複写機

複写機

  • 2019.08.18 Sunday
複写機

●菊池先生のエッセイに、複写に関して書いておられる。上田花月の蔵書も閲覧させてもらっているが、花月の人となりも推測できる。
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投書家細見

2019/08/18_Sun_15:09
複写機のある世の中に生まれたことをありがたいと思う。
昭和二年、宮武外骨は別所温泉で上田花月に会い、「投書家細見を五円位でお譲り下さいませんか」と頼んだところ、2部複写の後、原本を郵送進呈されたという。
この時代に複写機はないから、書写したものである。
この原本は、現在、東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター明治新聞雑誌文庫に保存されている。その見返しには、次のような外骨の書込みがある。
此珍本
昭和二年十一月三日
信州別所温泉遊浴中
上田花月こと飯島茂経兄より
贈らる
外骨㊞

此前日、予が花月子ニ本書の借覧を乞ひしによつて、子が別所温泉の花屋ホテルへ携へ来られしなり、予が花月子に対して「ワタシが十六歳の時、団珍に投書したことがあります、其頃本書を購入して久しく持つてゐたのですが、二十二年入獄の不在中に紛失したのを今に惜く思つてゐるのです、近年三都の古本屋をあさツても見当りませぬ、失礼ですが、五円位でお譲り下さいまませんか」と要請せしにつき、温厚の花月子ハ微笑しつゝ「それほど御熱望ならば進呈します」とて我有に帰せしなり、此事決定せし後、花月子は「ワタシも参考にとつて置きたい本ですから、複写して後に郵送します」とのことであつたが、其際同伴の花岡百樹子が複写を担任し、両子保存の複写本二冊を製して後、本書を郵寄されたり、其割愛の情、切なりしを察すべし
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●私は、複写機が登場した時代に研究生活をしていた。最初、日本橋にゼロックスの店が登場し、わざわざ、複写に出掛けことがある。また、建築などで使う、青焼き、を利用したこともある。

●先日も書いたが、昭和39年(1964)に発表した、私の第一論文は、5部書き写して、査読の先生方にお送りした。『可笑記』の本文も、関係諸論文も、全て、ノートに書き写した。

●現在は、コピペが出来るし、ネット上でも、かなり大容量のデーターが送信できる。私たちは、論文の中身を十分に消化し、吸収するように、気をつけなければ、失敗する。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。