『可笑記評判』解説

仮名草子関係書・解説 【5】
 
【5】・【6】・【7】 可笑記評判

【5】可笑記評判(上)  昭和52年1月25日,勉誠社発行,10000円。(近世文学書誌研究会編,近世文学資料類従・仮名草子編・21)『可笑記評判』(名古屋大学図書館蔵本)を写真複製して収録したもの。巻一~巻三を収録。

【6】可笑記評判(中)  昭和52年2月25日,勉誠社発行,10000円。(近世文学書誌研究会編,近世文学資料類従・仮名草子編・22)『可笑記評判』(名古屋大学図書館蔵本)を写真複製して収録したもの。巻四~巻七を収録。

【7】可笑記評判(下)  昭和52年3月25日,勉誠社発行,10000円。(近世文学書誌研究会編,近世文学資料類従・仮名草子編・23)『可笑記評判』(名古屋大学図書館蔵本)を写真複製して収録したもの。巻八~巻十を収録し,解説を付したもの。

  一、著  者

 『可笑記評判』は、『可笑記』(如儡子作・五巻・寛永十九年刊)に対する批評書として、万治三年二月に刊行された。その奥書に「于時寛永十四南呂上澣 瓢水子筆之」とあり、この「瓢水子」が浅井了意の号である事は、北条秀雄氏の『浅井了意』(昭和十九年刊)によって立証されている。浅井了意は、万治・寛文期に『堪忍記』『東海道名所記』『江戸名所記』『浮世物語』『京雀』『伽婢子』等の多くの仮名草子を著しているが、『勧信義談紗』『三部経鼓吹』をはじめとする仏書をも残している。この了意に関しては、北条秀雄氏の『改訂増補 浅井了意』(昭和四十七年刊)に詳しい(注1)。

  二、成  立

 『評判』の成立時期に関しては従来諸説が出されている。早く仮名草子研究の道を開かれた水谷不倒氏は、奥書の「于時寛永十三/孟陽中韓江城之旅泊身筆作之」(『可笑記』)「于時寛永十四南呂上澣 瓢水子筆之」(『評判』)をそのまま信用して、『評判』の著者は『可笑記』を草稿の段階で読み、批評を付加した、とされた(『近世列伝体小説史』明治三十年刊)が、この水谷氏の説を除くと、藤岡作太郎氏、北条秀雄氏、寺谷隆氏、野田寿雄氏、松田修氏の各説は、その刊年記「万治三年庚子二月吉祥日」に近い頃に成立したという点で一致している(注2)。ところが最近、野間光辰氏は北条秀雄氏の説に疑問をもたれ、「了意が一年を出でずしてこれを読みこれに評語を加へたことも、十分あり得る。」いと、水谷不倒氏の               
説に近い、草稿内覧説を主張された(注3)。
 私もこの問題に関して種々検討してみたが、やはり万治に近い頃に成立したというのが実情ではなかったかと思われる。今は紙数の関係で詳しく述べられないので、そのように考える根拠の一つを示すにとどめたいと思う。かつて『可笑記』各版の本文異同に関して考察した事があるが(注4)、その結果によれば、『評判』所収の『可笑記』本文は無刊記本を底本に使用したものと判断される。また、無刊記本の刊行時期については、寛永十九年秋以後、万治二年以前、と考えるのが妥当のようである。したがって『評判』の著者は、寛永十四年に『可笑記』の写本に接して筆を起こし、二十三年後の万治三年頃までに完成したという説には従いがたい。『可笑記』は寛永十九年秋に十一行本が初めて刊行されたが、その後、この十一行本の準かぶせ版としての十二行本が出た。そして、おそらく、それに続く第三版として出版されたのが無刊記本であろう。さらに万治二年正月には絵入本が出ている。寛永十九年から万治二年まで十七年間、仮に機械的に計算すると、ほぼ六年毎に次の版が出された事になる。このような点から考えると、ある
いは、無刊記本の刊行は承応年間であったかも知れない。そして『評判』の著者は、この無刊記本をテキストにして批評を付加したものであろう。
 なお、この『評判』の成立に関しては、奥書の「于時寛永十四南呂上澣」、序の「寛永のころほひ……」をどのように解釈するか、如儡子と了意の関係等、多くの問題が関連してくる。今後、さらに考えを深め、別に発表したいと思っている。
                    
 さて、万治三年刊行の『評判』を最初に記載した書籍目録は、寛文六年頃の刊とされる『和漢書籍目録』(寛文無刊記本)であり、以後出版された書籍目録の記録を、年代順に列挙すると次の通りである(注5)。

○「十冊 同評判」(『和漢書籍目録』・寛文無刊記本)
O「十冊 同評判 浅井松雲了意」(『増補書籍目録 作者付大意』・寛文十一年・
  山田市郎兵衛刊)
O「十 同評判 了意」(『古今書籍題林』・延宝三年・毛利文八刊)
O「十 同評判 浅井松雲」(『新増書籍目録』・延宝三年刊)
○「十 同評判 浅井松雲 廿匁」(『書籍目録大全』・天和元年・山田喜兵衛刊)
O「十 同評判 了意作」(『広益書籍目録』・元禄五年刊)
○ 「十 上村 同評判 了意 十五匁」(『増益書籍目録大全』・元禄九年・河内屋
  喜兵衛刊)
O「十 可笑記評判 了意」(『新板増補書籍目録 作者付大意』・元禄十二年・永
  田調兵衛等刊)
O「十 上村 同評判 了意 廿五匁」(『増益書籍目録大全』・元禄九年刊正徳五
  年修・丸屋源兵衛刊)

 東寺観智院所蔵の『新板書籍目録』(万治二年の写本)には、未だ記載されていないが、これは『評判』の刊年記「万治三年庚子二月吉祥日」と符合する。右に挙げた書籍目録の記録によると。『評判』は「浅井松雲了意」の作として売買され、元禄九年頃の版元は「上村」であった事がわかる。この「上村」は、京都二条通リ烏丸西入ル北側(玉屋町)に住し、寛永から宝永に亙って『聖賢像賛』『続列女伝』『智恵鑑』『洛陽名所集』『尚書通考』『僧伝排韻』『左伝林註』等を刊行した上村次郎右衛門であろうと思われる(注6)。また価格も、廿匁(天和元年)、十五匁(元禄九年)、廿五匁(正徳五年)と時代により変化はあるが、同時代の他の書
に比較してみると、この作品はかなり高価なものとして扱われていたようである(注7)。                  
 万治三年より正徳年間までの、およそ五十年間、新本としてまた古本として、書肆の店頭に出されたこの作品も、享保十四年の『新撰書籍目録』(永田調兵衛刊)・明和九年の『大増書籍目録』(武村新兵衛刊)では、他の大部分の仮名草子類と共に、その姿を消している。以後は各蔵書家の手によって、細々と伝えられたのである。
 「此書久シク探索シテ漸ク京師書林石田治兵衛ヨリ需ム雑書中ニテハ有益ノモ
  ノ歟今茲初テ得之珍蔵スペキモノナリ 七十四翁三園誌之」
 これは、名古屋大学附属図書館所蔵本の識語である。この旧蔵者・三園は「神
谷氏、名は克楨、通称喜左衛門。尾張藩士で、京に在ること二十五年、学を好み和漢の異本珍籍を蔵し、有職故実・算数・本草学にも精しかった。岡田文園・吉田雀巣・柴田海城・小寺玉晁・小田切春江らと交わり、畸人をもって目せられた。明治四年六月、八十四歳をもって没し」ている(注8)。また石田治兵衛は、京都一条通リ大宮西入ルで、寛政から明治にかけて活動した書肆と思われる(注9)。三園の没年から逆算すると、
この識語の書かれたのは文久元年となり、この時期の本書の状況を推察する事ができる。                       
  

  三、底本と諸本

 『可笑記評判』の諸本について実地に踏査した結果、現在、その所在が明らかになっているものは、次の七点である。
 1、赤木文庫(横山重氏)所蔵本
 2、京都大学附属図書館所蔵本
 3、国立国会図書館所蔵本
 4、東京大学附属図書館所蔵本
 5、名古屋大学附属図書館所蔵本
 6、竜門文庫所蔵本
 7、早稲田大学図書館所蔵本
 本影印の底本には、右の諸本の内、最も刷りが早く、しかも完本である、名古屋大学附属図書館所蔵本を使用した。以下書誌的概観を試みたいが、右の諸本は、いずれも同一版木に拠るものと思われるので、底本についてのみ、版式を詳しく記し、他の諸本はこれと異なる点を記すに止めたい。
                              

 1、名古屋大学附属図書館所蔵本(岡谷文庫 岡913 51 AI~10)
著者  瓢水子(浅井了意)。
表紙  雷文つなぎ牡丹唐草模様藍色原表紙、縦278ミリ×横182ミリ(巻一)。大本。
題簽  左肩に、子持枠原題簽、「可笑記評判 一(~十)」縦176ミリ×横39ミリ(巻四)。
  各巻、部分的に磨損、欠損あり。
匡郭  四周単辺、縦208ミリ×横160ミリ(巻一の2丁表)。
内題 「可笑記評判巻第一 (~十)」。
目録題 「可笑記評判巻第一 (~十)目録」。ただし、巻八は「目録」の二字なし。
尾題  なし。
柱刻  巻一「可笑記評判一 乙(~五十六終)」。
    巻二「可笑記評判巻二 乙」。
      「可笑記評判二 二(~六)」。
      「可笑記評判巻二 七(~六十三終)」。
    巻三「可笑記評判巻三 乙(~四十六終)」。
    巻四「可笑記評判巻四 乙(~五十六終)」。
    巻五「可笑記評判巻五 乙(~四十七終)」。
    巻六「可笑記評判巻六 乙(~五十一終)」。
    巻七「可笑記評判巻七 乙(~六十五終)」。
    巻八「可笑記評判巻八 乙(~五十九終)」。
    巻九「可笑記評判巻九 乙(~七十六終)」。
    巻十「可笑記評判巻十 乙(~七十九終)」。
  版心は白口。
巻数  十巻(欠巻なし)。
冊数  十冊。
丁数  巻一…56丁。  巻二…63丁。  巻三…46丁。  巻四…56丁。
    巻五…47丁。  巻六…51丁。  巻七…65丁。  巻八…59丁。
    巻九…76丁。  巻十…79丁。
行数  毎半葉12行。
字数  一行約22字(批評の部分は一段下げのため、それより1字ないし2字少ない)。
章段数  序。愚序評。巻一…27段。  巻二…20段。  巻三…23段。
    巻四…24段。 巻五…25段。  巻六…17段。  巻七…21段。
    巻八…30段。 巻九…43段。  巻十…47段。  奥書
句読点  部分的に付されており、「。」「・」混用。
奥書 「于時寛永十四南呂上澣 瓢水子筆」。
刊記  「万治三年庚子二月吉祥日」。
蔵書印・識語等 「真照文庫」「名古屋大学図書印」「名古屋大学図書館/和書/89903(~
   89912)(黒印)」の朱印。「寄贈者岡谷正男氏/昭和二十六年二月十五日」の青印。巻
   一前表紙に白紙(縦157ミリ×横78ミリ)が貼付されており、墨書にて次の識語があ
   る。「可笑記評判十套 万治三年庚子二月吉祥日梓行/此書久シク探索シテ漸ク京師書
   書林/石田治兵衛ヨリ需ム雑書中ニテハ/有益ノモノ歟今茲初テ得之珍蔵ス/ペキモノ
   ナリ/七十四翁三園誌之」

 2、早稲田大学図書館所蔵本(ヘ13 1701 特別図書)
表紙  後補薄藍色表紙、縦272ミリ×横182ミリ(巻一)。大本。                           
題簽  左肩に、後補題簽、「可笑記評判 一(~十)」と墨書、縦172ミリ×横36ミリ(巻
   一)。
蔵書印 「早稲田大学図書」の朱印、その他朱印一顆。
その他  各巻頭の目録(乙丁)がすべて落丁。

 3、赤木文庫(横山重氏)所蔵本
表紙  濃縹色原表紙、縦267ミリ×横185ミリ(巻一)。大本。
題簽  左肩に、子持枠原題簽、(可笑記評判 一(~十終)」縦187ミリ×横38ミリ(巻一)。
蔵書印 「西荘文庫」「アカキ」「よこ山」の朱印。
その他  巻八の31丁・32丁が乱丁。

 4、京都大学附属図書館所蔵本(国文学 pb 24)
表紙  縹色原表紙、縦269ミリ×横185ミリ(巻一)。
題簽  左肩に、子持枠原題簽、「可笑記評判 一(~十終)」縦約187ミリ×横38ミリ(巻
   一)。ただし、巻三欠。
蔵書印 「京都帝国大学図書之印」の朱印。「京大/170749/大正6・2・9」の青印。                   

 5、国立国会図書館所蔵本(146 171)
表紙  原表紙は失われており、昭和四十一年に改装し、茶色縞表紙を補う。縦269ミリ×
   横201ミリ(第一冊目)。大本。この折、本文紙も全冊に亙って総裏打ちされた。
題簽  左肩に、後補子持枠題簽、「可笑記評判 巻一~三(巻四~七・巻八~十)」と墨書、
   縦196ミリ×横38ミリ(第一冊目)。
冊数  三冊に合冊。第一冊…巻一・巻二・巻三。 第二冊…巻四・巻五・巻六・巻七。第三
   冊…巻八・巻九・巻十。
蔵書印 「不忍文庫」「阿波国文庫」「東京図書館蔵」の朱印。「書林柳校軒 日本橋小川二丁
   目 彦九郎」の黒印。
その他  巻九の75丁・76丁、下部三分の一ほど欠損。巻八の31丁・32丁、巻九の31丁、
   巻九の49丁~76丁が乱丁。

 6、東京大学附属図書館所蔵本(青洲文庫 E24 634)
表紙  縹色原表紙、縦267ミリ×横181ミリ(巻一)。大本。
題簽  左肩に、子持枠原題簽、「可笑記評判 一(~十)」了十」」縦175ミリ×横39ミリ
   (巻一)。ただし、巻五欠。
蔵書印 「青洲文庫」「東京帝国大学図書印」の朱印。

 7、竜門文庫所蔵本(一〇ノ三 815)
表紙 後補茶色表紙、縦255ミリ×横180ミリ(巻一)。大本。 
題簽  なし。
蔵書印 「永田文庫」「竹田文庫」「善宇」「龍門文庫」の朱印。「本治」の黒印。その他朱印一
   顆。
その他  巻一の52丁が落丁。巻三の2丁~6丁、巻十の76丁・77丁が乱丁。
 

以上、各所蔵本を概観したのであるが、これらは、印刷の先後によって、二つのグループに分ける事ができると思われる。初印本と断定できないにしても、明らかに早印本であると思われるのが、名大本と早大本であり、赤木文庫本・京大本・国会本・東大本・竜門文庫本は後印本と思われる。その根拠は、赤木文庫本系には、版木の破損によって、巻五の35丁・36丁に、かなり不明の箇所があるが、名大本系ではこれが明瞭に出ているし(注10)、また名大本系において。巻八の39丁の丁付は「丗」とあり「九」が脱落しているが、赤木文庫本系では「丗九」と訂正され「九」を埋木した跡が認められるからである。なお、同じ巻八の丁付が「廿八
・廿九・三十・三十一・丗一・丗二」とあるのは、諸本共通であり「丗一」は「丗二」の誤刻であるが、赤木文庫本と国会本は「三十一」と「丗一」を入れ替えて製本してしまっている。また、題簽に二種あるが、名大本と東大本が同じ版木によるものと思われ、赤木文庫本と京大本のものが同系統である。これらの点から考えると、後印本と思われるクループの中でも、東大本は名大本と近い関係にあるという事ができる。

                    
四、『可笑記』・『可笑記評判』章段対照表

 『評判』は『可笑記』の批評書であり、各段ごとに表題を付し、『可笑記』の本文をまず掲げ、その後に「評曰……」と一段下げて批評を連ねる、という体裁をとっている。『可笑記』全二八〇段中、批評を付加したのは二三一段である。各段の分量は、小は二行程度のものから、大は延々十三丁に亙るものもあり、必ずしも一定しないが、瓢水子の付加したものは、序、愚序評、奥書を加えると、二三四の長短の批評文という事になる。その他、各巻頭の目録題も新たに付加したものである。

★【章段対照表 省略】  原本参照

 注1、○七囲んだものは、批評を省略した談。
 注2、空白の箇所(『可笑記』巻一の32・巻二の15・巻四の42)は『可笑記』本文、批評
    ともに省略した段。
 注3、『評判』巻三の「19・20・21・22・23」は原本では「16・19・20・21・22」となっ
    ている。

★【章段数対照表 省略】  原本参照

批評を付加した段……………………………231段
批評を省略した段…………………………… 46段
本文・批評ともに省略した段………………  3段
総数……………………………………………280段

五、『可笑記評判』所収の『可笑記』本文について

 『評判』所収の『可笑記』本文が無刊記本に近い事は、すでに前田金五郎氏が指摘しておられる(『国語国文』昭和四十年六月号)が、その後、私は『近世初期文芸』第一号(昭和四十四年十二月)でやや詳しく考察した事がある。今は、その結果の概略を示すにとどめたい。
 『可笑記』の版本には次の四種がある。( )の中は略称。
 ○寛永十九年版十一行本(十一行本)
 ○寛永十九年版十二行本(十二行本)
 ○無刊記本
 ○万治二年版絵入本(絵入本)
 この中で、十一行本が初版、十二行本は十一行本の準かぶせ版、無刊記本は十一行本を底本にして改版したもの、絵入本は無刊記本を底本にして改版し挿絵を加えたもの、という事ができる。これら各版の本文と『評判』所収の本文を比較した結果は次の通りである。
 1、無刊記本・絵入本・評判共通の異同が多い事から、この三版が近い関係にあると言える。
 2、評判には四箇所に亙って長文の脱落があり、他の版が評判を底本に使ったという可能性
   はない。
 3、無刊記本・絵入本に対する評判の異同を分析すると、より無刊記本に近いと言い得る。
   そこから評判は無刊記本を底本に使用した事が推測されるが、その際、十一行本・十二
   行本は参照しなかったものを思われる。                        
 4、評判には四箇所に長文の脱落があるが、その外にも機械的な誤脱が多い。
 5、評判は無刊記本の不足ぎみの文章を、積極的に補っている。
 6、評判には無刊記本の口語的表現を文語的に改めたものがある。
 7、評判の無刊記本に対する校訂的態度には、極めて積極的なものを認め得るが、それだけ
   に、ゆき過ぎもみられる。
 8、評判は、漢字・仮名の異同、振り仮名の異同等においても。それほど無刊記本に忠実で
   はない。
 要するに『評判』は無刊記本を底本に使用したと思われるが、絵入本のように忠実ではなく、盲従してもいない。したがって無刊記本の誤りを正す事も多いが、誤脱も多く。他のどの版よりも劣った本文であると言える。しかし『評判』は『可笑記』の本文を改版・出版するというよりも、批評を付加する点にこそ、その目的があったのである。その意味では、同じ批評書としての『祇園物語』が『清水物語』本文の重要な部分を、時として大量に省いているのに比較すると、この『評判』は、むしろ忠実に『可笑記』の本文を伝えたというべきである。

★【諸作品価格一覧表 省略】  原本参照

注1 浅井了意に関する参考文献については、日本古典鑑賞講座『御伽草子・仮名草子』所収
  の水田紀久氏編「仮名草子文献目録」、『改訂増補 浅井了意』所収の若木太一氏編「浅井
  了意関係研究文献目録」。『近世初期文芸』第三号所載の小川武彦氏・深沢秋男編「仮名草
  子研究文献目録」を参照願いたい。なお、その後、北条秀雄氏に『新修浅井了意』(昭和
  四十九年刊)があり、拙稿「『可笑記評判』について」(昭和四十九年刊『日本文学の研究』
  ―重友毅博士頌寿記念論文集―所収)がある。
注2 藤岡作太郎氏は万治年間(『近代小説史』)、北条秀雄氏は慶安・承応の頃(『浅井了意』)、
  寺谷隆氏は明暦前後(『国語国文』昭和二十九年三月)、野田寿雄氏は慶安か承応のころ(『国
  語国文研究』昭和三十八年二月)、松田修氏は正保末、万治初年(『文学』昭和三十八年五
  月)とされている。
注3 「了意追跡」(昭和四十七年三月刊、北条秀雄氏『改訂増補 浅井了意』所収)
注4 「『可笑記』の本文批評」(『近世初期文芸』第一号・昭和四十四年十二月)
注5 書籍目録については『江戸時代書林出版書籍目録集成』(慶応義塾大学附属研究所斯道
  文庫編)に拠った。
注6『慶長以来書賈集覧』(井上和雄氏編)によると上村姓の書肆は五名あるが、次郎右衛門
  が時代的にも妥当と思われる。
注7 価格を記した書籍目録の主なものは、次の四種である。
  ①『書籍目録大全』(天和元年・山田喜兵衛刊)
  ②『増益書籍目録大全』(元禄九年・河内屋喜兵衛刊)
  ③ ②の増修本(宝永六年・丸屋源兵衛刊)
  ④ ②の第五次増修本(正徳五年・丸屋源兵衛刊)
  この中から主な作品を取り上げ、冊数の多い順、価格の高い順に配列したのが後に掲げた
  「諸作品価格一覧表」である。もちろん、重版の有無、丁数なども関係してくるので、一
  概には言えないし、また『評判』が再版されなかった事とも関わっていると思うが、他の
  作品に比して、本書が高額である事は言い得ると思う。
注8 これは、小野晋氏著『近世初期遊女評判記集』(研究篇)より引用させて頂いた。なお、
  小野氏の御厚意により、愛知県刈谷市立図書館所蔵の『そゞろ物語』の識語と筆蹟を比較
  することを得た。その結果、同じ三園のものと判断される。
注9 前掲『慶長以来書賈集覧』に拠る。
注10 巻五の不明箇所について、竜門文庫本は未確認であるが、丁付その他の点から後印本
  に入れた。機会をみて確認し、正確を期したいと思う。

付 記

 『可笑記評判』の解題をまとめるにあたって、
 名古屋大学附属図書館では、貴重な御所蔵本を。底本として使用することを御許可下さいました。
 前田金五郎、横山重両先生には、仮名草子全般に関して多大の御指導を賜り。小野晋先生には、刈谷市立図書館所蔵の『そゞろ物語』に関して、種々御教示を賜りました。
 諸本の閲覧に際しましては、赤木文庫、京都大学附属図書館、国立国会図書館、東京大学附属図書館、竜門文庫、早稲田大学図書館の御高配を賜りました。
 ここに記して、厚く御礼申し上げます。
                       昭和五十年四月四日

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

【追 記】

 浅井了意の『可笑記評判』は、昭和45年12月25日、近世初期文芸研究会から、最初の翻刻として出した。しかし、全10巻の大部な作品ゆえ、『可笑記』の本文は省略して、了意の付加した、批評の部分のみを収録するという不本意なものとせざるを得なかった。。しかも、タイプ印刷という、極めて厳しい印刷条件の下での作業であった。
 そのような経過があったが、それから7年後、『近世文学資料類従・仮名草子編』の第2期が刊行されることになり、その中に『可笑記評判』を加えて頂くことになったのである。これは、横山先生と前田先生に、私から、以上の経過事情を説明して、お願い申上げて、実現したものである。
 底本に関しては、前回の対応に、反省点もあったが、ここで、最も印刷の早い、名古屋大学附属図書館の所蔵本を使用させて頂けたことは、本当に感謝している。

                            平成28年12月7日
                                      深沢秋男

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。