『近世初期文芸』第35号 責了

2018.11.19 Monday

『近世初期文芸』第35号 責了
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近世初期文芸 第35号  2018年12月発行予定

目  次
 
〇『露殿物語』中巻の方法         小原 亨
 ――隠晦する主人公像――
〇国会本『絵本北条五代記』の挿絵     位田絵美
 ――本文と挿絵から見える成立過程―― 
〇『竹斎』再論(その四)          田中 宏
〇如儡子の祖父、斎藤家初代光盛の出自   深沢秋男
〇新出写本『可笑記』紹介         深沢秋男
〇仮名草子の書誌的研究          深沢秋男
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●昭和44年(1969)に創刊した『近世初期文芸』の、第35号が、間もなく責了になる。この号も、諸氏の力作論文を掲載することが出来た。感謝申し上げる。私は、『可笑記』の作者の祖父、斎藤光盛の本貫に関する私見を提出することができた。

●『可笑記』の作者は、出羽の酒田で生まれた。祖父・斎藤光盛は、越後の武士であったが、出羽に移り、藤島城の城代をつとめたという。光盛の本貫は、出羽のどこであろうか。これを明らかにしなければ、父・広盛が事ある毎に、酒田から越後へ帰った場所も、如儡子・斎藤親盛が、最上家改易の時に、まず越後を目指すが、その行き先も判然としない。
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「・・・以上のように、如儡子は、湯村式部とも、斎藤以伝とも、さては浅井了意とさえ言われており、これらのいずれが有力であるかということすら断じ得ない、というのが現状である。これに関して、私は『可笑記』絵入本挿絵中の〔むかしさる人〕の背中の紋所「丸に吉」がかなり一貫して用いられていることに気付き、この点からも調べてみたいと考えている。」

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 これは、昭和37年(1962)1月、法政大学へ提出した、私の卒業論文の作者の項の一部である。

●『可笑記』絵入本の挿絵の中に出てくる「昔さる人」の紋所は「丸に吉」でほぼ一貫している。如儡子、斎藤親盛は、元和8年(1622)、最上家57万石が、大森藩1万石に転封になった時、酒田を去り、越後を目指すが、その行き先は、現在の阿賀町、赤岩地区の斎藤家総本家ではなかったか。この時、斎藤家総本家の当主は、第59代の、斎藤安近・西山吉兵衛だったのではないか。
●今回、ここまで、追究することができたが、それは、斎藤家総本家の『斎藤家系図』を閲覧・調査することが出来たからである。墨付き、6m40㎝という、重要文化財クラスの系図に出会えたのは、僥倖としか言いようがない。
卒論提出から55年が経過している。

「仮名草子研究文献目録」について

「仮名草子研究文献目録」について
2018.11.15 Thursday

〔1〕明治26年(1893)~平成14年(2002)
『仮名草子研究文献目録』(深沢秋男・菊池眞一 編、2004年12月15日、和泉書院発行)

〔2〕平成15年(2003)~平成17年(2005)
「近世初期文芸研究会」HPの「仮名草子研究文献目録」

〔3〕平成18年(2006)~
国文学研究資料館「国文学論文目録データベース」
「近世初期文芸研究会」HPの「仮名草子研究文献目録」

●「近世初期文芸研究会」のHP掲載の「仮名草子研究文献目録」は、データを入手できたものから随時追加更新して、最終的には、国文学研究資料館編集の『国文学年鑑』で補ってきました。
 『国文学年鑑 平成17年(2005)』は、平成19年(2007)に発行されましたが、以後は、編集・発行が休止されました。従って、平成18年以後の「近世初期文芸研究会」のHPの目録は極めて不十分なものとならざるを得ません。
以上の事情から、今後は、国文学研究資料館の「国文学論文目録データベース」を中心に検索利用して頂きたいと思います。
●「雑誌記事索引集成データベース」の活用について
『仮名草子研究文献目録』(深沢秋男・菊池眞一)は、明治以後のものも極力収録しているが、株式会社皓星社が作成した「雑誌記事索引集成データベース」を併用すれば、仮名草子研究文献で見逃したものも補える。
……………………………………
■明治初期から現在まで
国立国会図書館(NDL)の「雑誌記事索引」は、昭和23年以降現在までを収録する邦文雑誌記事のデータベースです。ところが、この「雑誌記事索引」は、それ以前の記事は検索できません。
皓星社では、それを補うため過去における雑誌記事索引類を集大成して『明治・大正・昭和前期 雑誌記事索引集成』(120巻)を刊行。雑誌記事索引集成DBは、この『明治・大正・昭和前期 雑誌記事索引集成』を基に作成されました。
丸善株式会社epro-j@maruzen.co.jp
株式会社皓星社http://www.libro-koseisha.co.jp/
……………………………………………
               平成23年(2011)11月10日
                      近世初期文芸研究会

『信長公記』中公新書

『信長公記』中公新書
2018.08.31 Friday

信長公記――戦国覇者の一級史料――
和田裕弘 わだ・やすひろ

2018年8月25日、中央公論新社発行。
中公新書、263頁。

目次
はじめに
序章 『信長公記』とは

第一章 尾張統一と美濃併呑
    尾張の織田一族
    父・信秀
    斎藤道三
    信長の兄弟
    若き日の信長
    桶狭間の戦い
    信長の居城
    美濃三人衆

第二章 上洛後
    第十五代将軍足利義昭
    比叡山焼き討ち
    武田信玄
    徳川家康
    浅井・朝倉両氏の滅亡
    蘭奢待
    長篠の戦い
    信長の官位

第三章 安土時代
    安土城
    松永久秀の謀反
    羽柴秀吉の西国攻め
    並みいる重臣
    信長の趣味
    嫡男・信忠
    荒木村重の謀反

第四章 天下布武へ
    大坂本願寺
    佐久間信盛の追放
    京都馬揃え
    武田氏滅亡
    本能寺の変

 おわりに――『信長公記』が遺したもの
 織田信長略年譜

『可笑記評判』 660円で落札

『可笑記評判』 660円で落札
2018.05.10 Thursday

●私の出した『可笑記評判』が、ヤフーオークションで、660円で落札された。
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●可笑記評判 深沢秋男校訂 昭和45年近世初期文芸研究会 非売品

この商品の詳細を見る
『●可笑記評判 深沢秋男校訂 昭和45年近世初期文芸研究会 非売品』はヤフオク!で39538(99%)の評価を持つkanro30から出品され、21の入札を集めて4月 10日 20時 23分に、660円で落札されました。終了1時間以内に0件入札され、0円上昇しました。決済方法はYahoo!かんたん決済、銀行振込に対応。神奈川県からの発送料はu*l*H***が負担しました。PRオプションはストア、Yahoo!かんたん決済、取りナビ(ベータ版)を利用したオークションでした。
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●〔日本の古本屋〕では、今日、現在、次の4点が出ていた。
① 7990円、渥美書房
② 4000円、唯書房
③ 4500円、うたたね書房
④ 5000円、五十嵐書房

●この本は、昭和45年(1970)に出した。私が最初に出した本で、最初に校訂した本である。日本書房では、昭和54年=5000円、昭和58年=12000円、平成元年=12000円、だった。
●その後、勉誠社の『近世文学資料類従』、東京堂出版の『仮名草子集成』、岩田書院の『浅井了意全集』に収録された。テキストとしては、十分出回っている。それに、私の出した本は、タイプ印刷で、振り仮名は省略されていて、『可笑記』本文は収録されていない。製作費は800円位だった。その本が、現在、5000円前後で古書店に出ている、ということである。長生きすれば、こんな事も確認できるわけである。

『浮世物語』の諸本

『浮世物語』 の諸本

浮世ばなし 付・明心宝鑑  昭和47年8月20日,勉誠社発行,5500円。(近世文学書誌研究会編,近世文学資料類従・仮名草子編・12)。『浮世ばなし』(横山重氏蔵本)・『明心宝鑑』(長澤規矩也氏蔵本)を写真複製して収録し,解説を付したもの。

   『浮世物語』の諸本について    深沢秋男
『浮世物語』に作者の署名はないが、寛文十年刊行の『増補書籍目録作者付 大意』(注1)には、「五冊 うき世物語 松雲了意」とある。この「松雲了意」は、万治・寛文期に『堪忍記』『東海道名所記』『可笑記評判』『江戸名所記』『京雀』『伽婢子』等の多くの仮名草子作品                                                 
を著した浅井了意の事である。この了意に関しては北条秀雄氏の『改訂増補 浅井了意』(昭和四十七年)に詳しい(注2)。
 また、この作品の初版初印本には刊記がなく、したがって刊行年も不明であるが、これについて、朝倉無声氏は『徳川文芸類聚』(大正三年)で「寛文初年京都にて初版を出せしものなるべし。」とされ、水谷不倒氏は大正八年の『仮名草子』では「京版の初版には年号あるものを見ざれども、万治もしくは寛文初年の版行なるべく、」とされ、昭和四年の『新撰 列伝体小説史 前編』では「万治四年」としておられる。さらに北条秀雄氏は「寛文初年」(『浅井了意』)、野田寿雄氏は「万治元年」(『国語国文研究』昭和三十八年二月)とされたが、前田金五郎氏は『国語国文』昭和四十年六月号において、従来の諸説を参照し、作品の題材と史実の関連等を検討の後、「寛文四年以後の執筆」と推定され、さらに「寛文五年の述作・刊行であろうか。」と推量しておられる。
 以上の如く、浅井了意によって寛文四、五年頃に作られ、京都で刊行されたと思われる『浮世物語』は、天和元年・山田喜兵衛刊の『書籍目録大全』には、
 「五 うきよ物語 松雲了意 四匁五分」とあるが、同じ五冊本の『可笑記』が、
 「五 可笑記 如儡子作 五匁五分
  五 同 大字 七匁
  五 同 小本     四匁  」
とあるのに比較すれば、それほど高価であったとは言えない。ところが、水谷弓彦氏の『明治大正古書価の研究』(昭和八年)による
と、明治二十三年から大正十五年までの三十七年間に『可笑記』は、
「明治28年 可笑記   如儡子 寛永19年 五冊  五〇銭
 明治34年 可笑記       寛永板  五冊 二円五〇銭
 明治38年 可笑記            五冊 一円五〇銭
 明治42年 可笑記       寛永板  五冊 三円
 大正3年 絵入可笑記     万治2年板 五冊 三円五〇銭
 大正4年 可笑記       寛永板   五冊 二円五〇銭
 大正8年 絵人可笑記     万治2年板 五冊 一〇円
 大正9年 可笑記       寛永板   五冊 一〇円
 同   同         万治板ゑ入 五冊 二〇円   」
と九本も古書店に出ているのに対し、『浮世物語』は、
「明治44年 浮世物語  中摺一の巻欠四冊合 一冊 二円五〇銭
 大正々年 続可笑記  浮世物語の改題青山表紙 一冊 一〇円」
と二本しか出ず、しかも、明治四十四年のものは欠本でありながら二円五十銭とあり、大正四年には『可笑記』の寛永版が二円五十銭であるのに『浮世物語』の改題本『続可笑記』は十円なのである。これは決して、その版本の良否のみからくる差ではなく、やはり『浮世物語』の伝本が少ない事と関わっているものと思う。私の調査した結果によれば、『可笑記』は四版で六十点以上伝わっているのに対し、『浮世物語』は二版で十三点に過ぎない。
 この作品の本文は、大正三年に朝倉無声氏によって『徳川文芸類聚』に収められ、昭和四十年には、日本古典文学大系『仮名草子集』で、前田金五郎氏乃厳密・詳細な校注が施され、さらに昭和四十六年の日本古典文学全集『仮名草子集・浮世草子集』においては、谷脇理史氏の現代語訳が加えられた。そして、右の三者が、共に初版本としての十一行本京都版を底本にされたのは、当然の事と思うが、ここに、寛文十年、江戸で刊行された十四行本『浮世ばなし』を、現存唯一の完本・赤木文庫所蔵本に拠って複製公刊する事は、十分の意義があるものと思う。
『浮世物語』の諸本について実地に踏査した結果、それらは次の如く分類する事ができると思われる。
一、十一行本
 1 無刊記本
 2 京都 平野屋版
 3 京都 風月堂版
 4 京都 尚書堂版
 5 延宝九年版(伝存不明)
二、十四行本
 1 江戸 松会版(『浮世ばなし』と改題)
 2 大阪 丹波屋・田原屋版
 3 大阪 定栄堂版(『続可笑記』と改題) 
三、その他
 1 写本
 2 改題本『いかだ船』 (伝存不明)
 以下、これらの諸本についての書誌的概観を試みたいが、同一版木に拠るものの中では、一本についてのみ版式を詳しく記し、他の諸本は主としてこれと異なる点を記すに止めたい。まず底本に使用した、赤木文庫所蔵本の書誌を掲げ、以下は右の分類に従う。
■底本 赤木文庫本 浮世ばなし
所蔵者  赤木文庫(横山重氏)
表紙  藍色元表紙、万字つなぎ牡丹模様、縦270ミリ×横185
  ミリ(巻一)、大本。
題簽  左肩に四周双辺原題簽、「絵入 うき世はなし 一(~五)」 
  縦160ミリ×横36ミリ、巻一は部分的に欠損あり。
匡郭  四周単辺、縦227ミリ×横161ミリ(巻一の1丁表)。
内題  序の初め(巻一の1丁表)に「浮世はなし はし書」、各巻
  目録の初めに「浮世物語巻第一目録」「浮世物語巻第二(~五)
  目録」。
尾題  なし。
巻数  五巻(欠巻なし)。
冊数  五冊。
字数  序…一行約21字、本文…一行約26字。
行数  序…12行、目録…巻一・巻三・巻五は各10行、巻二・巻
  四は各12行、本文…毎半葉14行。
丁数  巻一…18丁、巻二…16丁、巻三…20丁、巻四…12丁、
  巻五…12丁。 
章段数  序、巻一…9話、巻二…11話、巻三…14話、巻四…1
  0話、巻五…7話。
柱刻  「浮世 巻一  一(~十八)」「浮世 巻二 一(~十六)」 
  「浮世 巻三 一(~二十)」「浮世 巻四 一(~十二)」「浮世
  巻五 一(~十二)」、ただし巻二の13丁は丁付なし。
刊記  巻五の12丁裏に「寛文十年戌正月吉日/松会開板」とある。
  ただしこれは埋木。
挿絵  巻一…7図(3・5・7・9・11・13・16の各丁表)、
  巻二…4図(3・6・9・13の各丁表)、巻三…7図(3・6・
  9・12・15・17・19の各丁表)、巻四…5図(3・5・
  7・9・11の各丁表)、巻五…14図(3・5・8・10の各
  丁表)。                     
蔵書印・識語  「龍吟閣図書記」[赤木山」「横山重」の朱印。帙に
  白紙が貼付されており、ペン書にて、現所蔵者・横山重氏の次の
  識語がある。「浮世物語 浅井了意作/○初刊本 原版は恐らく
  寛文初年なるべし(小説年表四五頁)/万治三、四年頃の京版(水
  谷不倒翁)/○第二刊本 天和元年板本(潁原氏)/○第三刊本
  元文二年『続可笑記』(求板とある)/右の三種の刊本の関係は、 
  どうなつてゐるか、今/は不明である。予は第三の改題本を見た
  のみで/ある。(第三は第二の本の後印改題本か初刊/本の後印
  本ではあるまい。)/○江戸板 寛文十年戌正月吉日 松会開板
  /此本、昭和十一年四月、高嶋屋の ″和漢稀書善/本展覧会″
  (一誠 吉原雀500、三茶一幅400を出す)に、村口が出品した。
  極上本である。/江戸板にして、題簽そろふといふは、稀有のこ
  とに/属する。/因に、潁原氏、解題(岩波講座24頁)に云ふ。
  『了意/多くの作品を残してゐるが、名所記、伽婢子、犬張子、
  本書と/が、最も代表的なものであらう。』云々。」「浮世ばなし
  寛文十年/この画家は、寛文九年の『北野通夜』延宝八年/の『け
  んさい物語』の画家と同人なるべし。/愛子説/巻一片面七/巻
  二片面四/巻三片面七/巻四片面五/巻五片面四/二十七図
  」「弁疑書目上 六十二オ/いかだ船 うき世物語」「続可笑記
237 284/浮世物語 後印改題本/宝暦七年乙丑春正月発行/
摂陽書肆 定栄堂」。さらに村口の出品目録と思われる次の紙片が貼付されている。「一六七〇 うきよはなし 寛文十年松会開板絵入、元表紙/外題付極上本」。
■『浮世物語』全体の諸本についての報告
一、十一行本
 1、無刊記本
所蔵者  京都大学文学部国語学国文学研究室・国文学 pb 31。
表紙  濃縹色元表紙、万字つなぎ牡丹唐草模様、縦263ミリ
  ×横180ミリ(巻一)、大本。
題簽  左肩に四周双辺原題簽「うき世物語 一(~五)」縦1
  79ミリ×横38ミリ。
匡郭  四周単辺、縦210ミリ×横158ミリ(巻一の1丁表)。                         
内題  各巻頭、目録の初めに「浮世物語巻第一(~五)目録」。
                         (注3)
尾題  なし。
巻数  五巻(欠巻なし)。
冊数  五冊。
字数  一行約21字。
行数  毎半葉11行。
丁数  巻一…30丁、巻二…31丁、巻三…35丁、巻四…2
  2丁、巻五…20丁。
章段数 巻一…10話、巻二…11話、巻三…14話、巻四…1
  0話、巻五…7話。
柱刻  「浮世物語巻一  一 (~三十終)」「浮世物語巻二 一
  (~三十一終)」「浮世物語巻三 一 (~三十五終)」「浮世
  物語巻四 一 (~二十二)」「浮世物語巻五 一 (~二
  十)」。
刊記  なし。
挿絵  巻一…12図 (1丁裏・5丁裏・7丁裏・10丁表・
  12丁裏・14丁裏・17丁表・19丁裏・21丁裏・24
  表・30丁表・30丁裏)。
  巻二…11図(3丁裏・5丁裏・9丁裏・13丁裏・16丁
  裏・19丁表・21丁裏・23丁裏・26丁表・28丁表・
  31丁裏)。
  巻三…13図(3丁表・7丁表・9丁表・12丁表・14丁
  表・17丁裏・20丁裏・23丁裏・26丁裏・29丁表・
  31丁表・32丁裏・33丁裏)。
  巻四…9図(6丁表・7丁裏・10丁表・13丁裏・16丁
  表・17丁裏・19丁裏・21丁表・22丁裏)。
  巻五…6図(5丁裏・9丁表・10丁裏・13丁裏・
  16丁裏・20丁裏)。
蔵書印  「京都帝国大学図書之印」の朱印、「京大/466702/
  昭和6・11・9」の青印。
2、 京都 平野屋版
所蔵者  日比谷図書館・東京誌料・472 23 貴重書。
表紙  改装後補濃縹色表紙、縦243ミリ×横178ミリ、大
   本。
題簽  なし。
冊数  一冊に合綴。
刊記  巻五の20丁表に「平野屋佐兵衛開板」とある。ただし、 
  これは埋木。
蔵書印・識語  「森田」の黒印、「物集文庫」「大礼記念図書
  」「東京市立日比谷図書館東京誌料蔵書」の朱印、「東京市立
  日比谷図書館/東京誌料/37355/昭34・3・4和」の青印。
  巻五の10丁表の第三話の文末に続けて墨書にて「かくて浮
  世坊こゝろさひしくしたゝか/せんつりかいて情をゝとしけ
  りあゝら/をしいかな腎水沢山にへつたぞ〳〵いま〳〵しい
  けたいのわるいウ、すウ……」の4行が補筆されている。そ
  の他、本文の所々に朱引きが入っている。
所蔵者  日比谷図書館・特別買上文庫・4261~5.
表紙  後補薄茶色表紙、縦255ミリ×横183ミリ、大本。
題簽  なし。
刊記  巻五の20丁表に「平野屋佐兵衛開板」とある。ただし
   これは埋木。
蔵書印・識語  「いせ左」「キクリ」の黒印、「月明荘」「反町
   文庫」「東京都立日比谷図書館蔵書」「日比谷図書館」の朱
   印。「東京都立日比谷図書館/0148288/昭34・9・21
   和」「Q91351/2/1(~5)」の黒印。巻一の27丁表
   に「嗚呼痛哉不及見」、帙に白紙を貼付して「浮世物語 浅
   井了意 万治中刊 全五冊」と墨書。
その他  巻二の1丁・2丁が落丁。
所蔵者  吉田幸一氏
表紙  濃縹色元表紙、万字つなぎ牡丹唐草模様、縦256ミリ
   ×横183ミリ、大本。ただし、巻一の前、巻三の後、巻
   四の前・後、巻五の前は濃縹色の表面紙が剥離している。
題簽  巻二・巻三は左肩に四周双辺原題簽「うき世物語二(三)
   」縦179ミリ×横38ミリ。巻一・巻四・巻五は題簽欠
   で、左肩に「うき世物語一(四。五)」と墨書。
刊記  巻五の20丁表に「平野屋佐兵衛開板」とある。ただし、
   これは埋木。
識語  帙に「浮世物語 寛文初年刊 上本 五冊」と墨書。
3、 京都 風月堂版
所蔵者  赤木文庫(横山重氏)
表紙  後補藍色表紙、縦252ミリ×横184ミリ、大本。
題簽  なし。
刊記  巻五の20丁表に「平野屋佐兵衛開板」とある。ただし、 
   これは埋木。巻五後表紙見返しに、縦132ミリ×横47
   ミリの枠の中に「京都二条通衣店/風月堂荘左衛門」とあ
   る。
蔵書印  「金銀/不口/仝/伏見/佐渡屋政右衛門」「本宗
   」「松嘉」「克泉」の黒印、その他黒印一顆。
その他  巻四の12丁・22丁が落丁。
4、 京都 尚書堂版
所蔵者  広島大学附属図書館
  日本古典文学大系『仮名草子集』において前田金五郎氏は「天
  保七年頃刊。京都尚書堂堺屋仁兵衛・同儀兵衛版。」として
  おられる。未見。
5、 延宝九年版(伝存不明)
二、十四行本
1、 江戸 松会版(『浮世ばなし』と改題)
所蔵者  赤木文庫(横山重氏)
  前記(二九四頁)の通り。
所蔵者 吉田幸一氏
表紙  藍色元表紙、万字つなぎ牡丹模様、縦270ミリ×横1
   85ミリ(巻二)、大本。
題簽  巻二は左肩に四周双辺原題簽「絵入 うき世はなし
   二」縦158ミリ×横35ミリ。巻三は剥落の跡のみ。巻
   五は原題簽の部分を存す。
巻数  巻二・巻三・巻五の三巻。
冊数  三冊。
識語  巻二前表紙見返しに墨書にて書入れあり。帙に「浮世物
   語 寛文十年松会開板/巻二、三、四」と墨書。
その他 巻一・巻四が欠。
2、 大阪 丹波屋・田原屋版
所蔵者  京都大学文学部国語学国文学研究室・国文学pb37。
表紙  黄土色元表紙(改装)、縦254ミリ×横180ミリ、
   大本。
題簽  左肩に四周双辺後補題簽、墨書で「浮世ものかたり」縦
   177ミリ×横33ミリ。
内題  各巻頭、目録の初めに「浮世ものかたり二(~五)」と
   ある。ただし、これは埋木。
巻数  巻二・巻三・巻四・巻五の四巻。
冊数  一冊に合綴。
刊記  巻五の12丁裏に「元文二年/巳孟春/心斎橋筋南久宝
   寺町/丹波屋理兵衛/道具屋町筋順慶町/田原屋平兵衛/
   求板」とある。ただし、これは埋木。
蔵書印・識語  「京都帝国大学図書之印」の朱印、「京大/
   121075/大正1・10・20」の青印。前表紙見返に「精木
□ □□/官倉豈無粟/粒々蔵珠磯/一粒不出倉/含中群
鼠肥/□内米生虫/庫中銭爛貫」、巻五の12丁裏の刊記
の前に「安政四巳迄百廿年成」と墨書。
モの他  巻一が欠。
 
所蔵者 東京大学附属図書館・霞亭文庫・B24677。
表紙  黄土色元表紙、縦254ミリ×横182ミリ。大本。
題簽  左肩に四周双辺原題簽「浮世物語 一 (二)」縦15
   7ミリ×横33ミリ(巻二)。巻一は欠損あり、巻三は剥
   落の跡のみ。
内題  序の初め(巻一の1丁表)に「浮世ものかたり一」、各
   巻目録の初めに「浮世ものかたり一(~三)」とある。た
   だし、これは埋木。
巻数  巻一・巻二・巻三の三巻。
冊数  三冊。
刊記  欠巻のため、なし。
蔵書印・識語  「中井文庫」「霞亭文庫」「東京帝国大学図書印
   」の朱印。巻一前表紙に紙箋を貼付して、朱筆にて「延宝
   九年版 浅井了意」とあり。巻三のさし絵に書き込みあり。
その他  巻四・巻五が欠。巻一の17丁・18丁が落丁。
3、 大阪 定栄堂版(『続可笑記』と改題)
所蔵者 国会図書館・237 284。
表紙  元表紙なし、国会図書館専用茶色表紙を補う、縦258
   ミリ×横185ミリ、大本。
題簽  左肩に四周双辺後補題簽「続可笑記 全」と墨書、縦1
   83ミリ×横39ミリ。
内題  序の初め(巻一の1丁表)に「続可笑記巻一」、各巻目
   録の初めに「続可笑記巻一(~五)」とある。ただし、こ
   れは埋木。 
冊数  一冊に合綴。
柱刻  江戸、松会版(赤木文庫蔵本)と同じであるが、巻一の
   1・2・3・4、巻二の13・14・15・16、巻三の
   1・2・3・4、巻四の1・2・3・4、巻五の1・2・
   3・4・9・10・11・12の各丁は「浮世」の二字を
   削除している。
刊記  巻五の12丁裏に「元文二年/巳孟春/心斎橋筋南久宝
   寺町/丹波屋理兵衛/道具屋町筋順慶町/田原屋平兵衛/
   求板」とある。ただし、これは埋木。前表紙見返しに、縦
   220ミリ×横168ミリの子持枠の中に「続可笑記 全
   部五冊/宝暦七年乙丑春正月発行/摂陽書肆 定栄堂」と
   ある。後表紙見返しに、縦191ミリ×横148ミリの枠
   の中に「書肆 定栄堂/大坂 心斎橋南四丁目東側/吉文
   字屋市兵衛/同安土町北へ入ル西側/同 源十郎/江戸
   日本橋南三丁目西側/同 治郎兵衛」とある。
蔵書印  「帝国図書館蔵」「図/明治三八・二・二一・購求
   」他一顆の朱印。
その他  巻一の17丁・18丁が落丁。
所蔵者  天理図書館・913 61イ55 1~5。
表紙  後補水色表紙、縦260ミリ×朧183ミリ、大本。
題簽  左肩に後補題簽、巻一は四周双辺(縦203ミリ×横3
   3ミリ)で「続可笑記 一」と墨書。巻二以下は薄紅色紙、
   四周単辺(縦181ミリ×横38ミリ)で「続可笑記二(~
   五)」と墨書。
内題・柱刻・刊記  共に国会図書館蔵本(237 284)と同じ。
蔵書印・識語  「平出氏書室記」「兎角菴」「富」「安永五丙申
□ □□」「合」の朱印、「大」の黒印、「天理図書館蔵」「天
理図書館/昭和廿八年七月弐拾日/456789(~456793)」「昭和廿七年三月五日/寄贈/天理教教会本部」の朱印、その他朱印・黒印数顆。巻一前表紙に白紙貼付で「水二共五冊」「比」と墨書、巻一前表紙見返しに白紙貼付で「此書はむかしのおもしろ/おかしき事を書し書也」と墨書。
その他  巻一の17丁・18丁が落丁。
所蔵者  東京教育大学附属図書館・ル150 40。
表紙  後補渋色引き表紙、縦257ミリ×横184ミリ、大本。
題簽  なし。
内題・柱刻  共に国会図書館蔵本(237 284)と同じ。
冊数  一冊に合綴。
刊記  国会図書館蔵本(237 284)と同じであるが、後表紙
   見返しの書肆名は無い。
蔵書印・識語  「東京文理科大学附属図書館印」の朱印、「和
   213、567」の墨書。巻四の2丁裏7行目「うへは人
   にして」の「うへ」は、この後印本は欠字となっているが、
   この部分を「らたは人にして」と誤って補筆している。
その他  巻一の17丁・18丁が落丁。
三、その他
1、写本
所蔵者  国会図書館・147 76。
表紙  茶色横縞表紙、縦260ミリ×横180ミリ、大本。
題簽  左肩に四周双辺「浮世物語 全」と墨書、縦181ミリ
   ×横42ミリ。
匡郭  なし。
内題  各巻目録の初めに「浮世物語巻上(中、下)目録」。
尾題  各巻末に「浮世物語上終」「浮世物かたり中終」「うき世
   物語下終」。
巻数  三巻(欠巻なし)。
冊数  一冊に合綴。
字数  一行約22字。
行数  目録…巻上・巻下は各11行、巻中は10行、本文…毎
   半葉11行。
丁数  巻上…37丁、巻中…36丁、巻下…35丁。
章段数  巻上…15話(11行本巻二の5まで)、巻中…18
   話(11行本巻三の12まで)、巻下…19話(11行本
   巻五の7まで)。
柱・挿絵  なし。
蔵書印・識語  「不忍文庫」「阿波国文庫」「東京図書館蔵」「図
   /明治二二・二・二〇・購求」の朱印、「元知」の黒印、
   その他朱印一顆。巻下35丁裏の本文に続けて「延宝九ね
   ん/弥生中しゆん」と墨書。巻中の2「篠田きつねの事付
   狐にばかされし事」の文末に「これをよく〳〵はんじてみ
   たらば五十三ツキ」、巻中の5「大にくせある事」の文末
   に「と古人も是書残したりや目出度□□□也」、巻中の7
   「宗旨を尋ぬる事」の文末に「ゑをいるものは□□なりと
   大皆是いふ物か」、巻中の12「ぬす人の事」の文末に「し
   ることはおさらば〳〵」、巻中の13「鴈がものいねをく
   らふなんぎの事」の文末に「是こそ大なるくそたわけ」、
   巻中の14「万事こゝろへちがひの事」の文末に「御もつ
   とも〳〵」等の短評が墨書にて付加されている。
2. 改題本『いかだ船』(伝存不明)
■ 以上、諸本の略書誌を記したが、次にこれら各版について述べたいと思う。
一、十一行本
 十一行本は、従来京都版と言われてきたものである。私の調査し得た限りでは、この版木を使ったものの中で最も早い刷りの版本は、京都大学文学部国語学国文学研究室所蔵本であると思われる。この版本には刊記が無く、したがって刊年も書肆も不明であるが、版式その他の諸条件から推測して、京都で出版されたという事は、ほぼ誤りの無いものと思われる。野田寿雄氏は、初版本巻三17丁の                                  丁付けに、「十六」「十七」と二つの丁数が誌されている、と述べておられるが(注4)、京都大学蔵本の巻三の丁付けは「…十五・十六・十七・十八…」となっている。野田氏の調査された版本とこの京大本といずれが早い刷りか判断できないが、野田氏が平野屋佐兵衛版の
如く書いておられるところから考えると京大本の方が早いのではないかと思う。したがって、この京大本を、現時点で初版初印本と断定し得なしにしても、これが早印本である事は確かであると思われる。なお、北条秀雄氏は十一行本が了意自筆の版下に拠るものである事を、横山重・愛子両氏の賛同をも得て、新たに判定された(『改訂増補 浅井了意』)。
 十一行本の第二次印本と思われるのが、日比谷図書館所蔵の二本と吉田幸一氏所蔵本である。これには巻五の20丁表に「平野屋佐兵                                                       衛開板」と書肆名が埋木されている。平野屋佐兵衛は、京都二条通り観音町で明暦から正徳にかけて活動した書肆である(注5)。この平野屋は山森六兵衛(京都柿椹木町通り烏丸東入る、明暦―寛文)が寛文七年に刊行した『京童跡追』の版木を使って後に出版している。このような点から推測すると『浮世物語』の初版初印本(無刊記本)の刊行者は、あるいは京都の山森六兵衛であったかも知れない。                                
 第三次印本は、赤木文庫所蔵の風月堂版で、これは平野屋版の求版
本である(注6)。広島大学図書館所蔵の尚書堂版が第四次印本であ
るか否か、未見のため断定できないが、平野屋版の後印本である事は前田金五郎氏によって明らかにされている(注7)。
 また、朝倉無声氏は「延宝九年に至り、原版(十一行本)を再摺して、年月を入木せしもの」があると記され(『徳川文芸類聚』)、水谷不倒氏も「延宝九年と入木したるもの」は十一行本(京都版)の後印本であるとしておられる(『仮名草子』)ので、現在、その所在が明らかになっているものの外に「延宝九年」の刊年記を有する後印本があったものと思われる。国会図書館所蔵の写本は三巻本であるが、巻末に「延宝九ねん/弥生中しゆん」とある。あるいは朝倉・水谷両氏の言われる延宝九年版の転写本であるかも知れない。                              さらに北条秀雄氏・野田寿雄氏は、天和元年版が在る如く記しておられるが(注8)、これも未見である。共に今後の調査に悦ちたいと思う。
二、十四行本
十四行本は従来江戸版と言われてきたものである。十四行本の中で刷りが最も早く、また完本でもあるのは赤木文庫蔵本のみである(吉田幸一氏蔵本は欠本)。この赤木文庫本には巻末に「寛文十年戌正月吉日 松会開板」とあるので、十一行本が京都から出されてしばらく経った、寛文十年一月に江戸で出版された事がわかる。この「松会」は、江戸長谷川町横丁に住し、明暦から寛政にかけて『明暦武鑑』『薄雪物語』『稚源氏』等を出版した御用書肆・松会三四郎であるうと思われる。ただこの刊記の部分は埋木になっているので、あるいは、松会は、いずれかの版元から版木を求めて出したのかも知れない。なお、水谷不倒氏は『仮名草子』に十四行本の刊記のある丁(巻五の12丁裏)を覆刻しておられるが、原本の匡郭の上下にみられる中断箇所が、この覆刻では接続されている。もしこれが底本通りであるとすれば、この覆刻の底本が初印本という可能性もある訳であるが、子細に調べるとやはり底本は中断しており『仮名草子』の版下を作る時、補修接続させたものと判断される。したがって、現時点では、寛文十年松会開板の刊記のあるものが最も早い刷りではないかと思われるのである。                                                          
 十四行本第二次印本の刊記は「元文二年 巳孟春/心斎橋筋南久宝寺町 丹波屋理兵衛/道具屋町筋順慶町 田原屋平兵衛/求板」(注9)とある。これは松会版の刊記を削除して埋木したもので、この刊記を有するのは、京都大学所蔵本であり、東京大学所蔵本は欠本のた
め刊記を欠くが、表紙・内題・その他の条件から判断して、ここに入れるの事が妥当と思われる。                     
 第三次印本は、大阪の定栄堂・吉文字屋市兵衛等(注10)から宝暦七年一月に刊行された。国会図書館・天理図書館・東京教育大学図書館、各所蔵本が共に題簽を欠くが、内題を「続可笑記」と改め、また巻頭・巻末の柱の「浮世」の二字を削除して、その不自然さを除こうとした痕跡がある。なお、『享保以後 大阪出版書籍目録』(昭和十一年)の宝暦六年の条に「続可笑記 五冊 以前「浮世物語」と題せしを改題板行 右板元吉文字屋市兵衛より申出あり本屋行司にて聞届く 申出年月」とあるので改題本『続可笑記』刊行当時の事情が推測できる。
 右にみてきた如く、十四行本は寛文十年に『浮世ばなし』と改題出版されて以来、元文二年には再び『浮世物語』となり、さらに宝暦七年には『続可笑記』と改題されたが、ここで注意すべきは、寛文十年の松会版から元文二年の丹波屋・田原屋版の間で、版木の事故があったと推測される事である。東京大学所蔵本は巻一の17丁・18丁が落丁となっているが、これが単なる落丁でない事は、後の定栄堂版の国会図書館・天理図書館・東京教育大学の各蔵本も共にその箇所が落丁になっているのでもわかる。しかも松会版の吉田幸一氏蔵本も巻一が欠巻となっているのであるから、巻一の17丁・18丁を伝えているのは、赤木文庫蔵本一本という事になる。その意味でも赤木文庫本は貴重な存在であると思うのである。
  三、その他
 国会図書館は写本一冊を所蔵する。これは上・中・下の三巻であるが、内容は版本と変わりなく、五巻本を三巻に組み変えたに過ぎない。版本との本文異同を調べてみると、十一行本に近い本文になっている。十一行本の項でも述べたが、十一行本には延宝九年版が在ったものと推測される。この写本の大尾には「延宝九ねん 弥生中しゆん」とあり、あるいは、その延宝九年版の転写本であるかも知れない。
 『弁疑書目録』三巻三冊(国会図書館蔵)は「宝永第六霜月吉旦/中村富平謹書」の奥書をもち、宝永七年の刊行であるが、その 「第四古今書目」の条に「いかた船 五冊 うき世物語」とある。「古今書名ノ変改セル少ガラス。仮令太平記ノ題号、四度易レルノ類ナリ。今其ノ大概ヲ挙テ、我カ童子ノ輩ニ与テ、迷ナカラシメントス。上等二連ヌルモノハ、今名。下等ニ列ヌルモノハ古名ナリ。」と                                いう付言によれば「うき世物語」は[いかだ船]と改題されたものの如くである(注11)。伝本未詳の現在、この『うき世物語』を浅井了意の『浮世物語』と断定する事はできないが、一応ここに記して今後の調査に俟ちたいと思う。
 以上、各版について簡単に述べたが、少なくとも、十一行本は五度、十四行本は三度、その版元を変え、刷りを重ねた事が解った。現在までに調査し得た限りでは、まだ多くの疑問が残っているが、この作品の諸本は一応次の如く図示できるのではないかと思う
■『浮世物語』諸本系統図(試案)  【ここでは省略、原本参照】
■十一行本と十四行本の本文異同について【ここでは省略、原本参照】
  
『明心宝鑑』の諸本について
 『明心宝鑑』は明末から清初にかけて盛んに行なわれたという善書の中の一つである。
 「善書とは勧善の書という意味の語で、(中略)勧善懲悪のために
 民衆道徳及びそれに関連する事例、説話を説いた民間流通の通俗書
 のことである。」
 酒井忠夫氏は、その著『中国善書の研究』(昭和三十五年)でこのように述べておられ、さらに『明心宝鑑』の成立時期については、『明実録』万暦十五年(一五八七年)の条に、洪武帝の勅選書である『大誥』と共に本書が教化に用いられた事が記されている事から、明代にまとめられたものであろうと推測しておられる。
 本書は、上下二巻。七二七条の孔孟、老荘等、先賢の言を、継善・天理・順命・孝行・正己・安分・存心・戒性・勤学・訓子・省心・立教・治政・治家・安義・遵礼・存信・言語・交友・婦行の二十篇に分類して収録したものである。教化の書として、中国・朝鮮でかなり用いられたもののようであるが、L・G・クノート、白石晶子両氏の研究によると、本書はイスパニア語に二度も翻訳された事実がある(注12)。また日本にも、明の王衡の校訂になる『明心宝鑑正文』はじめ諸版が伝来したが、寛永八年に中野道伴は逸早くこれを覆刻している。                                
 中国善書と日本文化との関係については、酒井忠夫氏の研究があるが(注13)、仮名草子と深い関係がある事を主張されたのは、前田金五郎氏である。前田氏は、日本古典文学大系『仮名草子集』の解説で、「仮名草子、特に了意のそれの研究には、明刊本または朝鮮覆刻本
で、近世初期日本に流布していた書籍の調査がきわめて必要である」とされ、中国善書『明心宝鑑』『迪吉録』と『浮世物語』との深い関係は「広く仮名草子(特に教訓物)と善書類との関連研究の必要性を示すものとして注目に価いするであろう。」と述べておられる。そして、具体的な関連については、その頭注・補注で示された外、『国語国文』(昭和40年6月号)でも子細に分析しておられる。
さらに、小瀬甫庵の『明意宝鑑』『政要抄』、林道春の『童蒙抄』、野間三竹の『北渓含毫』等、近世初川の諸書に『明心宝鑑』からの引用がみられる事実を指摘された前田氏は、「学問・文化が一般化し、庶民の啓蒙教化に著しい進展が見られ」だ明代は、日本の江戸時代にきわめて類似しており、「実用実践を重んずる傾向と庶民的傾向とを特色とする明代文化の一結実が善書であるとするならば、その日本化が仮名草子の教訓物と言い得るであろう。」と両者の関係の深い事を説いておられる。
                                               『明心宝鑑』の諸本についても、すでに前田金五郎氏(注14)、およびL・G・クノート、白石晶子両氏の調査がある(注15)。その後、私の調査し得たものを加えて整理すると次の通りである。
一、明心宝鑑 ファン・コーボ使用の写本
  上智大学・キリシタン文庫(複製本) 
二、明心鑑正文 明版
  内閣文庫
三、明心宝鑑定本 明版
  尊経閣文庫
四、明心宝鑑 清版
  松平文庫
五、新校明心宝鑑正文 清版
  日比谷図書館・加賀文庫
六、新刻全本明心正文 清版か
  岡会図書館
七、明心宝鑑抄 朝鮮版
  京都大学図書館・谷村文庫 
  東洋文庫
  早稲田大学図書館
八、明心宝鑑正文 和刻本 寛永八年版
  お茶の水図書館・成簣堂文庫
  香川大学図書館・神原文庫
  関西大学図書館・泊園文庫
  京都大学図書館
  伊達文庫
  東北大学図書館・狩野文庫
  内閣文庫
  長澤規矩也氏
  前田金五郎氏
  松平文庫
  龍谷大学図書館
九、イスパニア語版
  Beng Sim Po Cam ファン・コーボ訳(一五九二年)
  上智大学・キリシタン文庫(複製本)
  Ming Sin Pao Kien フェルナンデス・デ・ナヴァレテ訳
             (一六七六年)
  東洋文庫
 さらに、前間恭作氏は『古鮮冊譜』で「明心宝鑑 華本翻印」として九本を列挙され、『奎章閣図書館韓国本総目録』には『明心宝鑑抄』二本の書誌が報告されている。これらの諸本については、右の前田、クノート、白石、三氏が詳しく述べておられるので省略したいと思う。
和刻本『明心宝鑑正文』の内、早印本と思われる長澤規矩也氏所蔵本を本影印の底本に使用したが、その書誌は次の通りである。
所蔵者 長澤規矩也氏・二四五二号
表紙  焦茶色表紙、縦275ミリ×横172ミリ、大本。
題簽  左肩に後補題簽、四周無界「明心宝鑑正文」と墨書、縦18
   2ミリ×横35ミリ。
匡郭  四周双辺、縦208ミリ×横153ミリ(巻上の1丁表)。
内題  目録の初め(巻上の1丁表)に「明心宝鑑正文目録」、各巻
   本文の初めに「新鍥京板正譌音釈提頭大字明心宝鑑正文上巻
   」「新鍥校正提章分類大字明心宝鑑正文巻之下」。
尾題  各巻末に「一巻畢」「明心下巻大尾」。
巻数  二巻(欠巻なし)。
冊数  一冊に合綴。
字数  一行21字。
行数  毎半葉10行。
丁数  巻上…26丁、巻下…28丁。
章段数  巻上…10篇332条、巻下…10篇395条(目次題に
   拠る)。
柱刻  「明心宝鑑正文 上巻 一 (~廿六)」「明心宝鑑正文 下々
   乙(~廿八)」。ただし、巻上の13・14・23・24、巻
   下の7・10・18・23・28の各丁は「明心宝鑑正文」が
   「明心正文」となっており、巻上の2~13・15~26、巻
   下の乙~4・8・11・13~28の各丁は「上巻」「下巻
   」が「上々」「下々」となっている。
刊記  本文の初め(巻上の1丁裏)に「太倉 緱山 王衡 校/書
   林 弼廷 陳氏 梓」とあり、巻下の28丁裏に「寛永辛未三
   月道伴刊行」とある。
蔵書印・識語  「放生図書之記」他二顆の朱印。前表紙見返しに「福
   島県岩代国信夫□□□/大字上□渡字山□/放生蔵書」、後表
   紙見返しに「日新/山県蔵/三省蔵本」の墨書。その他、本文
   内に朱点・朱引きあり。
 和刻本『明心宝鑑正文』は、明の王衡が校訂し、書肆・陳弼廷が刊行した明版『明心宝鑑正文』(上・下二巻、合一冊、内閣文庫蔵)
を覆刻したものである。明版より行間を広くして、振り仮名・送り仮名・返り点等を付加し、巻上の1丁表の挿絵を目録に変え、柱刻の内、書名の欠けている丁(巻上の1・2・5・6、巻下の1・23の各丁) は書名を加えるなど、厳密にはかぶせ版と言い得ないが、それに近いものである。本文は字形に多少の異同はあるが、かなり忠実に覆刻されている。巻下28丁裏の匡郭外に「寛永辛未三月道伴刊行」とあるので、この和刻本は寛永八年三月に「道伴」によって出版された事がわかる。「道伴」は中野市右衛門で、京都寺町通リ四条上ル、に住し、元和から寛文にかけて『四教儀集註』『周易伝義』『日蓮上人註画讃』『節用集』等を刊行した書肆である。
 寛永八年に覆刻された『明心宝鑑正文』は万治二年の書籍目録(写本)から正徳五年の『増益書籍目録大全』まで、その書名が見える。また、『俚言集覧』の著者・太田全斎は、寛政九年の序をもつ『諺苑』で本書を引用してもいる。近世全体を通じて用いられた事が解る。
【注】
注1 書籍目録については『江戸時代書林出版書籍目録集成』(慶応
  義塾大学附属研究所斯道文庫編)に拠った。
注2 浅井了意に関する参考文献については、日本古典鑑賞講座『御
  伽草子・仮名草子』所収、水田紀久氏編「仮名草子文献目録」、
  および『改訂増補 浅井了意』所収、若木太一氏編「浅井了意関
  係研究文献目録」を参照願いたい。
注3 初版・十一行本の内題は部分的に埋木されていると思われると
  ころがある。もしそうであるとすれば、この作品の最初の書名は
  何であったか。という重大な問題になる。この事に関しては、長
  澤規矩也氏、中村幸彦氏の有益な御教示を賜った。柱刻その他と
  の関連をも合わせて、今後さらに考察を深めたいと思っている。
注4 『国語国文研究』第24号(昭和38年2月)。
注5 当時の書肆については、井上和雄氏編・坂本宗子氏増訂『増訂
  版慶長以来書賈集覧』に拠った。
注6 風月堂庄左衛門、沢田氏、寛永―現代、京都二条通り衣棚東南
  角、に住す。『孔子家語』『新蒙求』『名臣言行録外集』等を刊行。
注7 堺屋仁兵衛、辻本氏、尚書堂、宝暦―明治、京都三条通り柳馬
  場東角、に住す。
注8 北条秀雄氏『浅井了意』、野田寿雄氏『国語国文研究』第24号。
注9 丹波屋理兵衛、元文―明和。田原屋平兵衛、元禄―享和。
注10 吉文字屋市兵衛、鳥飼氏、定栄堂、元禄―文政。吉文字屋源十郎、宝暦―享和。吉文字屋治郎兵衛、春秋堂、貞享―文化。
注11 この改題本『いかだ船』については、すでに横山重氏(同氏
  所蔵十四行松会版の識語)、前田金五郎氏(日本古典文学大系『仮
  名草子集』)も指摘しておられる。
注12 『近世アジア教育史研究』(昭和四十一年)所収「明心宝鑑―
  明心宝鑑の流通とイスパニア訳の問題―」
注13 前掲『中国善書の研究』ならびに『近世アジア教育史研究』
  所収「善書―近世日本文化に及ぼせる中国善書の影響並びに流通
  ―」
注14 『国語国文』昭和40年6月号。
注15 注12に同じ。

【付記】
      
 横山重先生、長澤規矩也先生は、貴重な御所蔵本を底本として使用する事を許可され、長期間に亙ってその借覧を許された上、多くの御教示を賜わりました。
 前田金五郎先生は、この解題担当の機会を与えて下さったのみならず、全面的に御指導下さいました。この調査は、前田先生の御調査を基礎にして、わずかの事を明らかにしたに過ぎません。
 諸本の閲覧に際しましては、金子和正、佐竹昭広、下房俊一、中田祝夫、中村幸彦、吉田幸一の諸先生に格別の御高配と有益な御教示を賜わり、赤木文庫、京都大学図書館、国会図書館、天理図書館、東京教育大学図書館、東京大学図書館、日比谷図書館、内閣文庫の御世話になりました。
 また、仮名草子の諸本調査を精力的に進めておられる、二松学舎大学の小川武彦氏には陰に陽に、多大の御世話になりました。
 以上の皆様方に心から御礼申し上げます。
 なお『浮世物語』の諸本については、疑問の点が少なからず残されておりますが、今後さらに調査を重ね、考察を深めてゆきたいと思います。
                   昭和四十七年五月十五日

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

●本書は、横山重先生、前田金五郎先生が企画された、「近世文学資料類従 仮名草子編」の1冊である。この叢書は、主として、横山先生の「赤木文庫」の所蔵本を使用して刊行された。その中でも、天下一本とも言うべき『浮世はなし』を、私に担当させて下さった。横山先生、前田先生の御厚情に応えたいと、全力で調査・考察した。
●単に『浮世はなし』の解説ではなく、浅井了意の代表作『浮世物語』の諸本の全貌の解明を目指した。この作品の版本は、従来、京都版、江戸版と分類されてきた。私は、この分類は、書誌学上から考え適当ではないと判断して、①11行本、②14行本、③その他、と分類すべきだと新しい分類を提出した。
●私の、仮名草子研究を振り返ると、この本の解説を担当させて頂いたことに、大きな影響を受けた。改めて、横山先生、前田先生の御高配に感謝申上げる。
                   平成28年11月8日

『浮世ばなし 付 明心宝鑑』 グーグル ブックス

『浮世ばなし 付 明心宝鑑』  グーグル ブックス
浅井了意、近世文学書誌研究会
勉誠社、1972、320ページ

多く使われている語句

昭和 大正 発行 きき ノハ 印刷 可笑記 近世文学 研究 十日 浅井了意 草子編 浮世ばなし卷 宝鑑 一 明治

書誌情報

書籍名  浮世ばなし、付 明心宝鑑
     近世文学資料類従、仮名草子編、第12巻
著者   浅井了意、近世文学書誌研究会
出版社  勉誠社 1972
書籍の提供元   ウィスコンシン大学-マディソン
デジタル化された日   2011年6月8日
ページ数   320ページ

『仮名草子研究文献目録』 グーグル ブックス

仮名草子研究文献目録  グーグル ブックス
深沢秋男、菊池真一
和泉書院、2004-304ページ

明治期から平成十四年までの仮名草子研究情報を集大成。「仮名草子作品」「仮名草子関係研究書」「仮名草子関係論文等」の三部から成る。第一部は、仮名草子作品約三百六十点の複製影印・活字翻刻などの情報。第二部は、仮名草子関係の研究書約七百点に関する情報。第三部は、学術雑誌などに掲載された論文約千八百点の情報。第二部では、それぞれの研究書の目次を掲出し、内容を把握できるようにしているのが特色。巻末には、人名索引・書名索引を付す。

書誌情報

書名   仮名草子研究文献目録
著者   深沢秋男、菊池真一
編集者  深沢秋男、菊池真一
出版社  和泉書院、2004
書籍の提供元  バージニア大学
デジタル化された日  2007年10月19日
ページ数  304ページ

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『仮名草子研究文献目録』

A5判、300頁、2004年12月15日、和泉書院発行、定価3800円。菊池真一氏と共編。

目 次
第1部 仮名草子作品
第2部 仮名草子関係研究書(目次併載)
第3部 仮名草子関係論文等(雑誌・紀要・その他)
人名索引
書名索引

●私は学部の卒論の時、仮名草子関係の先行研究の文献調査に、かなりの時間を消費し、これは非生産的だと痛感し、仮名草子研究文献目録の作成を思い立った。最初のものは『近世初期文芸』第3号(昭和48年)に出した。この時は、小川武彦氏に協力してもらった。以後、同誌の第4号、第6号で増補し、その後、菊池真一氏編の『恨の介・薄雪物語』(1994年4月30日、和泉書院発行)に掲載して頂いた。それと前後して、菊池氏の協力を得て、ホームページ「近世初期文芸研究会」の中に「仮名草子研究文献目録」の項を設けて、逐次追加している。これは現在も実行中である。このような経過の中で、菊池氏と協力して、明治初年から平成14年(2002年)の文献を収録したものである。

『仮名草子研究叢書』単行本 解説

『仮名草子研究叢書』単行本 解説

       
深沢秋男

1、 はじめに

 仮名草子の研究は近代から始まった、という暗黙の了解があるように思われる。確かに『万葉集』や『古事記』や『源氏物語』等の如く、近世の人々は、同時代の著作の故か、仮名草子を確たるジャンルとも意識せず、これを分析したり、解明する対象とはしてこなかったようである。
 しかし、同時代においても、浅井了意の『可笑記評判』などは『可笑記』の出典を少なからず指摘しているし、近世後期の考証随筆類には、少なからず、考証の拠所に仮名草子作品を利用している。『瓦礫雑考』・『還魂紙料』・『嬉遊笑覧』・『近世女風俗考』・『骨董集』・『書檜贅筆』・『用捨箱』・『擁書漫筆』・『柳亭記』・『柳亭筆記』・『歴世女装考』などは、その一例に過ぎないが、これらから研究上のヒントを得ることもある。このように考えると、近世の様々な著作も、仮名草子研究に寄与している点があり、これらは尊重されるべきものと思う。

2、 近代の仮名草子研究

 近代の仮名草子研究の全貌については、『仮名草子研究文献目録』(深沢・菊池共編、2004年12月、和泉書院)によって知る事ができる。この目録では、仮名草子作品も全て収録しているが、現在、仮名草子作品の範囲が確定している訳ではない。この点に関しては、広義に解釈する説と、小説的な作品に限定するという狭義の説があり、今後検討しなければならない、大きな課題である。
 私が仮名草子研究を始めた、昭和30年代は、180点弱の作品が仮名草子として扱われていた。しかし、現在『仮名草子研究文献目録』の「第一部 仮名草子作品」に掲げられる作品は、ざっと数えても380点に達する。これは、なにも数の多いのを誇っているのではない。明治以後の研究の結果がこのようになった訳である。
 仮名草子の対象を、狭義の説に従って処理した場合、近世初期の大啓蒙期に、続々と書かれた著作の大部分が削除され、仮名草子作品の数が減少するだけでなく、結果的には、この時代の文化的潮流の全貌が把握できない事となる。
 近代の仮名草子研究の道を拓いた水谷不倒氏は、「仮名草子」を次の如く定義された。

  「仮名草子の名称
 寛文時代に行はれたる草子類は、学識ある人々が一般の知識を啓発せんとの目的にて、漢書、経文、さては古文等の案を翻し、または其の侭、仮名の読み易き文章に更めて紹介したるにあり。これを通例かな草子と呼べり、蓋しいかなる草子も、仮名文にて綴られざるはなきに、ひとり此の時代の草子のみに此の名目を附するはやゝ穏かならざるに似たれど、古文は仮名文なれども、ことば雅にして一般に読ましむる目的にあらず。又元禄以降は、草子類も段々六ケ敷真字を交ふることとなり、其れに傍訓を施して、婦女子にも読み易からしめたれども、寛文ごろの草子は、日常用ふる最も容易き文字の外は、成べく真字を避けて仮名を使用し、其の目的全く文学の普及にあれば、特に此の時代の草子をかくは名づけしなり。」(『近世 列伝躰小説史』)

 水谷氏は、この定義のもとに、以下、如儡子の『可笑記』『百八町記』、鈴木正三の『盲安杖』『麓草分』『因果物語』『破吉利支丹』『二人比丘尼』『念仏草紙』『万民徳用』、山岡元隣の『誰が身の上』『小卮』、浅井了意の『孝行物語』『堪忍記』『本朝女鑑』『大和二十四孝』『新語園』『可笑記評判』『浮世物語』などを取り上げて論じておられる。
 仮名草子の研究は、以後、この水谷氏の定義に従って、明治・大正・昭和・平成と続けられてきたが、この「仮名草子」は、文学のジャンルから見るならば、複合ジャンルの如き性質を持っている。そこから、様々な分類がなされたり、この定義への批判も出されてきている。
 仮名草子の範囲を考える場合、様々な条件が浮かび上がる。御伽草子(上限)や浮世草子(下限)との関係、遊女評判記・役者評判記との関係、軍書・軍学書との関係、名所記・地誌・紀行との関係、教訓書・女性教訓書との関係、仮名仏書・仮名儒書との関係、古典等の注評釈書との関係、翻訳物・翻案物との関係等々が、一応考えられる。また、実利・実用的な要素と文芸的要素の関連も、啓蒙期の文芸を取り扱う場合には特に留意しなければならないと思う。
 しかし、現時点で、仮名草子を分解するという説は、時期尚早であると考える。前述の如く、近世初期は、長い戦乱の後に訪れた、大啓蒙期にあり、百科全書家が時代をリードし、新しい文化の生成に努めた時期であったのである。文化は混沌とし、未分化であった。この時代思潮は慎重に扱う必要がある。
 また、仮名草子と目される、各作品の研究も十分行われているとは思われない。いずれかと言えば、代表的な作品に集中している傾向がある。現在では、なお、水谷不倒氏が「仮名草子」と命名した路線に従って、全作品の調査・分析を行い、全体像を明らかにする事が重要であると思う。その後に分解しても、決して遅くはない。当分の間は、仮名草子を広義に解釈して研究を進めたいと思うのは、このような、現在の研究段階を考慮してのことである。
 明治以降の仮名草子研究を概観してみると、必ずしも活発であったとは言えない。明治39年から昭和30年頃の約50年間に発表された論文はおよそ150点、単純計算しても年間3点の論文しか書かれていない。
 ところが、昭和31年から40年の10年間には182点の論文が発表されている。これには、昭和35年・37年刊の、野田寿雄氏校注の日本古典全書(朝日新聞社)『仮名草子集(上・下)』2冊が大きく影響しているものと思われる。昭和37年に卒論を提出し、最初の論文を39年に発表している私は、まさにこの時期にあった。今、振り返ってみても、この野田氏の仮名草子作品への最初の校注は、我々若い研究者にとって、大きな励みとなった。
 近代に入り、仮名草子研究の道を拓かれたのは、『近世 列伝躰小説史』(明治30年)、『仮名草子』(大正8年)、『新撰列伝体小説史 前編』(昭和4年)などの労作を残された水谷不倒氏であり、戦後の低調な研究を軌道に乗せられたのは、昭和22年「仮名草子の世界」(『国語と国文学』7月)を発表し、仮名草子作品に初めて校注を施された野田寿雄氏であったと言ってよいだろう。
 仮名草子作品の本文研究では、昭和47年から刊行開始した『近世文学資料類従』が画期的なものであった。これは、前田金五郎氏・横山重氏の企画で勉誠社から出されたが、仮名草子編全39冊、古板地誌編全21冊、その後刊行された遊女評判記集をも含めると、実に80余作品を収録している。この出版が、以後の仮名草子研究に与えた恩恵は大きなものであった。
 次に注目されるのは、朝倉治彦氏の『仮名草子集成』(東京堂出版)であろう。昭和55年に第一巻を刊行し、平成17年までに38巻を出版している。仮名草子作品を網羅的に翻刻して収録するという、遠大な計画のもとにスタートして、ほぼ五十音順に刊行している。38巻には『女訓抄』が収録されたが、この出版計画の完結が望まれる。
 仮名草子の本文の研究に限ってみると、以上の二つの叢書が注目されるが、その他にも、翻刻・校注・現代語訳など、諸先学の地道な研鑽が続けられてきた。これらに関しては、仮名草子全体の課題や研究の状況と共に、かつて、少し詳細に述べた事がある。「仮名草子研究の現状」(『文学研究』59号、昭和56年9月)、「仮名草子の範囲と分類」(早稲田大学蔵資料影印叢書『仮名草子集』月報43、平成6年9月)、「仮名草子」(『日本古典籍書誌学辞典』1999年3月)等を参照して頂けるなら幸いである。

3、 採録の単行本

 既に述べたように、明治以降の仮名草子の研究は、必ずしも活発ではなかった。殊に、仮名草子研究として単行本で出版される事は稀であり、多くは、日本文学史、近世文学史の中の一部分として言及・論及される事が多い。また、この度の叢書に採録するにあたっても、様々な問題があり、何回か改めて、この書目が決定した。その点、編者としては不本意な点も無い訳ではないが、結果的にこれだけの、先学の労作を収録 できた事に、一応満足している。                                                  
 『単行本記述集成(一)』には、明治30年5月発行の水谷不倒氏の『近世 列伝躰小説史にをまず収録した。奥付の著者には、坪内逍遥も列記されているが、水谷氏の執筆したものを坪内に校閲してもらったものである。水谷氏には、『東京専門学校 文学科第一回二年級 講義録 参考科目』があり、その中の「徳川小説史要」は「凡例/序論/第一期 万治寛文/仮名草子/其一 教訓体/其二 仏教趣味の諸作/其三 心学もの/其四 翻訳」等の内容を収めている。これをもとにして執筆公刊したのが『近世 列伝躰小説史』であろうと思われる。文字通り、本書が仮名草子研究の出発点になったと言ってよいだろう。
 明治39年に、朝倉無声の『新修日本小説年表』。があるが、昭和4年に、これを底本にして、山崎麓が編纂したのが『日本小説書目年表』である。さらに、昭和52年には、書誌研究会が、頭注の形式で増補修正を加えた『改訂日本小説書目年表』を刊行した。現在では、この年表が最も信頼できるものと思われるので、これを『単行本記述集成(三)』に収録する事にした。
 津田左右吉氏の『文学に現はれたる我が国民思想の研究』は仮名草子の研究書ではないが、この時期の文学を広く読み、その時代思潮を的確に述べているという点で、実に有益な著書と思われるので収録する事にした。その意味では、和辻哲郎氏の『日本倫理思想史』なども参照すべきであると思われる。どの時代も同じであるが、特に仮名草子のこの近世初期は、単に文学そのものだけでなく、歴史・思想・出版関係の著作も参照して、合わせ研究してゆく必要がある。そのような意味で、易しい文章でありながら、豊かな内容を持つ津田氏の著作を収録した。
 『単行本記述集成』の各巻についての、個別的な説明は必要ないと思われるが、編者としては、最初、水谷不倒氏と野田寿雄氏に関しては、別に一括して、水谷氏では、『近世 列伝躰小説史』、『仮名草子』、『新撰列伝体小説史 前編』を収録し、野田氏では、『近世小説史論考』、『近世文学の背景』、『近世初期小説論』、『日本近世小説史 仮名草子篇』を収録したいと希望していた。また、北条秀雄氏の『浅井了意』も収録したい名著であった。この著書については、その後、昭和47年に改訂版が出ている。これらの原案に関しては、様々な条件が関連して、今回は収録する事が出来なかった。さらに、ごく一部であるが、著作権の関係で採録出来ないものもあった。以上の点に関しては、別の機会があれば考慮したいと思う。

 『仮名草子研究叢書』を編纂するにあたって、著作権所有者をはじめ、多くの方々の御理解と御高配を賜った。ここに記して深甚の謝意を表します。
 この叢書編纂の話は、一昨年の暮に朝倉治彦氏から依頼された。私も前々から考えていた事であったので、喜んでお引き受けした。ただ、文献を改めて調査したり、選択する作業は、意外に労力の必要な仕事であるため、『仮名草子研究文献目録』の共編者、菊池真一氏に御協力をお願いした。雑誌関係は菊池氏、単行本関係は深沢と、一応分担したが、多くは菊池氏の御高配に負う結果となった。このような機会を与えて下さった朝倉氏の御厚情と共に、菊池氏の御協力に対して、心から御礼申上げます。

『仮名草子研究叢書』全8巻、深沢秋男・菊池真一 編、2006年2月25日、クレス出版発行  

『仮名草子研究叢書』 グーグル ブックス

仮名草子研究叢書  グーグル ブックス
深沢秋男、菊池真一
クレス出版、2006

多く使われている語句

あら いそ いふ うち ける けれ ざい ざる ざれ たる ども なき なし なら なり なるべし なれ にし のみ はち べき ペレ また やう られ らん 伊勢物語 可笑記 寛永 寛文 季吟 戯作 慶安 作者 山岡元隣 思ひ 事實 女房 小さかづき 上杉氏 身の上 世に 世間 正三 著述 徒然草 東海道名所記 如き 如儡子 俳諧師 浮世 浮世物語 物語 文學 名所記 鈴木正三 假名草子 學者 當時

書誌情報

書籍名   仮名草子研究叢書、第3巻
著者    深沢秋男、菊池真一
版     再版
出版社    クレス出版、2006
書籍の提供元   ミシガン大学
デジタル化された日   2007年8月14日
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●この叢書で、多く使われている語句の中で、可笑記、如儡子、浮世物語、徒然草、東海道名所記、など、やや、私好みのものである。それと、この叢書も再版されていた。

『仮名草子集成』 14 グーグル ブックス

『仮名草子集成』 14
2018.02.06 Tuesday

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仮名草子集成 14 グーグル ブックス
朝倉治彦・深沢秋男
東京堂出版、1993

多く使われている語句
ある され なん 可笑記 あら あり いけん いた いま うけ うち えら ォ 卷 おとこ おとろ かく かけ かな かならず きま くる くわい けり けるけれ こそ こつじき ごとく ころ さか さる しか しかる しく しけれ しん すりきり せん たく たつ たと たり たる つか つく つて つま とい といふ とき とく とし とも なき なさけ ナシ など なら ならす なり なる なれ にし ぬれ はなし べし 其 へん まし むかし むく むなしく めし やう よきよく よし より られ 一人 孝行 洪武 思ひ 思ふ 主君 出羽 出頭 正保 畜生 天明 年版 父母 奉公 凡夫

書誌情報
書籍名  仮名草子集成  14
       仮名草子集成 第14巻、朝倉治彦
著者    朝倉治彦・深沢秋男
出版者   東京堂出版、1993