文学作品の評価

文学の評価 『井関隆子日記』の場合

  • 2019.06.09 Sunday
  • 06:41

●思い出すと、当時、こんなこともあった。同じ職場の中古の担当者が、『井関隆子日記』は日記文学ではない、と言い出した。岩波の『日本古典文学大辞典』を見ても分ると、その御仁は言う。私は、その辞典が間違っているのです、よく、『井関隆子日記』の本文を読んでから、口をきいて下さい。と申上げた。その御仁も、もう定年で退職した。

●〝通念のイドラの呪縛力恐るべし、いったん「制度」と化した文学観は、まことに広くかつ長く人々を縛りつづけて、放さない。〟

かの、佐伯彰一氏の言である。

●『井関隆子日記』の評価の例 ①
「第四に挙げる作品は、旗本女性井関隆子(一七八五~一八四四)による『井関隆子日記』である。天保一一年から一五年までの五年間、変化しつつある社会を政治も含めて見聞し、また多くの書物を読み、それらについて思索しながら膨大な日記を書き続けた。その文体は町子や麗女と相違して、和文である必要性はなかった。平易でありながら行き届いたものであり、近世における女性の随想文の一つの到達点としても良いだろう。思索の内容は、政治社会論や女性論に注目すべきものがある。」(鈴木よね子氏『日本女性文学大事典』)

●『井関隆子日記』の文章は、決して、当時の国学者の多用した擬古文ではない。言ってみれば、古代語ではなく、近代語の文章なのである。これが、文学としては評価されるところだと思う。

●『井関隆子日記』の評価の例 ②
●真下英信氏「『井関隆子日記』理解の一つの手掛かり」(『慶應義塾女子高等学校研究紀要』第29号、2012年3月刊)
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はじめに

“日は落ち全ての道は次第に暗くなっていった”。これは古代ギリシアの叙事詩人ホメロスの作品『オデュッセイアー』で七度繰り返されている一行である。筆者は夕暮れ時に散歩すると無意識にこの詩句を口ずさみ,楽しくも刺激的であったギリシア語の授業を時折思い出す。昔,辞書を引きながらホメロスの原典を読み始めた時,この一句から強烈な印象を受けたからである。その理由の一つはたわいもないことで,この詩句が現れると辞書を引くことなく容易に一行進めた喜びであった。アオリストと未完了の絶妙な対比にも魅せられた。また,主人公が海の真っただ中を航海しているときにもこの一句が使用されているのに何とも言えぬ奇妙さに襲われたからでもあった。道はどのように整備されていたのかを考えるのも楽しかった。
ホメロスの叙事詩とは成立年代も文学形態も全く異なるとは言え,『井関隆子日記』を読むと同じく繰り返し現れる語句があることに人は気付く。多少の変型があるが,“己が幼かりし頃”との一句である。これらの語句は,5年間にわたって綴られた日記のなかでも特に最初の1年,天保11年に多用されている。この語句の繰り返しから我々は彼女の日記のどのような特質を読み解くことが出来るのかを検討するのが本小論の目的である。結論として,隆子は日記を綴るにあたり常に人間ひいては自然の本性を書き留めることに努めており,この態度は5年間不変であった。変わったのは彼女が生きていた時代そのものであり,それ故に彼女が綴った日記は秀逸なる歴史書と見なせるのではないか,との主張がなされるはずである。  【以下略】

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おわりに

ツキディデスの『戦史』を一読した者なら誰しも,己の時代を未来に伝えるべく日記を綴るには自己自身の営為の確立すなわち現在への犀利な洞察があればこそ可能となる,との思いを強くするのではなかろうか。隆子は政治的亡命を余儀なくされる事もなく四季折々の変化と家族団欒を楽しみながらも日常性に埋没することなく,その背後に潜む社会の実態を鋭い眼で客観的に記述した。かかる洞察力なくしては過去並びに現在の記述は単なる懐古趣味に堕す。人間の本性に照らしあわせて過去と現在を綴ろうとした隆子の姿勢はまさに歴史家のそれと言ってよい。それ故に,『井関隆子日記』は秀逸なる文学作品であると同時に幾多の重要な史実が記載されている優れた歴史書であると評価出来る。    (2011.11.24)
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●文学研究の意義はどこにあるのか。文学研究も科学である以上、新しい発見をしなければならないだろう。新しい評価を提出しなければならないだろう。そのためには、鋭い感受性をもって作品に対し、その眼目を突き止める必要がある。そうして、その、感受した内実を文章に表現して、既存の説を修正したり、新説を提出しなければならないだろう。

●海のものとも、山のものともわからない、無名の女性の写本12冊に出会ってから、50余年が過ぎた。現在『井関隆子日記』は、このように評価されている。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。