如儡子の辞世詠

荻生待也氏の〔辞世詠〕

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2014年07月24日
●コンテンツの配列は没年月日順です。没年月日が未詳または特定できない場合は、およその見当で繰り入れてあります。
●構成は、整理番号(1~1000)/人物名/ひらがなよみ/辞世詠歌/●人物レファレンス/死没年月日・死因/享年/物故状況などの補記(必要に応じて)
●同一人に2以上の辞世等がある場合は親番号-子番号で区分し、重複を避けてあります。
●用いた文献、出典等は多岐にわたり、表記法も異なります。本コンテンツの場合、出典準拠に従っているため、全体通しの統一表記にはなっていません。また『古事記』や『万葉集』に使われている真名(表音漢字)は、読みやすさを配慮して、漢字かな混じり分に改めました。
●人物レファレンスは最低限にとどめてあります。必要に応じ人物事典などで補ってください。

明25日から本文に入ります。よろしくご愛読ください。 荻生待也2014年07月25日
辞世詠1 日本武尊
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辞世詠1 日本武尊 やまとたけるのみこと
をとめの 床の辺に 我が置きし 剣の太刀 その太刀はや
●景行天皇(記紀第12代)の皇子で、古代伝説上の英雄。『古事記』に見える5世紀の人物。*命は東征の途中、伊勢の能褒のぼ野ので客死している。その不幸だった一生を暗示する絶唱で、我が国初見の辞世とみなしてよかろう。2015年07月10日
辞世詠291 如儡子
カテゴリ:和歌の辞世
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辞世詠291 如儡子 にょらいし

身はかくて死すともこの書見ん人の 知恵の鑑の影は離れし

●江戸前期の仮名草子作者。延宝二年(1674)の没、享年未詳。
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この如儡子の歌は、『百八町記』の跋に記載されている。
昭和5年9月30日発行の『日本思想闘争史料』では、

薪つき滅なん跡の思ひ、おとこのもとごとにのこすことの葉、身はかくて死すとも此書みん人の智恵の鑑の影は離れじ。

と翻字している。しかし、野間光辰氏は、

薪つき滅なん跡の思ひ出とこのもとごとにのこすことの葉
身はかくて死すとも此書みん人の智恵の鑑の影は離れじ

と歌二首と解釈している。版本は末尾に掲げる如くなってる。「■」を「お」と読むか、「出」と読むか。私は、野間氏に従って、「出」と読み、歌二首と解釈したい。「子のもと毎に」と読み、2人いた子供ひとりひとりに、と解釈したいと思う。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。