恩師・赤井須磨子先生

恩師・赤井須磨子先生
2016.12.26 Monday
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●午前中、『仮名草子集成』第57巻の校正をしていたら、
原小学校の恩師・赤井須磨子先生からお電話を頂いた。
『近世初期文芸』第33号をお送りしたので、そのことであった。
先生は、「秋男さんの書いたものだから、全部読もうと思って、
最初からみんな読みましたよ」と申された。「私の書いたものなど、
研究者でも、殆ど読んではくれません。赤井先生、本当に有難う
ございます」と心からの御礼を申上げた。
●先生は、一つ質問ですが、巻一○丁、巻二○丁、とあるでしょ。
この「丁」とはどういうことですか、と申される。私は、和本の頁の
ことで、今の本の2頁分のことです。と申上げた。こんな、私の書いた
ものを、読んでくださる。しかも、御高齢の小学校の恩師である。
涙が出そうになった。
●そういえば、身延高校の国語の先生は、石田永知先生だった。
石田須磨子先生の弟さんである。須磨子先生は、同じ原小学校の恩師・
赤井三男先生と結婚されて、赤井須磨子先生になられた。お二人は、
やがて、東京に出られて、三男先生は永年校長先生を勤められ、
先年叙勲を授与された。須磨子先生も永年東京の小学校で教育に従事された。
●私にとって、赤井三男先生も、石田須磨子先生も、そうして、
石田永知先生も、人生の根幹を示して下さった大恩人である。
石田永知先生は、身延高校の国語の時間に「深沢は、梨大の
学芸学部へ進みなさい」とアドバイスして下さった。
●1本の電話から、人生を振り返ることができた。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。