相撲の史跡・好角土俵

●このような、ブログを見た。鹿島則孝の『桜斎随筆』も、私の予測通り、活用されている。

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好角家・相撲史研究者たちの情報
2008年1月12日 (土)
桜斎随筆
国会図書館関西館で鹿島則孝編著の『桜斎随筆』(本の友社刊)を見る。あらかじめ相撲に関する記述が何巻に載っているかはネットで調べてある。

文政十三年の上覧相撲、泰平年表にある阿武松の待ったに将軍が谷風小野川の先例をもって稲妻の勝ちにしたという話に触れているが、著者は地元出身の稲妻よりも阿武松の人となりをほめたたえている。講談などに仕組まれた話が影響しているような気がする。

古今角觝高名の者として仁王仁太夫、明石志賀之助、釈迦ヶ嶽雲右衛門、谷風梶之助、小野川喜三郎、九紋龍清太夫、鬼面山与市右衛門、雷電為右衛門(桶側胴一枚肋)、大空武左衛門、生月鯨太左衛門、白真弓肥太右衛門とおきまりの巨人が並ぶ中に剣山谷右衛門がおり、十六年続けて東大関を勤め、年寄となりたる時は五十三歳也、能き抱え主なき故横綱に成ず、などとある。???

唯一の収穫は嘉永三年五月福寿院旧地での興行について番付があり、「但二段目ニ住ノ井大助と云者あり当郡平井村住人此時田舎年寄也」と書かれていたこと。平井村は現鹿嶋市平井、前場所限りで地方頭取になったことがわかり、墓もあるやもしれない。
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●鹿島則孝の膨大な記録『桜斎随筆』は、相撲研究者にも活用されているが、地震の記録、自然現象などの記録としても、学問的に利用価値がある。私は、何としても、この7000頁にも及ぶ、膨大な記録を公刊して、多くの読者に活用して欲しいと願ったのである。以下に掲げる研究でも、歴史的な記録として引用されている。

●近世・近代における災害観と浅間山イメージ
玉井建也・馬場章
東京大学大学院情報学環紀要情報学研究№77
●18821年(明治15年)2月の泥雨記事
加納靖之
京都大学防災研究所年報第59号、平成28年6月

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。