鹿島則孝の富士山

鹿島則孝の富士山
2018.05.04 Friday

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富士山-言葉で描かれた「富士山」

富士山の俳句、小説など、言葉でえがかれた富士を。
   ○富士山頂で研究を!(NPO「富士山測候所を活用する会」)
   ○富士山高所科学研究会
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投稿者: Owner 日時: 2007年10月05日 | この内容のURL
2007年09月05日

鹿島則孝
「神宮々司拝命記」

十月一日、晴、前七時過より霧立うす曇、十時より晴、後村曇立、正午神宮へ参宮、夫より朝熊山へ登る、則泰、敏夫、包三郎同道也、里程は、宇治橋より山上迄六拾町也、坂路中々に嶮し、後三時廿分に山上豆腐屋といふ旅籠店ニ着し、離れ座敷に休息し、荷物抔預け、又、坂路四町登りて虚空蔵堂あり、奥の院の脇に、富士山拝所あり、海上の眺望よし、
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●これは、私が出した本からの引用であるようだ。平成10年(1998)の発行であるが、過日、古書籍商に放出したので、それで使用されたのかも知れない。あるいは、私のネット情報を利用されたのかも知れない。出典は明記されていない。
●この『神宮々司拝命記』は、鹿島神宮、第66代宮司の鹿島則孝の記録。子の則文が、伊勢神宮の大宮司に抜擢された時、その経緯を記録したものである。この写本は、鹿島神宮大宮司家に保存されていて、私は、この貴重な記録を世間に知って欲しいと、自費出版で出した。
●当時、昭和女子大学図書館に勤務しておられ、〔桜山文庫〕の整理をされた、加藤幸子氏が協力して下さった。加藤氏は図書館を退職されたが、写本が解読できたので、加藤氏に原稿を作成してもらい、私が確認して仕上げた。鹿島神宮の宮司・鹿島則良氏にも協力してもらった。
●編著者は、鹿島則良・加藤幸子・深沢秋男の3名、発行者は深沢秋男、所沢市榎町3-20、平成10年7月25日発行、組版・アイエス編集プロダクション、印刷・稲栄社印刷株式会社。つまり、私の自費出版だった。

『神宮々司拝命記』

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。