恩師 赤井先生からの電話

恩師、赤井先生からの電話

●今日、小平の赤井須磨子先生から電話を頂いた。
秋男さん、頂いた『近世初期文芸』読みましたよ、難しくて、よくは解らないけれど、読みました。一つ質問ですが、よく、手偏に安いという字が出てくるでしょう、何て意味ですか。
「按」は、考えるという意味で、私が考えるには、という意味で使われています。
ああ、そうですか。わかりました。
●赤井先生は、現在、93歳。私が、原小学校5年の時の担任をしてくれた。
秋男さんは、一番前の席で、授業が始まる時は、さあやるぞ、という態度でしたよ。それから、提出された、詩に、とても良い詩がありました。それが、このように文学の研究に繋がったのですね、嬉しいですよ。
赤井先生、本当に有難うございます。私の書いたものなど、ほとんど、読んでもらえません。赤井先生に読んで頂いて、すごく、感謝しています。先生、お体を大切にして下さいね。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

2013-12-13
赤井先生 さようなら

●原小学校の6年の時の担任、赤井三男先生が御他界なされた。年末の喪中の葉書で知った。本年11月に88歳でお亡くなりになられた。1昨年正月、久し振りに赤井先生の御宅へお伺いし、先生とも奥様とも長時間、思い出話をさせて頂いた。奥様が5年生の時の担任、赤井先生が6年生の時の担任だった。お2人は、その後、結婚されて、東京に出られた。東京の学校で教育に御尽力なされた。
●赤井先生は長年、校長先生を務められた。その功績が認められて、昨年、叙勲を受けられた。今年の年賀状には、勲章を胸にした、御夫妻の立派な写真が印刷されていた。
●私は、時々、雑誌論文や著書をお送りして、近況報告をしてきた。そんな、ある時、故郷身延で江戸文学について講演してはどうか、というお話が持ち上がったことがあった。その折、赤井先生は、秋男、それは止めた方がいいよ。と注意して下さった。いろいろ、お考えの末の一言だったと思う。私は、赤井先生のお言葉に従った。先生は、そのようなレベルで、小学校から現在まで、御指導下さったのである。

■原小学校卒業記念写真

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。