いとま申して さらば

いとま申して さらば

2019.05.05 Sunday


●今、私は、北村薫氏の『小萩のかんざし いとま申して 3』を、改めて読んでいる。北村氏は、この本の冒頭で、次のように書いている。
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老境に入り、家での日々を送るようになったある午後、父はわたしに、半分に折った原稿用紙を手渡した。そこには、こう書かれていた。
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辞 世
「いとま申して、さらば」と皈り行く
冬の日の、竹田奴かな

自注に、竹田奴とはこの場合《一人遣いの人形》を指す――としてあった。父の頭にあったのは、文楽の舞台に端役として登場し、捕り方や三枚目となり、目立つことなく舞台を去って行く人形だった。観客の記憶には、残らない。父は、一生を振り返り、自分をそれになぞらえた。

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●北村氏が紹介する、宮本演彦氏の慶應義塾大学・同大学院時代の生活を記録した日記を読むと、その学習・研究姿勢について、並々ならぬものを受け取ることが出来る。折口信夫門下の、その研究者が、この世を辞する時、自分を〔竹田奴〕に例えたのである。このように、自分を認識することもあるのだな、と、改めて我身を省みた。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。