承 春 先  先生

承 春先  先生

  • 2020.08.10 Monday
桃花源詩 陶淵明

●昭和女子大の、承春先先生から、大変なプレゼントを頂いた。周虎臣の白紙の扇子である。表の面には、陶淵明の「桃花源詩」が、承先生の丹精な文字で清書され、裏の面には、梅花が描かれている。
表面の末尾には、

戊戌大暑前五日承春先書 〔印〕〔印〕
裏面の末尾には、
  深澤秋男先生教正 春先 〔印〕

とある。

●「教正」とは何か。『日国』には、「② 教導職の最上位。正、権、大、中、少 の別がある。」と出ていた。そんなことは、ありません。私など、「少」にも届きません。教育実習の時も、法政二高の、御指導頂いた先生から、注意ばかりされていた。昭和女子大での授業も、毎年、毎年、反省の繰り返しだった。

●しかし、中国の書家の、承春先 先生から、このように遇して頂いて、私は、文化勲章を頂いたよりも、嬉しい。私の講義は、恩師の重友毅先生的ではなく、小田切秀雄先生に近いものだった。いわば、評論家的でした。

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桃花源詩 陶淵明集 巻6

  桃花源詩

晋太元中。武陵人捕魚為業(魚人姓黄名道真)縁渓行。忘路之遠近。忽逢桃花林。夾岸数百歩。中無雑樹。芳艸鮮美。落英繽紛。漁人甚異之。復前行欲窮其林。林尽水源。▼得一山。山有小口。髣髴若有光。▼捨船従口入。初極狭。纔通人。復行数十歩。豁然開朗。土地平曠。屋舎儼然。有良田美池桑竹之属。阡陌交通。雞犬相聞。其中往来種作。男女衣著。悉如外人。黄髪垂髫。竝怡然自楽。見漁人乃大驚。問所従来。具答之。▼要還家。設酒殺雞作食。村中聞有此人。咸来問訊。自云先世避秦時乱。率妻子邑人。来此絶境不復出焉。遂与外間隔。問今何世。乃不知有漢。無論魏晋。此人一一為具言所聞。皆歎惋。余人各復延至其家。皆出酒食。停数日辞去。此中人語云。不足為外人道也。既出得其船。▲扶向路。処処誌之。及郡下。詣太守説如此(太守劉▲)太守即遣人随其往。尋向所誌。遂迷不復得路。南陽劉子驥。高尚士也。聞之欣然親往。未果尋病終。後遂無問津者。

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『続国訳漢文大成』文学部 七十二 (昭和4年7月25日、国民文庫刊行会発行)

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●FBのスタッフから、1年前を振り返ろう、とコメントがあった。中国の書家、昭和女子大学講師り、承 春先 先生から頂いた扇である。

●実は、今、承先生に、大変な事をお願いしている。如儡子・斎藤親盛一族の『齋藤家系譜』の清書をお願いしている。原稿は私が書いた。謹書は承先生にお願いした。酒田市の上日枝神社境内に建立した『齋藤筑後守記念碑』も、同様である。承先生に出会えた事は、生涯の誇りである。、

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。