森川 昭 先生の 『夷参 いさま』第16号

『夷參(いさま)』第16号発行

『夷參(いさま)』16号 A5判・228頁。非売品。
発行日  平成29年3月30日
編著者  森川 昭
発行者  森川 昭
発行所  252-0024 
     座間市入谷 4丁目 2741-3-116
     森川 昭

16 号  目次

○千代倉家日記抄 52 ………………… 森川  昭   1 
   ―嘉永六年~慶応四年― 

○再説「はせを独吟」 …………………… 佐藤 勝明 219

◇編輯後記◇

 九世六喫園此汐は丹念に日記を書きつづけた。安政三年に隠居したあとを嗣いだ一〇世菜蘭軒邦雄が隠居し、一一世蜑洲鎮雄の代になってもづづけた。その丹念な日記のあれも採りたいこれも採りたいと手間取ってなかなか捗らい。今回は頁数がどれほど増えようと、一気に江戸時代を終わらせたいと肝を決めて、しかも幕末の二年は全文を載せたいと、ようやく打ち終え、プリントアウトして積みあげてみると一行二六字×三〇行のが三糎にもなった。
 思えば、昭和五〇年代の初め、特にお許しを得て、それまでばらばらだった日記帳を年代的に整序するために、宇佐美魚目、長島弘明、塩村耕三氏の協力を得て、廊下に運び出していただいた。その時の圧倒的な量感を今も忘れることができない。あと四〇冊余を残しているとはいえ、その大半を一頁一頁めくったことになる。感慨無量である。
 右の次第で、二号から御寄稿をいただいている榊原邦彦氏には一回お休みいただいて「千代倉家日記抄」一本で行く予定であったが、思わぬ事態が生じた。前号に御寄稿いただいた佐藤勝明氏「「はせを独●」歌仙の紹介」について疑問が寄せられ、佐藤氏も再説の意思を示されたので、急遽御寄稿をお願いした。全く検討もせずに資料を提供した私の責任であるが、再説稿は該資料の発生・伝承を論じた最も詳しい論文になっている。関係者にお詫びと御礼と敬意を表したい。
 いつもながら、長く御高配をいただいでおります千代倉家の皆様、小誌には過ぎたる題字を揮毫してくださった宇佐美魚目氏、印刷はもとよりパソコンの技術指導までしてくださっている、くうるいんさつの野島英俊、栗本知典の両氏に、心から御礼を申し上げます。
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●228頁の大冊である。森川先生の、この ◇編輯後記◇ を拝読して、感激せずにいられない。私は、仮名草子研究を志した最初の頃、島本昌一先生を介して、森川昭先生の御研究に接することができた。島本先生は、森川先生の労作『江戸貞門俳諧の研究』を示され、研究のお手本にするように、とお導き下さったのである。俳諧と仮名草子ではあるが、目指すところは同じだった。以後、森川先生には、機会あるごとに、お導きを賜った。
『夷参』第16号の大冊を拝受して、しみじみ、学問の尊さを思う。
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森川 昭  (ウィキペディア より)

森川 昭(もりかわ あきら、1932年8月29日 – )は、近世日本文学研究者、東京大学文学部名誉教授。
神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程中退。1957年戸山高等学校講師、1961年成蹊高等学校教諭、1965年愛知県立大学助教授、1970年成蹊大学助教授を経て、1976年東京大学国文科助教授、教授、1993年定年退官し名誉教授。同年より帝京大学文学部教授。2003年定年退職。俳諧が専門。
著書
• 『江戸貞門俳諧の研究』成蹊高等学校, 1963
• 『東海道五十三次ハンドブック』三省堂 1997
• 『俳諧とその周辺』翰林書房 2002
• 『春夏秋冬』翰林書房 2005
• 『下里知足の文事の研究 第一部(日記篇)』和泉書院、2013 
• 『下里知足の文事の研究 第二部 論文篇、第三部 年表編』和泉書院、2015  
校注・編纂[編集]
• 松尾芭蕉『おくのほそ道』村田直行共編訳 創英社, 1981
• 『谷木因全集』和泉書院, 1982
• 『発句帳』古典文庫 1984
• 『新日本古典文学大系 69 初期俳諧集』加藤定彦,乾裕幸共編 岩波書店, 1991
• 『論集近世文学 俳諧史の新しき地平』勉誠社, 1992
• 『近世文学論輯』和泉書院, 1993
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投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。