『井関隆子日記』の複写

『井関隆子日記』の複写

  • 2020.05.29 Friday
『井関隆子日記』の複写

●この度、『芸文稿』第13号に「研究生活の思い出―井関隆子」という雑文を書いた。昨日、初校が終り、編集部へ返送した。この稿に『井関隆子日記』の部分の写真を掲載したいと、昭和女子大学図書館へ掲載許可願を提出したが、システムが変更になって、デジタルで、図書館で複写してくれることになった。

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◆平成18年6月16日(金)  2006年の記録

●13日は、久し振りに仕事をした、という1日であった。火曜日なので、大学へ行ったが、イデタチが凄い。我ながら行き過ぎかなと思った。両手にはProtecaのカバンと黒の布袋、いずれも教材。背中には、ニコンF6とD100を入れたリュックを背負った。慎重を期して駅までは妻に送ってもらう。

●2コマ終了後、図書館へ回り、かねて依頼してあった、『井関隆子日記』の複写をさせてもらった。3時から5時までの2時間。何回も何回も手にし、読みふけった幕末旗本夫人の日記の原本であるが、久し振りに挿絵等の部分を複写させてもらった。汗の出ないように冷房してもらい、夢中でシャッターを切り続けた。前之園さんに返却して図書館を出た時、ドット疲れが襲った。

●久し振りにキャンデーに回ってコーヒーを飲み、ひと息入れて、帰宅した。思えば、この喫茶店にもお世話になったものである。昭和に勤務していた頃は、毎朝ここに寄った。多くは副学長だった岡村先生と一緒。たまに、原田・松本両副学長も寄られた。22年間であるから長かった。今となれば、いずれも、良い思い出となった。岡村・原田・松本の先生はお元気だろうか。たまには、御連絡したいと思う。

●若い頃は、この出で立ちに三脚を追加して、全国の図書館や大学を歩いた。複写したものが失敗して、思うように撮れていない事もあり、そんな時は再度出かける。この労働に耐えられなくなったら、私の研究は終りである。昨日の疲労感は、ソロソロ終りかな、と思わせた。

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投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。