『家康に天下を獲らせた男 最上義光』

●松尾剛次著『家康に天下を獲らせた男 最上義光』(2016年4月10日、柏書房発行)を読んだ。最上義光は、山形藩57万石の初代藩主である。如儡子・斎藤清三郎・親盛は、二代藩主・最上家親に仕えた。
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目次
第1章 義光――幼少から家督を継ぐまで
第1節 最上一族とは
第2節 系図を読み解く
第3節 義光の父義守
第4節 幼少期の義光
第5節 義光の母が作った文殊菩薩……
第6節 義光の妻と家族
第7節 妹義姫について
第2章 義光――羽州探題の再興を目指して
第1節 村山盆地を平定する
第2節 義光の花押
第3節 義光の印判
第4節 山形の城下町をつくる
第5節 駒姫惨殺
第3章 初代山形藩主への道
第1節 関ヶ原合戦
第2節 山形における関ヶ原合戦――長谷堂城合戦
第3節 五七万石の大大名として
第4節 山形城下の整備
第5節 庄内を開発する
第6節 筆武将としての義光
第7節 義光の死
第4章 義光のその後を追う
第1節 嫡男義康
第2節 次男家親
第3節 東北における大坂の陣
第4節 嫡孫家信――最後の山形藩主

おわりに
あとがき
参考文献
最上義光略年譜
最上義光関連文書
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●東北の関ヶ原合戦の条も山形藩改易の条も、参考になる。巻末の関連文書も充実している。
●2代藩主家親は、慶長17年1月11日、市田喜三郎に「親」の1字を与えている。斎藤家3代・清三郎親盛について、『世臣伝』は次の如く記す。

「其子、清三郎親盛〔初めは、父と倶に最上家に在り。修理大夫家親に眤近して、諱の字賜ふて、親盛とは申せしよし也。〕」

●如儡子は、最上家親から「親」の1字を賜り、親盛と名乗ったのである。このようにして、新に発見された史料によって、新たな歴史が作られる。そのうちに、東北の関ヶ原合戦とも言われる、長谷堂城合戦や、最上義光の庄内平定の場面に、斎藤広盛の名が出てくるだろう。最上家親の研究が進めば、若い家臣、斎藤清三郎・親盛の名もどこかに列した記録が出てこない、とは言えない。それが、歴史である。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。