『近世初期文芸』小史

●『近世初期文芸』は「近世初期文芸研究会」の機関誌として、昭和44年(1969)12月に第1号が発行された。この会は島本昌一氏を中心にして、近世初期文芸を研究していた。創刊号とせず、第1号ととしたのは、あまり学界に波風を立てず、静かに参加させてもらいたいという思いからであった。表紙の「近世初期文芸」の題字はプロの並木スタジオにお願いした書文字である。印刷所は江東区の文進社、タイプ印刷の小さな会社であった。発行所は世田谷区の島本氏宅。編集実務は、島本氏と相談しながら深沢が担当した。第1号の執筆者は、島本昌一・荻野秀峰・深沢秋男の3名だった。

●昭和48年(1973)の第3号から印刷所は、神田錦町の堀印刷になったが、この後、15年間発行は途絶えた。島本氏・荻野氏も深沢も、職場などが多忙で、手がまわらなかったのである。
●昭和63年(1988)3月、発行所を所沢市に移し、印刷所も稲栄社印刷に変更したが、印刷技術の進展に伴い、清瀬市の伊野印刷、文京区のアイエス編集プロダクション等の協力を得て刊行を続けてきた。
●平成5年(1993)の第10号から、再び稲栄社印刷に変更になり、今日に及んでいるが、それぞれの印刷所の御厚意によって発行を継続することが出来た。この間、編集実務は深沢が担当してきたが、平成17年(2005)昭和女子大学を定年退職したのを機に、甲南女子大学の菊池眞一氏に継承して頂くことにした。
●平成17年の第22号から発行所の住所を、宝塚市に変更し、編集実務も菊池真一氏に引き継いでもらったのであるが、菊池氏の都合により、平成20年の第25号から、再び深沢が担当することになった。
●昭和44年(1969)の創刊からでは48年になる。第1号から第33号まて、収録した、論文・資料報告などは、190点になる。近世初期文芸の研究者の発表の場として、一応の役目は果したと言えるかも知れない。
●平成26年(2014)の第31号からは、発行所の近世初期研究会の住所を川崎市の稲栄社印刷株式会社内に変更し、発行を継続している。このような研究誌の発行は、論文執筆の研究者の情熱と、印刷製本を進めてくれる印刷者の理解とがあって、初めて継続可能となる。編集実務を担当してきた者として、多くの方々に対して、心からの感謝を捧げたい。

平成29年(2017)1月21日
深沢秋男

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。