渡辺京二 『幻影の明治』

渡辺京二 『幻影の明治』

  • 2019.08.05 Monday
渡辺京二 『幻影の明治』

2018年8月10日 平凡社発行
平凡社ライブラリー 870  224頁 定価 1300円+税

目次

第一章 山田風太郎の明治
第二章 三つの挫折
第三章 旅順の城ぱ落ちずとも――『坂の上の雲』と日露戦争
第四章 「士族反乱」の夢
第五章 豪傑民権と博徒民権
第六章 鑑三に試問されて
付 録 〈対談〉 独学者の歴史叙述――『黒船前夜』をめぐって×新保祐司
あとがき
解説――卓越した歴史感覚  井波律子
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〈対談〉独学者の歴史叙述  より

新保 総合知といいますか、本当に良いものは、専門の隙間と

  か、間とか、縁にある。そこが漏れてしまっています。
渡辺 要するに、その時代の臨場感というものがあると思う。
  僕が書いたあの時代にしても、一人の人間に当時の状況は
  どう見えていたのか。後知恵は抜きにして、その同時代を
  どう見ていたのか。僕なんかも、いまを生きていて、いろ
  んなことで時代を感じ取っている。それをあまりに後知恵
  的に鳥瞰してしまえば、同時代の雰囲気などなくなってし
  まう。その時代の雰囲気がどうであったかというのは、そ
  の時代に生きていた人々の課題が何であったのか、という
  ことですね。そこを具体的に明らかにできなければ、歴史
  など書けない。だから『黒船前夜』の時代にしても、北方
  問題がにわかにクローズアップされつつある状況があっ
  て、それが同時代的に感知されています。例えば『井関隆子
  日記』。これは旗本の奥方の日記で大変面白いんですが、
  庭にエゾギクが咲いていて、これは、何年か前に江戸の役
  人が北海道に渡って、それからもたらされてきた花なん
  だ、と日記の中に出てくる。そのようにして庶民の中でも
  北方が意識されている。そういう当時の人々が感じ取って
  いたような雰囲気。これを押さえないと歴史にならない。
  そういうものが書きたいんです。
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『井関隆子日記』天保11年8月28日二十八日

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二十八日 昨日より雨ふり、夕づけて晴たり。こゝに植つる蝦夷菊はきのふけふ咲そめぬ。此花いまいと多かれど、野山におのづから生ぬは、もとこゝの物ならぬ故なめり。一とせ蝦夷の嶋へ司人たちあまたゆきかひしつれば、其頃よりいと多くなりぬとぞ。かの嶋はあがれりし世よりえみしとて、人の様なべてに違ひおそろし気にて、をしへ事をもきかず、五つのたなつ物をも納めず、猟すなどりのみして世わたりとなす。さるあらき嶋わには、鳥けものよりはじめ、えもいはずいみじ気なる物のみなり出る中に、此菊の花の匂ひは、紅のうすくこき、是は似たる色もあンなれど、紫のなつかしき匂ひ斗は、長月にもて遊ぶ菊にたぐふなんなき。色深きは、かきつばたにかよひ、色あさきは、藤の花にぞならひたんめる。かの嶋は大方の世にたがひ、おぞましうあやしき中に、かゝる花の咲をおもへば、ひたぶるに言朽しがたき物になむ。

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●自分の生きている現実の現象を、どのように感受し理解しインプットするか。そこに、1人1人の個の差か出てくる。渡辺氏の言われるように、〔後知恵的〕ではなく、人間は、それで勝負する。鋭い評論家の価値もそこにあるだろう。私は、井関隆子は、天性の批評者だと見ている。

●今、京アニ事件をどのように、感受し、その内実を理解するか・・・。


投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。