ウィキ 遠近道印 増補修正

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2019.03.11 Monday

●今、私は、横山重先生の伝記に関する原稿を書いている。私は、昭和50年(1975)に、近世文学資料類従、古板地誌編⑨として『江戸雀』の解説を担当したが、これは、横山重先生の、直々の御指名によるものであった。天下一本ともいうべき、赤木文庫蔵の『江戸雀』の初印本を底本にした。そうして、その解説で、次の新説を提出した。

『江戸雀』の著者・近行遠通=江戸図の権威・遠近道印=藤井半知

これは、横山重先生、秋岡武次郎氏、田中鈇吉氏の説に導かれた説である。このような事実に即して、ウィキペディアの『江戸雀』の項目に、私の『江戸雀』を参考文献に追加した。また、奥付に「近行遠通」と出ているのは『江戸雀』の「初版本」ではなく「初印本」が正しいので、これも修正した。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
遠近道印(おちこちどういん、寛永5年(1628年) – 没年不詳)は、江戸時代前期の絵図師。苗字は藤井。通称は六郎兵衛。号は半知、久音。諱は長方。蹴鞠にも秀でていた。

後世[編集]
近代には道印図の先駆性が評価され、研究も行われるようになったが、『諸芸雑志』にいう藤井半知の実在もはっきりせず、北条氏長説や共同筆名説等の異説も唱えられた。昭和57年(1982年)、矢守一彦が富山藩資料等を通じて藤井半知の実在を確認して「遠近道印についての新解釈」(『日本海地域史研究』第4輯)を発表して以降、研究は格段に進展したが、出自や経歴、技術の習得元など不明な点が依然として数多い。
出版物[編集]
• 寛文五枚図 – 寛文10年12月に「新板江戸大絵図」、11年4月、11月、12年閏6月、13年2月に「新板江戸外絵図」が経師屋加兵衛より出版された。西暦では1671年から1673年に当たる。1分5間。
• 「新板江戸大絵図」 – 延宝4年3月、経師屋加兵衛刊。1分10間。
●「江戸雀」 – 延宝5年、鶴屋喜右衛門刊。初印本に近行遠通撰と記され、遠近道印作の可能性が高い。
• 「江戸方角安見図鑑」 – 延宝7年3月に乾巻、8年1月に坤巻。表紙屋市郎兵衛刊。1分5間。
• 「江戸安見総図」 – 延宝8年、表紙屋市郎兵衛刊。1分20間。
• 「江戸絵図」 – 元禄2年1月、板木屋七郎兵衛刊。元禄12年5月、「懐中江戸図」と改題。1分40間。
• 「改撰江戸大絵図」 – 元禄2年2月、板屋弥兵衛刊。1分10間。
• 「分間江戸大絵図」 – 元禄2年初夏、板木屋七郎兵衛刊。元禄12年初夏、「分間御江戸図全」に改題。1分15間。
• 「東海道分間絵図」 – 元禄3年孟春。3分1町。菱川師宣画。
• 「改正分間江戸大絵図全」 – 宝永元年夏、万屋清兵衛刊。1分15間。
参考文献[編集]
●深沢秋男解説『江戸雀』勉誠社、1975年
• 飯田龍一・俵元昭『江戸図の歴史』築地書館、1988年
• 深井甚三『図翁 遠近道印 元禄の絵地図作者』桂書房、1990年
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投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。