テラバイト

テラバイト

●菊池先生が、データ量のテラバイトについて書き込んでおられた。私のネット上の活動は、全て菊池先生の御配慮によるものである。これまで発信したデータが、今もなお、保存されているのは、菊池先生のお蔭である。

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TB
2017/06/20_Tue_08:47
14TBのHDDが量産開始へ 2020年には20TB超え予定か
http://newsoku.blog/archives/26403
という記事を見た。人間の欲望は果てしない。
30年近く前、フロッピーディスクは1MB程度。その後ハードディスク時代になったが、50MBや80MBを使っていた。GBになったのはいつ頃だか覚えていない。今は2TBの内蔵と外付け。テキストとPDFだから、容量的には死ぬまでもつだろう。今までハードディスクがクラッシュしたという経験はないが、昔とは格段にデータが増えているので、そろそろハードを入れ替えないといけないかもしれない。
【菊池先生のエッセー より】
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バイトの単位一覧
SI接頭辞 2進接頭辞
単位(記号) 慣用値 SI基準 単位(記号) 値 SIとの差(概数)
キロバイト (kB) 210 103 キビバイト (KiB) 210 2.400000%
メガバイト (MB) 220 106 メビバイト (MiB) 220 4.857600%
ギガバイト (GB) 230 109 ギビバイト (GiB) 230 7.374182%
テラバイト (TB) 240 1012 テビバイト (TiB) 240 9.951163%
ペタバイト (PB) 250 1015 ペビバイト (PiB) 250 12.589991%
エクサバイト (EB) 260 1018 エクスビバイト (EiB) 260 15.292150%
ゼタバイト (ZB) 270 1021 ゼビバイト (ZiB) 270 18.059162%
ヨタバイト (YB) 280 1024 ヨビバイト (YiB) 280 20.892582%

テラバイト (terabyte) はデータ量やコンピュータの記憶装置の記憶容量の大きさを表す単位である。TBと略記される。
テラバイトは1,099,511,627,776(1兆990億)バイトであり、1,024ギガバイトである。
【ウィキペディア より  以下省略】
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【昭和女子大、深沢の日録】

平成16年10月30日(土)
サイト内コンテンツのバイト数
●昨年5月に昭和女子大学のHPを開設して、ヒマヒマにデータを追加更新していたら、だいぶ大きくなってきた。因みに、スコア上位3つのサイトのバイトをチェックしてみたら、次の通りであった。我ながら驚いている。(2004.10.30現在)
①芦川研究室(score:30)18万7276bytes
②深沢秋男研究室(score:28)412万1630bytes
③佐野研究室(score:28) 3万4550bytes
●私は、バイト数の増大を防止するため、写真等は極力入れず、文字情報に主点をおいて追加更新してきた。それにしても、論文全文のアップなどを含めているので、情報量は大きくなってしまう。
●私は、甲南女子大学の菊池真一氏と共同運営のHPを2つ〔①近世文学研究所、②J-TEXTES(日本文学電子図書館)〕を運営している。この内、特に②の情報量は膨大なもので、プロバイダーの運営者の予想をはるかに上回るもので、利用規定を変更した程であった。ネット社会も、未だ発展途上である。
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■容量一覧  ネットより

御達者倶楽部歌集

御達者倶楽部歌集

目次
1、 ああ上野駅
2、 アザミの歌
3、 いい日旅立ち
4、 田舎のバス
5、 上を向いて歩こう
6、 おさななじみ
7、 お嫁においで
8、 かあさんの歌
9、 影をしたいて
10、 カチューシャ
【以下、略】
全40曲。
第2集 全127曲。
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●このところ、町内会のお達者倶楽部に参加させてもらって、色々のことを学んでいる。とこしゃん体操。けん玉、笑いヨガ、頭の体操、などなど。毎回、毎回、楽しく、妻と2人で参加しているが、同年輩の町内の方々と話し合っていると、教えられることが多い。
●この倶楽部には、歌集が2冊あって、これをみんなで歌う。みんな、大きな声で歌う。隣の妻もよく歌う。しかし、私は、歌えない歌が多い。歌詞があるので、何とか歌えるが、驚きは、全く聞いたこともない歌がしばしばある。
●私は、流行歌には興味が無く、ラジオから流れてきたのを、耳にする程度だった。飲み会に行くと、必ず歌わされる。流行歌の1つや2つ歌えないとまずい、そう思って、高校3年の頃、隣家の小学4年の昇以ちゃんに、春日八郎や三橋美智也の歌を教えてもらったことがある。クラシック、ジャズ、演歌、童謡、いずれも、そこそこ、である。
●中学・高校・大学と、日本文学、世界文学は読んでいたが、大衆小説は、殆ど読んでいなかった。純文学を中心に熟読していたが、大衆文学は眼中に無かったのである。大学を卒業して、就職した出版社・桃源社で初めて、山手樹一郎や源氏鶏太を読まされて、ものすごく新鮮だった。

 

昭和女子大学の発掘調査

●昭和女子大学光葉博物館で、春の特別展・〔発掘で何がわかる? ――昭和女子大生の発掘調査・活動から――〕が開催されている。


開催期間 平成29年5月30日~6月24日
会  場 昭和女子大学光葉博物館
入場料  無料
主  催 昭和女子大学光葉博物館
協  力 神奈川県大井町教育委員会

 

ごあいさつ

このたび光葉博物館では、春の特別展「発掘で何がわかる? ――昭和女子大生の発掘調査・活動から――」を開催することになりました。
本展示では、考古学の発掘調査がどのように行われ、結果何がわかるのかを、「東明学林」(本学研修施設)近くにある中屋敷遺跡の発掘調査を通してお伝えします。中屋敷遺跡の発掘調査は、歴史文化学科日本考古学研究室の学生・院生が主体となり実施してきました。また、その他にも考古学の学びを活かした地域貢献を行っています。そのような学内外での活動についても紹介します。
中屋敷遺跡の発掘調査は1999年から2011年まで計8回実施し、関東では検出例の少ない弥生時代前期の遺構および遺物を検出しました。中でも遺構から見つかった焼けたイネとアワ・キビなどの雑穀は、初期の農耕が雑穀の栽培と共に行われていたことを明らかにしました。また、これらの焼けたイネ・アワなどの炭素14年代測定をしたところ、今から約2,500年前のものであることも確認され、現時点で関東最古のイネの出土例となりました。このように我々の遠い祖先の日々の生活や生産の痕跡を発見し、息づかいを垣間みるといった一瞬一瞬の感動こそが発掘の魅力と言えます。しかし、このような感動も発掘調査に関わった関係者の熱い思いと強い責任感を抜きには得ることが出来ません。
この特別展が昭和女子大学生の真摯な取り組みを感じていただき、考古学に興味を持っていただく機会となればと思います。本展覧会を開催するにあたり、資料の借用を快く承諾下さった大井町教育委員会、展示に関わってくれた日本考古学研究室の皆さんに心より感謝申し上げます。
2017年5月
昭和女子大学光葉博物館

●今、昭和女子大学光葉博物館で「発掘で何がわかる?――昭和女子大生の発掘調査・活動から――」が開催されている。会期は残り少ないが、今日、展覧会カタログを拝見した。昭和女子大学の学生が、真摯に調査に取り組む姿に、大きな感動を覚えた。
●私は、もう10年も前に、昭和女子大学、歴史文化学科の学生にお話しをしたことがある。
「歴史における事実と虚構――『井関隆子日記』の記述から――」(昭和女子大学文化史学会、第18回大会、平成18年12月16日、昭和女子大学研究館7階講義室)
●私は文学の中味を追究します。皆さんは、歴史の中の事実に基づいて、過去の歴史の真実に迫って欲しい、そのように申上げた。私の頭の中には、古文書の記録もあったが、このような考古学の出土品もあった。今回のカタログの中の、学生の姿に感激している。
■「発掘で何がわかる?――昭和女子大生の発掘調査・活動から――」

(今さら聞けない+)名誉教授

●昨日の朝日新聞に、〔(今さら聞けない+)名誉教授〕が出ていた。実に面白い。私も、この件に関しては、無関心だったが、実際、身の上に振りかかってきて、調べたことがある。朝日新聞には、次の如く説明されている。

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形式的な称号、給料はなし
(2017/06/17)
大学の「名誉教授」という言葉をよく目にします。「名誉」というからには、権威ある大学の先生のなかでもとくにエライ人……と思っている方、いませんか? 実は、ちょっと違います。 * 大学の教員は、助教→講師→准教授→教授、という順番で昇進していきます。ちなみに「立場が上の人ほど数が少ない」というピラミッド構造にはなっていません。たとえば2015年度の東京大学では、教授の人数が准教授や助教より4~7割多い……
【以下、省略】
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●定年近くなった頃、大学の近くの喫茶店で、副学長の岡村先生と、名誉教授の基礎資格について話しあったことがある。昭和女子大は、教授として20年間勤める必要があった。2人で計算して、岡村先生が、深沢先生は不足ですね、と申された。私は、1983年から昭和女子大にお世話になったので、講師・助教授・教授と昇格はしたが、合計の年数が不足している。
●平成20年5月9日、学園本部から、名誉職称号の授与式をするので、出席するように、と連絡があった。すぐ、電話して、私には基礎資格が無いので、間違いはないか、とたずねると、理事会で決定しましたので間違いではありません、との答え。短大の国文科、学部の日文科、大学院で教え、国文科では学科長を3期6年間勤めたので、これらの点を評価してくれたのかも知れない。私自身としては、大学に対して、それ程貢献をしたとは思っていないが、鹿島則文の「桜山文庫」と、鈴木重嶺の「翠園文庫」を、大学図書館に移管出来た事は、一応、評価されてもいいかな、そんな風に思っている。
●当日は、喜んで大学へ行き、銅版に刻まれた、立派な称号記を頂いた。私としては、大変、名誉なことに思っている。頂いた称号記は、書斎の見える所に掛けて、今も研鑽に努めている。
■朝日新聞 6月17日

〔検印〕2

●書籍の〔検印〕と言っても、私達が執筆する研究書のように、300部、500部発行という出版物とは異なり、年間発行部数10万、20万部というような辞典になると、著作権者も印税が目当てであるから大変である。

●私は、昭和女子大学へ移る前、10年間ほど、神田の誠文堂新光社の辞典部にお世話になった。長澤規矩也先生の推薦で採用されたのである。ここで、諸橋轍次先生門下の今井宇三郎先生等の編纂された『机上漢和辞典』を完成させた。法政大学教授・林田不二生先生が辞典部の部長で、私は、その下で、編集責任者として勤務した。ここで、徹底的に漢字の素養を身に付けることが出来たのである。
●続いて担当したのが、文学博士・高野辰之編の『机上辞典』の全面改訂だった。和英併用の実用国語辞典である。このゾッキ本とも言われていた辞典を、まともな実用国語辞典に生まれ変わらせる為に、私は寝食を忘れて取り組んだ。そのために、徹底した改訂計画をたてた。初版10万部の編集製作費は、約1億円である。組版は新興印刷、製版は近藤写真製版、印刷は開成印刷、製本は藤沢製本、全て一流の会社である。この仕事を、私は生涯の誇りにしている。
●この辞典の〔検印〕の方式は、1冊1冊、検印紙を貼っていた。これでは、製本代も大変である。私は、著作権所有者と交渉して、「検印省略」にして貰ったが、この交渉は、10万、20万部の辞典ゆえ、大変だった。出版において、〔検印〕に関しては、著作権者と出版社の信頼関係で成立する。私は、誠実な対応をして、ようやく、加島氏の承諾を頂いたのである。
●この全面改訂の進行中に、昭和女子大学へ移らないか、というお話を頂いたが、改訂完了までは無理だと、お断りした。1年後、改訂完了、年間20万部発行と、順調に売れていた。これで、長澤先生との義理も果したので、林田先生の御承諾を頂いて、今度は、私の方から、お願いして、昭和女子大学に採用して貰ったのである。〔検印〕から、少々、横道にそれた。

■『机上辞典』

〔検印〕

●菊池先生が、エッセイで、著書の〔検印〕について書いておられる。作家や評論家にとって、この検印は、印税計算の基礎になるので、重要なものだったのである。

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[2]書籍の奥付に、著作者が発行を承認したことを
証明するために押す印。検印紙に押印して貼付するも
のもあり、この検印数に基づいて印税が支払われる。
現在は省略される場合が多い。*著作権法施行制
(明治三二年)(1899)一条「著作権法第四十八条第
一項に依り複製物を発売頒布せんとする者〈略〉検
印を申請すべし」  【日国、第2版】
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検印
2017/06/15_Thu_05:01
明治20年刊本の複製を買った。驚いたのは、奥付の印紙をも複製して貼り付け、検印を押していること。元の本の奥付(印紙貼付)と複製本の奥付と二通り奥付があるが、後者の印紙部分は勿論影印だ。私の青年時代には「検印省略」と記載の本をよく見かけたが、最近は「検印省略」すら省略している。太宰治が最初の出版物に嬉々として検印を押す記述があったのを覚えている。数百ならいいだろうが、数千、数万となると大変だ。
前の持ち主は上野文庫で買ったらしく、巻末に上野文庫のシールが貼ってあり、ご丁寧に1996年12月のレシートまで挟んである。千円。私は二千円で買った。上野文庫とは懐かしい。四半世紀ほど前、どういう縁か、私の所にも同店の古書目録が送られてきた。興味をそそられるものが多々あったが、申し訳程度に数点買っただけだった。店主・中川道弘氏は2003年に亡くなったそうだ。平成前半だけの店か。世ははかないものだ。
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●私は、印税目当ての本は出さなかったので、この〔検印〕には余り興味が無かった。本を出しても、印税として〔お金〕は貰わなかった。その印税分の本を貰って、諸方面に寄贈していた。本を出して、印税を気にすると、ついつい、その意識が、本の内容に影響し勝ちになるからである。〔売れる本〕では無く〔価値ある本〕を目指していた。従って、私は、〔検印〕の印を押したことは無い。

■『可笑記大成』 1974年、笠間書院刊
田中伸氏の検印

〔美容室 Carpe diem 〕 豊田駅前にオープン

2017年6月7日、日野市の豊田駅前に、〔美容室 Carpe diem 〕がオープンした。
これまで、妻が経営する〔美容室エクセル 豊田店〕のスタッフの方々が、フレッシュな感覚で、瀟洒な美容室を誕生させた。今日、ホームページも開設された事を知った。
妻と共に、心から祝福する。

■〔美容室 Carpe diem 〕

冨樫省艸 刻 篆刻遊印

●今日、山形の斎藤豪盛氏から宅配便が届いた。押入れを整理していたら、酒田の篆刻家、冨樫省艸氏の篆刻印が出てきた。一昨年、昭和女子大学の光葉博物館に、冨樫氏の篆刻印を寄贈して、受け入れて頂いたが、それと一緒にしてもらえないか、とのこと。斎藤氏は酒田の奉行だった、斎藤筑後守広盛の御子孫である。早速、博物館に問合せてお願いしたところ、御承諾頂いた。有り難いことである。

●私は、大学を出たばかりの頃、〔池袋土曜会〕という会に参加させて頂いた。この会は、仲小路彰という歴史思想家の教え子、大久保力雄氏が主宰しておられた。実に奇妙な会で、特に目的も無く、資格も無く参加できた。ただ、第3土曜日に池袋の喫茶店に行けば、それでよかった。研究発表する訳でもなく、テーマがあって討論するのでも無かった。ただひとつ、何かにとりつかれているのが、強いて言えば条件だった。森銑三氏の三古会に似ていた。私は、ここで、冨樫省艸氏に出会った。そうして、念願の蔵書印を刻してもらった。そこから、篆刻遊印の世界にのめりこんだのである。
●〔池袋土曜会〕は、『省艸印譜』を刊行した。限定30部。
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篆刻・2(WEB日記,2000年9月11日,より)
●冨樫氏の篆刻作品は見事である。私も蔵書印譜など多く見ているが,見劣りは決してしない。40年間も彫り続けて,その数も膨大なものであった。
●我々,池袋土曜会は,「省艸印譜刊行会」を設立して,平成4年12月12日,『省艸印譜』を刊行した。限定30部,収録印は,厳選して144点。全て,中国,西玲印社の印泥による手押し。和装本で,匡郭・丁付・題簽は木版,印文等は全て活版。
●寄贈先は,国立国会図書館・都立中央図書館・東大・京大・芸大・武蔵美・多摩美・早稲田・慶応・明治・法政・立教・昭和女子等の図書館である。明治時代には三村竹清などという粋人がいて,見事な印譜集を残しているが,この『省艸印譜』もキッと,後世の人々の目を楽しませてくれるものと確信している。本サイトでは,いずれ,この『省艸印譜』の紹介もしたいと思う。
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■冨樫省艸 刻 遊印

テンプル大が移転 昭和女子大と同じ敷地に

東京)テンプル大が移転 昭和女子大と同じ敷地に

朝日新聞 デジタル
斉藤純江2017年6月6日03時00分
テンプル大学ジャパンキャンパスと新校舎を共有することで基本合意した昭和女子大の坂東真理子理事長・総長(右から2人目)とテンプル大のリチャード・イングラート総長(同3人目)ら=世田谷区
昭和女子大学(世田谷区)と米国ペンシルベニア州立テンプル大学の日本校、テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ、港区)は5日、昭和女子大がキャンパス内に新校舎を建設し、TUJと共有することで基本合意した、と発表した。2019年9月にTUJの全学部が新校舎に移転する計画で、日米のキャンパスを同一敷地内に置くのは日本初という。昭和女子大は「教育の質を高め、グローバルに通用する人材を育てたい」としている。

昭和女子大はキャンパス西側に新校舎や体育館などを約70億円かけて整備。そのうち6階建ての新校舎、のべ床面積約9千平方メートルをTUJが借りる。カフェテリアや学生ラウンジ、スポーツ施設、図書館もTUJと共有する。両大学は昨年6月に単位互換協定を結び、これまでに昭和女子大の延べ19人の学生がTUJの授業を受けたという。

今後は両大学の学位を取得するダブルディグリー・プログラムについても協議するほか、クラブ活動や課外活動などでの日常的な交流も計画している。昭和女子大の坂東真理子理事長・総長は「学生にはこれからの社会で重要な役割を担ってほしい。そのための有効な手段の一つがグローバルに通用する力」と述べ、キャンパスのグローバル化の意義を強調した。

港区から移転するTUJは学部生約1100人、大学院生約300人が在籍し、学部生の6割以上が欧米を中心とした外国籍。近年、学生数の増加により、キャンパスが手狭になっていたという。来日したテンプル大のリチャード・イングラート総長は「昭和女子大との交流で大きな恩恵を受けると確信している」と述べた。(斉藤純江)

芦川智先生の研究

●芦川先生は、1945年のお生まれである。私より10年後の出生。私は、昭和女子大学に在職中、芦川先生の御研究に興味をもった。学内の雑誌に発表される先生の論文を拝読し、そのテーマと研究方法に惹かれたのである。そうして、先生の研究室に遊びに行かせてもらうようになった。

●芦川先生は、世界の都市広場の調査・研究をされていて、毎年、夏休みになると、海外調査に出かけられた。この調査は、44年も前から始められたという。私が、『可笑記大成』や『浮世物語』を出した頃であり、円ドルの為替レートが、固定制で、360円から308円に変わり、やがて、変動制に移行した頃である。
●これまで、調査に行かれた国は、86カ国、都市広場の調査は、1059箇所になるという。しかも、外国での移動はレンタカーであり、その総走行距離は71354キロになるという。夏休みが終って、先生の研究室に伺い、調査結果の膨大な写真を拝見していた。気の遠くなるような量の写真、伺うと、1回に500本のフィルムを使うという。この本数がどれ程のものであるか、中学生の頃から、カメラ狂だった私には理解できた。とてつもない量である。
●日本の庭園の研究をしていた、重森三鈴氏の『実測図日本の庭園』という本を見たことがある。日本庭園の、実態を計測して、1本1本の樹木を紙面に定着していた。私は、この時も大変、感動したが、それと同じ感動を、芦川先生の研究から受けた。
●〔實事求是〕 文学研究の世界にも、このような方法がある。私の目指すものである。悉皆調査、しかる後に、その事実の背後にある真実は解明される。芦川先生の労作に、感激する所以である。

■「實事求是」 冨樫省艸 刻