『井関隆子日記』の天候の記録

2019.03.20 Wednesday

●〔幕末気象台〕というブログで、天保11年11月1日の江戸九段下の天気について書き込んでいる。
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天保十一年十一月一日(西暦1840年11月24日)、江戸城黒書院の天気
2018-03-14 23:07:33 | Weblog

天保十一年十一月一日、酒井忠発が、江戸城黒書院で、三方領地替を言い渡されました。
忠発と庄内藩にとりましては、まさに「青天の霹靂」 でありました。

ところで、当日の江戸の天気はどうだったでしょうか。
江戸九段下の【井関隆子日記】によりますと、「時雨の雲も昨日に尽ぬるにか、日影花やかに晴わたりぬ 」
となりまして、前日までのぐずついた天気がようやく晴渡ったようです。

全国の天気分布図を見ますと、

【図】

となっており、日本海側の一部を除き日本列島は概ね晴 になっております。
忠発の言い渡された時間は正午前後と考えられますので、

午正晴、55度、29寸7分【霊憲候簿】 言い渡された時の江戸城黒書院での天気は晴、気温は摂氏12,8度前後で、
暮れも程近い、新暦11月24日としては穏やかな天気でしたが、天気とは裏腹に「神田大黒」の庄内藩江戸屋敷は
暗雲 の中にあったと考えられます。

柴又の寅さんに言わせれば「空は晴れても、心は闇よ」と言ったところでしょうか。

冗談はさておき、暮れには早速国元に向けて、矢口弥兵衛が早駕篭で出立します 。
早駕篭出発の時は、気温は摂氏11.7度と高めでしたが、江戸も曇り となりました。

秋田、山形では、一月前の十月一日に初雪 が降っており、道中の雪も心配です。

興味は尽きませんが、夜も更けましたので、今日はこの辺で「おやすみなさい」

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。