「日本文学研究会役員」

「日本文学研究会役員」

会長 重友 毅
顧問 西尾 実
   近藤忠義
   小田切秀雄
委員 菅原真静
   市川通雄
   石沢 豊
   大窪教海
   小沢良衛
   笠間愛子
   高橋辰久
   高橋弘道
   千葉 篤
   橋口祀長
   丸山 茂
   森田喜郎
   田中 宏
   深沢秋男
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●昭和37年(1962)11月30日発行の、日本文学研究会の機関誌『文学研究』掲載の、同会の役員である。重友毅先生、西尾実先生、近藤忠義先生、小田切秀雄先生は、別格として、この研究会を実質的に運営しておられたのは、菅原真静先生であった。
●東京都立松原高校の校歌は、菅原真静先生の作詞である。菅原先生は、中世文学の研究者であったが、この当時は、世田谷の桜上水にある松原高校で国語を教えておられた。私は、結婚後、妻の高校時代のアルバムを見て、菅原先生のお写真を拝見して、このことを知った。
●菅原先生は、研究会の例会では、実に厳しい御指導をされていた。新人の私など、なかなか発言できなかった。月1回の研究会は、日常とは異質な、緊密な、緊張した時間が支配していた。最後に重友先生の御指導を頂く、その前の段階、これが、真剣勝負の〔たたかい〕だった。午前中2時間、午後2時間、会が終わって、外に出ると、現実の我に返る。その時、菅原先生は、優しかった。私は、最後まで、先生を尊敬し、慕っていた。
●実は、研究会に入会する時、この会は、研究が目的であるから、就職とか、本を出すとか、そういう世話は一切しないことになっている、それを心得ておくように、と、重友先生から申し渡された。事実、最後まで、その通りの研究会であった。
●事実は、そうではあったが、陰に陽に、私は、先輩の先生方に、導かれ、助けられ、御配慮を賜ったのである。
●今日から、5月である。4月末に関係する雑誌の整理をした。思えば、多くの先学や先輩の御指導を受けたものである。私ひとりでは、何もできなかった。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。