2年前の感激

2年前の感激

  • 2020.07.01 Wednesday
2年前の感激

●FBのスタッフが、2年前を振り返らせてくれた。仮名草子作者の初代、斎藤光盛の出自を解明できた事だ。大学の卒論で提出した予測が的中した、その瞬間の感激。これは、奇跡とも言い得る。

●『可笑記』絵入本の〔昔さる人〕の背中の紋所と、越後東蒲原郡の西山日光寺近辺の、斎藤家総本家の家紋と一致した時である。こんな事は、そうそう、起きる事ではない。

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『可笑記』の祖父の本貫
2018.07.01 Sunday
『可笑記』の作者

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『可笑記』の作者が如儡子であることは、すでに知られているが、その「如儡子」が何人であるか、諸説がある。

① 水谷不倒氏の湯村式部説
② 森銑三氏の斎藤以伝説
③ 松田修氏の浅井了意説

今、この三説のいずれが有力であるか、それすら断じ得ないのが現状である。
私は、『可笑記』絵入本の挿絵の「昔さる人」の背中の紋所、〈丸に吉〉がかなり一貫している点に気付き、この面からも調査したいと考えている。

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●これは、昭和37年(1962)1月10日、法政大学の教務課へ提出した、私の卒業論文の中の、『可笑記』の作者についての条である。それから、55年が経過した。

①水谷不倒・②森銑三・③松田修、三氏の説のいずれが、真実に近かったか。一目瞭然である。

●私は、如儡子の伝記研究を進めるに当たって、従来にはない伝記研究の方法を導入した。

◆如儡子(斎藤親盛)調査報告〔1〕(『文学研究』67号 1988年6月)
◆如儡子(斎藤親盛)調査報告〔2〕(『近世初期文芸』4号 1988年12月 )
◆如儡子(斎藤親盛)調査報告〔3〕(『文学研究』68号 1988年12月 )
◆如儡子(斎藤親盛)調査報告〔4〕 (『文学研究』70号 1989年12月 )
◆如儡子(斎藤親盛)調査報告〔5〕(『文学研究』78号 1993年12月)
◆如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題〔1〕(『近世初期文芸』27号、2010年12月)
◆如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題〔2〕(『近世初期文芸』28号、2011年12月)
◆如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題〔3〕(『近世初期文芸』29号、2012年12月)
◆如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題〔4〕(『近世初期文芸』30号、2013年12月)
◆如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題〔5〕(『近世初期文芸』31号、2014年12月)

●今日、7月1日、今、私は、如儡子・斎藤親盛の祖父、斎藤光盛の本貫探究に、ほぼ目途がつけられた。
ちょうど、長井市の、如儡子の御子孫、斎藤豪盛氏から電話があり、この度の、考察の結論について語り合い、この僥倖を2人で祝した。

◆『可笑記』絵入本の挿絵
◆西山日光寺近辺に住した、斎藤家第59代、斎藤安近使用の紋所

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投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。