近世・近代における災害観と浅間山

近世・近代における災害観と浅間山

  • 2019.08.12 Monday

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近世・近代における災害観と浅間山

玉井建也*・馬場章*

前章のように随筆や絵図などから近世におけ る天明の浅間焼けに対するイメージを分析し た。では、近代に入ってそのようなイメージは どのような変容をみせたのだろうか。近代以 降、浅間山および浅間山登山の実態を探りなが ら、イメージの解明を行う(25)。 鹿島神宮の宮司である鹿島則孝の『桜斎随筆』をみると浅間山周辺の様子に関して「不毛 の広野数里に亘りて、只焼土に雑草を生ずるを 見るのみ、一の大樹なくハ往昔噴火の最も甚た しかりしを想像する」と述べられている(26)。
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●東大地震研究所の論文に『桜斎随筆』の記録が引用されていた。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。