げ、冊数の多い順、
  価格の高い順に配列したのが別表(275頁~276頁)
  である。もちろん、重版の有無、丁数なども関係
  してくるので、一概には言えないし、また『可笑
  記評判』が再版されなかった事とも関わっている
  と思うが、他の作品に比して、本書がかなり高額
  である事は言い得ると思う。
注4 これは小野晋氏著『近世初期遊女評判記集』研
  究篇より引用させて頂いた。なお、小野氏より、こ
  の三園が同一人であるか否かは、両者の筆跡を比
  較すれば判明する事であるが、同じ号である事、
  名古――京都、などの関係から、恐らく同一人
  ではないかと推測される。という御教示を賜わっ
  た。現在迄に、筆跡を比較する事は出来なかった
  が、今後、機会をみて確認したいと思う。
注5 前掲『慶長以来書賈集覧』に拠る。
注6 『可笑記評判』所収の『可笑記』本文が無刊記
  本に近い事は、すでに前田金五郎氏が指摘してお
  られる(『国語国文』昭和四十年六月号)が、拙稿
  「『可笑記』の諸本につい」(『文学研究』第二
  十八号・第三十号)および、「『可笑記』の本文
  批評」(『近世初期文芸』第一号)に詳しく述べて
  おいた。
注7 巻五の不明箇浙について、竜門文庫本は未確認
  であるが、丁付その他の点から後刷本に入れた。
  機会をみて確認し。正確を期したいと思う。

付 記

 『可笑記評判』は『可笑記』の批評書であるため、当
然『可笑記』との関連において考えなくてはならないと
思います。この翻刻で『可笑記』の本文を省略せざるを
得なかった事は、その点非常に残念です。しかし『可笑
記』はすでに、『徳川文芸類聚』第二冊『教訓小説』と『近代
日本文学大系』第一巻『仮名草子集』に収録されておりま
すので、それらを参照して頂きたいと思います。また、
この作品の時代背景、成立の時期、文学的意義などにつ
いても述べる予定でしたが、紙数の関係で省略しました。
他の機会に発表し、御批判を得たいと思います。
 この翻刻を進めるにあたり、具体的な御指導を賜わり
ました重友毅先生をはじめ、日本文学研究会の諸先生に
深甚の謝意を表します。
 東京大学附属図書館では、所蔵本を底本として使用す
ることを許可されました。また、原本:閲覧に際しては、
秋山虔・川瀬一馬・佐竹昭広・前田金五郎・横山重の諸
先生より御高配を賜わり、赤木文庫・京都大学附属図書
館・国立国会図書館・名古屋大学附属図書館・竜門文庫
・早稲田大学図書館のお世話になりました。ここに記し
て厚く御礼申し上げます。
            昭和四十五年十二月十五日

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●この『可笑記評判』は、私が翻刻を手がけた最初の
ものです。経験も浅く、現在から考えると反省点の多い
本です。当時、印刷技術も、活版印刷、写真植字を利用した
オフセット印刷、それに、活字タイプ印刷もありました。
本書は、謄写版のように、青色の原紙にタイプ活字で、
1字1字、タイピストが打つ方式でした。タイプ活字に
無い活字は、日本活字や岩田母型で、1字ずつ購入して、
打ちました。それでも無い活字は、町のハンコ屋さんに
刻してもらいました。
●本が出た時、天理図書館の、木村三四吾先生から、印刷
方法に関して質問されたことがあり、内心、少し嬉しかった
記憶があります。
●この本は、私の出した最初の本です。そのような関係で、
重友先生はじめ、日本文学研究会の諸先生が、市ヶ谷の
私学会館で、出版記念会を開いて下さいました。高橋俊夫
先生の『西鶴論考』と合同の会でした。
●あくまでも、如儡子探究の過程のものですが、その後の
私の研究姿勢に影響を与えたものです。

            平成28年11月3日
                     深沢秋男

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。