小説の参考文献

小説の参考文献
2018.11.06 Tuesday

●今日の朝日新聞、〔歴史家雑記〕で、呉座勇一氏が書いている。春日太一氏との対談の折、春日氏が「歴史小説の巻末に参考文献を載せる最近の傾向には違和感がある。小説は論文ではない」と発言していたという。

●かなり前、『群像』に発表した小説に参考文献がなかったので、再掲載するという騒ぎがあった。これを見て、私も、ヘー、最近の小説は、参考文献を載せるのか、そう思った。作品を書く時の、ニュースソースを示す、ということか。

●作家は、多くの現実の社会や、歴史上の記録などに接し、触発されて、自由に想像力をめぐらせる。そこから、自分の直感で、対象の真実に迫ろうとする。それは、時として、山ほど積み上げられた文献よりも、さらに深く、対象の本音を抉り出す。そんな風に、私は思う。

●私の研究している、仮名草子は、近世初期の大啓蒙期の所産ゆえ、典拠論が重要である。当時の作者は、過去の歴史的記録や作品に拠りながら、それを利用して、自分の言いたい事の根拠にしている。その場合、〔参考文献〕は、示す時もあるが、多くは、表示せずに、自説の如く、滔々と述べている。だから、私たち研究者は、その典拠の詮索に努めた。
●問題は、その〔参考文献〕を、どこまで消化し、理解し、自分らしく利用しているか、である。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。