鹿島則文など

鹿島則文など

  • 2020.09.19 Saturday
 年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

遠山の金さんから井関隆子日記を再び読む

2020年08月19日 | 宅老のグチ

遠山影元(金さん)の時代。天保から嘉永にかけて今調べているが、井関隆子日記が引用されている例が目立ち,図書館から借りだし再びパラパラ読みをする。上・中・下巻の3冊があるが戸田氏栄が出てきそうなところとして中巻から読む。本の終わりにこの井関隆子日記を所蔵していた茨城県鹿島神宮の鹿島則文氏の経歴があった。

 さらに鹿島氏の紹介の中に八丈実記(近藤富蔵著)があったのに、気が付きさらに読み進む。慶応元年に幕府により、八丈島に島送りとなり、近藤富蔵の世話になったようだ。八丈実記の序文に鹿島則文の名前があるのはこのような事情があった。序文から鹿島氏は北方領土のことを近藤富蔵から聞いていたと思われる。

 石井研堂の明治事物起源(缶詰の始まり)にはあまり関係ない文があって、年代の誤りが多く、学者の引用・研究対象から外れていてこの記述の意図することは今でも解らない。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。