窪田清音と鈴木重嶺

●今日、昭和女子大から手紙が転送されてきた。内容は、鈴木重嶺に関するもので、幕末維新の幕臣、窪田清音の研究者からである。昭和女子大学図書館には、鈴木重嶺に関する大量の資料が〔翠園文庫〕として所蔵されている。

●この〔翠園文庫〕が、鈴木重嶺の御子孫から昭和女子大学図書館に寄贈されたのは、私が関与している。そんな関係で、私は、資料の全貌を昭和女子大の『学苑』に報告し、それを、自分のホームページにアップして、宣伝・告知につとめた。おそらく、これだけの重嶺関係資料を所蔵する図書館は、他には無いだろう。
●これだけの関係資料に関与したのであるから、鈴木重嶺・翠園に関しての研究もすべきであろう。平成16年、「鈴木重嶺(翠園)伝記研究序説」を発表した(『文学研究』92号)。しかし、私にできる事は、ここまでである。あとは後人に委ねることにした。
●今回、質問のあった、窪田清音に関しては、今回、初めて教えて頂いた。天保12年(1841)に、28歳の重嶺は、広敷取締掛・徒目付になる。この時、50歳の窪田清音は、御納戸頭である。重嶺は、清音の父の勝英に武術を教えてもらっていた。
●窪田家の祖先は、武田家に仕えていて、初代正長は、信虎・信玄に仕え、2代正勝は信玄・勝頼に仕え、武田家滅亡後は、徳川家康に仕えた。清音は、第12代にあたるようだ。
●窪田清音は、幕府講武所頭取となる。その文武の実績を一覧して驚く。剣術門人600人、山鹿流兵学門人3000人、兵書・剣法・水軍・砲書などの著書約130部、である。
●幕末維新に、文武両道を窮めた武術家である。剣道に打ち込み、宮本武蔵を研究している友人、田中宏氏もきっと御存知の人物だろう。いずれ、聞いてみたいと思う。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。