松田修氏の 如儡子・了意 同一人説

松田修氏 如儡子・了意 同一人説

  • 2020.01.29 Wednesday
松田修氏  如儡子・了意、同一人説

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〔前 言〕

如儡子作「可笑記」、それは仮名草子と便宜的に総称される近世
初期文芸の最も早い光茫の一つであり、爾後の作品の特質と限界を
既に示してゐる点からも、寛永――寛文期を通じての第一の定型で
あった。
仮名草子作家中の第一人者たる瓢水子浅井了意が処女作としてこ
の「可笑記」の批判書「可笑記評判」を著した事は、即ち「可笑記」
をのりこえる事から浅井了意の作家生活を始めた事は、私にとって
始ど象徴的にさへ思はれた。「可笑記」から「可笑記評判」へ、如
儡子から了意へ、この系列はいはゞ常識として私の脳裡に印象づけ
られたのであるが、仔細に両書両者に対する私なりの検討が進むに
つれ、此の常識への疑惑は濃くなつていつた。一つの疑惑に他の疑
惑を呼び起し、その集積するところ、一つの仮説めいたものが、浮
びでてきた。
曰く、如儡子了意は同人なり――この奇矯の説を、実は私自身信
じてはゐないのであるが、腹ふくるる業の言葉にすがり、一応纏め
てみる事にした。
わんざくれ、論文も一つのカタルシスではある。

【以下略】  (『国語・国文』昭和28年4月)

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●67年前に発表された、松田修氏の、如儡子・了意、同一人説は、今や、研究史の上からは完全に消え去った。しかし、松田氏の、

わんざくれ、論文も一つのカタルシスではある。

の思いは、私には、よくわかる。論文は評論ではない。きちんと、証拠を揃えて裏付けなければならない。

●私は、昨年末、「斎藤家総本家所蔵〔如儡子も見た?〕陣羽織」を発表した(『近世初期文芸』第36号)。最初、この、1文のタイトルは、 〔如儡子も見た〕 だった。 初校で「?」を追加した。「論文も一つのカタルシスではある」という、松田氏と同じ思いだった。研究者も、時として、そんな思いに駆られることはある。評論家は、〔困る、困る〕と連呼したりして、自分の直観を表現する。その直観が、事の本質に迫っているからこそ、評論家の存在価値はあるのだろう。

●松田修氏の仮名草子関係の、論文というか、評論というか、これに対しては、私は、ことごとく批判してきた。しかし、松田氏は、晩年の頃、法政大学に勤めて、多くの名講義をされた(私は、拝聴していないが)。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。