『仮名草子集成』の継続

『仮名草子集成』の引継ぎ

  • 2020.08.02 Sunday
『仮名草子集成』の引継ぎ

●FBのスタッフが2年前を振り返ろう、とメッセージをくれた。東京堂出版の『仮名草子集成』の継続刊行に関する件であった。

●ちょうど、昭和女子大学を定年退職する時だった。私自身の計画としては、仮名草子関係のまとめをする予定だった。その時、朝倉治彦先生から、とんでもない事を依頼されたのである。

●私個人としては、この件は、お断りしたかった。しかし、学界のためを思うと、自分の事は優先できない。ここから、難行苦行の計画が始まったのである。

●私は、周到な計画を立て、朝倉先生に提案し、了承を頂き、若い研究者に協力を求めた。幸い、諸氏は、経済面を犠牲にして、学問の為に参加して下さった。

●その頃、第36巻位だった、この事業は、今、63巻まで刊行された。学問の世界の尊さを思わずにいられない。

●そのあおりを食って、私は、今、最後の著書『如儡子・斎藤親盛の研究』の原稿を書いている。まとまるか否か、不安は残るが、これも、また、一つの研究人生だろう。

2020年8月2日

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2018.08.02 Thursday
大事業の記引継ぎ

假名草子集成||カナ ゾウシ シュウセイ
朝倉, 治彦(1924-)||アサクラ, ハルヒコ
深沢, 秋男(1935-)||フカザワ, アキオ
柳沢, 昌紀(1964-)||ヤナギサワ, マサキ
伊藤, 慎吾(1972-)||イトウ, シンゴ
柏川, 修一(1956-)||カシカワ, シュウイチ
大久保, 順子(1965-)||オオクボ, ジュンコ
菊池, 真一(1949-)||キクチ, シンイチ
和田, 恭幸(1966-)||ワダ, ヤスユキ
花田, 富二夫(1949-)||ハナダ, フジオ

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●『仮名草子集成』の図書館での、書誌的記録は、上記の通りである。これは、私の計画通りのものである。

●平成17年3月、私は昭和女子大学を定年退職した。定年後は、ライフワークの、如儡子・斎藤親盛の研究をまとめる予定であった。その計画を立てている、その時である。朝倉先生から1通の手紙を頂いた。

 平成16年12月27日付けの手紙は、

 「さて、突然のこと申上げます。私の命は、いくばくもない状況です。家族はまだ自覚していません。この手紙が、私の最後のものとなるでせう。生涯最后の、私の申出を聞届けて下さるよう懇願いたします。」
と書き始められていた。要件は、進行中の『仮名草子集成』を以後、一任するので引き受けてもらいたいというものであった。私に残された時間も多くはない。朝倉先生が企画・開始された、この大事業を引き受けるのは、至難のことである。出来得るならば、お断りしたい。しかし、仮名草子研究のため、学界のために是非継承して欲しい、と先生から要請されては、これをお断りするのは、研究者としても、人間としても、自分勝手に過ぎるだろう、そのように判断して、微力な身ではあるが、お引き受けすることにしたのである。

●平成16年の時点で、『仮名草子集成』は第36巻まで発行されていた。私は、平成17年1月3日付けで「『仮名草子集成』の継承に関する事項(案)」を作成して、朝倉先生に検討して頂いた。以後、先生との継承に関する意見の交換は、全て文章(手紙)て行い、電話などは使用しなかった。重要案件であるので、全て記録することにした訳である。先生との手紙のやり取りは、平成19年4月29日まで、双方各54通に及んだ。

●まず、編集委員の人選から始めた。当然、仮名草子に関して、研究実績が必要である。次に重視したのは、年齢だった。私より、若い人でなければならない。同年輩では、継続できない。そこで、10歳下の、菊池眞一氏と花田富二夫氏に依頼して、承諾を得て、朝倉先生の御承諾を頂いたのである。さらに、原稿執筆の編者には、菊池氏・花田氏よりも年下であることを原則として依頼した。

●それから13年が経過し、『仮名草子集成』は、第58巻まで刊行された。後継の若い研究者は、完結を目指して、現在も努力して下さっている。朝倉先生から引き継ぎ、若い研究者に渡す、という私の役目は終わったのである。

●学術出版ゆえ、印税は沢山は頂けない。全国各地の諸本調査をして、解題原稿を仕上げるのは、大変である。しかし、研究者は、金銭の損得だけで動かない。それが、学問の尊さである。そのように、私は考えている。


投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。