佐渡の思い出

鈴木重嶺と佐渡

  • 2019.11.28 Thursday
鈴木重嶺と佐渡

●FBのスタッフから、1年前はこんなことを書き込みました、とコメントがあった。

●思えば、鈴木重嶺との関係で、佐渡にもお世話になった。佐渡での講演も2回させて頂いた。佐渡奉行所が復元されて、その大広間でのこと、何と、私の席は、佐渡奉行の座る所。甲斐の山猿如きが座する場所ではない。私は、少しずらして座らせて頂いた。

●佐渡には、調査研究で、何度も何度も出かけたが、本当に多くの方々の御配慮を賜った。懐かしい思い出である。

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2018年11月28日 11:26 ·
鈴木重嶺・翠園 百回忌法要
2018.11.28 Wednesday

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平成9年11月26日(1997)
鈴木重嶺百回忌 全龍寺。重嶺は、明治31年11月26日、85歳で没した。その百回忌法要が、新大久保の菩提寺・全龍寺で行われた。松本家からは、松本栄子氏、御子息・松本昭氏夫妻、お孫さんの暁氏などが参列。深沢も参列させて頂き、鈴木重嶺関係資料を昭和女子大学図書館で永久保存させて頂く事になった経緯を、重嶺の霊前に報告した。
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●今、私は、昭和女子大学図書館に所蔵されている、鈴木重嶺の関係資料に関して整理している。そこで、こんな一条に出会った。11月26日とは、2日前である。それにしても、佐渡奉行まで務め、勝海舟と親交のあった幕臣と、このような関係になった自分を振り返って、分に過ぎたものだと思う。

●平成15年3月15日、佐渡、相川町の町史講座で、鈴木重嶺に関してお話した。場所は、佐渡奉行所御広間であった。会場に着くと、相川町の皆さんが、大勢お待ちだった。担当者は、こちらへどうぞ、と案内してくれた。それは、何と、上段の間の佐渡奉行の座る席、これは、躊躇せざるを得ない。鈴木重嶺の座した席に、甲斐の山猿が座ることは許されない。下段にというと、それでは顔が見えないので、と申される。私は、少し、横にずらせて座って話し始めた。


投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。