武士道と『可笑記』

武士道と『可笑記』

  • 2019.08.14 Wednesday
武士道と『可笑記』 笠谷和比古氏の講演

NPO 法人成育環境研究開発機構講演会
「武士道と現代について」―商道徳との関わりにおいてー
国際日本文化研究センター教授  笠谷和比古(かさや かずひこ)
平成 22 年 5 月 19 日 大阪国際交流センター 小ホール

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国際日本文化研究センターの笠谷でございます。 今日はお招きに預かりまして、どうもありがとうございます。 私の専門は歴史学でありも、歴史の問題は研究として大事なのでありますが、同時に現代の社会に対してどう いう意味合いがあるかという実践的な観点からも必要になるかと思います。武士道の問題として、現代に関わる ところが少なからずあるということです。 これからお話ししますのは私の一つの考えであり、武士道の持っている意味は人さまざまでありますから、こう でなければならないということではない。こういうふうな局面において意味があるのではないか、ということの一端 をお話しさせていただきます。

1.はじめに

【中略】
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2.武士道とは 武士道と言うと、なにか宮本武蔵が刀を振り回して剣術をやっているような印象を受けられるかと思いますが、 必ずしもそうではない。戦国時代は確かに戦場におけるそういう勇猛果敢な行動を指して言うこともありましたけ れども、実際の徳川時代の武士道はむしろ人間の特性を涵養する方向で、高める方向で考える方が主流です。 参考に一つ事例を挙げました。1642 年に刊行されました一つの本があります。これは『可笑記』という随筆です。「笑うべき記」というのでやや自嘲気味に書いていますが、作者は山形藩最上家の浪人、斎藤親盛です。浪 人者です。この本の中には、山形藩最上家がたどった運命がかなり色濃く入り込んでいます。山形藩最上家とい ったら伊達政宗と近いのですが、最上義光という非常に勇猛な戦国武将がいましたが、その後はどうも当主があ まりしっかりしない人がおり藩政を顧みない、遊興三昧で、遊芸とか茶の湯をやって藩政を顧みない。そこで藩政 は実力家老たちが行うわけでありますが、この実力家老達の間でまた派閥党争があり、いつも内紛がある。当主 は遊びほうけて、政治を顧みない。内部抗争、足の引っ張り合いとか中傷と、果ては藩主を毒殺したのだのという風評が立つ、そういうようにお家騒動がどんどん悪化しまいます。50万石の大藩がバラバラの状態になりまし た。 徳川幕府は「しめた!」というので潰すのではなく、徳川幕府はむしろこれを支える方向で処理をやるのです。 山形 50 万石は安定勢力であるから、そこが内紛でゴタゴタしていたら困るというので、幕府は繰り返し内紛をやめて融和して、そして藩主をもり立てるように繰り返し勧告するわけでありますが、一方の派は他方の派を見殺し にし、俺はもう一緒にやらないとなったために、遂に幕府も見放してお取り潰しになってしまいました。 その時斎藤親盛は若い、元服ぐらいの年齢であります。藩政のお家騒動の何の責任もなかったわけでありますが、結局浪人になります。侍であっても浪人をしますと哀れなものでありまして、雪深い越後の国をさまよっている、その間に父親もなくなってしまい、年老いた母親と共に何とか生き延びて江戸まで行く。幸いに学問がありましたので、文筆でもって生計を立てたわけです。そういう山形藩最上家の教訓を踏まえて、こういう馬鹿なこと (10.05.19.)「武士道と現代について」笠谷和比古 4 をやっていると藩政は乱れ、藩民からもそっぽを向かれるという、そういう自戒・自嘲を込めて武士の有り様、政治の有り様というものを随筆風に、兼好法師の『徒然草』のスタイルで書いたのが『可笑記』であります。 なかなかよくできた本でありまして、これは実は近世小説の元祖とまで言われており、一つの近世小説のお手本とまで言われている。井原西鶴もこの本に習いまして、『新可笑記』という本を書いているくらいにこの本は非常によく読まれたのであります。その本の中にこうい文章があります。原文でありますが、お付き合いいただきたいと思います。 「武士道の吟味と云は」、武士道の吟、吟はテイスティングでありますが、武士道というものを研究、検討、分析するならば、つまりこれは武士道とは何かいうことについての分析的な研究であります。「嘘をつかず、軽薄をせず、佞人ならず」。佞人というのはおべっかつかいです。藩主に対しておべっかを使うのが佞人であります。「表裏を言はず、胴欲ならず、不礼ならず、物毎じまんせず」。少し省略しまして、「慈悲深く、義理つよきを肝要と心 得べし、命をしまぬ計をよき侍とはいはず」というわけです。つまり武士道というのは刀を振り回して、撃剣・決闘するのが武士道であるかの如く思っているけれども、それは大きな誤りである。むしろこのような人間としての特性を涵養することが武士道としての本質である。こういう考え方が 17 世紀の半ばにはもうかなり広まり、そしてまたこういう教えの本が多くの人に読まれています。この本は武士のために書かれたというよりも、むしろ一般市民のために書かれています。そのため非常によく読まれました。

【以下略】
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●日本の武士道を論じる時、仮名草子『可笑記』を、近世初期の著作として位置づけたのは、笠谷和比古氏が最初である。このことは、私が『可笑記』論を展開する時、非常に参考になった。改めて、笠谷氏に対して感謝申上げたい。
2019年8月14日  深沢秋男

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。