『君の名は』と『井関隆子日記』

『君の名は』と『井関隆子日記』
2016.12.12 Monday

●今日、高校生のツイッターで、このような一文に出合った。
多才な隆子の一面を見た気がする。
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2016年10月30日(日)
希宮 @1_saboten
昨日、君の名は。をレイトショーで観てきました。
たまたま、昨日の午前中にしたマーク模試の古典(井関隆子日記)と内容がちょっと被りました。
「時空を超えた夢での逢瀬」って感じの、日本人大好きだね。
13:17:26

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●私は、2006年7月1日、江戸東京博物館で行われた「江戸の女性史フォーラム(東京)」で、井関隆子の女性像と題して報告をした。1時間の報告のあと、30分ほどの質疑応答があった。その質疑応答の中に、次のような質問が出された。

④  日記と創作の相違
質問
井関隆子には、『日記』の外に、『神代のいましめ』『桜雄が物語』などの作品があり、その内容、表現などに、余りにも違いがある。これは、果たして、同じ人間の作品と言い得るのか、その点、疑問に思う。
深沢
御指摘のように、『日記』の内容と、創作の諸作品とは、表現方法も、内容もかなりの違いがある。しかし、これらは、井関隆子の書いた作物として、違和感はない。平安朝の散逸物語に想を得て、『神代のいましめ』は創られている。古典から構想を得て、それを自分の作品に利用する、そういう能力が隆子にはある。隆子は、『日記』の中に、大量の古典を引用し、利用しているが、古典を引き写していない。古典が、一旦、隆子の中に吸収されると、彼女の知性と感性を通って、一味違ったものとして、表現されている。ここに、隆子の、古典吸収の質の高さが伺える。
『日記』の中にも、印旛沼開鑿批判をテーマにした条、お化け銀杏などの、空想的な創作が収められている。
〔イセキタカコ〕は、最初、存在しなかった。『日記』があり、創作があった。その作り手を手繰っていって、そこに、〔井関隆子〕が在った。という、経過をとっている。
井関隆子は、多才だなあ、こんな日記も書き、こんな作品も創り、1日100首の歌を詠じ、10日間連続して詠じた、1000首の歌を、賀茂真淵の県居神社に奉納している。大した女性だなあ、というのが私の実感である。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。