〔深沢秋男の窓〕 再開

【深沢秋男の窓】 再開

  • 2020.05.29 Friday
〔深沢秋男の窓〕再開

●3月頃から、私のサイト〔深沢秋男の窓〕に追加更新出来なくなった。何回、チャレンジしても出来ない。2ヶ月間ほど、放置していたが、昨日、息子の助けで、再開した。この〔深沢秋男の窓〕は、長い間、菊池先生の援助で開設していた〔近世初期文芸研究会〕が、整理・閉鎖されたので、それに代わるもの。

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【深沢秋男の窓】

●このサイトは、私〔深沢秋男〕が
近世文学の〔仮名草子〕〔女流日記〕などを研究していく上で
四方山話をつらつらと語るサイトです。

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図書館の利用

図書館の利用

  • 05.27 Wednesday

図書館の利用

●今日の〔天声人語〕で、英文学者・エッセイストの、外山滋比古氏が、近所の図書館を自分の書斎のように利用していると書いている事が紹介されていた。

●外山氏は、昭和女子大学の雑誌『学苑』の編集委員長で、その頃、私は委員として、何回か同席したことがある。

●私は、図書館り利用は、学生時代から意識してきた。専攻の仮名草子の原本(版本・写本)は古書店で高価ゆえ、自分では所有しない事にした。全国の図書館の所蔵本をフル活用することにしたのである。学生時代は、法政大学、上野図書館、三宅坂図書館、日比谷図書館、早稲田大学図書館を利用させてもらった。

●研究者となってからは、都心に1時間30分以内の所に住んだ。結婚して、家を購入する時、妻と相談して、広尾の都立中央図書館の近くの中古マンションを購入する事をまず検討した。あの近辺には、海国人向けの広いマンションが多かった。

●結果的には、妻の母の事もあり、緑ゆたかな所沢に決まったが、基本的には、図書館が中心だった。

 

 

毎日新聞論説委員長 赤松大麓先生
2020.05.27 Wednesday00:11
毎日新聞論説委員長、赤松大麓先生

  • 2013.01.18 Friday
    「天声人語」を縦書きで読む
  • 今日の朝日新聞デジタルで、「天声人語」を縦書きで読めます。と出ていた。早速、読んでみた。ウェブ上は、横書き・ワードが常識で、縦書き主流の日本人には何とも、いらいらする点がある。

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  • それにしても、「天声人語」の文章は素晴らしい。新聞記者の中でも優れた人々の作品である。社説を書く論説委員もすごい。先日、朝日新聞の主筆・若林啓文氏が定年退職を前にして1面に、良い論説を載せていた。一読、感動した。私は大学卒業の時、新聞記者になりたかった。毎日新聞・日本経済新聞を受験したが、結局は実力が無くて、試験に落ちた。しかし、新聞記憧れの職業であった。

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訃報:赤松大麓さん81歳=元毎日新聞論説委員長、毎日新聞

訃報:赤松大麓さん81歳=元毎日新聞論説委員長

毎日新聞赤松大麓さん81歳(あかまつ・だいろく=元毎日新聞論説委員長)7日、急性心筋梗塞(こうそく)のため死去。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻貞子(さだこ)さん。 1952年毎日新聞社入社。東京本社学芸部長、事業部長、役員待遇論説委員長などを務めた。

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  • 朝日新聞の「天声人語」に対して、毎日新聞は「余禄」である。毎日新聞の「余禄」を書いておられた、赤松大麓先生は、後に昭和女子大学国文科の学科長をされ、大変お世話になった。赤松先生は、武蔵高校から東大へ進まれたが、重友毅先生の教えを受けられた。そんな関係で、赤松先生には、多くの事をお教え頂いた。先生が、毎日新聞の論説委員長時代には、常に、内ポケットの中に、「余禄」の原稿を3本か4本は入れていた、と申されていた。
  • 重友先生の告別式の折、私は、式場内で、司会の補助をしていたが、赤松先生も、参列して下さったと、後で知らされた。その赤松先生も、2011年5月7日、御他界なされた。81歳であった。この時、私は国文科の学科長であったので、八幡山の先生の御自宅にも何回もお伺いして、御指導を賜わった。
  • 「天声人語」の執筆者も、このような努力をされて、毎日、良い文章を読者に提供してくれているものと思う。

田中伸先生の学恩

田中 伸 先生の学恩

  • 2020.03.28 Saturday
田中伸先生の学恩

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田中伸 (国文学者)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
田中 伸(たなか しん、1920年8月23日[1] – 1991年2月8日[2])は、国文学者。近世文学専攻。

経歴

北海道生まれ。1942年二松学舎専門学校卒、1946年早稲田大学文学部国文科卒。49年同大学院修了。日本女子経済短期大学(のち嘉悦大学短期大学部)助教授、二松學舍大学文学部助教授、教授[3]。定年直前に死去。

著書

• 『庶民の文化 江戸文化と歴史への道標』富士書院 富士新書 1967
• 『仮名草子の研究』桜楓社 1974
• 『近世小説論攷』桜楓社 1985

校注・共編

• 『叢刊日本文学における美と情念の流れ』全5巻 大久保典夫、森本和夫、笠原伸夫共編
校注・解題: 田中伸,山田清市 現代思潮社 1972-73
• 如儡子『可笑記大成 影印・校異・研究』深沢秋男,小川武彦共編著 笠間書院 1974
• 『資料日本文学史 近世篇』青山忠一,萩原恭男共編 桜楓社 1976

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●私は、仮名草子『可笑記』の研究を始めた時から、田中伸先生の御指導を賜わった。田中先生は早稲田、私は法政だったが、先生は、親身になって、御指導をして下さった。ある時は、きつくお叱りを頂いた事もある。

●また、私が、一時、仮名草子から離れ、幕末の女性の日記に取り組んだ時も、誠実に接して下さり、鋭い批評眼で評価して下さったのである先生は、文学が解る研究者だった。感謝申上げている。

『ビジネスシーンに学ぶ日本語』

『ビジネスシーンに学ぶ日本語』

  • 2020.03.27 Friday
『ビジネスシーンに学ぶ日本語』

著者  位田 絵美 (いんでん えみ)
2020年3月30日 学術図書出版社 発行
A5判 106頁 定価 1500円+税

目 次

第1章 印象的な自己紹介

1.1 社会人としてふさわしい自己紹介をするには
1.2 公的話し言葉(です・ます体)で統一する
1.3 印象付けるためのコツ
コラム1 「総務課」って何をする部署 ?

第2章 ビジネスに必要なマナー

2.1 基本的なビジネスマナーを知る
2.2 基本的なビジネスマナーを実践する
コラム2 [お辞儀]の種類を知っていますか ?
2.3 訪問と応接のマナーを知る
2.4 訪問と応接のマナーを実践する
コラム3 上座・下座を知っていますか ?

第3章 ビジネスに必要な敬語

3.1 社会人としてふさわしい話し方を学ぶ ,
3.2 「尊敬語」をマスターする
3.3 「謙譲語」をマスターする
3.4 「丁寧語」をマスターする
3.5 「クッション言葉」をマスターする
3.6 ビジネスに必要な敬語を実践する
コラム4 ウチとソトの呼称の違いを学びましょう !

第4章 ビジネス文書の書き方

4.1 基本的なビジネス文書を知る
コラム5 ビジネスシーンでの押印には、十分注意を !
4.2 ビジネス文書の基本書式をマスターする
コラム6 ビジネス文書における時候の挨拶とは ?
4.3 ビジネス文書の書き方を実践する
コラム7 ビジネスメールの書き方を知っていますか ?

第5章 ビジネスシーンでの電話の応答

5.1 基本的な電話の応答方法(マナー・言葉遣い・敬語など)を知る
5.2 基本的な電話の応答方法を実践する
5.3 伝言メモの取り方を知る
5.4 伝言メモの取り方を実践する
コラム8 クレーム電話の対処法を知っていますか ?

第6章 インパクトのあるエントリーシート

6.1 インパクトのあるエントリ一シート
6.2 自己分析の目的とコツ
6.3 企業リサーチの大切さ
6.4 「履歴書」の書き方
コラム9 面接ではこれに気をつけよう
6.5 「自己PR文」を書く
6.6 「自己PR文」を発表する
コラム10 お礼状の書き方を学びましょう !

【知識編】小テスト対策

おわりに

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著者紹介

位田 絵美 (いんでん えみ)
名古屋大学大学院 国際開発研究科 博士課程修了
現職 近畿大学産業理工学部 教養・基礎教育部門 准教授

ゴムの木

ゴムの木

  • 2020.03.26 Thursday
ゴムの木

●このゴムの木は、昭和47年(1972)千葉市新検見川の団地に住んでいた頃、300円で購入し、机の上に置いたもの。やがて、所沢市に転居し、寒いので、冬は書斎て育てた。写真は、平成25年(2013)頃の、榎町時代のもの。40年間育てたことになる。

●FBのトップ写真をこれに入れ替えた。


『中小路彰著述目録』

『中小路彰先生著述目録』

  • 2020.03.26 Thursday
『中小路彰先生著述目録(稿)』

●池袋土曜会の主宰者・大久保力雄さんは、見るからに沈着で、思慮深く、いつも雑談の中で、舵取りをしておられた。

●大久保さんは、戦時中から、中小路彰氏の教えを頂き、戦後、中小路氏が山梨の山中湖に研究所を設立され、多くの方々との接触を断たれた後も、時折、山中湖を訪れ、中小路先生とお会いしておられた。

●私は、生涯を通じて、法政大学の重友毅先生の御指導を頂いてきた。先生の記念論集を出す時、先輩の高橋俊夫先生などと共に、「重友毅著作目録」を作成して収録した。

●そんなことがあったので、大久保さんに提案した。中小路彰先生の著述目録を是非作成して欲しいと。

●大久保力雄氏は、その後、寝る目も惜しんで著述目録の作成に取り組んだ。全て実物に当たって作成した『仲小路彰先生著述目録(稿)』、別巻を含む複写210枚、420頁、6分冊を完成し、仲小路先生の山中湖研究所へ収めた。著述目録は、2部作成し。1部は、山中湖の研究所に納めた。1部は、大久保さんが保存した。

●大久保さんが御他界の折、私は大久保さんの御蔵書の整理をして上げた。そんな関係から、弟の大久保徹君の希望で、『中小路彰先生著述目録(稿)』の1部は私が保管していた。これは、その後、お子さんの希望で返却した。

●過日、中小路彰氏の著作のことから、山中湖の研究所へ問い合わせてみた。そこから急展開があり、山梨県南都留郡の山口氏に辿りついた。山口氏から、近況の詳細を伺うことができた。

●中小路彰氏の著述目録も、やがて、最新版が出来るだろう。また、膨大な土地にある研究所も、山中湖の公的記念館として、復活するかも知れない。私は、山口氏と電話で話しながら、学問の灯は、守られるな、と感激した。
2020年3月26日

「羽化する渋谷」 田村圭介先生の研究

「羽化する渋谷」 田村圭介先生の講義

  • 2020.03.24 Tuesday
羽化する渋谷 田村圭介先生の講義

環境デザイン学科 田村圭介 准教授 web「せたがやeカレッジ」に動画が公開

2020年3月19日
昭和女子大学 環境デザイン学科 田村圭介 准教授

WEB せたがやeカレッジ(webで学べる学習サービス)
昨年実施した光葉博物館での特別展示「羽化する渋谷 ―渋谷駅135年の時系列模型から見る2020年」のギャラリートークを収録した映像がwebで公開されました。

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●今日は、昭和女子大学光葉博物館で開催された、田村圭介先生の〔羽化する渋谷〕の展示と先生の講義を拝聴した。
すごい研究だと思う。私は、20年以上、昭和女子大学に通ったり、佐藤秀工務店でアルバイトしていた頃も、渋谷で働いていた。そんな関係もあって、建築にも、渋谷にも、非常に愛着がある。田村先生の研究は素晴らしい。


〔続 木喰仏展〕

続 木喰仏展〕

  • 2020.03.23 Monday
〔続 木喰仏展〕

一昨年の子安観音像に引き続き焼失した木喰仏の再現に挑戦、4体の幻の仏像が現代に蘇った。木喰の生涯や仏像に込められた祈りに触れる展覧会。
• 開催期間 令和2年3月20日(金・祝)~4月12日(日)
9:30~17:00(火曜日は休館/入館は30分前まで)
• 観覧料  無料
• 会 場  身延町なかとみ現代工芸美術館
〒409-3301
山梨県南巨摩郡身延町西嶋345(身延町なかとみ和紙の里内)
TEL:0556-20-4555 FAX:0556-20-4557

新型コロナウイルスの感染拡大防止の為、
3月20日(金・祝) の記念イベント
・白須慶子さんによる朗読会
・岡本直浩さんによるギャラリートーク
は中止とさせていただきます。

誠に申し訳ございませんが、何卒、ご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
※ 完成披露展は開催いたします。


池袋土曜会

池袋土曜会

  • 2020.03.23 Monday
池袋土曜会

●大学を卒業した頃、〔池袋土曜会〕に、同期の大久保徹君に誘われて参加した。毎週第3土曜日の夜、池袋の【白鳥】に集まる。参加資格も年齢も問わない。ただ、何か一つこだわるものを持っていること。そんなグループだった。何か、森銑三氏の〔三古会〕に似ていた。

●この会は、様々な魅力に富んでいた。ただ、コーヒーを飲みながら、2時間でも、3時間でも、雑談をする。参加者は、10人くらいだったと思う。後で知ったら、大変なギタリストもいた。詩吟の名手もいた。エベレストへ何回も登った登山家もいた。同人誌を出して、小説を書いている人もいた。剣道6段と言う剣士もいた。ピアノを弾いて、テレビに出たという人もいた。カメキチで、ライカ、コンタックスのコレクターもいた。とにかく、第3土曜日になると、池袋に足が向く。私は、何方の話も、魅力的で、楽しく聞く事ができた。

●この会の主宰者は、どうも、大久保君の兄さんの、大久保力雄氏と、詩吟の名手冨樫省艸氏のようだった。ある日、大久保さんは、中小路彰という人の事を語り出した。東京帝大の哲学を出た思想家だと言う。余りに話が大きいので、証拠を見せてくれ、と言ったら、次の会の時、紙袋に著書の一部を持参して見せてくれた。
●私は、国会図書館で、検索してみたら、膨大な著書が出てきた。しかし、世間では余り知られていない。第2次世界大戦中は、東京で活動したが、戦後は、山梨の山中湖に研究所を造って、引きこもり、世間とは疎遠の状態だと言う。人とは合わないけれど、大久保さんは、しばしば山中湖を訪れて、御指導を頂いていたとのこと。

●私は。大久保さんに提案した。中小路先生の著作目録を是非作成して欲しいと。

●大久保力雄氏は、その後、寝る目も惜しんで著述目録の作成に取り組んだ。全て実物に当たって作成した『仲小路彰先生著述目録(稿)』、別巻を含む複写210枚、420頁、6分冊を完成し、仲小路先生の山中湖研究所へ収めた。著述目録は、2部作成し。1部は、山中湖の研究所に納め、大久保さんが御他界の後は、私が1部保管していた。その後、お子さんの所へ返した。私は、大久保さんが御他界の後、その御蔵書を整理して、その後の処置をお子さんに伝えた。

●もちろん、今日、仲小路彰が、より広く知られるようになったのは、大久保さん1人の努力ではない。仲小路彰の教えを受けた、野島芳明氏や「仲小路彰研究会」の方々の御努力によるものと思う。この事に、少しは関与した私も、非常に嬉しく思う。

三島由紀夫 割腹自殺

三島由紀夫 割腹自殺

  • 2020.03.22 Sunday
  • 07:19

三島由紀夫 割腹自殺

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fuakiの日記
2009-07-18

三島由紀夫 自衛隊に乱入 割腹自殺

●今日(2009年7月17日)の朝日新聞の夕刊「昭和史再訪」は、昭和45年(1970)11月25日に、作家の三島由紀夫が、市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に乱入して、バルコニーで演説をして、その後で割腹自殺した現場を訪ねている。三島は自衛隊に体験入隊していて、そのお礼を言いたいと、理由付けて総監室に入ったらしい。益田総監を縛り上げて、演説をして、腹切りを行った。集まった1000人ほどの自衛隊員は、冷静に演説を聞き、対応していた。

●私は、この日の午後、駿河台の坂を下りながら、このニュースを知った。お茶の水駅で夕刊の全紙を買ったが、総監室の床に、三島と楯の会の森田の首が並べられている写真が出ていたのは、朝日だけだった。朝日新聞のスクープであった。人間の、しかも三島由紀夫の生首が、コロリンと床に並べられていた。カメラマンは部屋へは入れなかったと思う。間仕切りを這い上がって撮ったのだろうか。

●今日の朝日には、当時の著名人のコメントも紹介されている。時の首相・佐藤栄作は「気が狂ったのか」と言ったという。佐藤首相は、何か重要な問題に出会った時、折々、山中湖の仲小路彰の所を訪れていたという。「昭和の天才 仲小路彰 ―終戦工作とグローバリズム思想の軌跡―」は、戦後のアメリカやイギリス・ドイツ・フランスに止まらず、ソ連の情報なども、国家機関を凌ぐものを得ていたと言われている。

●仲小路彰は、友人の大久保力雄さんの恩師で、戦後、山中湖の研究所に籠もって、外部との接触を絶って、極、一部の人々としか会わなかったらしい。それで、旺盛な著作活動を続けていた。大久保さんの作成した、『仲小路彰著作目録』によって、最近は少しは知られるようになった。

■ 朝日新聞・夕刊 2009年7月18日

昭和45年11月25日の朝日新聞夕刊の、バルコニーで演説する三島の下に出ている写真に、2人の生首が出ていた。それが、全家庭に配られたのだから、ショックを受けた人もいただろう。

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●●私は、当時、市販の三島関係の資料を買い集めた。ミサイルが世界をかけ回っている、今、実に幼稚な戦争に対する発言に驚いた。こんど、映画〔三島由紀夫VS東大全共闘〕が公開された。太宰治にしても。三島由紀夫にしても、時間の経過は、いずれ、周りのゴミを洗い流すだろう。佐藤栄作は「気が狂ったか」と言ったという。佐藤栄作は、時々、山中湖の仲小路彰を訪ねていた。政治の舵取りの参考にしたのだろう。

●●私は、知人の大久保力男氏と、長い交流を頂いた。大久保さんは、中小路彰の教え子だった。大久保さん他界の後、蔵書を整理してあげた。『仲小路彰著作目録』を見れば、その偉大さがわかる。2020年3月22日