如儡子・斎藤親盛の生涯

如儡子・斎藤親盛の生涯

2019.05.28 Tuesday


●私は、昭和63年(1988)に如儡子・斎藤親盛の本格的な伝記研究に着手した。研究の先達、水谷不倒氏も、森銑三氏も、田中伸氏も、野間光辰氏も、すでに、御逝去なされていた。
●野間光辰氏と生前に約束した、氏の「如儡子系伝攷」の徹底的な検討に入ったのである。それから30年後の今日、次のような「斎藤親盛の生涯一覧」にたどりついた。

●私は、大学の卒論以来、この人物の作品の検討と、人物の調査・検討に取り組んできたわけで、その意味では、57年が経過している。しかし、この研究経過に対して、いささかの後悔もしていない。

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斎藤家、第三代、清三郎、親盛、如儡子の出生から没年までを、推測をも含めて整理すると次の如くである。

◎慶長五年(一六〇三) 酒田筑後町にて出生。
◎慶長一九年(一六一四) 一二歳、最上家親に近侍する。
◎元和三年(一六一七) 一五歳、元服。主君・家親より一字を賜り、以後「親盛」と称する。
◎元和四年(一六一八) 一六歳、以後、五年間の間に、諸方面に遊学し、書写するところの写本は数百巻に及んだ。
◎元和八年(一六二二) 二〇歳、八月十八日、山形藩五十七万石、最上義俊は、近江の大森藩一万石に転封となり、斎藤広盛、親盛父子は、最上家を辞す。この時、父盛広に対して、幕府老中・土井利勝から、佐倉の城の留守居役を請われたが、折も折、広盛は病を得て急逝する。親盛は、母と共に、祖父光盛の郷里、越後の国、東蒲原郡赤岩(現在の、新潟県東蒲原郡阿賀町赤岩地区)へ赴く。赤岩の斎藤家総本家、第五九代斎藤安近の許にしばらく逗留した後、江戸へ出る。
◎寛永六年(一六二九) 二七歳、写本『可笑記』執筆開始。 ?
◎寛永一〇年(一六三三) 三一歳、江戸では、日本橋品川町裏河岸(俗称、釘店)に住す。
◎寛永一二年(一六三五) 三三歳、写本『可笑記』五巻十冊、序 一応成る。 ?
◎寛永一三年(一六三六) 三四歳、『可笑記』跋 成る。
◎寛永一八年(一六四一) 三九歳、『砕玉抄』(百人一首注釈書) 成る。 ?
◎寛永一九年(一六四二) 四〇歳、『可笑記』十一行本刊。
◎正保二年(一六四五) 四三歳、『堪忍記』A 成る。 ?
◎正保四年(一六四七) 四五歳、『堪忍記』B 成る。 ?
◎慶安元年(一六四八) 四六歳、『可笑記』十二行本刊は、この頃 ?
◎明暦元年(一六五五) 五三歳、『百八町記』序
◎明暦三年(一六五七) 五五歳、『可笑記』無刊記本刊は、この頃 ?
◎万治二年(一六五九) 五七歳、『可笑記』絵入本刊
◎万治三年(一六六〇) 五八歳、写本『可笑記』五巻十冊、跋、成る。 ?
◎寛文元年(一六六一) 五九歳、娘没(一竿宗筠禅定尼)、二本松の松岡寺に葬る。
◎寛文元年(一六六一) 五九歳 この頃、二本松藩士、江口塵言、水野林元、日野好元、長岡道高、斎藤友我、小沢衆下、中井正成等と交わり、俳諧を楽しむ。
◎寛文二年(一六六二) 六〇歳、『百人一首鈔』重賢書写本成る。
◎寛文三年(一六六三) 六一歳、『酔玉集』(百人一首注釈書)成る。
◎寛文四年(一六六四) 六二歳、『百八町記』刊。
松江重頼『佐夜中山集』に二句入集。
妻没(玄光妙宗大姉)、二本松の松岡寺に葬る。
◎寛文五年(一六六五) 六三歳、『百人一首註解』成る。 ?
十一月、斎藤友我と『兩吟百韻』を詠み、二本松に逗留中の松江重頼の評点をけた。
◎寛文六年(一六六六) 六四歳、内藤風虎の『夜の錦』に七句入集。
◎寛文一二年(一六七二) 七〇歳、内藤風虎『桜川』に四十句入集。
松江維舟『俳諧時勢粧』に、斎藤友我との『兩吟百韻』入集。
松江維舟『俳諧時勢祥粧小鏡』に一句入集。
◎延宝二年(一六七四) 七二歳、三月八日没。法名「武心士峯居士 俗名斎藤以伝」 二本松の松岡寺に葬る。
◎延宝三年(一六七五) 没後一年、宗善庵重安『糸屑』に一句入集。
◎延宝四年(一六七六) 没後二年、北村季吟『続連珠』に一句入集。
◎延宝八年(一六八〇) 没後六年、『酔玉集』(百人一首注釈書)、書写本。
〇妻、寛文四年(一六六四)没。法名「玄光妙宗大姉」、二本松の松岡寺に葬る。年令未詳。
〇長男・秋盛。斎藤家四代。二本松丹羽家に仕える。元禄一二年(一六九九)没。法名「雄岳紹英居士」、二本松の
松岡寺に葬る。
〇次男・又右衛門。元禄一〇年(一六九七)没。法名「法雲玄要居士」、二本松の松岡寺に葬る。
〇娘 寛文元年(一六六一)没。法名「一竿宗筠禅定尼」、二本松の松岡寺に葬る。

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投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。