木越治・勝又基『怪異を読む・書く』

木越治・勝又基『怪異を読む・書く』
2018.12.05 Wednesday

『怪異を読む・書く』
木越治・勝又基 編

2018年11月20日、国書刊行会発行
A5判、490頁、定価5800円+税

目次

怪異を読む 7

〈鉄輪〉の女と鬼の間――現報に働く神慮をめぐる一考察  西村聡  9
怪異の対談  西田耕三  21
幽霊は実在するか表象か――「代筆は浮世の闇」試論  高橋明彦  39
「白蛇伝」変奏――断罪と救済のあいだ  丸井貴史  51
怪異と文学――ラヴクラフ卜、ポオそして蕪村、秋成  風間誠史  71
紀行文としての『折々草』と『漫遊記』  紅林健志  89
前期読本の有終ーー『四方義草』と『一閑人』  木越俊介  107
日常への回帰――『春雨物語』「二世の縁」小考  加藤十握  123
「第六夜」の怪異――夢を夢として読むために  杉山欣也  137
”怪異‘’の果てーー泉鏡花「間引菜」を読む  穴倉玉日  151
神秘のあらわれるとき――小林秀雄「信ずることと知ること」をめぐって  権田和士  171
「任氏伝」を読みなおす――長安城内に生きた西域人の女性の描写から  閻小妹  187
Long Distant Call――深層の礒良、表面の正太郎  木越治  215

怪異を書く  233

『三井寺物語』「八月十五夜に狂女わが子に尋逢し事」考――謡曲「三井寺」との比較を通して  
金永昊  235
医学と怪談――医学的言説に基づく怪異の源泉と奇疾の診断  李奕諄・クラレンス  251
都市文化としての写本怪談  勝又基  263
都賀庭鐘が『通俗 医王耆婆伝』に込めたもの  木越秀子  277
怪談が語られる「場」――『雉鼎会談』を素材として  近衛典子  295
綾足・伎都長歌考――仏説歌の位置  奥野美友紀  313
『雨月物語』の「音」――名作の理由  井上泰至  333
化け物としての分福茶釜  網野可苗  349
「不思議」の展開――近世的世界観の一端  宍戸道子  369
文化五年本『春雨物語』「樊噲」と阿闍世説話  三浦一朗  385
『小萬畠雙生種蒔』考――二ツ岩団三郎の怪談と読本  高松亮太  403
「お化」を出すか、出さないかーー泉鏡花と徳田秋聲から見る日露戦後の文学  大木志門  423
亡霊と生きよーー戦時・戦後の米国日系移民日本語文学  日比嘉高  441

あとがき  463

木越治教授略年譜・著述目録     (丸井貴史氏編 より抜粋)

1971年3月   金沢大学法文学部文学科国語国文学専攻課程卒業
1974年3月   東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専修課程修士課程修了
1975年10月  東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専修課程博士課程中途退学
     10月  富山大学教養部講師
1979年4月   富山大学教養部助教授
1983年10月  金沢大学教養部助教授
1996年4月   金沢大学文学部助教授
1998年10月  金沢大学文学部教授
2008年4月   金沢大学人間社会域歴史言語文化学系教授
2010年4月   上智大学文学部教授
2014年3月   上智大学定年退職
     4月   上智大学特別契約教授
     4月   金沢大学名誉教授
2015年3月   上智大学特別契約教授退職
          退職後、上智大学、清泉女子大学、武蔵中学にて非常勤講師

2018年2月23日 死去(享年69)

学位   博士(文学)  1996年3月  東京大学  学位論文「秋成論」

著書

秋成作品選(共編)  1985年4月  桜楓社
世間妾形気〈影印〉(編集)  1989年3月  和泉書院
マンガ雨月物語(画・岸田恋)(監修)  1990年6月  河出書房新社
新日本古典文学大系79 本朝水滸伝・紀行・三野日記・折々草(共編)  1992年10月  岩波書店
叢書江戸文庫34 浮世草子怪談集(編集)  1994年10月  国書刊行会
秋成論  1995年5月  ぺりかん社
江戸怪異綺想文芸大系2 都賀庭鐘・伊丹椿園集(共編)  2001年5月  国書刊行会
米国議会図書館蔵古典籍目録(共編)  2003年2月  八木書店
西鶴――挑発するテキストーー〈国文学解釈と鑑賞別冊〉(編集)  2005年3月  至文堂
秋成文学の生成(共編)  2008年2月  森話社
講談と評弾――伝統話芸の比較研究――(編集)  2010年3月  八木書店
上田秋成研究事典(共編)  2016年1月  笠間書院
江戸怪談文芸名作選(I~5)(責任編集)  2016年8月~  国書刊行会
江戸怪談文芸名作選1 新編浮世草子怪談集(校訂代表)  2016年8月  国書刊行会

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勝又基(かつまた もとい)

1970年静岡県生まれ。1993年金沢大学文学部卒業。2001年九州大学大学院博士課程修了。博士(文学)。明星大学日本文化学部専任講師、同准教授、ハーバード大学ライシャワー日本研究所客員研究員を経て、現在、明星大学人文学部教授。
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論者略歴(抜粋)

西村聡(にしむら さとし)
金沢大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、金沢大学教授。
西田耕三(にしだ こうぞう)
東京大学文学部卒。東京都立大学大学院中退。熊本大学教授を経て、近畿大学文芸学部教授。2011年退職。
高橋明彦(たかはし あきひこ)
東京都立大学大学院博士課程退学。現在、金沢美術工芸大学教授。
丸井貴史(まるい たかふみ)
上智大学大学院博士後期課程修了。現在、就実大学人文科学部講師。
鳳間誠史(かざま せいし)
東京都立大学大学院博士課程修了。相模女子大学教授。
紅林健志(くればやし たけし)
総合研究大学院大学博士後期課程修了。現在、国文学研究資料館機関研究員。
木越俊介(きごし しゅんすけ)
神戸大学博士課程修了。現在、国文学研究資料館准教授。
加藤十握(かとう とつか)
立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士前期課程修了。現在、私立武蔵高等学校中学校教諭。
杉山欣也(すぎやま きんや)
金沢大学文学部文学科卒業。筑波大学大学院博士課程文芸・言語研究科修了。博士(文学)。現在、金沢大学人間社会研究域歴史言語文化学系教授。
穴倉玉日(あなくら たまき)
金沢大学大学院博士課程単位取得満期退学。現在、泉鏡花記念館学芸員。
権田和士(ごんだ かずぴと)
金沢大学文学部卒。東京大学大学院人文社会研究科満期退学。現在、群馬県立女子大学文学部教授。
閻小妹(えんしょうまい)
中国黒龍江大学卒。東京都立大学大学院博士課程単位取得満期退学。現在、信州大学教授。
金永昊(きむよんほ)
韓国外国語大学卒。金沢大学大学院博士後期課程修了。現在、東北学院大学教養学部言語文化学科准教授。
李奕諄・クラレンス (リーイジュン・クラレンス)
シンガポール国立大学日本研究学科卒業、口目企研究学科卒業、コーネル大学アジア研究学科修士博士課程修了。現在、コロラド大学ボルダー校助教授。
木越秀子(きごし ひでこ)
金沢大学大学院博士課程修了。
近衛典子(このえ のりこ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻中退。博士(人文科学)。現在、駒澤大学教授。
奥野美友紀(おくの みゆき)
東京都立大学大学院人文科学研究科単位取得満期退学。博士(文学)。現在、富山大学・富山県立大学非常勤講師。
井上泰至(いのうえ やすし)
上智大学大学院博士後期課程満期退学。現在、防衛大学校教授。
網野可苗(あみの かなえ)
上智大学大学院博士後期課程満期退学。
宍戸道子(ししど みちこ)
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得退学。明治大学非常勤講師。
三浦一朗(みうら いちろう)
東北大学大学院博士後期課程単位取得退学。現在、武蔵野大学教授。
高松亮太(たかまつ りょうた)
立教大学大学院博士後期課程中退。現在、県立広島大学専任講師。
大木志門(おおき しもん)
立教大学大学院博士後期課程満期退学。博士(文学)。現在、山梨大学准教授。
日比嘉鳥(ひび よしたか)
金沢大学文学部卒、筑波大学大学院文芸・言語研究科修了。博士(文学)。現在、名古屋大学大学院人文学研究科准教授。
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〔あとがき〕 より
 じつは、本書にはもうひとつの目的がある。それは、平成三十年二月二十三に逝去された日本近世文字研究
者、木越治先生の霊前に捧げることである。
 そもそも本書は、先生の古稀記念出版として計画したものであった。最年長の弟子である筆者が先生に声をか
けたのは、手控えによれば、およそ四年前の平成二十六年十月。それから紆余面折あって、国書刊行会の編集者・
伊藤昂大氏とはじめて話し合いの場を持ったのが平成二十八年六月のことであった。先生のご意向に沿って執筆者を選定し、執筆依頼状を各氏にお送りしたのが平成二十八年八月。今から二年以上も前である。先生とは「古稀記念だからといって雑多な論文の寄せ集めではつまらないでしょう」「では怪異で書いてもらおう」「誕生日も兼ねた出版記念パーティーは派手にやりましょう」「じゃあ金沢沢の仲間をよんで太鼓でも披露しようかな」などと話が弾んだ。このように余裕と希望に満ちだ船出であったのだが、すでに論文も集まり始めた今年になって、先生はあの世へ旅立ってしまわれた。   【勝又基】
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●木越治先生の『怪異を読む・書く』が刊行された。ここに掲出した、勝又基氏の〔あとがき〕にあるように、本来は、木越先生の古稀記念出版として出すべき本だった。しかし、先生は、本年2月、急逝されてしまわれたのである。優れた才能を持ち、多くの業績を残された先生であるが、この度の論文集の執筆陣を見ても判るように、先生は、教育者、指導者としても、並々でなかったことを知ることができた。

●この論集に収録された、木越先生の、「深層の磯良、表層の章太郎」を拝読して、感慨深いものがある。私は、法政の大学院へ進学していたならば、重友毅先生の下で、上田秋成を研究する予定だった。『桜山本 春雨物語』を出したのも、そんな関係からであり、この本に関しても、木越先生に、助けてもらった。

改めて、心から感謝申し上げ、先生の御冥福をお祈り申し上げる。

〔ゆるキャン△〕の聖地に〔ゼブラ〕

〔ゆるキャン△〕の聖地に[ゼブラ]
2018.12.03 Monday

●『広報 みのぶ』12月号に『ゆるキャン△』の写真が掲載されていて、その中に〔ゼブラ〕が出てくる。調べてみたら、ネツトにこんな情報があった。
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【キャンプ】身延町に行ってきた【ゆるキャン△2, 3巻の聖地】

【キャンプ】浩庵キャンプ場に行ってきたお話【ゆるキャン△1巻の聖地】

上の記事で紹介した浩庵キャンプ場に向かう前に、身延町周辺をポタリングしてきました。
もちろん、ゆるキャンの舞台になっており、何箇所か漫画と同じ風景を見かけたので紹介します。

国道52号線沿い

漫画の中で直接出てきませんが、登場するキャラクターの身近な道だろうということで、紹介してみます。

西島、身延町の境から一つ目の町並みです。
商店通りでしょうか、道路脇の街灯がすずらん様になっています。

町と町の間はひたすら山道です。
アップダウンはそんなに急ではありません。

身延町で大きめの地域、飯富が見えてきました。
次で紹介するスーパー「セルバみのぶ店」のある地域です。

セルバみのぶ店

※【コマ引用】『ゆるキャン△』(あfろ/まんがタイムKRコミックス)2巻より

漫画の中では「ゼブラ」という名前で登場しています。
四尾連湖水明荘キャンプ場に向かう前に、リンちゃん達が買い出ししていったスーパーです。
あおいちゃん(イヌ子)がここでバイトしています。

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甲斐国史の中の身延町

甲斐国史の中の身延町
2018.12.03 Monday

●『広報 みのぶ』12月号がアップされた。表紙には身延町の人々の和やかでかわいらしい写真がたくさん掲載されている。可愛いねえ。
●この号の、池田茂光氏の「町内歴史・文学散歩みち㉑」は、「甲斐国史の中の身延町は ?」である。西島村、手打沢村、大塩村、久成村、平須村、矢細工村、古長谷村、中山村、夜子沢村、寺沢村。みな、故郷の懐かしい村々。
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夜子沢村 日蔭 日向
 石高=百六十二石九斗三升五合
 戸数及び人口=百十八戸、四百九十七人(男二百四十八、女二百四十九)
 馬・牛=馬二十四頭
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●夜子沢(よごさわ)には、叔父さん(母の弟)の家があり、従兄もいて、小さい時は、大変可愛がってもらった。渡辺三兄弟で〔渡辺兄弟商会〕という会社を経営、土木工事をしていた。おじさんたちの積み上げる、高い石垣は見事なものだった。高校時代は、私もここで、アルバイトをした。
●ところで、今回の紹介で、夜子沢の、「馬二十四頭」は、大塩の「四十頭」、西島の「三十七頭」に次いで多い。何故だろうか。富士川から山の方に入った場所で、馬を育てたのだろうか。

●江戸時代後期の、甲斐の国の石高、人口などの記録の写本は、私も二冊ほど持っていたが、先年の蔵書整理の時、古書籍商に売却してしまった。

今年あった、嬉しいこと

今年あった、嬉しいこと
2018.12.02 Sunday

●昭和女子大学 光葉博物館 新春収蔵資料展
1月9日~2月6日
こけし、土人形、張り子、中国硯、と共に、私が寄贈した、冨樫省艸刻、篆刻遊印を展示して下さった。

●4月5日、文藝春秋発行の、北村薫氏の『小萩のかんざし いとま申して 3』の中で、横山重先生を詳しく描いて下さった。それに添えるように、横山先生と私のことも追加して下さった。

●6月17日、新潟県阿賀町赤岩の、斎藤家総本家の『斎藤家系図』を閲覧・調査させて頂いた。6メートル40センチの系図は、重要文化財レベルの貴重な資料である。これによって、如儡子の祖父、斎藤光盛の本貫が推測できた。卒論以来の疑問が解けたのである。

●『広報 みのぶ』8月号に、郷里の作家、池田茂光氏が、私のことを紹介して下さった。身延高校卒業以来、郷里に御無沙汰のみの私は、感謝とともに、大変恐縮している。

●11月、昭和女子大学図書館は、デジタルアーカイブで、所蔵の特殊文庫の概要を公開した。私の関与した〔桜山文庫〕〔翠園文庫〕の所在が、初めて公開されたのである。鹿島則幸氏に対しても、松本誠氏御夫妻に対しても、この報告が出来て、感謝している。

●もうひとつ、これは確定ではないが、11月に入って、『井関隆子日記』に関して、嬉しいことがあった。これは、大仕事ゆえ、実現するかどうか、不確定ではあるが、とにかく、スタートはした。

●今月末に発行される『近世初期文芸』第35号には、「如儡子の祖父・斎藤光盛の出自」を発表することが出来る。これで、斎藤親盛の伝記が、ようやく執筆できることになった。
●皆様に対して、感謝、感謝、感謝、の気持ちで、いっぱいである。今年は、良い年になった。

北村 薫 『小萩のかんざし いとま申して 3』読後感

北村 薫 『小萩のかんざし いとま申して 3』読後の感想
2018.12.01 Saturday

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北村薫『小萩のかんざし』  読後の感想

●北村薫氏の『小萩のかんざし いとま申して 3』 は、今年4月の発行、今日、ネット上の、読後感想を一瞥したが、ネット上の感想も、だんだん、充実した感想がアップされ出した。

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Rusty
筆者の父の残した日記を軸に、折口信夫や横山重にまつわる記録をひもときながら過去を描写していく。100年も経っていないくらいのことでも、私のような昭和最後のころの生まれにとっては遠い遠い昔のようで想像を超えている。昭和初期の戦前期というのはそれだけ特異な時期だったのだろうか。本書の終盤は本当に急かされるように切なくなりながらページをめくった。結びに挙げられた、仏足石の歌が印象に残る。「御足跡(みあと)作る 石の響きは 天(あめ)に到り 地(つち)さへゆすれ 父母がために 諸人(もろびと)のために」。
ナイス★2
コメント(0)2018/10/01

紅はこべ
本がなければ生きていけない人達の物語。ここで言う本は、私が普段読んでいるエンタメ系小説とは種類や次元が違う。演彦氏の日本文学古典中心の読書のうち『愛の一家』が入っているのは微笑ましい。演彦氏は横山重(本作で初めて知る名前)とは直接の面識はないらしいので、彼を副主人公格にしたのは、演彦氏の立場を鮮明にするためか。横山より、演彦氏の親しい友で横山の片腕だった太田武夫の像が印象的だ。古典の異本の収集や翻刻の重要性がよくわかる。マスミさんの童話読んでみたい。戦争の記述があっさりなのが意外。特に沖縄の。
ナイス★96
コメント(0)2018/09/29

遠い日
「いとま申して 3」完結編。折口信夫に強く憧れながら、膝下で取り巻きのひとりにはなれなかった、北村氏の父。民俗学への思いも絶ち難く、終生研究を手放すことはなかった。慶應の院生時代の、家族への申し訳なさと学問への熱い気持ちのアンバランスが痛々しい。空前の就職難で、学ぶことは仕事につながらない虚しさ。やっとのことで得た、沖縄での教師生活が、仕事と学問を支えた。自分を生きた父の、半生を紐解いて、北村氏の感慨は深かっただろう。生々しい研究者たちの確執と連帯にも多く触れられ、日本の民俗学の裏事情も興味深かった。
ナイス★9
コメント(0)2018/09/18
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●北村 薫 『小萩のかんざし いとま申して 3』
2018.04.02 Monday
北村 薫 『小萩のかんざし いとま申して 3』読後感

北村 薫『小萩のかんざし いとま申して 3』
2018年4月5日、文藝春秋発行
四六判、462頁、定価2200円+税

●北村 薫氏の近著が発行された。「いとま申して」シリーズの3冊目で、これが完結編である。
●著者の父・宮本寅彦氏が書き残した膨大な日記を、丹念に読み、その背景を徹底的に調べて、その記述の真相に迫まっている。このような子を持った親は幸せであり、このような父をもった著者も、また幸せである。朝日新聞に〔おやじの背中〕というのがあるが、ほとんどが、余り深みのない思い出ばなしである。
●父は、昭和8年、慶應義塾大学を卒業し大学院へ進む。「いとま申して 3」では、大学院で研究する様子、以後の日記の検証がなされている。私は、今、一応読了はしたが、まだまだ、消化不足の点はあると思う。
●それにしても、父の日記の内容は、学問に取り組む姿勢が素晴らしい。旧制の大学生、大学院生は、こんなに勉強したのか、と感心する。これは、慶應義塾大学だけではないと思う。私は、山梨の身延高校卒であるが、先輩の平林文雄先生は、旧制の身延中学卒である。平林先生には、30年間以上、共に日本文学研究会で御指導を頂いたが、新制の私とは、余りに学力の差があるので、自分を平林先生の後輩とは思っていない。
●ともあれ、この優れた素材を、著者は、真相究明に、情熱と深い敬愛の心で、真摯に取り組んでいる。折口信夫を中心に、横山重、池田彌三郎、太田武夫、戸板康二、俵元昭、森武之助、佐藤信彦、波多郁太郎、檜谷昭彦、などなど、たくさんの関係者の名前が出てくる。人間は、多くの人々に、教えられ、助けられ、生きているものだと、つくづく思う。
●著者は、本書の冒頭で、次の如く記す。
「さて、本巻でその巨大な姿を表す人物が、横山重である。折口氏に比べ、知名度が高いとはいえない。必要上、この章で人物紹介をしておく。」
●私は、わくわくして、読み進めた。これまで知らなかった、横山先生の若い頃からの生き方が、立体的に総合的に描写されている。折口信夫との関係は、うっすらとは知っていたが、このように、厳しく、辛辣な、そうして、学問の上での相入れない関係もあったのか。そうして、学問の究極では、お互いに、認めていたのではないか。そのように、知ることが出来た。やはり、折口信夫は大学者であった。横山先生も、やはり、大研究者であった。これまで、〔横山重〕に関しての、まとまった記録は無かったように思う。その意味で、この度の、『小萩のかんざし』は、折口信夫の伝記であり、〔横山重〕の初めての伝記と言えるのではないか。
●心から尊敬申し上げる、横山重先生の実像を見せて頂いて、心から感謝している。歴史的記録とは、大きな社会の変動を、大局的に記録することも大切であるが、優れた文学が描写するような、極めて具体的な記録に、その時代の一面が的確にとらえられていることが、しばしばある。この度の著書にも、それを感じた。
●私は、今、「仮名草子の書誌的研究」を書き進めている。北村薫氏の近著を読むのに、2日間を使った。また、しばらくして、再度、読みたいと思う。
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●これは、私の読後の感想である。

図書券

図書券
2018.11.27 Tuesday

●菊池先生のエッセイに「図書券」について、次の書き込みがあった。私は、先日、昭和女子大学図書館から「図書カードNEXT」を頂いた。写真をアップしておく。
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図書券
2018/11/27_Tue_08:12
森銑三『明治東京逸文史』によると、『開花新聞』明治十七年三月二十五日に、兎屋が書籍切手の案内をしている。
広告の親玉銀座の岩谷につゞいて、開化の商人南鍋町の兎屋にては、今度書籍切手を発行し、十銭以上百円まで、数種に分かち、望みの書物及び法帖と引換へらるゝ由、進物などには至極重宝なり。
当然、これは兎屋でしか使えないものだろう。
ウィキペディアによると、図書券は1960年発売開始。1990年からは「図書カード」が発行開始され、図書券は2005年10月1日をもって販売終了。2016年6月からは紙製の「図書カードNEXT」に変ったという。
私は図書券・図書カードは手にしたことがあるが、NEXTというのは知らなかった。
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鈴木棠三先生

鈴木棠三先生
2018.11.27 Tuesday

●菊池先生のエッセイで、鈴木棠三先生の筆名に関して述べておられる。私は鈴木先生の改名に関して知らなかった。

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筆名
2018/11/26_Mon_15:35

鈴木棠三とは筆名だという。親が付けた名は「脩一」。昭和九年八月から「棠三」という筆名を使うようになった。杉浦翠子先生の改名令によってだという。戸籍はどうなったのか知らない。
このことはウィキペディアには書いてないが、『20世紀日本人名事典』には「本名 鈴木脩一」とある。私は『藤岡屋日記』「編集のしおり」によって知った。
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●私は、桜山文庫の『井関隆子日記』に出会った頃、鈴木先生に初めてお会いした。『井関隆子日記』の件を、前田金五郎先生に報告しておいたところ、前田先生から鈴木棠三先生に伝わり、鈴木先生から、神田の錦正社の新企画の叢書に収録したいので紹介して欲しい、と依頼された。結果的には、錦正社の企画が中止となったが、これをきっかけに、毎年、横浜で行われていた、鈴木先生の〈棠門会〉に参加させて頂くようになった。
●棠門会は、鈴木先生と関係のある、その道、その道の専門家と、出版社の編集者が集まった。鎌倉の先生のお宅へも、何回か伺ったが、小高い丘の上の家で、見晴らしが抜群だった。何よりも、書斎がすごかった。コンクリートの床で、広いスペースに机が3つ並んでいて、同時に3つの原稿を執筆しておられた。背後は、全て移動式の書架だった。周囲の壁面には、天井まで、参考図書が並べられていた。鈴木棠三先生は、このような環境の中で、あの大量の著作を執筆されていたのである。
●平成4年(1992)7月13日、先生は、御他界なされた。82歳だった。告別式は、7月16日、鎌倉市御成町の葬儀所で行われ、東京堂の松林氏、芸林舎の神田氏、講談社の今井氏、錦正社の中藤氏、三一書房の社長さん、等々の方々と共にお見送りした。
●『井関隆子日記』の調査に関しても、多大な御指導を賜わった。佐渡の山本修之助氏にも紹介して下さった。その学恩は忘れられない。

モンブラン、ローヤルブルー

モンブラン、ローヤルブルー
2018.11.25 Sunday

●私は、万年筆には、かなり凝っていた。学生時代から、モンブランだった。昭和33年(1958)頃で、まだ、モンブランを使っている人は少なかった。背広の胸ポケトに指して、山手線の中で落としたこともある。また、渋谷の喫茶店で本の読みかけの所に置いて、外でウロウロする友達を呼びに出て、席に返ったら、無くなっていたこともあった。でも、少しも腹が立たなかった。〔やはり、モンブランだな〕と思った。
●その後、ペリンカン、カランダッシュ、パーカー、など、30本位を使い分けて楽しんでいた。しかし、終活に入った時、3本残して、後は、ゼブラに勤める息子に贈呈した。インクも、ンブラン、ペリカン、パーカーなどで、色も5種類くらい、使い分けていたが、これも、ローヤルブルーのみにした。この頃は、ボトルインクが、近所の文房具店では買えない。息子に頼んで、ネットで購入してもらった。
●私の終活のインクは、モンブランのローヤルブルーのみになった。

海賊版サイト対策

海賊版サイト対策
2018.11.22 Thursday

海賊版サイト対策 ダウンロード禁止

●昨日の朝日新聞で、海賊版サイトのダウンロード禁止に関して、文化庁が対策に乗り出したと報じている。以前、私の著書を無料でダウンロードしませんか、というサイトに出会った。それが、海賊版サイトだろうか。副作用はあっても、違法は取り締まるのが当然だと思う。
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様々な海賊版対策
 海賊版サイトの利用を控えさせるための処方箋(せん)になるのか、インターネット利用者を萎縮させるのか――。文化庁が、海賊版だと知りながら漫画などの「静止画」をダウンロードすることを違法化するかどうかの検討を始めた。海賊版対策のための良薬との位置づけだが、副作用が大きいとして早くも疑問の声が上がり始めている。    【朝日新聞 デジタル より】
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松本昭先生 追悼

松本昭先生 追悼
2018.11.21 Wednesday

●松本昭先生が御逝去なされた。
生前の御厚誼に対して、深く感謝申上げ、心から哀悼の意を申し上げる。
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松本昭さん93歳=元昭和女子大副学長
毎日新聞2018年11月12日 17時46分(最終更新 11月12日 17時46分)
 松本昭さん93歳(まつもと・あきら=元昭和女子大副学長、同大名誉教授)9日、老衰のため死去。葬儀は13日午前11時半、神奈川県真鶴町真鶴1902の2の西湘ホール。喪主は妻美代子(みよこ)さん。
 毎日新聞東京本社事業第2部長などを務め、1978年に退職。91~99年、昭和女子大の副学長を務めた。
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松本昭コレクション展 昭和女子大学光葉博物館 新収蔵資料展
2017.07.20 Thursday

期間 2017年7月14日(金)~8月5日(土)
会場 昭和女子大学光葉博物館

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ごあいさつ

 本学名誉教授松本昭先生は、昭和53年に昭和女子大学へ入校されて以来、本学の発展に大きく寄与されました。とくに学芸員課程の充実のため、教育資材を自ら制作するなどして学生の教育指導に情熱を傾けられ、さらには実践的な教育の場として「昭和女子大学光葉博物館」の設立にご尽力くださいました。
 平成8年には本学主催『天平の甍―鑑真和上と唐招提寺』展の企画に携わられ、多数の貴重な史料が展示されました。そのような充実した展覧会の実現は、長年にわたる執筆活動や調査研究の功績に加え、知遇を得た方々との信頼関係を築いてこられた先生のお人柄によるものと拝察します。
 本学退職後も引き続き所蔵品の寄託などを通して、当館の運営にご助力を賜って参りました。昨年度は本学図書館に書簡や葉書を、今年度は当館に愛蔵品の数々をご寄贈いただきました。この度これを記念して、先生が携わってこられた編集のお仕事や、半生をかけて取り組まれた即身仏の研究を中心に、借用させていただいた秘蔵資料も併せて「松本昭コレクション」として公開させていただく運びとなりました。
 本展を開催するにあたり、今年92歳になられる先生には、大著のご執筆中にもかかわらず格別のご高配を賜りました。末筆ながら厚く御礼申し上げるとともに、松本昭先生ご夫妻のご健康とさらなるご活躍を心より祈念いたしまして、ご挨拶とさせていただきます。
                2017年7月 昭和女子大学光葉博物館
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松本 昭  まつもと あきら  略歴

 1925(大正14)年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、
同大学院特別研究生を経て毎日新聞社入社。サンデー毎日、学芸
部、政治部を経て事業部長。学芸部時代、吉川英治の最後の大作
 『私本太平記』の担当記者となる。晩年の巨匠吉川英治を敬慕し、
文豪井上靖に私淑する。
 1978(昭和53)年昭和女子大学入校、副学長等の要職を務める。
本学光葉博物館設立のため尽力。昭和女子大学名誉教授。
 主な著書に『弘法大師入定説話の研究』『日本のミイラ仏』『人
間吉川英治』『人間復活』などがある。
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