【8】仮名草子集成・10巻 

【8】仮名草子集成・10巻  平成元年9月30日,東京堂出版発行,15000円。(朝倉治彦・深沢秋男 編)『をむなかゝみ』『女五経』『をんな仁義物語』『女みだれかミけうくん物語』『有馬山名所記』の本文を翻刻収録し,解説と参考写真を付す。
『女仁義物語』の諸本
『女仁義物語』の諸本については、『仮名草子集成』第十巻(平成元年9月30日)の解題で報告したことがある。ただ、そこでは紙幅の関係から、調査結果の全てを述べることが出来なかった。その後の調査をも加えて、改めて報告したいと思う。
本書の諸本に関して、すでに、市古夏生氏、白倉一由氏、青山忠一氏の調査がある。それらを整理すると、次の如くである。

市古貞次氏(市古夏生氏執筆)、岩崎文庫貴重本叢刊〈近世編〉
第二巻 『仮名草子』 (昭和49年7月1日発行)

底本、万治二年井上平兵衛板(東洋文庫蔵)影印
一、 万治二年山本九兵衛板(東京教育大学図書館蔵)
二、 寛文四年板(未見)
三、 延宝二年板(慶応義塾図書館蔵)
四、 刊年不明松会衛板(早稲田大学図書館蔵)
五、 刊年不明板(慶応義塾図書館蔵)

◎ 「一」の山本板は「底本と同一板木を用い、書肆名のところのみ異なる。匡郭内は山本板が少し広いようであるが、あまり厳格な計測はしていないので断定できない。刊記の字体から考えて、井上板の方が初印であるような気がする。」
◎ 「三」の延宝二年板は「絵様は底本と全く異なり別板である。刊記の「仲春吉辰」以外は草書であり、全体の板面の状態がかなり悪い点などから見て、初印本とはいい難い。」
◎ 「四」の刊年不明松会衛板は「絵様、万治二年板とほぼ同じであるが、細かい点が少しずつ異なる。匡郭内が万治二年板より大きいために天地を余分に取っているが、どうみても、松会衛板の挿絵は万治二年板の覆せ彫りであることが明らかである。」
◎「五」の刊年不明板は「松会衛板の後印本。」
◎「以上、板木の種類は三種あったようだが、元禄九年刊書籍目録に「水田甚」を板元として
いるから、板木(三種のどれかは不明)も転々としたらしい。」

白倉一由氏、『女仁義物語』論(『近世文芸研究と評論』十四号昭和53年6月)
①、万治二年井上平兵衛板(東洋文庫所蔵)
②、万治二年山本九兵衛板(東京教育大学図書館所蔵)
③、寛文四年松会衛板(東京国立博物館所蔵)
④、延宝二年亀屋板(慶応義塾大学図書館所蔵)
⑤、刊年不明板(慶応義塾大学図書館所蔵)
⑥、刊年不明松会衛板(早稲田大学図書館所蔵)

◎ ②の山本板は、①の井上板と「同一板木を用いており、書肆名のところのみ異なっている。
恐らく井上平兵衛板の方が初印のように思われる(市古氏説を指示)。」
◎⑤の刊年不明板は、③の「松会衛板の後印本である。」
◎ 「以上六種類の女仁義物語が現存しているが、井上平兵衛板と山本九兵衛板は同一板木であり、東京国立博物館所蔵本と早稲田大学所蔵本と、刊記不明慶応大学所蔵本は松会衛板であり、ともに同一板木である。従って延宝二年刊の慶応大学所蔵本とあわせて、板木の種類は三種類あったように思われる。」

青山忠一氏 『女仁義物語』考 (『二松学舎大学東洋学研究所集刊』十一号、昭和56年
3月。『仮名草子女訓文芸の研究』、昭和57年2月1日発行 に収録。)
十三行本
1、東洋文庫蔵・岩崎文庫本
2、大東急記念文庫蔵本
3、東京教育大学図書館蔵
十四行本
1、東京大学図書館蔵本(霞亭文庫)
2、天理大学図書館蔵本
3、早稲田大学図書館蔵本
4、慶応義塾大学図書館蔵本
5、東京国立博物館蔵本
十六行本
1、慶応義塾大学図書館蔵本
◎市古夏生氏、白倉一由氏は、共に井上平兵衛板が「初版かと推定されている。刊記の刷り具
合いは微妙で必ずしもいずれと断じ難いものの、柱刻がなく、代りに裏丁の匡郭外に「しん
ぎ上 一」とあるのは特殊な形態で、井上平兵衛がこの女仁義物語一冊を以って書肆として
の名を止めているので、或いは荒砥屋孫兵衛可心の如く他業の者かも知れない。…(中略)
…これに対して山本九兵衛は矢島氏の同書(引用者注『徳川時代出版者出版物集覧』)によ
れば京都二条通町西へ人町の正本屋草紙屋として寛永十八年以来の実績を誇り、万治寛文を
経て延享年間まで多数の刊行を行なっていることがわかる。又大坂高麗橋一丁目にも同名の
書肆があることが知れる。その点井上平兵衛のような店よりも、こうした老舗の方が初版を
出すのに相応しいと考えられぬこともないので、この両者のいずれを初版とするかについて
はもうしばらく結論をまち、後考にゆだねたいと思う。」
◎「十四行本の松会は明暦頃からの書肆であり、現存の四種共刊記を欠いているものの、必ず
しも寛文四年以降とのみ限定は出来まい。」
◎「十六行本の亀屋は、亀屋文蔵(文林堂)であるか否か判然としないし、刊記の「仲春吉辰
」以外は草書体であり入木の可能性なしとしないのである。」

以上の、市古・白倉・青山、三氏の調査結果を参照しながら、実地調査した結果、私は次の如く分類するのが妥当と思う。

十三行本
万治二年山本九兵衛版…①大東急記念文庫蔵本
②筑波大学附属図書館蔵本
万治二年井上平兵衛版…①東洋文庫(岩崎文庫)蔵本
②京都大学文学部図書室蔵本
無刊記本…………………①お茶の水図書館(成簑堂文庫)蔵本
十四行本
無刊記本…………………①慶応義塾大学図書館蔵本
②国立公文書館(内閣文庫)蔵本
③国立国会図書館蔵本
④東京大学総合図書館(霞亭文庫)蔵本
寛文四年松会衛版………①東京国立博物館蔵本
無刊記松会衛版…………①国立国会図書館蔵本
②早稲田大学図書館蔵本
▲天理図書館蔵本
十六行本
延宝二年亀屋版…………①慶応義塾大学図書館蔵本
注 ▲印の天理図書館蔵本は今回は時間の余裕がなく、未見であるが、青山忠一氏の調
査に従って組み入れた。

以下、諸本の書誌を記し、右の如く分類する根拠を述べたいと思う。なお、同一版木の中では、一本についてのみ版式を詳しく記し、他は、これと異なる点を記すに止めたい。
十三行本

万治二年山本九兵衛版

①、大東急記念文庫蔵 44/1/2/3531(平成元年4月28日調査)
体裁 大本、二巻二冊、袋綴じ。
表紙 雷紋つなぎ牡丹唐草模様濃縹色原表紙、縦二五八ミリ×横一七六ミリ(上巻)。
題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一六五ミリ×横三五ミリ(上巻)。
「絵人/女じんぎ物語 上(下)」。
内題 「をんなじんぎ仁義物語 上」「女じんぎ物語 下」。
尾題 無し。
匡郭 四周単辺、縦一九八ミリ×横一五二・五ミリ(上巻一丁表)。
柱刻 版心は白口で刻字無し。ただし、各丁表のノドに丁付あり。
「しんき 上一 (~十五)」 「しんき 下二(~十五)」。
上の十二丁目が「しんき 十二」と「上」が欠けでいる。
上の十四丁目が「しんき 上七」とある。
丁数 上巻=十五丁、下巻=十四丁、合計=二十九丁。(下巻の丁付は「二~十五」とあるが、
落丁ではない)。
行数 毎半葉十三行。
字数 一行約二十一字。
挿絵 上巻=二丁裏・三丁表「女方じんぎ物語の所」、五丁表「げんそうくわうてい」「やう
きひ」、九丁表「みちとをりあわれむ所」「はゝおやきもつふす所」「井のもと」、十三
丁裏「ぬす人共金銀もらい出る所」・十四丁表「女ほうなんだいの所」「さふらい共を
い出寸所」「長者ぢひの所」「みたひ所いがり」。
下巻=二丁裏・三丁表「らふじんふしんをとぶ所」「としごろの女しゆかたる所」、六
丁表「よきほうかう人」「主人ほうひとらす」「ふほうかう人」、十丁裏「長かうあに
の命にかわらんといふ」「ちやうれい」「ぬすびと」、十三丁表「らうしんつゝしんで
あかむる所」「としごろの女方」。
合計八図、内見開き三図。
本文 漢字交じり平仮名、振り仮名、濁占を施し、句読点は「。」「・」を混用。
奥書 下巻十四丁裏、本文に続けて「此物かたりは女四しよのぎりなるによつてかなに/かき
をんな仁義ものかたりと名付侍る」
刊記 下巻十四丁裏、奥書に続けて「万冶弐年五月吉日 山本九兵衛板」。
蔵書印等 「44/1/2/3531/財団法人 大東急記念文庫]のラペル。

②、筑波大学附属図書館蔵 ロ 580/41(平成元年5月1日調査)
表紙 卍つなぎ牡丹唐草模様暗緑色原表紙、縦二六二ミリ×横一七七ミリ(上巻)。
題簽 左肩に大東急本と同じ原題簽を存す。縦一六八ミリ×横三六ミリ(上巻)。
匡郭 四周単辺、縦一九七ミリ×横一五二ミリ(上巻一丁表)。
挿絵 大東急本と同じであるが、部分的に淡い彩色を施す。
蔵書印等 「高等師範学校図書印」陽刻方形朱印(六三ミリ×六三ミリ。「東京文理科大学
附属図書館図書之印」陽刻方形朱印(五三ミリ×五三ミリ)。[東京文理科大学附属図
書館図書之印]陽刻方形朱印(三〇ミリ×三〇ミリ)。「登録和198471号/昭和18・
1・23」(黒・青・朱色)のスタンプ。「口 580/41」のラベル。「第四三五一号/
二冊」のラペル。

万治二年井上平兵衛版

①、東洋文庫(岩崎文庫)蔵  三・F・a・ろ・22(平成元年5月19日調査)
体裁 大本、二巻二冊、袋綴じ。
表紙 薄茶色原表紙、縦二六一ミリ×横一七五ミリ(上巻)。
題簽 上巻は左肩に剥落の跡があり、そこに「女じんぎ物語」、その下に「上」と墨書。下巻
は左肩に子持枠原題簽を存するが、上部などに破損あり「(破損)/女しんき物語 下
」とある。寸法は、横は三七ミリであるが、正確に計測できない。
内題 「をんなじんぎ仁義物語 上」「女じんぎ物語 下」。
尾題 無し。
匡郭 四周単辺、縦一九六・五ミリ×横一五〇・五ミリ(上巻一丁表)。
柱刻 版心は白口で刻字無し。ただし、各丁表のノドに丁付あり。
「しんき 上一(~十五)」 「しんき 下二(~十五)」。
丁数 上巻=十五丁、下巻=十四丁、合計二十九丁。(下巻の丁付は「二~十五」とあるが、
落丁ではない。)
行数 毎半葉十三行。
字数 一行二十二子。
挿絵 上巻=二丁裏・三丁表、五下表、九丁表、十三丁裏・十四丁表。下巻=二丁裏・三丁表、
六丁表、十丁裏、十三丁表。
合計八図、内見開き三図。(挿綸中の文は山本九兵衛版と同じてあるため省略する。絵
柄は山本版と同様であるが、細部で異なる部分がある。詳細は後述。)
本文 漢字交じり平仮名、振り仮名・濁点を施し、句読点は「。」「・」を混用。
奥書 下巻十四丁裏、本文に続けて「此物かたりは女四しよのぎりなるによつてかなに/かき
をんな仁義ものかたりと名付侍る」
刊記 下巻十四丁裏、奥書に続けて「万冶弐年五月吉日 井上平兵衛板」
蔵書印 「早川蔵書」陽刻長方形朱印(二五ミリ×二一・五ミリ)。「細川」陽刻長方形朱印(九
ミリ×八ミリ)。

②、京都大学文学部図書室蔵 国文学/pb/21(平成元年6月12日調査)
体裁 大本、二巻一冊(上下合冊)、袋綴じ。
表紙 濃縹色原表紙、縦二四九ミリ×横一六七ミリ。上下合冊のだめ、上巻の後表紙、下巻の
前表紙無し。
題簽 上巻は、左肩に子持枠原題簽、下部に破損があり、寸法は縦約一六六ミリ×横約三五ミ
リ、「絵入/女じんぎ物語 上」。下巻は無し。
匡郭 四周単辺、縦一九五ミリ×横一五〇ミリ(上巻一丁表)。
蔵書印等 「京都帝国大学図書之印」陽刻方形朱印(四七ミリ×四八ミリ)。「京/466703/
昭和6・11・9」の青スタンプ。「国文学/pb/21」のラペル。「田中恵存」の墨書。
その他 乱丁、下巻四丁が八丁と九丁の間に入っている。部分的に欠損があり、全体に亙って
総裏打ちされている。

無刊記本

①、お茶の水図書館(成簣堂文庫)蔵(平成元年8月30日調査)
体裁 大本、二巻一冊(上下合冊)、袋綴じ。
表紙 白茶色表紙、縦二五五ミリ×横一七八ミリ。
題簽 左肩に後補書題簽、「をんな仁義物語上下 全」縦一九〇ミリ×横三九ミリ。
匡郭 四周単辺、縦一九六ミリ×横一五一・五ミリ(上巻一丁表)。
刊記 無し。
蔵書印等 「佐久間図書印」陰刻方形朱印(二〇ミリ×二〇ミリ)。「佐久間」陽刻円形朱印(一
四ミリ)。「徳富所有」陽刻方形朱印(三七ミリ×三七ミリ)。「蘇峰」陽刻方形朱印(一
〇ミリ×一〇・五ミリ)。「徳富猪一郎」陰刻方形朱印(一〇・五ミリ×一〇・五ミリ)。
「改」陽刻長方形黒印(八ミリ×一〇ミリ)。前表紙に「寛文頃ノ板/珍書」「蘇峰□玩
」と朱書。前見返しに[80/37・6・29/ム]と鉛筆書。

十四行本

無刊記本

①、慶応義塾大学図書館蔵 220/19/2(平成元年6月5日調査)
体裁 大本、二巻二冊、袋綴じ。
表紙 濃縹色原表紙、縦二六四ミリ×横一七九ミリ(上巻)。
題簽 上巻は左肩に剥落の跡のみ。下巻は左肩に子持枠原題簽、上部下部に摩損あり、縦約一
六六ミリ×横約三四ミリ、「絵入/女じんぎ物語 下」。
内題 「をんなじんぎ仁義物語 上(下)」。
尾題 「をんなじんぎ物語上終」、下巻は無し。
匡郭 四周単辺、縦二二八ミリ×横一六一ミリ(上巻一丁表)。
柱刻 版心は白口。「じんき上 一(~十二終)」とあるが、一丁と五丁が「じんき」で、他は
「しんき」となっている。「しんき下 一(~十一おハり)]。
丁数 上巻=十二丁、下巻=十一丁、合計=二十三丁。
行数 毎半葉十四行。
字数 一行約二十八字。
挿絵 上巻=二丁裏・三丁表、五丁表、七丁表、十丁裏・十一丁表。
下巻=二丁裏・三丁表、五丁表、八丁表、十丁表。
合計八図、内見開き三図。(挿絵中の文は、下巻五丁表の「主人ほうひとらす」の位置
が異なること、十丁表が「ろうしんつしんてあかむる所」とあること以外は山本版と
同じである。絵柄は山本版を元にしているようであるが、細部には違いがある。詳細は
後述。)
本文 漢字交じり平仮名。振り仮名・濁点を施し、句読点は「。」「・」を混用。
奥書 下巻十一丁裏、本文に続けて「此物がたりは女四しよのぎりなるによつてかなに/かき
をんなじんぎものがたりと名つけ侍る」。
刊記 無し。
蔵書印等 「望月家蔵」四周双辺、陽刻長方形朱印(四四ミリ×一三・五ミリ)。「慶応義塾図
書館蔵」陽刻長方形朱印(五五ミリ×一一ミリ)。「220/19/2」のラベル。

②、国立公文書館(内閣文庫)蔵 190/245(平成元年9月5日調査)
体裁 大本、二巻一冊(上下合冊)、袋綴じ。
表紙 卍つなぎ黄赤色表紙、縦二六四ミリ×横一七八ミリ。
題簽 左上に後補書題簽、縦一一四ミリ×横九七ミリ、「女仁/義物/語」
匡郭 四周単辺、縦二二八ミリ×横一六三・五ミリ(上巻一丁表)。
蔵書印等 「浅草文庫」陽刻子持枠長方形朱印(七六ミリ×二〇ミリ)。「青山居士千巻文庫
」陽刻朱印(巻子本の中・四〇ミリ×二六ミリ)。「青山堂」陽刻長方形朱印。他に朱印
二顆。「日本政府図書」陽刻方形朱印(四六ミリ×四六ミリ)。「番外書冊」陽刻長方形
黒印(五三ミリ×一七ミリ)。「儒家五ノ三」のラペル。「内閣文庫/和書/ 類/一六
六九〇号/一冊/一九〇函/一二架」のラペル。「内閣文庫/番号・和16690 /冊数・
1(1)/函号・190/245」のスタンプ。

③、国立国会図書館蔵 京/2/194(平成元年4月14日調査)
体裁 大本、二巻一冊(上下合冊)、袋綴じ。
表紙 卍つなぎ牡丹唐草模様紺青色表紙、縦二六一ミリ×横一七六ミリ(上巻)。帝国図書館
の保護表紙を付し、一冊に合綴。
題簽 左肩に子持枠後補題簽、文字は墨書、「絵入/女仁義物語 乾」「絵入/女仁義物語
坤」。保護表紙の左肩に子持枠後補題簽、文字は墨書、「女仁義物語 乾坤 全/合一冊」
匡郭 四周単辺、縦二二八ミリ×横一六三ミリ(上巻一丁表)。
蔵書印等 「木下」陽刻円形黒印(二二ミリ)、「東京図書館」陽刻方形朱印(四八ミリ×四八
ミリ)。「図/明治二二・三・三〇・交換・」陽刻円形朱印(二一ミリ)。「東京図書館/
珍類/京函/七架/一九四号/二冊」のラベル。「京/特別/合1/194」のラベル。

④、東京大学総合図書館(霞亭文庫)蔵 A00/霞亭/104(平成元年8月11日調査)
表紙 卍つなぎ牡丹唐草模様黒色原表紙、縦二六五ミリ×横一七七ミリ(上巻)。
題簽 左肩に子持枠原題簽「絵入/女じんぎ物語 上(下)」。
匡郭 四周単辺、縦二二八・五ミリ×横一六三ミリ(上巻一丁表)。
蔵書印等 「霞亭文庫」陽刻方形朱印(四八ミリ×四八ミリ)。「東京帝国大学図書印」陽刻長
方形朱印(五〇ミリ×一五ミリ)。「東京帝国大学附属図書館・大正十四年登記/文
18532」陽刻長円形黒印(横四一ミリ)。「A00/霞亭/104」のラベル。

寛文四年松会衛版

①、 東京国立博物館蔵 030 /と9867/2-1(2)(上巻) (平成元年6月23
日調査)
体裁 大本、二巻二冊、袋綴じ。
表紙 藍色原表紙、縦二七二ミリ×横一八三ミリ(上巻)。
題簽 左肩に子持枠原題簽、上巻は下部などに破損あり、縦一六三ミリ×横三五ミリ(下巻)。
「絵入/女じんぎ物語 上(下)」。
内題 「をんなじんぎ仁義物語 上(下)」。
尾題 「をんなじんぎ物語上終」。下巻は無し。
匡郭 四周単辺、縦二二五ミリ×横一六一ミリ(上巻一丁表)。
柱刻 版心は白口。「じんき上 一 (~十二終)」とあるが、一丁と五丁が「じんき」で、他
は「しんき」となっている。「しんき下 一 (~十一おハり)」。
丁数 上巻=十二丁、下巻=十一丁、合計=二十三丁。
行数 毎半葉十四行。
字数 一行約二十八字。
挿絵 上巻=二丁裏・三丁表、五丁表、七丁表、十丁裏・十一丁表。
下巻=二丁裏・三丁表、五丁表、八丁表、十丁表。
合計八図、内見開き三図。(挿絵中の文は大部分が、十四行無刊記の慶応大学本と同じ
であるが次の部分が異なる。上巻十一丁表「女ほうなんたいの所」「さふらい共をい出
す所」「長しや」「ミたい所」、下巻三丁表「らう人ふしんをとふ所」「としごろの女ほう
かたる所」、十丁表「らう人つゝしんてあかむる所」「としごろの女方」。絵柄も細部に
は違いがある。詳細は後述。)
本文 漢字交じり平仮名。振り仮名・濁点を施し、句読点は「。」を使用、稀に「・」を混用。
奥書 下巻十一丁裏、本文に続けて「此物がたりは女四しよのぎりなるによつてかなに/かき
をんなじんぎものがたりと名つけ侍る」。
刊記 下巻十一丁裏、奥書に続けて「寛文四 甲辰 年六月吉日」とあり、その下に 「松会
衛開板」と匡郭の左下に寄せてある。
蔵書印等 「和漢英/□独書/群庶軒書店/本郷□森川町十四番地/古本誠実買入」陽刻長方
形朱印(三二ミリ×二一ミリ)。「徳川宗敬氏寄贈」四周双辺、陽刻長方形朱印(五九ミ
リ×一二ミリ)。「国立博物館図書之印」陽刻方形朱印(二五ミリ×二五ミリ)。
その他 上巻二丁の下部などに破損があり、補修されている。
無刊記松会衛版

①、国立国会図書館蔵 2/181/339 (平成元年4月14日調査)
体哉 大本、二巻二冊、袋綴じ。
表紙 竜模様白色表紙、縦二五七ミリ×横一八〇ミリ(上巻)。
題簽 左肩に子持枠後補題簽、文字は墨書、縦一八七ミリ×横三八ミリ(上巻)、「をんな仁義
物語 上(下)」。
内題・尾題 寛文四年松会衛版(東博本)と同じ。
匡郭 四周単辺、縦二二五ミリ×横一六一ミリ(上巻一丁表)。版心部の上下の匡郭は無い。
柱刻 版心部が破損しており、一部分を存する(裏打ち補修済み)が、寛文四年松会衛版(東
博本)と同様と思われる。
丁数・行数・字数・挿絵・本文・奥書 寛文四年松会衛版(東博本)と同じ。
刊記 下巻十一丁裏、刊年記は無いが、匡郭の左下に 「松会衛開板」とある。 ▲
蔵書印等 「帝国図書館蔵」陽刻方形朱印(四六ミリ×四六ミリ)。「図/明治四〇・三・二六・
購求」陽刻円形朱印(二一ミリ)。「181/特別2/339」のラペル。

② 早稲田大学図書館蔵 へ13/1096/1~2(平成元年8月29日調査)
体裁 大本、二巻二冊、袋綴じ。
表紙 雷文つなぎ竜模様芥子色原表紙、縦二七〇ミリ×横一八四ミリ(上巻)。
題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一六一ミリ×横三四ミリ(上巻)、「絵入/女じんぎ物語
上(下)」。
匡郭 四周単辺、縦二二七ミリ×横一六二ミリ(上巻一丁表)。版心部の上下の匡郭は無い。
柱刻 版心は白口。寛文四年松会衛版(東博本)と同じ。
蔵書印等 「早稲田大学図書」陽刻方形朱印(三〇ミリ×三〇ミリ)。「門へ利13/号1096
/巻1-2」の朱印。「へ利13/1096/1-2」の・フベル。上巻後見返しに次の墨
書あり。
「和哥濃浦仁塩満久礼波片男濤/蘆辺乎左志弖田鶴鳴和多留/保濃々登明石〔赤石〕
乃浦乃朝霧仁/志満加久礼行船於志曽思布」
十六行本

延宝二年亀屋版

①、慶応義塾大学図書館蔵 220/18/2(平成元年6月5日調査)
体裁 大本、二巻二冊、袋綴じ。
表紙 濃鼠色原表紙、縦二六七ミリ×横一八六ミリ(上巻)。
題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一九〇ミリ×横四六ミリ(上巻)、「女じんぎ物かたり 上(下)」。
内題 「をんなしんきものかたり女仁義物語 上」「をんなしんぎものかたり女仁義物語 下」
尾題 「女じんぎ物語上終」、下巻無し。
匡郭 四周単辺、縦二二七ミリ×横一六八ミリ(上巻一丁表)。版心部の上下の匡郭は、上巻
二丁の上、七丁の上を除いて無し。
柱刻 版心は白口。「をんな 上 一」「おんな 上 二(~十)」、「おんな 下一 (~十)」。
丁数 上巻=十丁、下巻=十丁、合計=二十丁。
行数 毎半葉十六行。
字数 一行約二十八字。
挿絵 上巻=二丁表、四丁表「はくきといへる女房」、六丁表、七丁表「やうきひ」[けんさう
くわうてい]、八丁表「長しやにむしついふかける」、九丁表。
下巻=二丁表「とうわうのみかと身をいけにへにし給ふ」、四丁表「ちやうてうし」「よ
しやうちりやく」、六丁表「しゆんくらのかべをぬり給ふ」、七丁表「しんせいおやの
下知にそむ□」、八丁表「たいしきう母のおほせをそむかぬ所」、九丁表「てうかうちや
うせいしとあらそふ」。(絵柄は、十三行本、十四行本と異なる。後述。)
上巻=六図、下巻=六図、合計=十二図。
本文 漢字交じり平仮名、稀に振り仮名を施し、濁点を施す。句読点無し。
奥書 下巻十丁裏、本文の次に「此物かたりは女四しよのぎりなるによつてかなに/かきをん
なじんぎものかたりと名つけ侍る」
刊記 下巻十丁裏、奥書に続けて「延宝弐年 仲春吉辰 亀屋新板/新橋臼比谷横町」。
蔵書印等 「慶応義塾図書館蔵」陽刻長方形朱印(五五ミリ×一一ミリ)。「220/18/2」の
ラベル。

以上、『女仁義物語』調査済み諸本の書誌を記したが、これらは次の如く分ける事ができる。

①、13行万治2年山本九兵衛版
②、13行万治2年井上平兵衛版……①の覆刻本
③、13行無刊記本……………………②の後刷本
④、14行無刊記本……………………①の改版本
⑤、14行寛文4年松会衛版…………④の覆刻本
⑥、14行無刊記松会衛版……………⑤の後刷本
⑦、16行延宝2年亀屋版……………⑤または⑥の改版本
以下、これらの各版の関連について述べる。

①、13行万治2年山本九兵衛版

この山本版は、丁数・行数・字数までも、13行井上版と同じであるため、従来同版と考えられてきたのであるが、この両者は明らかに別版であり、山本版が初版と思われる。井上版は山本版の覆刻版(かぶせ版)であると判断されるが、この点は、次の井上版の項で述べる事にする。(69~76ページの参考写真、№1) 【写真は省略 原本参照】

②、13行万治2年井上平兵衛版
前述の如く、この井上版は山本版のかぶせ版だと思われるが、一般的に、かぶせ版は縮小すると言われているので、両者の匡郭寸法
を次に掲げる。各巻、各丁表の縦は1行目と2行目の間、横は1字目と2字目の間、匡郭の外側から外側までとし、挿絵の丁はそれぞれの右端、上端の部分で測った。単位はミリメートルである。

【匡郭寸法 省略 原本参照】

丁によって縮小率は異なるが、全体的に井上版は山本版よりも2ミリ程短くなっている。かぶせ版は縮小するという原則にほぼ適合する。
内題・刊記も非常に似てはいるか、細部は異なる。山本版(筑波大本)と井上版(東洋文庫本)の巻頭・巻末は参考写真の如くである(№2~№5)。上巻の内題(№6)を見ても「を」「仁」「物」「語」「上」など字形が異なり、下巻の内題(№7)も同様である。刊記(№8)も「治」「弐」「五」「月」「吉」など、殊に異なった字形である。なお、写真の縮小率は一定ではない。
山本版上巻12丁目のノドの丁付は「しんき 十二」(縦70ミリ)とあるが、井上版は「しんき上十二」(縦46ミリ)とある(写真、№9)。14丁目は、山本版は「しんき上七」(縦40ミリ)とあるが、井上版は「しんき上十四」(縦49ミリ)としている(写真、№10)。これらは、山本版の誤りを井上版が覆刻の時、改刻訂正したものであろう。
本文も、一見同版の如く見えるが、細部を比較すると、これが別版である事は明瞭である。山本版にある句読点や振り仮名が井上版では削除されていたり(下巻2オ7行、写真、№11など)、字形が異なるものは全体的に多数見られる。具体例を示すと、上巻1オ5行の「たけたる」、上巻12オ6行の「申ところに」、下巻5オ9行の「よりとも」、下巻7オ6行の「身をたて」、下巻13ウ11行の、「ミ な御名をとなへず。」などである。
挿絵も構図等、両者同様であるが、人物の表情や衣服の模様など、細かい点では違いがある。一例を示すと、下巻13丁オの図の上部右側の襖の絵に、山本版には家が三軒描かれているが、井上版では削除されている(写真、№12)。
以上、見できた如く、初版は山本九兵衛版であり、井上平兵衛版は、その覆刻版(かぶせ版)である、と判断される。

③、13行無刊記本

お茶の水図書館・成簣堂文庫蔵本は、13行万治2年井上平兵衛版と同じ版木を使用し、刊記の「万治弐年五月吉日井上平兵衛仮」を削除したものである。版面の欠損状態から考えて、刷りは東洋文庫本よりも後のものと判断される。

④、14行無刊記本

11行無刊記本は、13行本を底本にして、改版出版されたものと思われる。(写真、№13)。
13行本(筑波大本)と、14行無刊記本(国会本)の本文を比較してみると、次の如くである(13行本の10丁ウまで)。

A、14行本が漢字に改めたもの……69
あり→有(3) とし→年(4) また→又(4) わが→我(2) 三じう→三じう従 じ
んぎ→仁ぎ義 うへ→上(2) なり→也(17) とも→共 とき→時(3) いづれ→
何れ まいらせ→参らせ いちご→一ご み→見(2) もの→物(8) ゆさん→遊さ
ん いま→今(2) たてまっる→奉る その→其(3) ほとけ→仏 物かたり→物語
(2) こと→事 こゝろ→心 てん→天 いづる→出る だい→第 五じやう→五常・
五じやう常 なに→何

B、14行本が仮名に改めたもの……32

物→もの(2) 我→わか 所→ところ 有→あり(3) 有→ある(3) 事→こと
こう孔し子→こうし 中→なか(4) 也→なり(2) 給ふ→たまふ 夜る→よる けんじん人
→けんじん 程→ほど 思ひ→おもひ 心→こゝろ 其→その(4) 人げん→にんげん
ぎ義→ぎ 時→とき 下→した

C、仮名遣いを改めたもの……7
しあん→しあむ くハうてい→くわうてい しん→しむ をちん(とせば)→おちん い
はれん→いはれむ ちいん→ちゐん よくしん→よくしむ

D、その他……4
こ子→子 よ世→世 ほん心→ほんしん心 じん人のみち→仁のみち

右の異同を見ると、14行本が漢字に改めたものが、69対32と、仮名に改めたものの倍以上であるのは、13行本を1行増やして、本文用紙を節約しているのと共に、改版本に見られる一般的な傾向である。「じん人のみち→仁のみち」は、14行本が正しいものであるが、仮名遣いの異同は、むしろ14行本に誤りが多い。
これらの異同全体を見るとき、14行本には、特に内容的に改変しようとする意図は無いものと思われる。

次に、挿絵を比較してみる。上巻11丁表(写真、№15、№16)で通りかかった奴の右足に掛かる法被の線、井戸端の垣の線を見ると、14行本は、13行本の井上版よりも山本版に近い。
下巻8丁表の右下の雑草の位置が、14行本は山本版に近い。さらに下巻10丁表(写真、№14、№12)の襖の絵柄も、14行本は山本版と同様になっている。
これらの点から、14行無刊記本は、13行万治2年山本九兵衛版を底本にして、改版刊行したものと推測される。

⑤、14行寛文4年松会衛版

この版は、従来、14行無刊記本と同一版木によるものとされてきているが、これは、14行無刊記本の覆刻本(かぶせ版)であると思われる(写真、№17)。
両版の匡郭の寸法を示すと次の如くである。測定の要領は13行本と同様である。

【匡郭寸法 省略 原本参照】

下巻3丁表の如く、14行寛文4年松会衛版の方が少し大きい丁もあり、上巻9丁表、10丁表、下巻5丁表、6丁表、10丁表など、縮小率がかなり大きいものもあるが、全体としては、2ミリないし3ミリの縮小である。           β
本文は、字詰も両版全く同じであるが、一字一字の字形を比較すると、明らかな違いがある。上巻内題(写真、№18)、下巻1丁裏11行の「いけにえ」(写真、№19)、4丁表9行の「ふしてゐて」(写真、№20)など、その一例である。
上巻11丁裏1行目は、14行無刊記本は「(ひつた)てゝ。もんぐわいへをひ出す。」とあるが、14行寛文4年松会衛版は、これを誤読したとみえて「(ひつた)てゝからんをといへをひ出す。」と、意味不明の本文に改変している(写真、№21)。このような異同は、かぶせ版の方法に関するものである。覆刻本について、藤井隆氏は、
「刊本を底本として模して再製刻した覆製本である。基とする版本を解体して一枚ずつにし、
裏返して版木に貼って上から彫るので「被彫」という。」 (『日本古典書誌学総説』平成
3年4月30日、和泉書院発行)
としておられるが、元版をそのまま版木に貼付して彫るという仕方では、右のようなミスは発生しないように思う。元版を薄い雁皮紙などによって透き写しし、版下を作る方法も行われていたのではあるまいか。
挿絵も、14行無刊記本に拠ったかぶせ版であると思われるが、かなりの違いがある。上巻3丁表の左上部の屏風の絵の中に、無刊記本には家が二軒入っているが、松会衛版では除かれている(写真、№22)。上巻11丁表、無刊記本で長者の座わっているのは板敷きの縁であるが、松会衛版は畳の上に改めている。また、説明文も簡略化されている(写真、№23)。

⑥、14行無刊記松会衛版

14行無刊記松会衛版(国会図書館本)は、14行寛文4年松会衛版と同じ版木で、刊年記「寛文四 甲辰 年六月吉日」を削除したものである。版面の欠損状態から考えて、刷りは寛文4年版(東博本)よりも後のものと判断される。(写真、№24)

⑦、16行延宝2年亀屋版

この版は、14行松会衛版に続く、第五版として出版されたものと思われる。16行、28字詰めと文字も小さくしている。慶応大学本の巻頭・巻末を掲げる。(写真、№25)
この本文も、14行松会衛版と全文対校していないが、部分的な調査結果では、「とも→共、もの→物、なか→中、ほど→程、その→其、とし→年、とき→時」など、松会衛版の仮名を漢字に改めたものが多い。この逆に「何れ→いつれ、也→なり」の如く、漢字を仮名に改めたものは極めて少ない。(二丁分の内で比較すると、95対3である。)16行本には、極力漢字に改めてスペースの節約を図ろうとする態度が伺える。その他「しあむ→しあん、けしやう→けさ
う」の如き、仮名遣いの異同があり、「むき申さす候→むき候ハす、かくのことく→かやうに」のように、表現を改めている所もあるが、内容的な変改は見られないようである。
前に述べた、14行無刊記本から14行寛文4年松会衛版への段階で生じた、上巻末(14行無刊記本で11丁ウ1行)の異同を比較してみると次の如くである。
てゝ。もんぐハいへをひいだす。……13行山本版
てゝ。もんぐハいへをひいだす。……13行井上版
てゝ。もんぐわいへをひ出す。………14行無刊記本
てゝからんをといへをひ出す。………14行松会衛版
てゝそとへおひ出す……………………16行亀屋版(写真、№26)
この異同から考えても、16行亀屋版は14行松会衛版を使い、意味不明の文を「……そとへおひ出す」と改めたものと推測される。ただ、寛文四年の松会衛版を使用したのか、その後刷本の松会衛版を使用したのか、現段階では決め得ない。いずれ詳しく調査して補訂したいと思う。
挿絵は、14行松会衛版の8図に対して、12図と多くなっているが、スペースは6丁と、半丁多いのみである。画風も大和絵的なものを混入し、絵柄は、14行松会衛版の構図に近いものもあるが、ほとんど改変していて、戸外の場面を室内に変えたり、描く場面そのものを変更したりしている。(写真、№27、№28)

以上、『女仁義物語』の諸本についての調査結果を報告したが、この作品には、万治二年(一六五九)の初版以来、延宝二年(一六七四)まで、五種の版がある事が明らかになった。青山忠一氏の詳細な研究(『仮名草子女訓文芸の研究』昭和57年2月1日発行)があるが、女性教訓書として多くの読者に受け入れられていたものと思われる。
付  記

この調査にあたって、お茶の水図書館・京都大学文学部図書室・慶応義塾大学図書館・国立公文書館・国立国会図書館・大東急記念文庫・筑波大学附属図書館・東京国立博物館・東京大学総合図書館・東洋文庫・早稲田大学図書館の御高配を賜りました。厚く御礼申し上げます。
市古夏生氏、白倉一由氏、青山忠一氏の御調査には教えられた点が少なくありませんでした。また、朝倉治彦氏には、調査過程で具体的な御教示を賜りました。ここに記して、深く感謝申し上げます。
ここでは、『女仁義物語』の諸本についての、調査報告と考察を加えましたが、未調査本も残っており、これらは、今後も調査を重ね、補訂してゆきたいと思います。

平成3年7月15日
深沢秋男

【『近世初期文芸』第8号、平成3年(1991)12月 収録】

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『仮名草子集成』第10巻
1989年9月30日 東京堂出版発行

編者略歴

〔朝倉治彦〕 大正十三年東京に生ま
れる。昭和二十三年国学院大学国文
科卒。二十五年同大学特別研究科修。
現在四日市大学教授兼図書館長、国
学院大学・成城大学講師。編著書に
『竹斎』『小盃』『順礼物語』『長者
教』『仮名草子集』(以上古典文庫)
『未刊仮名草子集と研究』一・二(未
刊国文資料)『東海道名所記』(平凡
社)『守貞謾稿』『図書館屋の書物捜
索』(東京堂出版)など。

〔深沢秋男〕 昭和十年山梨に生まれ
る。昭和三十七年法政大学日本文学
科卒。現在昭和女子大学短期大学部
国文科助教授。編著書に『可笑記大
成』(共編著、笠間書院)『可笑記評
判』(近世初期文芸研究会)『浮世物
語』『井関隆子日記』『桜山本春雨物
語』(以上勉誠社)など。

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【追 記】

平成元年(1989)、朝倉治彦先生は、『仮名草子集成』の編者に、私を加えて下さった。これは、私の仮名草子研究において、大きな軌道修正であった。昭和47年(1972)横山重先生、前田金五郎先生企画の、『近世文学資料類従』に参加させて頂き、私の研究の軌道は修正されたが、さらに、朝倉先生によって大きく修正されたのである。横山、前田、朝倉の三先生の御厚情に対して、改めて感謝申上げる。

この『女仁義物語』の諸本調査は、朝倉治彦先生の『仮名草子集成』第10巻に編者として加えて頂いた時に行ったものである。当時、仮名草子の諸本調査の方法について、確たる基準が決められていた訳でもなく、研究者各自が、先学のスタイルを参照していた。『仮名草子集成』の書誌解題は、朝倉先生の方法で記述されており、これは、私の方法とは異なっていた。朝倉先生と相談して、『仮名草子集成』は、これまで通り、朝倉先生の方法で記述し、私は別に、雑誌等に発表するということにした。従って、『仮名草子集成』の解題は、私の調査結果を基に、朝倉先生が記述したものである。
私は、仮名草子等の諸本調査を行う場合、原則として、1つの作品に限定して調査した。2点、3点の作品を同時に調査することはしなかった。その原本の特徴を把握して、諸本間の関係を解明するには、その方が正確な結果が得られるものと考えたのである。効率よりも正確を考えたのである。
このような、諸本調査は、文学研究において、基礎的な作業であり、テキストの優劣を判定する重要な仕事である。これは、机の上での作業ではなく、原本所蔵の図書館等に出向いて、原物を直接調べる作業である。それだけに、多大な時間と経費がかかる。だからこそ、1つの作品に対して、何回も何回も同じ作業を繰り返す無駄は省きたい。そのように考えたのである。

朝倉先生の企画された『仮名草子集成』は、現在、第57巻が進行中である。先生の遺志を継承した、若い研究者によって、その完結を目指している。

平成29年1月23日
深沢秋男

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。