井関隆子と新見正路

井関隆子と新見正路

  • 2020.10.16 Friday
井関隆子と新見正路

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親 し い 家 の 庭 で 一日を 自由 に 過 ごす こ と は,ほか で も行 わ れ て い た ら し く,時代が下 るが ,天保年間,九段坂下 に屋敷の あ っ た 旗本 の 婦人 井 関 隆子 は ,親類 の 旗 本 の 下 屋 敷 に 家 族 総 出で 出か け 春 の 一日を過 ご した こ とを,そ の 日記 に 記 して い る。同 書 に よ る と,天保 11年 (1840) 3 月 21 日,「か な た よ り も花紅葉 の を り を り遊 び所 に 物せ よ と あ れ ば」,高田 の 新見正 路 の 下屋敷 に 子供 を含 め た 家族一.同 で 出か け,園内の 蕨取 りや 凧揚 げに 興 じ た 後, 亭 で 弁 当を開 き酒を飲 み ,タ方まで 遊ん だ と い うの で あ る。井関隆子 の 場 合は 親類 で あ る の で .所有者 と の 関係が 密 な場合 に 限 られ る の で あ ろ うが ,他 家の 庭を借 りて ,大勢が 自由に 過 ご す場合 が あ っ た こ とを,こ の 例 は 示 して い る。
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●これは、「六義園に見る安永・天明期の「庭見物」」という小野佐和子氏の論文の一部である。この論文がどの雑誌に発表されたか、未確認。

●隆子の夫は、新見家の出で、九段下の新見正路の家と、隆子の家は近かった。そんな関係で、隆子はしばしば、正路の家に遊びに行っている。正路も文化人、蔵書もたくさん持っていた。隆子は、正路の蔵書も見ていたのだろう。

投稿者:

fukaaki

近世文学、特に、仮名草子、近世日記文学を研究している。 昭和女子大学に勤務していたが、定年退職。現在、同大学名誉教授。 仮名草子は、特に、如儡子・斎藤親盛を研究。日記文学では、井関隆子の研究をしている。