江戸城大奥と井関隆子

江戸城大奥と井関隆子

  • 2019.11.30 Saturday
江戸城大奥と井関隆子

清水昇/川口素生 著『大奥 女たちの暮らしと権力闘争』

2007年12月22日、ブルボンクリエイション発行
A5版、284頁、定価1900円+税

●この本の中に、井関隆子の項目がある。

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井関隆子
天明5年(1785)~天保j1S年(1844)。御広敷用人・井関親経の母、女流文
人。幕臣・庄田安僚の娘で、同じく幕臣・井関親興の後妻となる。井関家は、将軍の身の回りの世話をする御小納戸、大奥御広敷の責任者である御広敷用人の職に就任する家柄であった。女流文人として隆子は考証学者・屋代弘賢に師事した才媛で、『神代のいましめ』などの著作を残す。一方、幕臣の主婦としての隆子は、天保11年(1840)から病没する同15年(1844)までのあいだの詳細な日
記『井関隆子日記』(昭和女子大学所蔵)を記している。親経が広大院(徳川家斉の正室)付の御広敷用人であった関係で、日記には将車や妻妾、子女の実際の没年月日などの費重な情報が満載されている。なお、隆子自身は大奥に勤務した経験はないが、『浜松中納言日記』などを書写して広大院に献上したこともあっ
た。また、諸大名から大奥へ献上された品々は連日、井関家に下げ渡されている。女中同様に大奥の内情を知るポジションにいたわけである。隆子は同15年11月1日に病没した。行年は60である。

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投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。