『井関隆子日記』の現代語訳

『井関隆子日記』の現代語訳

  • 2019.08.16 Friday
『井関隆子日記』の現代語訳

●2019年8月15日の『山梨日日新聞』に記事は出た。郷里、身延町の作家、池田茂光氏が、『井関隆子日記』の現代語訳に取り組んでおられる、という内容。

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■幕末の社会批評 現代訳に
■旗本の妻日記 5年がかりで
■本紙に小説連載・池田さん

山梨日日新聞で小説「サンセット」を連載している身延町常葉の池田茂光さん(71)は、江戸時代に旗本井関家へ嫁いだ妻隆子の目線から世相をつづった『井関隆子日記』の現代語訳に取り組んでいる。池田さんは「高い洞察力で幕末の社会を批評した貴重な資料。分かりやすく伝えたい」と意気込んでいる。(小林諒一)

池田さんによると、井関家は江戸城近くの九段坂下に屋敷を構えた旗本。日記は幕末の1940(天保11)年から44(同15)年にかけて、徳川家斉、家慶、家定3代治世による武家社会や公家、市井の出来事を記している。特に家斉が亡くなった際の江戸城内や家臣の様子、庶民の反応を詳細に記録している。

同町出身で昭和女子大学名誉教授の深沢秋男さんが鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の書庫から発見し活字化されて1978年に出版された。身延町の広報誌で池田さんが執筆していた町内の歴史や史跡を紹介する連載が深沢さんの目にとまり、現代語訳を依頼された。

日記で隆子は、天保の大飢饉や天保の改革について幕府を批判。一方、大塩平八郎の乱については「乱を起こし、大路の町へ火を放ちけるに、家ども多く焼けほろび、人もそこねたりなど聞えたりき(中略)大盗人なりければ」(原文ママ)と、犯罪行為として表現するなど、史実と一部異なる部分もある。

池田さんは「幕府が都合の良い情報を旗本に伝えたことがうかがえる」と解説する。

歌人でもあった隆子は、日記に約800首の和歌を記している。源氏物語や枕草子、萬葉集などを引用していて、池田さんは「読書家で文化人としての識見も高かった」と分析する。
現在は全体の数%の現代語訳にとどまっていて、注釈を入れると作業は5年ほどかかる見込み。
池田さんは「日記文学だけでなく、歴史資料としても高い価値がある。存在を多くの人に知ってほしい」と話している。
【山梨日日新聞 2019年8月15日】
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●8月15日のFBで、池田茂光氏は、次のようにコメントされている。
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今朝(8月15日)の山梨日日新聞です。私が作業中の幕末旗本婦人「井関隆子日記」について紹介されました。
これは昭和女子大学名誉教授・深沢秋男先生の8年に及ぶご研究の結果世に出されたものです。
私は先生のご了解のもと、現代語意訳に取り組んでいます。これについては、記事にある通り、歴史資料としてもちろん価値あるものですが、私としては、故ドナルドキーン氏が朝日新聞で激賞したように、日記文学としての価値をより強く訴えていきたいと考えています。

完成までには数年を要すと思っています。また、原稿枚数も4、000枚程度になると考えています。
71歳の私としては、生涯の大仕事だと心得ています。

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●私が、この名も無い女性の日記に出会ったのは、昭和47年(1972)のことである。47年前になる。勉誠社から、全3冊として出版したのは、昭和56年(1981)、38年前になる。

●この『井関隆子日記』の現代語訳に関しては、某新聞社から依頼されたこともあったが、私には、別の研究主題も残っていて、この日記だけに取り組んでいることが出来なかった。

●この日記の内容は、現代の人々に伝えたいものが沢山ある。そんな思いでいた折に、郷里、身延町の作家、池田茂光氏にめぐりあった。是非にとお願いしたら、検討の結果、引き受けて下さることになった。井関隆子と共に喜びたい。

●『井関隆子日記』の本文原稿は、3000枚だった。この清書は、全て妻が引き受けてくれた。今度の池田氏の現代語訳の原稿は、4000枚になるという。注釈も付けるので、これは、大事業である。

●改めて、妻に感謝し、新たに、池田茂光氏に感謝申し上げる。
2019年8月16日


渡辺京二 『幻影の明治』

渡辺京二 『幻影の明治』

  • 2019.08.05 Monday
渡辺京二 『幻影の明治』

2018年8月10日 平凡社発行
平凡社ライブラリー 870  224頁 定価 1300円+税

目次

第一章 山田風太郎の明治
第二章 三つの挫折
第三章 旅順の城ぱ落ちずとも――『坂の上の雲』と日露戦争
第四章 「士族反乱」の夢
第五章 豪傑民権と博徒民権
第六章 鑑三に試問されて
付 録 〈対談〉 独学者の歴史叙述――『黒船前夜』をめぐって×新保祐司
あとがき
解説――卓越した歴史感覚  井波律子
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〈対談〉独学者の歴史叙述  より

新保 総合知といいますか、本当に良いものは、専門の隙間と

  か、間とか、縁にある。そこが漏れてしまっています。
渡辺 要するに、その時代の臨場感というものがあると思う。
  僕が書いたあの時代にしても、一人の人間に当時の状況は
  どう見えていたのか。後知恵は抜きにして、その同時代を
  どう見ていたのか。僕なんかも、いまを生きていて、いろ
  んなことで時代を感じ取っている。それをあまりに後知恵
  的に鳥瞰してしまえば、同時代の雰囲気などなくなってし
  まう。その時代の雰囲気がどうであったかというのは、そ
  の時代に生きていた人々の課題が何であったのか、という
  ことですね。そこを具体的に明らかにできなければ、歴史
  など書けない。だから『黒船前夜』の時代にしても、北方
  問題がにわかにクローズアップされつつある状況があっ
  て、それが同時代的に感知されています。例えば『井関隆子
  日記』。これは旗本の奥方の日記で大変面白いんですが、
  庭にエゾギクが咲いていて、これは、何年か前に江戸の役
  人が北海道に渡って、それからもたらされてきた花なん
  だ、と日記の中に出てくる。そのようにして庶民の中でも
  北方が意識されている。そういう当時の人々が感じ取って
  いたような雰囲気。これを押さえないと歴史にならない。
  そういうものが書きたいんです。
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『井関隆子日記』天保11年8月28日二十八日

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二十八日 昨日より雨ふり、夕づけて晴たり。こゝに植つる蝦夷菊はきのふけふ咲そめぬ。此花いまいと多かれど、野山におのづから生ぬは、もとこゝの物ならぬ故なめり。一とせ蝦夷の嶋へ司人たちあまたゆきかひしつれば、其頃よりいと多くなりぬとぞ。かの嶋はあがれりし世よりえみしとて、人の様なべてに違ひおそろし気にて、をしへ事をもきかず、五つのたなつ物をも納めず、猟すなどりのみして世わたりとなす。さるあらき嶋わには、鳥けものよりはじめ、えもいはずいみじ気なる物のみなり出る中に、此菊の花の匂ひは、紅のうすくこき、是は似たる色もあンなれど、紫のなつかしき匂ひ斗は、長月にもて遊ぶ菊にたぐふなんなき。色深きは、かきつばたにかよひ、色あさきは、藤の花にぞならひたんめる。かの嶋は大方の世にたがひ、おぞましうあやしき中に、かゝる花の咲をおもへば、ひたぶるに言朽しがたき物になむ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

●自分の生きている現実の現象を、どのように感受し理解しインプットするか。そこに、1人1人の個の差か出てくる。渡辺氏の言われるように、〔後知恵的〕ではなく、人間は、それで勝負する。鋭い評論家の価値もそこにあるだろう。私は、井関隆子は、天性の批評者だと見ている。

●今、京アニ事件をどのように、感受し、その内実を理解するか・・・。


歴史史料 → 日本文学

歴史史料 → 日本文学

  • 2019.07.27 Saturday
  • 06:42
歴史史料 → 日本文学

●『井関隆子日記』は、昭和53年(1978)に出版されたが、私も、出版社の勉誠社も、日記文学として出版した。しかし、一般世間では、国会図書館をはじめ、歴史史料として受け止め、文学とは理解出来なかった。

●40年経過した現在、〔人文系データベース協会〕では、日本文学として収録している。私も、長生きをしたお陰で、これを確認出来て、ラッキーである。
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井関隆子日記 下巻   国会図書館

深沢秋男 校注
詳細情報
タイトル   井関隆子日記
著者     深沢秋男 校注

著者標目 井関, 隆子, 1785-1844

著者標目 深沢, 秋男, 1935-

出版地(国名コード) JP
出版地 東京
出版社 勉誠社
出版年月日等 1981.6
大きさ、容量等 396p ; 19cm
価格 4500円 (税込)
JP番号 81031074
巻次 下巻
部分タイトル    天保14~15年. 井関隆子関係資料(補訂):p388~393
出版年(W3CDTF) 1981
件名(キーワード)   井関, 隆子, 1785-1844

件名(キーワード)   日本–歴史–江戸末期–史料

NDLC GB391
NDC(8版) 210.58
対象利用者 一般
資料の種別 図書
言語(ISO639-2形式)jpn :  日本語

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井関隆子日記  人文系データベース協会

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1. DBの名称(日本語)    井関隆子日記
2. DBの名称(英語)
3. DBの名称(ひらがな)   イセキタカコニツキ
4. DB構築責任者氏名     深沢秋男
5. DB構築責任者氏名(ひらがな) フカサワアキオ
6. DB構築責任者氏名(ローマ字)
7. 構築責任者の所属機関(日本語)
8. 構築責任者の所属機関(英語)
9. 所属機関の住所
10. 構築開始年月
11. 最終更新年月
12. 今後の更新予定の有無
13. DB設置場所の北緯
14. DB設置場所の東経
15. 原資料
16. 原資料の概要(400字以内)
17. テーブル名とデータ項目
18. レコード件数
19. データベース管理システム(DBMS)
20. 運用形態 • インターネットから一般公開している。
21. インターネットから公開している場合のURL http://www.ksskbg.com/takako/

22. 年間アクセス件数
23. 利用登録者数
24. 利用規程の有無
25. 構築のために助成を受けた補助金
26. データベースの構築目的
27. データベースの検索・利用方法
28. データベースを活用した研究成果
29. 今後の開発計画・課題
30. DB構築に関する論文・著書(5点以内)
31. DBの活用成果をまとめた論文・著書(5点以内)
32. DBの主題NDC •             91. 日本文学
33. 資源タイプ(NDL) • 辞書・事典
34. DBサイトに関する変更履歴
35. 最終変更年月日
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FBの思い出

FB 過去の思い出

  • 2019.07.22 Monday
  • 09:42
Facebookでの過去の思い出

深沢秋男さん ―Facebookでシェアした1年前の投稿を振り返ってみよう。

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●今日、FBのスタッフから、こんな書き込みがあった。1年前は、キーン先生のこんなことがあったのか。『井関隆子日記』にキーン先生の書き込みが、全冊に亙ってあった。先生が、この日記を読んで、感じたことが、直接的に書き込まれている。これを何とか読取り整理したい。私の願いをキーン先生は、弁護士を通して許可して下さった。

●何しろ、書き込みは、当然、英語である。辞書を片手に、少しずつ読んでいるが、実力不足で、なかなか進まない。でも、何とか進めたいと思う。そんなことを、思い出させてくれた。ありがとう。

ごきげんな読書会

ごきげんな読書会

  • 2019.07.15 Monday
  • 07:18
ごきげんな読書会

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• 【開催報告】第4回ごきげんな読書会
【開催報告】第4回ごきげんな読書会
• POSTED ON: 2019年1月20日

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• POSTED IN: 開催報告

2019年1月20日(日)第4回ごきげんな読書会を開催しました。
参加者数7名(男性4人・女性3人)と、バランスの良い男女比になりました。
新年最初の読書会開催という事で、自己紹介では各自の2019年の抱負も発表していただきました。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

以下、紹介された本です。

●家康、江戸を建てる(著:門井 慶喜 )

●女王さまの夜食カフェ(著:古内 一絵 )

●燃えよ剣 上・下巻(著:司馬 遼太郎)

●ご本、出しときますね?(著:若林 正恭)

●旗本夫人が見た江戸のたそがれ~井関隆子のエスプリ日記~
(著:深沢 秋男)

●軽薄と水色(作:かわかみ じゅんこ)

●本屋さんのダイアナ(著:柚木 麻子)

今回は、偶然にも歴史小説が好きな参加者の方が多かったです。」
また、ごきげんな読書会で初めて漫画を紹介していただきました。

次回は、2019年2月3日(日)を予定しております。
お申し込みは、以下フォームからお願い致します。
⇒⇒⇒⇒http://gokigenna.com/sample-page/
たくさんの、参加お申込みをお待ちしております。
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主催者おすすめ児童書~その3

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【緊急お知らせ】----
2019年5月26日現在、今まで会場として使用していたカフェドクリエが改装閉店中です。
読書会に参加される皆様には、池袋駅周辺の別の会場を別途ご案内いたします。
ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。

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~ごきげんな読書会とは?~

タイトルは、いとうひろしさんの児童書『ごきげんなすてご』からとっています。
子供の頃、自宅が児童書で溢れた環境だったせいか、
大人になっても忘れなれない絵本が山のようにあります。
もちろん、小説、ビジネス書や漫画も読みますが、一番好きなジャンルは今でも児童書です。
何10年経っても忘れられない一冊も、大人になって出会った思い出深い本も、
ジャンルを問わず紹介し合う場を作りたいと思い、主催しています。

~詳細~

開催時間:朝10時スタート

多くの朝活や、読書会は、朝9時や9時30分開始が多い中、当読書会は朝10時からと、
少し遅めの開始時間です。何を隠そう、主催者自身が、早起きが得意ではありません。
起きられるかな…と不安な気持ちで主催するくらいなら、開催時刻を遅くしてしまいました!
開催場所:カフェ・ド・クリエ サンシャイン通り店

各線池袋駅東口から、徒歩5分以内の立地です。
https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13055003/
※池袋には他にもカフェドクリエが複数店あるので、ご注意くださいませ。
※卓上に目印として、こちらのミニ看板をだしておきます。

参加費:600円
当イベントの広報費、運営費に充てさせていただきます。
当日、会の最後に回収させていただきます。
(領収書発行を致しかねますのでご了承ください)
カフェでの開催につき、別途飲食費用は、各自でご精算ください。
持ち物:紹介したい本1冊・筆記用具・参加費
小説、エッセイ、ビジネス書、児童書、漫画、雑誌など、ジャンルは問いません。
定員数:7名
※他媒体でも募集をしているので、参加人数は多少前後します。
参加資格:10代~40代の方
※学生さんの参加も歓迎です!
※開催レポートは、以下をご覧ください。
読書会の開催報告レポート
※お申込みフォーム送信後に、受付完了の自動返信メールが届きます。
そちらに、キャンセルや当日の緊急連絡先メールアドレスを記載をしています。
お申込みフォーム
ーーー注意事項ーーー
※過度な勧誘行為はご遠慮いただくようお願い致します。


『旗本夫人・・・』の読者感想

『旗本夫人・・・』の読者

  • 2019.07.14 Sunday
『旗本夫人・・・』の読者の感想

深沢秋男
旗本夫人が見た江戸のたそがれ 井関隆子のエスプリ日記 文春新書

価格(税込)
¥788
配送料(税込)

発行年月
2007年11月

出版社

文藝春秋
発行年月

2007年11月

追加情報
:
18cm,230p

内容詳細
離婚し、再婚。血縁なき家族との円満な暮らし。幕政批判、創作、大の酒豪。こんなに近代的な女性がいたなんて…。充実の生涯を送ったスーパー才女の克明な日記から、幕末の真の姿、近代の知性の芽生えを探る。

【著者紹介】
深沢秋男 : 1935年、山梨県生まれ。身延高校、法政大学文学部日本文学科卒。昭和女子大学教授などを歴任。専攻は日本近世文学、日本歴史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー
こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

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● GaGa さん
読了日:2012/06/06

旗本家に嫁いだ女性の日記をベースに天保の時代に触れることが出来る本。第三章天保の改革では将軍家斉の死去した日が歴史的事実よりも23日ずれていることがわかるなど興味深い。第四章では江戸城大奥での出火の模様が綴られており、なかなか楽しめる。

● キムチ27 さん
読了日:2015/10/15

井関隆子…幕末に生きた生活が当時では珍しく、人間性溢れる言葉と表現で綴られている。近世文学の大学教授が記しただけに、文学的解明より、むしろ比較文化の視点で解明してあり、何度も、隆子さんの「鋭く厳しい批評精神」を誉めそやしている(くどいけどね)縦横がんじがらめの当時では、立ち居振舞い全て人の口が煩い。しかも彼女は旗本の後妻として入り、義理の家族ばかりの三世代、広大な屋敷に同居歌舞音曲や花に囲まれ一生を終えた。庶民からす…+ 続きを見る

● onasu さん
読了日:2014/05/19

著者は言う。歴史は新しい事実の発見によって修正を迫られる。それは、時として全く知られていなかった人物と出会うことによる場合もある。 井関隆子、江戸後期の旗本の奥方である。大変な読者家で、絵も描き歌も詠み、煙草を喫すれば酒も嗜む。日記は天保11年(1840)より5年、その時56歳、後妻として嫁した夫は既に亡く、継子、孫は将軍の側近くに勤め、内情も豊なら、千代田のお城の生の話しも入る。 得難い位置で、近世では持ち得ない怜…+ 続きを見る

● オリーブ さん
読了日:2014/06/09

私たちが歴史で学んできたことと照らし合わせて当時の江戸の様子がリアルに目に浮かんできた。井関隆子と言う人は批評精神を持っていたり封建武家社会の理不尽さを指摘したり、合理的であったりとあの時代にあったのに現代社会に通じる感覚を持っていたのだなと驚きでした。特別な文学作品ではないのだけれど当時の様子を残した貴重なものでした。一線を退いた旗本夫人から見た当時の江戸を日記として書くことによって自分自身の気晴らしや慰めにしてい…+ 続きを見る

● isao_key さん
読了日:2014/07/25

本書は隆子が天保11(1840)年から15年に没する直前まで書かれた日記を通して見た当時の江戸の様子が描かれている。幕末明治に来日した外国人の日記・記述は何冊も読んだが、当時の主婦が書いた記録を読むのは初めてであり、外国人では書けないような話も多くある。例えば天保11年7月に佃島で行われた大規模な花火は、当時清ではアヘン戦争が勃発しており、それを知った幕府が火力の演習の余技として行った一種のデモンストレーションの意味…

世界の図書館の中の『井関隆子日記』

世界の図書館の中の『井関隆子日記』

  • 2019.07.05 Friday

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井関隆子日記 /
Iseki Takako nikki

著者: 井関隆子, 1785-1844 深沢秋男校注. 深沢秋男, ; Takako Iseki; Akio Fukasawa

出版社: 勉誠社, Tōkyō : Benseisha, Shōwa 53-56 [1978-1981]
エディション/フォーマット: 紙書籍 : Japanese
評価: (まだ評価がありません)
件名: • Iseki, Takako, — 1785-1844 — Diaries.
• Iseki, Takako, — 1785-1844
• Poets, Japanese — Biography.

関連情報:

1-6 / 14 館 (359-1127)

ジャンル/形式: Biography
Diaries
関連の人物: Takako Iseki; Takako Iseki
ドキュメントの種類 書籍
すべての著者/寄与者: 井関隆子, 1785-1844 深沢秋男校注. 深沢秋男, ; Takako Iseki; Akio Fukasawa
この著者についてさらに詳しく:

OCLC No.: 14867048
メモ: “Genpon shozō Kashima Noriyuki.”
物理形態: 3 volumes : illustrations ; 19 cm
責任者: Fukasawa Akio kōchū.
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井関隆子日記 /
Iseki Takako nikki”. まずはあなたから!
類似資料
件名:(4)
• Iseki, Takako, — 1785-1844 — Diaries.
• Iseki, Takako, — 1785-1844

図書館

1. Portland State University
Branford P. Millar Library
Portland, OR 97201 United States

2. University of Oregon Libraries
UO Libraries
Eugene, OR 97403 United States

3. Australian National University
ANU
Canberra, AU-CT 0200 Australia

4. UC Berkeley Libraries
Berkeley, CA 94720 United States

5. University of California, NRLF
Northern Regional Library Facility
Richmond, CA 94804 United States

6. University of Auckland, General Library
Auckland, 1010 New Zealand

7. University of Cambridge
Cambridge University Library
Cambridge, CB3 9DR United Kingdom

8. The British Library, St. Pancras
London, NW1 2DB United Kingdom

9. University of Chicago Library
Chicago, IL 60637 United States

10. University of Toronto East Asian Library
Toronto, ON M5S 1A5 Canada

11. Cornell University Library
Ithaca, NY 14853 United States

12. Columbia University in the City of New York
Columbia University Libraries
New York, NY 10027 United States

13. Yale University Library
New Haven, CT 06520 United States

14. Library of Congress
Washington, DC 20540 United States

『庄田家系譜』正本・副本 昭和女子大学図書館へ

『庄田家系譜』正本・副本 昭和女子大学図書館へ

  • 2019.07.03 Wednesday
『庄田家系譜』(正・副)、昭和女子大学図書館へ

●井関隆子の実家、庄田家には、立派な系譜が、正本、副本の2点が伝存していた。正本は巻子本で、縦24・6センチ、全長6メートル40センチ、余白を入れると8メートルになる。副本は、冊子本で、墨付き37葉、末尾に余白がある。

●私は、最初、庄田家分家の庄田金造氏に副本を閲覧させて頂いた。後年、庄田安豊氏に、トランクルームで、正本を閲覧させて頂いた。これで、井関隆子伝記研究の第一資料を調査することが出来た訳である。有難い、研究の経過であった。関係者に対して、心から感謝申し上げる。
令和元年7月3日  深沢秋男

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平成16年5月1日(土)
『庄田家系譜 副本』増補完了

●井関隆子の実家は庄田家である。庄田本家の嫡祖は、徳川家康に仕えた安勝。3000石を食む旗本であったが、長男・安利に2600石を、次男・安僚に400石を与えて、これを分家とした。隆子は、この分家の出である。

●庄田家には、系譜が、正本と副本の2点が伝えられている。正本は巻子本で、極めて貴重な存在であるが、これは、7代・安明までの記載である。これに対して、副本は冊子本であるが、10代・満洲五郎まで記載されていて、これはこれで存在価値がある。

●11代・安豊氏は、大妻女子大学の教授として活躍されていたが、平成15年2月7日、58歳の若さで他界されてしまわれた。安豊氏の実母の澄江氏は、この副本に、11代まで記録して、系譜を締め括りたい、という希望を出された。井関隆子を研究している私としては、断る訳にもゆかない。そこで、原稿を書いてもらって、増補することにした。

●本日届けられた『庄田家系譜 副本』の末尾には、次の如くある。
「追記 平成十六年四月三十日/庄田安豊母 井下澄江 稿/昭和女子大学講師 承春先 書」
つまり、今回の増補の追記は、本学の講師の承春先先生に依頼して書いて頂いた。

●私は、この重大な仕事を進めるに当たって、熟慮した。承先生の、展覧会での作品や、学生指導の様子、年賀状の文字、研究発表の内容、そして、何よりも、その人柄に引かれて、先生に白羽の矢を立てた。先生の側からすれば、文字通り白羽の矢を立てられた訳で、御迷惑であったかも知れない。しかし、先生は快く引き受けて下さった。

●4月17日、貴重な原本をお渡しした。あれから2週間、もう、そろそろか、昨夜、お電話をしようかと思った。しかし、芸術家をせきたてるのは失礼か、と一旦とった受話器をおいた。本日、2講時終了後、承先生が研究室に見えられ、補写完了の系譜を持参して下さった。
●昨夜、書写完了の見通しがつけば、私宛に電話しようと思った。しかし、時間は過ぎてゆき、完了は12時少し前であった。で、「四月三十日」とし、電話はできなかった。と承先生は申された。

●先生は、今回の書写に先立ち、母国・中国の父君に電話して、書体やその他の事に関して、指導を受けたという。父君は、書体はいずれでも問題はない。大切な事は、一字一字、真心を込めて書くことである。と教えて下さったという。

●私は、今、増補完了の『系譜』を手にして、承先生の墨書を読みながら、落涙に及ぶ寸前である。原稿を書いて下さった井下澄江氏も、黄泉の安豊先生も、きっと喜んで下さるだろう。だから、人間の社会は楽しいのである。承先生とお父さんに感謝。

平成16年7月22(木)
『庄田家系譜』(正・副)の閲覧

●昨21日、3時に、井関隆子の実家の庄田家の方が『庄田家系譜』(正本・副本)の閲覧にお出でになった。グループ研究室を予約しておいて、ゆっくりご覧頂いた。庄田家第11代安豊氏が昨年2月急逝され、実母の井下氏から本学に寄贈されたものである。本学図書館・桜山文庫に『井関隆子日記』の原本が所蔵されている関係による。

●私は、この日記の研究過程で、第10代・満洲五郎氏の弟の金造氏にもお世話になり、大妻女子大学教授であった、安豊氏にも大変お世話になっている。本日来学されたのは、金造氏のお子様の豊彦氏と信彦氏である。お二人とも、御自分の先祖の系譜を、心ゆくまでご覧になって帰られた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

●●これは、現役時代の、昭和女子大学のサイトの、私の日録である。一つは、『庄田家系譜』(副本)の追加補筆を、昭和女子大の承春先先生にお願いした時のもの。もう一つは、庄田家第10代満洲五郎氏の弟・金造氏の御子息が、『庄田家系譜』(正本・副本)を御覧になるため、昭和女子大学図書館にお出でになった時のものである。

●●実は、庄田家第11代安豊氏が、平成15年2月急逝された。実母の井下澄江氏によれば、安豊氏は、生前、『庄田家系譜』を大切に保管してきたが、今後の処置に関して、悩んでおられたという。ちょうど、井関隆子が、庄田家の出生という事もわかり、それだけでも、大切に保管してきた意義はあったと思う。このあたりで、この系図を締め括ることも考えられる、ともらしておられた由である。

●●そのような、安豊氏の遺志を受けて、母上は、この『庄田家系譜』(正本・副本)を、『井関隆子日記』の原本が所蔵されている、昭和女子大学図書館に寄贈したい、という申し出をされた。私は、図書館長の青柳武先生とも相談して、この御厚意をお受けして、『井関隆子日記』の原本と共に保管させて頂くことになったのである。

●●庄田キチ・井関隆子も、庄田安豊氏も、井下澄江氏も、庄田金三氏も、今は、黄泉の人である。この処置を喜んでくれていると思う。私も、井関隆子の研究者として、よかった思う。

平成29年2月28日 令和元年7月3日改訂 深沢秋男

浮世絵文献資料館 の『井関隆子日記』

浮世絵文献資料館 の『井関隆子日記』

  • 2019.07.03 Wednesday
浮世絵文献資料館の『井関隆子日記』

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源頼光公館土蜘作妖怪図 一勇斎国芳画(早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」)

著作 -読む浮世絵「判じ物」- 一勇斎国芳画「「源頼光公館土蜘作妖怪図」 加藤好夫著

◯『井関隆子日記』下巻(勉誠社・昭和56年刊)

(天保十四年(1843)十一月五日付)

〝かの御咎(みとがめ)有し司いちはやき政(まつり)事申されつる中に、錦(にしき)絵あるは団扇(うちは)などにわざをぎ共の似顔書ことを厳(きび)しう制(せい)ありき。近きころ豊国、国貞、今も国芳など其名聞(きこ)えたり。此似顔なりかはるわざの度(たび)ごとに書変(かふ)れば、筆おく間もまれなりしを、止(とゞ)められつればいたう生業(なりはひ)にこうじためり、此春のころあやしき絵を南書出たる。されど其初は人こゝろ付ざりしが、ある人画書国芳に間(とひ)しに、是は誰(た)そ、かれは何ぞと、絵解(ゑとき)聞しより次々いひつぎしかば、世の人珍らしみいみじく求めてもて遊びぐさとなしぬ。此沙汰あまねかりしかば、此絵うる事を止められ、今は秘(ひめ)置て売(うら)ざれば、求めがたしと聞(きゝ)しを、ある人のつてもて童(わらべ)どもの得てしを見るに、稚児のもて遊びの文(ふみ)などにみゆる、源ノ頼光(みつ)朝臣の土蜘になやまされたる様(さま)、はたかの四天王とか聞ゆる猛(たけ)きをのこどもの宿直(とのゐ)する様(さま)書て、其かしらの上に土蜘はさる物にてえもいはぬ変化(へんぐゑ)どもいとあまたあらはれたるが、それが顔(かほ)形ち世の常とかはりて百鬼夜行などいふ古き鬼(おに)共の様(さま)ならず、今様(やう)めきたる筆づかひあやしともあやし。さるは近きころ罪せられたる公(おほやけ)人はさら也法師のたぐひわざをぎども、あるは町々を追(おは)れてたつぎにこうじたる男女(をんな)ら、大方かの司に恨みある者ども数しらず書出たれど、判じ物とかいふらむやうにて、ふと打見るにはえも解(とけ)がたきなむ多かる。かつ定光、金時などがともがら其面影かのいちはやき司はさら也、ほかも似たるがありとか。はたそが着たる衣(きぬ)のあやなど、おふな/\其紋どもを、あらはにはあらで紛(まぎ)らはしつけなど、げにたゞならぬ絵の様也。此絵書いましめられぬなど聞えしが、よさまにいひのがれけむ、許(ゆる)されぬともきこゆ。其ころいみじうきびしかりしかば、わざをぎどもの顔こそかゝね、中/\にの有様(さま)をまねび出けむ、えもあるまじきわざながらあまねく世にゝくまるゝ人なれば、今は憚(はゞか)りもなうをかしうなむ〟

【現代語訳】

〈先頃免職になったあの首班格の方は矢継ぎ早に政令を出しましたが、その中でも錦絵や団扇絵に役者似顔を禁じたの厳しい仕打ちでした。最近では豊国、国貞、今は国芳などが役者似顔の名手、彼らは興行のたびに画き替えるので、 筆を置く間もないくらい忙しかったのですが、禁じられてからは仕事にも困ってしまったようです。それがこの春の頃怪しい絵が出ました。しかし最初は誰も気にしなかったようです。ある人が画かきの国芳に尋ねたところ「これは誰、あれは何」と絵解きしたそうで、これが噂となって次々に広がると、世上でも珍しく思って競って買い求め、もてあそんだようです。それであちこちで評判になって、遂に絵の販売は禁じられ、今では隠し置いて売らないので、入手しがたいとか。ある人のツテで子供たちが手に入れたものを見ますと、子ども向けの話にあるような、源頼光朝臣が土蜘蛛に悩まされる様子や、その四天王とかいう勇ましい男たちが宿直する様子が画いてあって、その頭上には、土蜘蛛はもちろん、何とも言いようもない化け物がたくさん画かれています、ところがその顔かたちが、古画にある百鬼夜行の鬼などと違って、当世風に画かれているものですから、いよいよ怪しげな感じがします。実は、最近罰せられた役人はもちろん、僧侶や役者、あるいは町を追われて生活に窮した男女など、おそらくあの役人に恨みをもつ人たちを沢山画いたらしいのですが、判じ物とかいうらしく、ちょっと見ただけではとても解きがたいものも多いようです。一方、定光、金時などの顔つき、あの酷い役人は言うまでもなく、他にも似ているものがあるとか。また、着ている衣裳の模様などに、それぞれに応じた紋様を目立たないように忍ばせるなど、実に風変わりな様子の絵でした。この絵かきが逮捕されたなどという噂も聞きましたが、うまい具合に言い逃れしたのでしょうか、許されたとも聞きます。今は(役者似顔絵)を厳しく禁じているので、役者の似顔こそ画きませんが、それがかえって逮捕された人の様子をよく伝えているともいいます。まったくもってあってはならないことですが、市中のすべてに憎まれた人なので、(罷免された)今は遠慮もなく打ち興じています」「かの御咎有し司」は天保十四年の閏九月老中を失脚した水野忠邦。「あやしき絵」は「源頼光公館土蜘作妖怪図」「いましめられたる人」とは市川団十郎を指すのだろう。出版は天保十四年の春であった〉

Slide Show 井関隆子日記

Slide Show 井関隆子日記

  • 2019.07.01 Monday
  • 06:11
Slide Show JP 井関隆子日記

●このデータは、以前、紹介したように思うが、今度〔Slide Show〕というサイトの中で見た。改めて紹介して置く。

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井関隆子日記  御救い米事件に関連した記述

井関隆子(天明5年生まれ)は、天保11年(1840)から15年(1844)10月までの4年10か月にわたる日記の他、いくつかの作品を残している。
息子(実際には先妻の子)の井関縫殿頭親経が江戸城の御広敷御用人となり、
11代将軍家斉の正室・広大院(松の方)の係だった関係で、江戸城内の出来事
がすぐ耳に入る立場にあり、日記には日常の出来事以外に、普通の市民では窺
い知れない城内での出来事、人事異動などが書かれている。

この日記の中に、五郎左衛門の名こそ出ては来ないが、御救い米事件や、そ
れに関連する奉行所内の刃傷事件にも触れ、筒井、矢部、鳥居の町奉行職の任
免にまつわる話を伝えている。 特に矢部には好意的な記述が多く、伊勢桑名
で餓死したくだりまで書きとめられている。

天保12年4月29日  幕府の人事異動について

昨日、さるべき司の人々、かれこれ召されて其職共かはれりとか。 さる中に
てはさいはひ(幸)得たるあり、はたおとされたるあり。 楽しみ悲しみゆき
かふ様、目の前にいちじるし。 (後略)

5月3日  矢部駿河守が町奉行に任じられた事について

矢部左近将監と聞こゆるは、去年の冬、小普請支配てふ司に召され、此たびは町
の司(町奉行)に移されぬ。 水戸中納言斉昭卿は、お国におはしけるが、此
春ふりはへたる御使ありて、召上げられたる喜びとて、かれたる餉(かれい)
を送られ、はた短冊に歌を書きてとらせ給へたりとぞ。 其の歌は

鶯の 谷より出る 声するは また立かへる 春のしるしか

「この殿に親しうもあらぬ人なるに、かくとひ給へるは、思うところおはしなめり」とある人語りぬ。

12月3日  筒井紀伊守の町奉行罷免について

(内藤岩五郎、後藤駿河守、吉松吉五郎などの左遷を記した後)筒井紀伊守は
さりし頃、町の司より西の殿の御留守居になりぬ。 此人、町の司たりし時、其下司公(おおやけ)に納むべき黄金を、己が奢りにいみじう使ひたる、其事どもあらわはれ、此頃御糾しありなどといふはまことか。 (後略)

12月23日  矢部駿河守の町奉行罷免について

町の司、矢部駿河守と聞こゆる、母の失せたりしかば、其おもひにこもりしより、打はへ久しう引きこもりおりと聞こえしが、思し召しありとて司はなたれ、差扣へ仰せ付けられぬとぞ。 此人、もとより世のかいなでは、いたう変りて、其心雄々しく、いいささか私なく、公事のあやしう後めたき筋ども正さるるに付て、去りがたき節々申たてつるに、さてはーノ司よりはじめさはる大々いと多くて、中々にかうしづみぬることを、いと心苦しう世に言ひあへりとか。 此人、おのが思ふ筋正さば、事にあたらむこととかねて知つれど、さればとて其
司として、世にへつらひてやむべき事ならずと、思ひとりたるなめりと、おしむ人多かりとなむ。 此司より御留守居にうつされたる筒井伊賀守のあづかりたる時のひがことなど、近頃ほころびたる、其事共によれりとか。 此矢部の某は今年うつされたる司也。 猶、人のいひ騒ぐ事あれど、不用なればとどめ
つ。

12月28日  鳥居耀蔵の町奉行任命について

町の司は、御目付久しう仕うまつれる鳥居耀蔵とか聞こゆる召れたりとぞ。 この外、彼是うつされたる人あめれど、不用なるはもらしつ。

天保13年3月23日  判決の翌々日

かの前町の司なりし矢部駿河守、ひとひ司召放たれ、さしこもりぬと聞こえしが、猶罪さりがたきなめり、昨日松平和之進と聞こゆる国の守へお御預になり、其家滅びたるとぞ。 其罪の条々おふせ給う書付を見るに、世にもともかく沙汰しつる如く、ひととせ(一歳)世の中いたう飢えたりし時、救い米あまた出けるを、此人、其折御勘定奉行たり。其時下司の者共、わたくしごと有て徳つきたるが、同じ輩(ともがら)のうちに恨み憤る者ありて、其後町の司になりし初め、役所にて恨みある某を切殺し、己もみずから失せたりと聞こえしが、それらのかうがえ正しう行き届かす、申しわけなど前後打ちあわず、其職に堪えずとて罪にあて給うよし也。 はた夫にかかづらいたる者ども罪に行はるる中に、命召さるる者もあり。 はた家継がすべき子は、松平内匠頭と聞こゆる、其末の子にて、いまだ若くて父のもとにおるをも、養親のとがにより、改易せられぬとぞ。 此人の妻は泉本某と聞こえて田安の殿に仕うまつれる娘也。 すべて此ゆかりにかかれる大皆つつしみおれり。 かの北村法印も従兄弟にて息子湖南は婿なれば、門さしこめおれりとぞ。 さまざま罪にあたる人のある中に、是は珍らかなりとて、世にいぶかしみ、ささやく事多かりとなむ。 はた筒井伊紀伊守も同じやうなる御咎なれど、是は司放たれ慎みおれりと聞こゆ。

5月11日  矢部の桑名出立について

かの矢部の某は、主の守にともなわれて、伊勢の国におもむきぬとぞ。其旅だつ時、詠めりし歌とて語るを聞けば、

君をおもふ 心ばかりは かはらずよ かはりはてたる

  わが身なれども

まことにかくあかき心ならむには、いとあはれなる事なれど、人の心は親はらからだにはかられず、ましていかがは。

8月7日  桑名における矢部の憤死について

矢部の某は、伊勢の桑名にて身まかりぬとて、見届けの御使たつと聞こゆ。 世に沙汰するを聞けば、此人近頃絶えて物言はず、はた物を露喰はで、わざとはかなくなりたりとか。 年は五十ばかりなれど、まだ若こうあたらしう見へしとか。 求めて死にけむほどの心地えもいひしらず、聞くだにいとおそろし。
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