【自著を語る】 新・3  〈2018年2月12日〉

【自著を語る】 新3  <2018年2月12日>

【11】井関隆子日記 下 校注
B6判、396頁、昭和56年6月5日、勉誠社発行、定価4500円。原本所蔵者 鹿島則幸、校注者 深沢秋男。
(1)口絵、(2)凡例、(3)天保14年1月~12月、天保15年1月~10月、(4)索引
●長年の夢がようやく叶った。しかし、私は、10年間近く仮名草子研究から離れてしまった。これは、大きなロスになったと思う。そのまま仮名草子の研究を続けていれば、ライフワークの「如儡子の研究」は、もう纏まっていたものと思われる。自業自得である。
●『日記』全3巻が完結しても、世間からは、余り認めてはもらえなかった。昭和59年4月4日~6日、ドナルド・キーン氏が『朝日新聞』の「百代の過客―日記にみる日本人―」で採り上げて下さり、少し知られるようになった。大学入試に出題されるようにもなった。
◎平成11年度、センター試験、国語、本試験に出題される
◎平成11年度、センター試験、日本史、追試験に出題される
◎平成20年度、明治大学入試に出題される
◎平成23年度、京都大学入試に出題される
●研究面では、新田孝子氏の研究、真下英信氏の研究をはじめ、諸氏の研究によって、近世の日記文学として、高く評価されてきている。
●平成19年1月2日~3月4日、江戸東京博物館で開催された特別展「江戸城」には、昭和女子大学図書館所蔵の『井関隆子日記』の原本が展示されて、さらに世間に知られるようになった。
●現在では、このように、近世の日記文学として評価されるようになったが、それ以前から、昭和女子大学短大国文科、専攻科、学部日本文学科、大学院では、講義・講読・演習のテキストとして採用することを許して下さった。関係者に対して感謝申し上げる。また、その講義・講読・演習を履修してくれた学生にも感謝する。
●当時、この科目を履修した学生には、高額なテキスト代を負担してもらい、しかも、この日記に、文学的価値がなかった場合、許して欲しい、その様に断って、授業を始めた。今、振り返ってみると、まずまずの結果になって、胸をなでおろしている。
●御茶ノ水女子大学大学院、筑波大学大学院でも、テキストとして採用してくれた。現在では、高等学校でも教える学校が出てきている。

【12】近世木活図録 国会図書館本  共編
日本書誌学大系 37、横小本(縦135ミリ×横185ミリ)228頁(頁表示無し)、昭和59年5月31日、青裳堂書店発行、定価5500円。
編者 朝倉治彦 深沢秋男。
(1)はしがき、(2)例言、(3)書名目次
国立国会図書館所蔵の近世木活字本123種の書目解題と図版を掲げたもの。配列は五十音順。
●本書は、朝倉氏の要請によって編者に加えて頂いたもので、私は多くは協力していない。本書発行後に、某氏から厳しい批評を頂いた。

【13】桜山本 春雨物語 編
A5判、382頁、昭和61年2月25日、勉誠社発行、定価12000円。編者 深沢秋男。
目 次
凡例
影印篇
 春雨物語 上
  序 血かたびら 天津をとめ 海賊 二世の縁 目ひとつの神 死首の咲顔
 春雨物語 下
  捨石丸 宮木が塚 歌のほまれ 樊噲
研究篇
 一、『春雨物語』の諸本
 二、『春雨物語』の本文校訂
 三、文化五年本の書誌・概観
1、 漆山本
2、 桜山文庫本
3、 西荘文庫本
 四、桜山文庫本
1、 書写者
2、 墨筆と朱筆
3、 墨筆の原本
4、 朱筆の原本
 五、桜山文庫本と西荘文庫本
1、 漢字・仮名の異同
2、 省略・脱落関係
3、 その他の異同
 六、桜山文庫本と漆山本
 七、まとめ(文化五年本系統図)
付記
●この本の出版のきっかけは、昭和41年に遡る。41年2月24日、私は、恩師・重友先生と先生のお嬢さんの3人で水戸の鹿島則幸氏宅を訪問した。その前年、鹿島氏は御蔵書を研究に活用して欲しいと申され、その意向を重友先生にお伝えした結果、この日の水戸行となった訳である。
●この時、◎春雨物語、写本2冊。◎忠義水滸伝、3冊、20回。◎山花帖、3帖。◎名鳥、1冊。◎曲訛、1冊。雑兵物語、上下1冊、南畝旧蔵本。婦る野の若菜、1冊。計13冊であった。借用書には重友先生が署名押印された。
●先生は、自分が研究できる間借用する。不可能になったら返却する。そのために君(深沢)に同行してもらった。重要なものは別として、他のものは早く返す。『春雨物語』はこれを底本として校本を出版したい。了阿の『山花帖』は雑誌に翻刻してもよい。『雑兵物語』は他本との対校くらいか。お礼の意味を含めて、論文を書き、学界に紹介したい、と申された。帰りの電車の中で撮った先生の写真が、現在、私の書斎の正面に掛けてある。
●その後、7年間、これらの蔵書は先生のお手許に保管されていた。この間、浅野三平氏が桜山文庫本を底本にした『春雨物語』(昭和46年9月5日、桜楓社発行)を出されたが、重友先生としては、特別使用される事もなく経過し、昭和47年10月、鹿島氏に御返却する事になり、私がその役を仰せつかった。
●この折、桜山本は半月ほど私の手許にあり、ゆっくり閲覧する事が出来た。この桜山本『春雨物語』は丸山季夫氏の翻刻(古典文庫、昭和26年5月20日発行)と、前述の浅野三平氏の翻刻が既に出ていたが、原本の実態を知るに及んで、両氏の御苦心も理解できたが、この2つの翻刻本には、原本が十分に表現されていない事も痛感した。この原本を正確に学界に紹介し、後世に伝えるためには、写真複製以外に方法は無いと思った。そこで、鹿島氏の御許可を頂いて、勉誠社に依頼して、取りあえず写真撮影してもらい、原本は御返却申し上げた。
●その後、この『春雨物語』の事は常に頭の中にあったが、12年間が経過してしまった。昭和60年、朝倉治彦先生から、ある出版社が桜山本を出したい意向である旨の連絡を頂いた。そこで、前述の経緯を申し上げて、勉誠社の池嶋社長とも相談し、検討の結果、勉誠社から出して頂く事になった訳である。
●仮名草子研究の私が、後期の上田秋成の『春雨物語』を調査し始めたのは、このような事情によるものである。私は勉誠社にお願いして、墨と朱の2色による複製を計画し、非常に厳密なチェックをしながら作業を進めた。出版社の編集と製版・検版と私の共同作業であった。
●私は、この本を出すにあたって、従来の『春雨物語』の本文研究に接して、驚くべき事実に出会った。それは、大まかに言えば、文化6年の自筆本の欠落部分を、文化5年本で部分的に補っているという事であった。文学は芸術作品である。作品は、完結して初めて評価の対象になるのではないのか。創作時点の異なるテキストを組み合わせるなどと言う事は許されるのであろうか。そんな、切実な思いを込めながら、テキストクリティークを進めた。
●恩師の重友先生をはじめ、秋成研究の諸先学の説を批判する事は、厳しい作業であった。ただ、晩年、明を失いながらも、推敲を続けて出版する事もせずに、この作品に命をかけて完成を目指しながら、この世を去って行った秋成の事を思うと、私の立場など、もうどうでもよかった。
●文化5年本『春雨物語』の研究では、中村幸彦氏の「小津桂窓旧蔵 春雨物語について」(『典籍』4号、昭和27年10月)が定説の如き状態であった。中村氏は、文化5年本の3本について、西荘文庫本は、原本からの写しであり、漆山本と桜山文庫本は兄弟関係にあり、この2本のもとになった写本は国学の素養を持つ人によって、読み易く書き改められたものであろう、と判断されていた。
●しかし、私は、この3本を徹底的に比較検討した結果、この中では、桜山文庫本が最も優れた本文であるという結論を導き出した。全く白紙の状態から、1年余の時間をかけてようやくたどり着いた結果であった。
●この本は、『春雨物語』の本文校訂にあたって、使用すべき底本に関する新たな提案をし、秋成の専門研究者・中村幸彦氏の説に対して反論する結果になった。その意味で、諸方面に迷惑が及んでは済まないと思い、勤務先などは奥付に入れない事にした。しかし、秋成に対しては、良い事をしたのではないかと、密かに思っている。
●本書は、昭和61年に出たが、果せるかな、私の説は学界から無視され続けた。平成元年8月、木越治氏の「『春雨物語』へ――文化五年本からの出発――」(『日本文学』38巻8号)という、注目すべき論文が発表され、ようやく、専門研究者も評価して下さるようになった。きっと、秋成もあの世で喜んでいてくれるものと思う。このようなキケンな本を、製作にも神経を遣いながら出版して下さった、勉誠社の池嶋洋次氏に改めて感謝申し上げる。
●この時、すでに、恩師・重友毅先生は在世しておられず、中村幸彦先生には、本を贈呈したが、受領のハガキは頂いたが、内容に関してはコメント無しだった。その後、木越治氏の研究や、『上田秋成全集』での、長島弘明氏の対応で、従来の問題点は修正されたように思う。
●秋成の晩年は苦しかった。貧しい生活の中で、身体的にも明を失い、そのような状態のなかで、推敲し仕上げていった『春雨物語』、私たちは、その一字半句をも、おろそかに扱うことは許されない。そのように、私は思っている。
●余談であるが、私が、順調に法政大学の大学院へ進み、重友先生の御指導を受けた場合、私は、秋成の国学を解明したいと、密かに考えていた。それは、夢のまた夢に終わった。

【14】仮名草子集成・10巻 共編
A5判、324頁、1989年9月30日、東京堂出版発行、定価15000円。編者 朝倉治彦 深沢秋男。
目 次
 例言 凡例
仮名草子集成 第十巻
 をむなかゝみ(3巻3冊、慶安3年刊) 解題
 女五経(5巻5冊、延宝3年刊、絵入) 解題
 をんな仁義物語(2巻2冊、万治2年刊、絵入) 解題
 女みだれかみけうくん物語(1冊、寛文13年刊、絵入)
  写真版 解題
  (補) 有馬山名所記(5巻5冊、寛文12年跋刊、絵入) 解題
●朝倉治彦先生は、昭和55年に『仮名草子集成』第1巻を東京堂出版から出された。文部省の昭和54年度科学研究費補助金(研究成果刊行費)による出版であった。その例言によると、朝倉先生は、当初、室町時代物語、古浄瑠璃、説経などの研究を志していたが、横山重先生のすすめで仮名草子研究を始めたという。横山先生の『室町時代物語大成』と『仮名草子集成』の本文の組み方が同様である事から推測しても、朝倉先生の横山先生への思いが伝わってくる。本集成は、坂巻甲太氏などの協力を得ながら刊行が続いた。途中から、出版も軌道に乗り、文部省の助成は受けなくなった。
●昭和64年(1989)の4月、朝倉先生から、この集成への協力を要請され、熟慮して参加させてもらう事にした。第10巻では『女仁義物語』の本文作成を担当しただけであった。以後、10年間ほど、朝倉先生のお手伝いをして、多くの事を教えて頂いた。当初、『可笑記』の解明が目標であったが、対象を仮名草子の諸作品へと拡大してゆく事になった。それは、横山先生と前田先生と朝倉先生の影響であると思う。今から思えば、この事に心から感謝している。

【15】仮名草子集成・11巻 共編
A5判、282頁、1990年8月25日、東京堂出版発行、定価15000円。編者 朝倉治彦 深沢秋男。
目 次
 例言 凡例
仮名草子集成 第十一巻
 芦分船(6巻6冊、延宝3年刊、絵入) 解題
 大坂物語(古活字版第二種、1冊)  菊池真一校訂
  解題              菊池真一
 大坂物語(上下2冊、写本)     青木晃校訂
  解題              青木晃
 女式目 并 儒仏物語(3巻3冊、万治3年刊、絵入) 解題
 女式目(3巻3冊、絵入) 解題
●私は、この第11巻収録の『女式目』の東京大学図書館所蔵本を調査して、同図書館で別々に保管している版本が、実は3冊セットで出版された事を知ることができた。詳細は『近世初期文芸』第9号(平成4年12月)の拙稿「『女式目』の諸本」で述べておいた

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。