江戸時代の三大女流作者

●鹿島神宮、第66代大宮司、鹿島則孝は、『桜斎随筆』
巻6上で、「旧幕府時代和歌文章に優れたる三婦人」
という項を設けている。

巻6の上巻頭 2丁裏に、
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 旧幕府時代和歌文章に優れたる三婦人

  松かげ日記の作者 元禄宝永の頃の人
   松平〔本氏柳澤〕美濃守吉保妾
    正親町大納言実豊卿女

  著書数多あり 明和天明の頃の人
   伊勢国都会郡山田〔八日市場町住〕
   神宮 
   荒木田武遇女 慶徳如松〔名〕雅妻
    慶徳麗女

  天保年間の日記 文政天保の頃の人
   江戸飯田町九段阪下南側住
   幕府臣
   井関下総守親経母 たか子

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

3丁表に、
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
壱 正親町大納言実豊卿女 十六歳にして江戸に下り吉保
             の妾となり二男を産
   吉保四男 松平刑部少輔 経隆 越後黒川  壱万石
   同 五男 松平式部少輔 時睦 同国三日市 壱万石

 松陰の日記抜萃
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
17丁表に、
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
弐 月のゆくへ  作者 慶徳麗女〔字〕清渚
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
30丁表に、
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
参 井関たか子氏の日記二三葉写置〔此女史絵もよく画たり〕
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
33丁表に、
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
…… 以下略 右女史自筆の日記全部予が家に蔵む
【続けて、井関家の系図を掲げている】
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
33丁裏に、江戸切絵図を写し、次の如く記す。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
第二ノ巻 天保十一年六月九日
ひんがしの隣ハ榊原ノ某とふ人すめり 此中垣いと間近きに其垣に
其垣に添ていみじう大きなる胡桃ノ木あり 云々 
旧江戸絵図を写して確証とす
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

●この鹿島則孝の『桜斎随筆』の記述を私が見たのは、
平成2年(1990)10月15日のことである。
『井関隆子日記』上巻は、昭和53年(1978)に出版
されている。鹿島則孝と私は、別々に、この作品を評価した
訳である。
●それにしても、和歌の心得もあり、膨大な資料を読んでいる
鹿島則孝の、この文学的評価は、『井関隆子日記』研究史上、
見逃してはならない。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。