サイト内コンテンツのバイト数

●2003年、昭和女子大学のHPを開設して、ヒマヒマにデータを追加更新していたら、だいぶ大きくなってきた。因みに、スコア上位3つのサイトのバイトをチェックしてみたら、次の通りであった。我ながら驚いている。(2004.10.30現在)

①芦川研究室(score:30)18万7276bytes
②深沢秋男研究室(score:28)412万1630bytes
③佐野研究室(score:28) 3万4550bytes

●私は、バイト数の増大を防止するため、写真等は極力入れず、文字情報に主点をおいて追加更新してきた。それにしても、論文全文のアップなどを含めているので、情報量は大きくなってしまう。
●私は、甲南女子大学の菊池真一氏と共同運営のHPを2つ〔①近世初期文芸研究会、②J-TEXTES(日本文学電子図書館)〕を運営している。この内、特に②の情報量は膨大なもので、プロバイダーの運営者の予想をはるかに上回るもので、利用規定を変更した程であった。ネット社会も、未だ発展途上である。

●●これは、現役中の記録であるが、現在は、問題にならないだろう。②のJ-TEXTES(日本文学電子図書館)〕は、現在も継続していて、アクセスも、間もなく、100万になる。

 

研究の伝統

●湯浅佳子氏の大著『近世小説の研究――啓蒙的文芸の展開――』が発行された。先日の、『仮名草子集成』第57巻に続いて、仮名草子研究に関する著書の刊行で、大変嬉しい。
●650余頁という、湯浅氏の大著を目の前にして、この研究の源泉に思いを寄せた。湯浅氏は、この著書の「あとがき」の中で、次のように述べておられる。
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東京学芸大学在学中には、故小池正胤先生の近世文学ゼミに加わり。先生のご指導のもとで丼原西鶴の浮世草子について卒業論文を書いた。思えばそれが筆者の研究の出発点であった。学部卒業後もなお小池先生主催の叢の会にお
うかがいする機会をいただいた。
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二松学舎大学大学院では、青山忠一先生のご指導の下で仮名草子研究に取り組んだ。青山先生の御授業では名調子の雑談が面白く、それをお聴きしているだけで瞬く間に時が過ぎていったものであるが、しかしそうしたとりとめもな
いお話の中に、仮名草子や西鶴浮世草子をどう読むかという文学研究の本質的な問題や、研究者としてあるべき心構えといった、院生にとって大切なメッセージが込められていたのであった。この青山先生の、仏教学から読む近世前期草子論が、やがて筆者の研究の拠り所となった。……
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●湯浅氏が、小池正胤先生と青山忠一先生の御指導を受けられたことを、今、私は知った。この大著の目次を一覧して、全て了解できたように思う。
●東京学芸大学の、小池正胤先生を中心とする【叢の会】の地道な活躍、大きな研究業績には、多くの学恩を賜り、感謝していた。また、青山忠一先生には、野田寿雄先生が主宰された、第一次仮名草子研究会で、たくさんの御指導を賜った。特に仏教思想と仮名草子との関係では、腹蔵なく、貴重なお教えを賜った。
●湯浅氏は、この偉大な先学の御指導を頂いて、卒論を書き、その後の研究会でも研鑽を積まれ、大学院では、青山先生の下で、仮名草子を研究された由である。湯浅氏の論文は、これまでも、ある程度は読んでいて、多くの事を教えられてきた。今回、この労作・大著によって、さらに受ける学恩は大きい。大著の刊行を祝し、感謝申上げる。

ネット上の記事削除

●今日の朝日新聞に、ネット上の記事削除に関して報じられていた。この件では、私は、長年、ネット上に、情報発信してきたので、何回か失敗もしていて、迷惑をかけたこともあるので、無関心ではいられない。

●ネット上の情報は、初期の頃は、収録容量の問題で、各サイト、プロバイダーも、整理したり、削除していたが、開発が進み、大容量でも保存可能になった。そこで、ネット上の情報が、いつまでも流通することになった。10年後、50年後、100年後は、とのように進化してゆくのであろうか。
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朝日新聞 2月21日
請負、弁護士以外は違法 ネット上の記事削除依頼 東京地裁
2017年2月21日05時00分

ネット上の記事削除を業者が請け負う契約は弁護士法に違反するとして、関西に住む男性が東京都内のネットサービス会社に支払った報酬約50万円の返還などを求めた訴訟の判決が20日、東京地裁であった。原克也裁判長は「弁護士ではない被告が報酬目的で法律事務を扱う契約にあたる」として、同法違反(非弁行為)を認定…
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●弁護士相談室では、次の如く記している。
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弁護士相談室

著名人でなくても,犯人が有名企業の社員や公務員などの場合,また事件の性質から,犯人の実名とともに犯罪事件がニュース報道されることがあり,ひとたび犯罪事件が新聞社のニュースサイトに掲載されると,またたくまに掲示板やブログにも転載されます。
しかし,ひとたびネット上に掲載され,拡散した犯罪に関する記事は半永久的に残り続けてしまいます。例えば,その人の名前を検索すると簡単に過去の犯罪に関する記事が出てきてしまうため,就職活動において書類審査だけで何十社も落とされてしまうといったケースが生じます。このように,就職や結婚などの人生の節目に過去の犯罪に関する記事が障害となり,社会生活に重大な影響を及ぼしてしまうことは切実な問題です。
犯罪記事は客観的な事実だから消すことはできないと思われるかもしれませんが,裁判上,過去の犯罪に関する記事を公表することは,一定の場合にプライバシー権侵害となることが認められています。
その判断は,その者の生活状況,事件自体の社会的な意義,当事者の重要性,影響力,時間の経過,事件の公表による不利益の程度などの要素の総合的な判断が必要です。その点,当サイトの弁護士はこれまでに多くのプライバシー権侵害事件を手がけており,その経験を生かした判断・対応が可能です。

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嵐・大野さん「計り知れない迫力」 草間彌生さんと対談

●朝日新聞で、草間弥生さんと、嵐・大野さんの対談を掲載している。

●私は、草間さんが、単身渡米して、ニューヨークで、窮乏生活の中で続けた、その芸術意欲に感激している。
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旺盛な制作を続ける前衛芸術家・草間彌生さん(87)の最大級の個展「草間彌生 わが永遠の魂」が22日、東京・六本木の国立新美術館で始まる。草間さんは開幕を前に、アイドルグループ「嵐」のリーダー大野智(さとし)さん(36)と作品や個展について語り合った。大野さんは絵画や立体の制作も手がけ、数年前から草間さんとも親交がある。

無限の創造、未来へ 「草間彌生 わが永遠の魂」展
草間 お元気そうね。
大野 お会いするのは1年ぶり以上かなあ。
草間 うんと活躍して、あなた忙しいでしょ。
大野 昨年はいろいろと仕事があって、本当に絵が描けませんでした。
草間 私みたいね。私も毎日毎日、お客さんが来るから。外国からの取材も多いのね。だからご飯を抜いて描いてることもある。
大野 食べないと。
草間 絵を描く方が大事なの。どんどん手が先に動くでしょ。チョコレートとか、おせんべいとかをご飯の代わりにして。
大野 だいたい何時ぐらいに起きているんですか。
草間 6時ぐらいに起きて、夜中まで描くことがある。眠れないと、3時半ごろまで絵を描いているの。
大野 じゃあ、寝てないんですね。描いていた方がいいってこと?
草間 そう、うんと幸福。無心で描いている。
大野 1枚仕上げるのにかかる時間は?
草間 小さければ1日のときも…

卒業制作展

●私は、学生時代、上野毛の多摩美術大学の学生とテニスを通して友達になった。時々、彼らと大学のコートでテニスをした。昭和33年頃であるから、大学生は、詰襟の制服である。私は、詰襟こそ着なかったが、背広でネクタイはしていた。
●ところが、多摩美のキャンパスは、違っていた。インデアンのような格好など、実に様々、とにかく、一人として、まともな(失礼)服装の学生はいなかった。私は法政でも、庭球部に所属して、体育会系だから、内心、たまげていた。
●卒業の時期になり、友人の誘いで、卒業制作展を見にいった。私は、会場に入るなり、大変な衝撃を受けた。あの服装の学生が、このような作品を創ったのか。感動で足が震えたのを、今も覚えている。
●油絵、日本画、彫刻、平面デザイン、立体デザイン……。以後、全ての学生を尊敬するようになった。

平成20年、2008年のお話

●先に、平成29年度、2017年度の、昭和女子大学の志願者数について記したが、現役の頃の私は、この時期、志願者数の状況を、毎日毎日、事務局へ行って確認していた。事務局の黒板には、最新の状況が書き込まれていたのである。

●以前は、学部志願者が少なく、短期大学部に優秀な学生が集まり、大学本来の学部を支えていた。しかし、少子化が進み、学部に志願者が集まり、短期大学の人気が落ちてきた。その移行状況のさなかに私は在籍していたのである。
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●この度は、長い伝統を持つ昭和女子大学の名誉教授という称号を頂き、厚く
御礼申し上げます。また、只今は、学長先生の、身に余るお言葉を賜り、大
変恐縮致しております。
●実は、この度の件で、総務部から連絡を頂いた時、私自身、大変驚きました。
自分では、勤務年数から考えても、基礎資格は無いと思っていたからです。
しかし、大学当局が、このような決定をされたのですから、ここは、素直に
喜んで頂くべきかと考え直して、本日は、イソイソとお伺いしました。
●しかも、現職の先生方が出席される教育会議の場で頂けるのは、誠に有難い
事です。昨年三月、日本文学科の非常勤講師を辞めて、一年振りに昭和のキ
ヤンパスに来ましたが、非常に活気に満ちています。現在、少子化の影響で、
全国の大学は厳しい状況にあり、定員割れの大学が続出しています。本学は、
この四月、全学科が定員を上回る新入生を向かえ入れる事が出来た、と伺い
ました。このような良好な結果も、ここに御出席の、先生方全員の御努力が
あったからであると思います。リタイアした者ではありますが、長年お世話
になった本学の隆盛は、何より嬉しく、また、誇りにも思っています。
●今後とも、人見圓吉先生の創立された女性教育への思いを継承しながら、新
しい時代のニーズに対応するような大学として、改革を採り入れながら、ま
すます、充実させ、発展させて頂きたいと願っています。
●本日、このように、晴れがましい称号を頂きましたが、老い先短い私です。
今後も、健康に注意しながら、自分の研究の纏めの作業を続けたいと思いま
す。また、微力ですが、少しでも、本学に協力出来るような場合はしたいと
思います。
●本日は、本当に有難うございました。心から御礼申し上げます。
深沢秋男
平成二十年五月二十八日
昭和女子大学 教育会議
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■現在の昭和女子大学のキャンパス
どこの写真か、私にもわからない。

昭和女子大学 志願者数

●昭和女子大学 志願者数 2017年度 A日程
        志願者数  合格者数
日本語日本文学科   370     159
歴史文化学科      303    110
心理学科        428     80
福祉社会学科      226     62
現代教養学科      381     96
初等教育学科      352     80
環境デザイン学科    478     92
管理栄養学科      395     53
健康デザイン学科    212     35
食安全マネジメント学科  60     25
ビジネスデザイン学科   509    127
英語コミュニケー学科   704    183
国際学科         457    102
合計          4875    1204
★これは、私の記録であり、正確でないものがあるかも知れない。正確には大学の掲示を見て欲しい。

●これが、2017年度の、A日程の志願者数である。私のメモによれば、2004年度の、A日程の志願者数は、2323名であった。13年前の2倍の志願者数である。少子化現象で、厳しい状況の中で、この志願者数の増加は、大学当局が、時代の変化に対応して、改革の努力を続けてきた成果だと言えるだろう。
●大学の学部学科の内容を見ても、当時の学科名で現存するものは少ない。最近の大学のフェイスブックの内容をみても、学問的というよりも、専門学校、実利教育的という傾向が強いように思う。創立者の人見圓吉先生が、現在のキャンパスに立たれたなら、いかなる感想を述べられるか。女性の活躍を願って創立された大学、時代と共に、変革、発展していることに、それも、OKOK、と仰るように思う。

■2017年度 志願者数

書籍を電子化 著作権者の許諾不要

●今日の朝日新聞で、書籍を電子化して、全文検索サービスを行う場合、著作権者の許諾なしに行えるように、著作権法を改訂するという。結構なことである。ただ、著作権者の権利が守られるように注意して進めてもらいたい。

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朝日新聞
書籍を電子化→全文検索サービス、著作権者の許諾不要に 文化庁、法改正へ
2017年2月11日05時00分
大量の書籍を電子化(スキャン)し、全文を対象に利用者が検索できるなど、作品を対象にした新しい検索サービスを始めやすくするため、文化庁は、著作権法を改正する方針を固めた。作家ら著作権者に不利益がほとんど生じないよう留意しつつ、著作物の電子化や配信を許諾なしにできる範囲を広げる。

東京の地名は江戸切絵図から

●私は、大学へ入るために東京へ出て、4年間を過ごしたが、生活圏と言えば、下宿、大学、図書館、などを往復する位で、狭かった。
●大学を卒業して、進路のこともあり、日本橋の桃源社という出版社の編集部にお世話になった。ここで、大衆文学という、全く未知の分野に出会ったのである。私は、高校時代から、日本文学、世界文学は読んでいたが、大衆文学に関しては、殆ど知らなかった。
●桃源社の編集部で読まされたのは、源氏鶏太・山手樹一郎・村上元三……などという大先生の作品で、文学に、このような世界があることを教えられた。大衆のために、挿絵を入れて、わかりやすく楽しい時間を過ごしてもらう作品。しかし、私は、これらの大衆小説や、推理小説をバカにはしなかった。真剣に原稿整理・校正・校閲に取り組み、疑問点は、先生に確認して、1字たりともミスの無い本を読者に提供したいと、努力した。
●山手樹一郎の作品は、江戸時代の江戸が舞台で、江戸の地名が出てくる。編集部では、江戸の切絵図を複製して、それで、原稿をチェックした。私は、東京の地名、町名、橋の名、などは、切絵図から学んだ、と言ってもよい。
◎『天の火柱』桃源社 1962 のち春陽文庫、桃園文庫
◎『お助け河岸』桃源社 1964 のち春陽文庫、双葉文庫
◎『青雲燃える』桃源社 1966 のち春陽文庫、富士見書房時代小説文庫
●山手樹一郎先生のお宅には何回も原稿を貰いに行った。多くのお弟子さんがいて、ジョニクロには、群がって飲んでいたことが懐かしく思い出される。楽しいエディター時代だった。

■江戸切絵図
山手作品には、筋違御門、八辻ケ原、新シ橋 などよく出てくる

江戸城最古絵図

●今日の朝日新聞によると、江戸城の慶長12年頃の江戸城の地図が発見されたという。如儡子が5歳頃で、父、斎藤広盛が川北地方の行政に関わっていた時代である。
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 松江市は8日、市松江歴史館が所蔵している江戸城が描かれた「江戸始図(えどはじめず)」が、1607~09年ごろの徳川家康による築城直後を描いた最古級の図面だと分かったと発表した。最古とされる東京都立中央図書館所蔵の「慶長江戸絵図」とほぼ同時期で、専門家は「石垣や土塁の構造がより詳しく描かれ、江戸城中心部の詳細が分かる資料」としている。
江戸始図は平面図で、27・6センチ×40センチ。図面の存在は以前から知られていたが、専門家の調査で初めて年代が絞られたという。江戸城本丸内部の「詰丸(つめのまる)」や城壁の複雑な構造が描かれ、周囲の屋敷には居住者とみられる人名が記載されている。
城郭の考古学が専門の千田(せんだ)嘉博・奈良大教授によると、慶長江戸絵図も城の中心部を描いているが、ゆがみが大きく石垣と建物の描き分けも明確でない。江戸始図では、姫路城のように大天守と小天守が連立していたことや、一気に進入されるのを防ぐため南側出入り口の城壁が互い違いになっている、熊本城と同様の「5連続外枡形(そとますがた)」のようだったことが確認できる。
千田教授は「戦いを意識した城だったことがはっきり分かる。豊臣との決戦に備え万全を期したのだろう。江戸城の当時の姿を示す貴重な発見だ」と話す。江戸城は何度も改修されており、連立した天守や連続外枡形は後年にはなくなっているという。
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●私は、江戸図には、早くから興味があって、この資料を是非、仮名草子研究に活用したいと考えていた。歴史資料として、文章の記録とあわせて利用すれば、効果があると考えていた。『江戸雀』や如儡子の『堪忍記』の研究に活用した。また、『井関隆子日記』の研究では、何度も何度も、江戸城へ通って、城の現状を調べた。現地にたてば、その場の高低や距離感が得られる。そこから、作品の表現の実態に迫ることも出来る。