『仮名草子集成』と私

『仮名草子集成』第10巻

1989年9月30日 東京堂出版発行

編者略歴

〔朝倉治彦〕 大正十三年東京に生ま
れる。昭和二十三年国学院大学国文
科卒。二十五年同大学特別研究科修。
現在四日市大学教授兼図書館長、国
学院大学・成城大学講師。編著書に
『竹斎』『小盃』『順礼物語』『長者
教』『仮名草子集』(以上古典文庫)
『未刊仮名草子集と研究』一・二(未
刊国文資料)『東海道名所記』(平凡
社)『守貞謾稿』『図書館屋の書物捜
索』(東京堂出版)など。

〔深沢秋男〕 昭和十年山梨に生まれ
る。昭和三十七年法政大学日本文学
科卒。現在昭和女子大学短期大学部
国文科助教授。編著書に『可笑記大
成』(共編著、笠間書院)『可笑記評
判』(近世初期文芸研究会)『浮世物
語』『井関隆子日記』『桜山本春雨物
語』(以上勉誠社)など。

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【追 記】

平成元年(1989)、朝倉治彦先生は、『仮名草子集成』の編者に、私を加えて下さった。これは、私の仮名草子研究において、大きな軌道修正であった。昭和47年(1972)横山重先生、前田金五郎先生企画の、『近世文学資料類従』に参加させて頂き、私の研究の軌道は修正されたが、さらに、朝倉先生によって大きく修正されたのである。横山、前田、朝倉の三先生の御厚情に対して、改めて感謝申上げる。

この『女仁義物語』の諸本調査は、朝倉治彦先生の『仮名草子集成』第10巻に編者として加えて頂いた時に行ったものである。当時、仮名草子の諸本調査の方法について、確たる基準が決められていた訳でもなく、研究者各自が、先学のスタイルを参照していた。『仮名草子集成』の書誌解題は、朝倉先生の方法で記述されており、これは、私の方法とは異なっていた。朝倉先生と相談して、『仮名草子集成』は、これまで通り、朝倉先生の方法で記述し、私は別に、雑誌等に発表するということにした。従って、『仮名草子集成』の解題は、私の調査結果を基に、朝倉先生が記述したものである。
私は、仮名草子等の諸本調査を行う場合、原則として、1つの作品に限定して調査した。2点、3点の作品を同時に調査することはしなかった。その原本の特徴を把握して、諸本間の関係を解明するには、その方が正確な結果が得られるものと考えたのである。効率よりも正確を考えたのである。
このような、諸本調査は、文学研究において、基礎的な作業であり、テキストの優劣を判定する重要な仕事である。これは、机の上での作業ではなく、原本所蔵の図書館等に出向いて、原物を直接調べる作業である。それだけに、多大な時間と経費がかかる。だからこそ、1つの作品に対して、何回も何回も同じ作業を繰り返す無駄は省きたい。そのように考えたのである。

朝倉先生の企画された『仮名草子集成』は、現在、第57巻が進行中である。先生の遺志を継承した、若い研究者によって、その完結を目指している。

平成29年1月23日
深沢秋男

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【追記 2】
私は、老齢となった。この叢書の編者を辞することにして、関係者に伝えた。以後は、若い研究者が完結に向けて努めて下さるものと思う。仮名草子研究者としての務めを果すことが出来て幸せである。

平成29年7月28日
深沢秋男

■『仮名草子集成』第57巻

板元か版元か

●昨日、外国の若い研究者から電話があった。近世版本の書誌を表記する時、「板元」とすべきか、「版元」とすべきか、という質問である。

●最近、多くの方々は「板元」と書いているようであるが、私は「版元」と表記しています、と答えておいた。江戸時代は、山桜などの板を板木に使用していたので、「板元」と書く傾向が強いようである。

版元 はんもと〈出版〉
板元・板本とも書く。版本の出版者。特に個々の版本
について出版の権利を持つ本屋をいう。版元という意
識は、書物の著編者・読者に対する存在であり、互い
に利害関係をもつ間より生れたものであろう。……
〔以下省略〕
【『日本古典籍書誌学辞典』1999年、岩波書店、長谷川強氏執筆】

●参考までに、私の書誌的調査の方法を紹介する。

〔1〕 所蔵者=所蔵の図書館名・文庫名・個人名等を記し、整理番号・記号、
請求番号・記号等を記す。また、この項に、閲覧・調査した年月日を明記
した。
〔2〕 体 裁=大本・半紙本・中本・横本等、巻、冊、袋綴等。
〔3〕 表 紙=寸法、色、模様、空押模様、原表紙・後補表紙等。寸法は全
てミリを単位とする。原則として、縦はノド、横は天で測った。表紙の色
は、色見本帳を参照した。表紙の空押模様などには、卍つなぎ・毘沙門格
子・唐草模様など様々なものがあるが、調査を始めた頃は、経験不足のた
め、不明のものもあり、ノートには記録したが、発表段階で「空押模様」と
略記した場合もある。
〔4〕 題 簽=寸法、左肩・左上・中央上部等の位置、子持枠・双辺・単辺・
無界等の枠の種類、原題簽・後補題簽・書題簽、題簽題。
〔5〕 序題・内題・目録題・尾題。
〔6〕 匡 郭=四周単辺・無界(匡郭無し)、寸法(計測の位置は、序・目
録・本文の1丁目とし、縦は1行目と2行目の間、横は1字目と2字目の
間で、匡郭の外側から外側までを測る。
〔7〕 柱 刻(版心)=黒口・白口・線黒口・大黒口・細黒口、魚尾・花
紋等、丁付、飛丁・又丁等。
〔8〕 丁 数=巻一…O丁(内、序1丁、目録1丁)、巻五…0丁(内、跋、
2丁)、合計…O丁。飛丁・又丁。
〔9〕 行 数=序、毎半葉O行、本文、毎半葉0行。
〔10〕 字 数=序一行約0字、本文一行約O字。5丁~10丁を数えて平
均を出す。
〔11〕 章段数=巻一…0段、巻一…0話など。
〔12〕 本 文=漢字交り平仮名・漢字交り片仮名・振り仮名・濁点・句読
点(「、」「。」「.」「混在」「無し」など)。
〔13〕 挿 絵=O丁表、O丁裏、0丁裏・O丁表見開き、合計O図、内、
開きO丁。
〔14〕 奥書、序・跋=0巻0丁裏、本文に続けて「……」
〔15〕 刊 記=0巻0丁裏、奥書に続けて「……」
〔16〕 蔵書印・書入れ=陽刻方形朱印・陰刻・縦長方形・円形・スタンプ・
ラベル・朱筆・墨筆……。
〔17〕 その他=落丁・乱丁・破損・磨損・補修(裏打ち)。
〔18〕 他の諸本との関連=刊行の先後・刷の先後・覆刻・求版……。

私の仮名草子作品等の諸本調査は、学生時代から始まっている。従って経験不足の状態で調査したものもあり、今、振り返ってみると、精粗の差もあり、調査基準にも変更がある。先学の御指導によって、多くの事を学んだが、反省点も少なくは無い。思いつくままに、留意点を列挙してみる。
●版か板か  寛永十九年版・山本五兵衛版・かぶせ版など使用されるが、原本では「版」「板」などが使用されている。古活字版・整版・木活字版などがあるので、私は「版」で統一している。「板」を使っている人もあるが、古活字・木活字・銅活字・整版等の事を考慮すると、「版」で統一した方が良いのではないかと考えた。
●法の単位 センチ・糎・ミリ  一般に、糎・センチと表記しているが、私は最初からミリを採用している。五センチ五ミリを「五・五センチ」と表記するよりも「五五ミリ」と表記する方が「・」が不要で便利であるし、「五五・五ミリ」とミリの下の位の表記も簡単である。
●匡郭の寸法は内法か外法か・計測の位置  一般に、匡郭の内法(内側から内側)で測ることも多いが、私は調査開始当時から、外側から外側で測って統一している。版木の磨滅を理由に内法で測るようであるが、内法で計測した場合は、版面全てが記録できない。また、計測位置は、縦は1行目と2行目の間、横は1字目と2字目の間を原則とした。計測位置を決めないと、かぶせ版などの寸法比較の判断が出来ない。
●本文用紙の種類  本文用紙が、楮紙・麻紙……は、同じ版の刷の先後や版元を判断する上で非常に参考になる。紙を漉いた時のすだれの糸の間隔などに注意した事もあった。しかし、私は調査し始めた頃に用紙に関して注意していなかった関係で、これについては、ノートのメモに留め、書誌には記さなかった。反省点のひとつである。

●表紙などの色
●表紙の空押し模様
●刷の先後の判定
●かぶせ版

●調査年月日  調査年月日は必ず記録する。再度調査した場合は再調査年月日、何度も調査した場合、最終調査年月日を明記した。諸本調査の場合、調査年月日を明記しておくことで、以後焼失・破損などの対応に便利である。殊に個人所蔵などの場合は、以後に売却したり、大学図書館などに移管されることもあるので、記録しておけば参考になる。
●物差  竹・ステンレス・布メジャー。「㎝」と刻印のあるもの。
●複写台・カメラ  ニコン複写台。カメラは、ニコンF・ニコンF801・ニコンF5・ニコンF6・ニコンD100・ニコンD300。レンズは、マイクロニッコール55ミリ・AFマイクロニッコール60ミリ・AF‐Sニッコール24‐85ミリ他。

以上、気づいた点を記してみたが、問題点は少なくない。国文学研究資料館の調査方法、調査結果の記録も拝見しているが、いずれ、世界的に統一した基準を作って調査すべきだと思う。

歴史と改元

●昨日、書店で、『歴代天皇と元号秘史』別冊宝島、をみた。商品説明には、次の如く出ている。
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今生天皇の生前退位に関連して、2019年1月から新元号になることが話題になっています。
近代の明治天皇からは「一世一元制」ですが、過去にはひとりの天皇が2つ以上の元号で治世をしていたことも珍しくはありません。この元号は誰がどう決めているのか、なぜ改元するのか、歴代の天皇と元号の歴史をひもとけば、日本の本当の姿が浮かび上がってきます。「光文事件」など元号をめぐるドラマも紹介します。
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●私達が、過去の歴史をひもといて見る時、この〔改元〕は、様々なヒントを与えてくれる。私は、かつて、寛永末年(1643)から寛文初年(1661)の時代を探るために、この〔改元〕に着目したことがあった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。慶長=18年9箇月、元和=8年7箇月、寛永=20年10箇月、正保=3年2箇月、慶安=4年7箇月、承応=2年6箇月、明暦=3年3箇月、万治=2年9箇月、寛文=12年4箇月、延宝=8年

前に20年10箇月の寛永を、後に12年4箇月の寛文をもつこの時期は、通算して16年3箇月に過ぎないが、この間に正保・慶安・承応・明暦・万治と5度も改元されている。
改元は吉事または凶事が発生した場合に行なわれるのが通例のようであるが、この期の改元理由をみると、

正保 後光明天皇の即位により、三帝一号の先例が無いために改元。
慶安 『日本歴史大辞典』は理由未詳としているが、林道春の子・
春斎が延宝元年に記した『改元物語』には「……正保五年亦京童部
ノ癖ナレバ正保焼亡卜声ノ響似タリ、保ノ宇ヲ分レバ人口木トヨム
ベシ、又正保元年卜連書スレバ正ニ保元ノ年トヨム、大乱ノ兆也卜
放言ス。又少シ書籍ヲモ見ケル者ハ、正ノ字ハ一ニテ止ムト読、久
シカルマジキ兆也トイヘリ。カヤウノ雑説マチマチナルニヨリ京兆
尹板倉周防守重宗内々ニテ言上シケルニヤ慶安卜改メラル。」とあ
る。
承応 これも理由が詳かでないというが、『改元物語』には次の如
くある。「……其四年二ニ当リケル四月二十日、大猷公薨ジタマフ。
同八月十八日、今ノ大君征夷大将軍ニ任ジタマフ。此ニ由テ明年
ノ秋改元承応卜号ス。」
明暦 後光明天皇が没し、後西天皇が即位した事に依って改元。
万治。江戸大火に依って改元。
寛文 京都大火に依って改元。

という事になるが、正保を除くといずれも凶事によって改元され
ており、これはこの期の社会状態をそのまま反映したものという事
ができる。この間の主な出来事を列挙してみると次の如くである。

寛永19年 △寛永の飢饉頂点に達する。△人身売買を禁ずる。
寛永20年 △田畑の永代売買を禁ずる。
正保2年 △江戸吉原全焼する。
慶安2年 △慶安御触書を公布する。
慶安4年 △三代将軍家光没する。△松平定政、意見書を幕府に出
し封を没収される。△慶安の変。△十歳の家綱。四代将軍とな
る。△牢人の抱え置きを禁ずる。
承応元年 △承応の変。△若衆歌舞伎を禁ずる。△かぶき者を追捕
する。
承応2年 △佐倉騒動。
承応3年 △後光明天皇没する。
明暦元年 △かぶき者を追捕する。
明暦2年 △江戸大火、48町焼失。
明暦3年 △江戸、明暦の大火、死者10万人。
万治元年 △江戸大火。
万治3年 △江戸大火。2350戸焼失。△堀田正信、時政批判書を
幕府に出し改易となる。
寛文元年 △京都大火。

要するに、大名の改易・転封による牢人の激増、参勤交代・築城
などによる諸藩財政の逼迫、農政の転換等々の問題を前代から引き
継いだこの時期は、それだけでも既に多難であった。それに寛永の
大飢饉、幼少の家綱を残しての家光の死、相続く大火などが加わっ
たのである。社会が揺れ動く条件はそろっていた、という事ができ
ると思う。
このように激動する社会の中で、その思想の中心的立場にあった
儒学の流れをみる事は、当時の知識人の動向を知る上で参考とな
る。
周知の如く、日本近世初期の儒学は、藤原惺窩等によって究めら
れた朱子学であった。そして、惺窩に学んだ林羅山が、慶長12年
に将軍家の侍講となって以来、朱子学は徳川幕府の官学としてその
隆盛を極めたのである。しかし、この林羅山が73歳で没した明暦
3年(1657)は、この儒学界に新しい動きが芽ばえはじめた時
期でもあった。
中江藤樹・熊沢蕃山の陽明学や、山鹿素行・伊藤仁斎の古学など
がそれである。

寛永19年 熊沢蕃山、中江藤樹に師事する。
正保元年 中江藤樹、37歳で『陽明全書』を読み、朱子学より陽明
学へ転向する。
正保2年 熊沢蕃山、池田光政に再び仕える。
慶安元年 中江藤樹、41歳で没する。
慶安3年 中江藤樹の『翁問答』刊行。
承応元年 山鹿素行、浅野長直に仕える。
明暦2年 山鹿素行の『武教要録』『修教要録』『治教要録』成る。
明暦3年 林羅山、75歳で没する。
寛文2年 伊藤仁斎、古義堂を開く。
寛文5年 山鹿素行の『武教小学』『聖教要録』『山鹿語録』成る。
寛文6年 山鹿素行、『聖教要録』の事により赤穂へ預けられる。
そして『可笑記評判』刊行の万治3年に、熊沢蕃山は41歳、
山鹿素行は38歳、伊藤仁斎は33歳であった。この時の浅井
了意の年齢を北条秀雄氏の推定(「浅井了意」)によって逆算する
と、40歳から50歳という事になる。了意と同時代の知識人が、
この時点でこのような動きを示しはじめていたという、この事実は
注意すべき事と思われる。このような思想の対立・論争は仏教各派
においてもなされており、さらに儒仏の論争も活発に行なわれてい
たのがこの時代であったと言える。
【「『可笑記評判』とその時代――批評書の出版をめぐって――」
(『文学研究』第33号、昭和46年7月)】
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如儡子・斎藤親盛の『百八町記』が成立したのは、明暦元年(1655)
であり、刊行されたのは、寛文4年(1664)だった。まさに、このよう
な時代背景の中で著作されたのである。

■『歴代天皇と元号秘史』 別冊宝島

コトバンク 仮名草子

コトバンク 仮名草子


仮名草子 かなぞうし
①ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

仮名草子 かなぞうし
江戸幕府開府の慶長8 (1603) 年頃から,『好色一代男』刊行の天和2 (82) 年までの仮名書きの小説類の総称。時代を反映して,啓蒙教訓的作品が多い。印刷技術の発達を背景に発生した。『うらみのすけ』『薄雪物語』などの恋愛物,『仁勢物語 (にせものがたり) 』『尤草紙 (もっとものそうし) 』のように『伊勢物語』や『枕草子』をもじった擬古物,『竹斎』『東海道名所記』などの名所記物,『醒睡笑 (せいすいしょう) 』『私可多咄 (しかたばなし) 』などの咄物,『清水物語 (きよみずものがたり) 』『二人比丘尼 (びくに) 』などの儒仏説教物,『女訓抄』『本朝女鑑』などの女訓物があり,『可笑記』や『浮世物語』は,教訓,批判を日常生活の断片に織り交ぜた注目すべき作。作者には浅井了意,安楽庵策伝,鈴木正三,如儡子 (にょらいし) ,中川喜雲らがいる。
出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

②デジタル大辞泉の解説

かな‐ぞうし〔‐ザウシ〕【仮名草子】
江戸初期に行われた小説類の呼称。婦人・子供向けに、平易な仮名文で書かれた、啓蒙娯楽を主としたものが多い。「恨之介(うらみのすけ)」「一休咄(いっきゅうばなし)」など、室町時代の御伽草子の伝統を受ける一方、のちの浮世草子の先駆となった。
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③百科事典マイペディアの解説

仮名草子【かなぞうし】
江戸初期に現れた仮名書き小説類の総称。木版印刷術の発達にともない,慶長〜天和(1596年―1684年)ごろ京都中心に行われたもので,啓蒙教訓的色彩が強い。知識人の漢文に対し,一般の武士・町人の読める平易な平仮名を用いたところからの呼称。
→関連項目浮世草子|貸本屋|信田妻|噺本|山岡元隣
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④世界大百科事典 第2版の解説

かなぞうし【仮名草子】
江戸初期にあらわれた仮名書きの小説類の総称。そのころ日本でも急激に木版印刷術が発達したが,それにつれて流行したもの。すなわち井原西鶴によって確立された浮世草子以前の,主として京都を中心に出版された小説類であって,烏丸光広,如儡子(じよらいし),鈴木正三(しようざん),野々口立圃,山岡元隣,中川喜雲,浅井了意などがおもな作者である。その期間はだいたい1600年(慶長5)ころから82年(天和2)(西鶴《好色一代男》発表年)にわたる。
出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

⑤大辞林 第三版の解説

かなぞうし【仮名草子】
①江戸初期に行われた仮名または仮名交じり文の物語・小説・教訓書・地誌・遊女評判記などの総称。実用性・教訓性・娯楽性などを特色とする。作者に浅井了意・鈴木正三しようさんらがあり、作品に「清水物語」「竹斎」「恨之介」「東海道名所記」など多数がある。室町時代の御伽草子おとぎぞうしのあとを受け、西鶴の「好色一代男」に始まる浮世草子へ連なる。
②仮名文もしくは漢字仮名交じり文で書かれた草子類の総称。
出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

⑥日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仮名草子 かなぞうし
近世初期の慶長(けいちょう)年間(1596~1615)から井原西鶴(さいかく)の『好色一代男』が刊行された1682年(天和2)までの約80年間に著作・刊行された、多少とも文学性の認められる散文作品で、中世の御伽(おとぎ)草子の後を受け、西鶴の浮世草子に接するものをいう。しかし学術用語としてはあいまい不完全な名称で、古く室町時代にこの語が記録にあり、また西鶴の作品をも当時は仮名草子と称していた。語の意味は、真名(漢字)本に対する仮名本という用字による区別にすぎない。当時の出版書肆(しょし)によって編集された書籍目録の分類にみられる仮名とか双紙とかいわれていたものがこれに該当すると考えられる。結局、漢籍仏典医書などの学術書でなく、平仮名で書かれた娯楽・啓蒙(けいもう)的な読み物といえよう。これらは写本で行われたものもあったが、近世初期以来の出版に取り上げられて多く流布した。したがって、従来の文学作品と異なった条件として考える必要がある。
仮名草子の作者はごくわずかしか知られていない。大部分が作者不詳であり、さいわい作品に署名があったり、書籍目録に作者名が記されていても、伝記を明らかにしえない場合が多い。作者層は、浪人・民間の国学者、漢学者、僧侶(そうりょ)、医師、俳諧(はいかい)師などであったと考えられる。読者は、ごく初期は上層階級であったが、のちに印刷術の発達とともに庶民階級にまで読者層が拡大した。
研究史としては、明治の後半期に水谷不倒(ふとう)、藤岡作太郎らによって仮名草子が研究対象として取り上げられ、今日に及んでいる。いわゆる仮名草子と称される作品群は、その内容がきわめて多種多様で多方面に分岐し交錯しているため、当然なんらかの整理を加える必要があった。そこで分類の作業を中心に研究が進められ、第二次世界大戦前は潁原(えばら)退蔵、戦後は野田寿雄(ひさお)、暉峻康隆(てるおかやすたか)、田中伸らによって分類が試みられた。次にあげる野田寿雄の分類などが妥当といえよう。(1)教義教訓的なもの 朝山意林庵(あさやまいりんあん)の『清水(きよみず)物語』(1638刊)、辻原元甫(つじはらげんぽ)の『智恵鑑(ちえかがみ)』(1660刊)。(2)娯楽的なもの 三浦為春の『あだ物語』(1640刊)、浅井了意の『御伽婢子(おとぎぼうこ)』(1666刊)。(3)実用本位のもの 中川喜雲の『京童(きょうわらべ)』(1658刊)、浅井了意の『江戸名所記』(1662刊)。
仮名草子は種類が多様多岐であり、内容も文学性の希薄なものが多いことから、従来は過渡期の文学ということで西鶴研究の階梯(かいてい)として付随的にみる傾向が強かった。作品個々の研究、作者の研究、周辺との関連など残された課題は多いが、今日ではむしろ、未成熟ではあるが仮名草子の多様な性格のなかに、あるいは仮名草子を支えた基盤のうちに、近世文学全般の源流や胎動萌芽(ほうが)を積極的にみていこうとする姿勢が定着しつつある。[坂巻甲太]
『前田金五郎・森田武校注『日本古典文学大系90 仮名草子集』(1965・岩波書店) ▽神保五彌他校注・訳『日本古典文学全集37 仮名草子集・浮世草子集』(1971・小学館) ▽市古貞次・野間光辰編『鑑賞日本古典文学26 御伽草子・仮名草子』(1976・角川書店)』
出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例
仮名草子の関連キーワード |イギリス史(年表) |エリザベス |徳川家康 |エリザベス朝 |マストリリ |グスマン |徳川家康 |エリザベス[1世] |エリザベス時代 |ジェームズ[1世]
仮名草子の関連情報
asahi.com(朝日新聞社):本の紹介 – 今日のサンヤツ – BOOK()

⑦ウィキペディア   深沢秋男 補訂

仮名草子
仮名草子(かなぞうし)とは、江戸時代初期に仮名、もしくは仮名交じり文で書かれた、近世文学における物語・散文作品を総称したもの。 井原西鶴の『好色一代男』が出版された天和2年(1682)頃を区切りとするのが一般的である[1]。
目次 [非表示]
1 概略
2 内容
3 主な作品
4 脚注
5 参考文献
概略[ソースを編集]
御伽草子の延長に生まれ、仮名を用いた庶民向けの読み物として出版され、雑多な分野を含む。1ジャンルとしては異様に幅広い範囲を扱うため、中世文学と近世文学の過渡期の散文を一括りにした呼称と言える。
中世文学と仮名草子の違いのひとつに出版がある[2]。中世文学の複製方法が写本であったのに比べ、近世には仮名草子のような俗文芸も木版で大量に刷り販売されるようになった。手慰みに書かれた中世文学とは違い、仮名草子は製本され世間に流布されることが前提にある。平和の訪れとともに識字階層も増え、新たな読者層の要求に応える職業作家も現れるようになった。
作者の多くは当時の知識人層であり、浅井了意、鈴木正三(しょうさん)、烏丸光広らが知られている。 また、斎藤親盛や江島為信など、教養のある浪人が一時の糊口をしのぐために書いた作品が多い[3]。
明暦年間(1655-)から寛文年間(1661-1672)にかけてが仮名草子の最盛期と言われる[4]。延宝年間(1673-)ごろより西山宗因を盟主とする談林俳諧が隆盛し文壇の主流は関西へと移った。説話からハナシへと文学の流行が移行していくにつれ、教説性の強い仮名草子は下火となった[5]。やがて、宗因門下の井原西鶴による『好色一代男』などの優れた文芸が著されるようになり、これは後に浮世草子と区別して呼ばれるようになる。
内容[ソースを編集]
初期の仮名草子は戦国時代の回顧や大名の一代記などが多かった。通じて啓蒙的な内容のもの、儒教的な教訓を含んだ物語や説話集に人気があった。笑話のほか、名所案内記、また野郎評判記、遊女評判記のように実用的なガイドブックとして読まれたもの、事件や災害などを叙述する見聞記など多岐にわたる。
寛文10年に刊行された『増補書籍目録』では、当時の書籍が36項目に分類されている。
主な作品[ソースを編集]
仁勢物語(作者不詳)
竹斎(富山道冶)
恨之介(作者不詳)
清水物語(朝山意林庵)
可笑記(如儡子、斎藤親盛)
浮世物語(浅井了意)
東海道名所記(浅井了意)
あづま物語(作者不詳・遊女評判記)
難波鉦(酉水庵無底居士・遊女評判記)
ほか多数
脚注[ソースを編集]
^ 谷脇 1999, p. 627.
^ 谷脇 1999, p. 628-630.
^ 江本 2000, pp. 30-31.
^ 江本 2000, p. 22.
^ 江本 2000, pp. 32-38.
参考文献[ソースを編集]
仮名草子の叢書として約200編を収める「仮名草子集成」(全70巻、東京堂出版)がある(2015年8月現在、54巻まで刊行。参考:[1])。
谷脇理史、井上和人、岡雅彦 『仮名草子集』 小学館、1999年。ISBN 4096580643。
江本裕 『近世前記小説の研究』 若草書房〈近世文学研究叢書〉、2000年。ISBN 494875563x。
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⑧ はてなキーワード  深沢秋男 執筆

仮名草子かなぞうし

【定義】

近世初期、慶長(1596~1615)から天和(1681~84)にかけての、約80年間に作られた、小説を中心とする散文文芸の総称。ただし、このように、散文文芸全般を含める広い範囲とする説と、他方で、物語・小説的な作品に限定すべきであるとする説もある。
この近世初期は、日本歴史の中でも代表的な啓蒙期であり、この時期に、漢字(振仮名付き)交じり仮名書きの通俗平易な読み物が次々と作られた。これら一群の文学的著作に与えられたのが「仮名草子」という名称で、命名は仮名草子研究を切り拓いた水谷不倒である。その数は、はじめは180点ほどであったが、研究が進むにつれて増加して、現在では300点にも達する。
作品の原本は、写本または版本(古活字本・整版本)として伝存するが、版本は出版の黎明期にふさわしく、全体に版式もおおらかで、大きな本が多い。

【分類】

仮名草子は、物語・詩歌・日記・随筆・評論・実録などのように、さまざまな文学ジャンルを包括している。そこで、これらを、どのように分類整理するかという問題が生じる。
野田寿雄氏の説に従って紹介すると以下の通りである。
1、 啓蒙教訓的なもの(教義問答的なもの、随筆的なもの、女性教訓的なもの、翻訳物)
2、 娯楽的なもの(中世風な物語、説話集的なもの、翻訳物、擬物語)
3、 実用本位のもの(見聞記的なもの、名所記的なもの、評判記的なもの)

この分類からもわかる通り、仮名草子は複合ジャンルのような性質をもっている。文学史的には、お伽草子→仮名草子→浮世草子と接続するが、これを小説の系列として考えるならば、小説以外の作品をどう扱うべきか、という問題が今後の課題として残されている。

【範囲】

仮名草子の範囲を考える場合、留意すべき事項は、次の各項目が考えられる。
1、御伽草子との関連。
2、浮世草子との関連。
3、評判記(遊女・役者)との関連。
4、軍書、軍学書との関連。
5、咄本との関連。
6、随筆的著作との関連。
7、名所記、地誌、紀行との関連。
8、教訓書、女性教訓書との関連。
9、仮名仏書、仮名儒書との関連。
10、注釈書(・・・抄)との関連。
11、翻訳物、翻案物との関連。

これらの、各項を具体的に検討することも今後の課題である。

【参考文献】

◎坪内逍遥・水谷不倒『近世列伝体小説史』春陽堂、明治30年。
◎水谷弓彦『仮名草子』水谷文庫、大正8年。
◎ 水谷不倒『新撰列伝体小説史 前編』、春陽堂、昭和7年。
◎ 北条秀雄『改訂増補 浅井了意』笠間書院、昭和47年。
◎ 田中伸『仮名草子の研究』桜楓社、昭和49年。
◎ 水田潤『仮名草子の世界―未分化の系譜―』桜楓社、昭和56年。
◎ 野間光辰『近世作家伝攷』中央公論社、昭和60年。
◎ 渡辺守邦『仮名草子の基底』勉誠社、昭和61年。
◎ 野田寿雄『日本近世小説史 仮名草子篇』勉誠社、昭和61年。
◎ 三浦邦夫『仮名草子についての研究』おうふう、平成8年。
◎ 松原秀江『薄雪物語と御伽草子・仮名草子』和泉書院、平成9年。
◎ 市古夏生『近世初期文学と出版文化』若草書房、平成10年。
◎ 青山忠一『近世仏教文学の研究』おうふう、平成11年。
◎ 江本裕『近世前期小説の研究』若草書房、平成12年。
◎ 花田富二夫『仮名草子研究―説話とその周辺―』新典社、平成15年。
◎ 近世文学書誌研究会編『近世文学資料類従・仮名草子編・古板地誌編』 全61冊、勉誠社、昭和47~56年。
◎ 東洋文庫・日本古典文学会編『仮名草子』貴重本刊行会、昭和49年。
◎ 谷脇理史編『仮名草子集』早稲田大学資料影印叢書刊行委員会・早稲田大学出版部、平成6年。
◎ 朝倉治彦等編・校訂 『仮名草子集成』 1巻~49巻、東京堂出版、昭和55~平成25年。全70巻で、刊行中。
◎野田寿雄校注『仮名草子集』上・下、日本古典全書、朝日新聞社、昭和35・37年。
◎ 前田金五郎・森田武校注『仮名草子集』日本古典文学大系90、岩波書店、昭和40年。
◎ 青山忠一・岸得蔵・神保五弥・谷脇理史校注・訳『仮名草子集 浮世草子集』日本古典文学全集37、小学館、昭和46年。
◎ 渡辺守邦・渡辺憲司校注『仮名草子集』新日本古典文学大系74、岩波書店、平成3年。
◎ 谷脇理史・岡雅彦・井上和人校注・訳『仮名草子集』新編日本古典文学全集64、小学館、平成11年。
◎ 深沢秋男・菊池真一編『仮名草子研究文献目録』和泉書院、平成16年。
◎ 深沢秋男・菊池真一編『仮名草子研究叢書』全8巻クレス出版、平成18年。
■ 仮名草子研究文献目録 → http://www.ksskbg.com/kana/index.html

⑨『日本古典籍書誌学辞典』 深沢秋男 執筆

仮名草子 (かなぞうし) 〈分類〉

近世初期、慶長(1596~1615)から天和(1681~84)にかけての、約八十年間に作られた、小説を中心とする散文文芸の総称。この近世初期は、日本歴史の中でも代表的な啓蒙期であり、この時期に、漢字(振り仮名付き)交じり仮名書きの通俗平易な読み物が次々と作られた。これら一群の文学的著作に与えられたのが「仮名草子」という名称で、その数は三百点にも達する。原本は、写本または版本(古活字本・整版本)として伝存するが、出版の黎明期にふさわしく、全体に版式もおおらかで、大きな本が多い。仮名草子は次の如く分類し得る。(1)啓蒙教訓的なもの(教義問答的なもの、随筆的なもの、女性教訓的なもの、翻訳物)、(2)娯楽的なもの(中世風な物語、説話集的なもの、翻訳物、擬物語)、(3)実用本位のもの(見聞記的なもの、名所記的なもの、評判記的なもの)(野田寿雄説)。この分類からもわかる通り、仮名草子は複合ジャンルの如き性質をもっている。文学史的には、お伽草子→仮名草子→浮世草子と接続するが、これを小説の系列として考えるならば、小説以外の作品をどう扱うべきか、という問題が今後の課題として残されている。(深沢秋男)

【参考文献】坪内逍遥・水谷不倒『近世列伝体小説史』春陽堂、明治30年。水谷弓彦『仮名草子』水谷文庫、大正8年。水谷不倒『新撰列伝体小説史 前編』、春陽堂、昭和7年。野田寿雄『日本近世小説史 仮名草子篇』勉誠社、昭和61年。近世文学資料類従・仮名草子編・古板地誌編全61冊、勉誠社、昭和47~56年。仮名草子集成1~21、東京堂出版、昭和55~平成10年。野田寿雄校注『仮名草子集』上・下、日本古典全書、朝日新聞社、昭和35・37年。前田金五郎・森田武校注『仮名草子集』日本古典文学大系90、岩波書店、昭和40年。青山忠一・岸得蔵・神保五弥・谷脇理史校注『仮名草子集 浮世草子集』日本古典文学全集37、小学館、昭和46年。渡辺守邦・渡辺憲司校注『仮名草子集』新日本古典文学大系74、岩波書店、平成3年。深沢秋男・小川武彦・菊池真一「仮名草子研究文献目録(明治~平成)」菊池真一『恨の介 薄雪物語』和泉書院、平成4年。
【『日本古典籍書誌学辞典』1999年3月10日、岩波書店】

『可笑記評判』について  深沢 秋男

『可笑記評判』について
            深沢 秋男

 『可笑記評判』については、これまで二度卑見を述べた事がある。一度は『可笑記』との関連において、この両者の内いずれが、現実の社会に対して、より批判的であるかを考え、この点では『可笑記』に、より一層厳しい現実批判がある事をみた。もう一度は『評判』の時代背景について調べ、寛永末年から寛文初年にかけては、批評書類の刊行が目立つ事を指摘し、浅井了意が『評判』を作ったのも、それらの気運と関連するのではないかと述べた。さらに『評判』の翻刻作業(1)を通して気付いた事などを合わせて、ここでは『評判』全体について考え、その意義について私見を述べてみたいと思う。
『評判』を考えるにあたって、次の三つに分類したいと思う(2)。
〔1〕 解説的なもの…………一三四段
〔2〕 批評的なもの…………一〇二段
〔3〕 批評を省略したもの……四九段

〔1〕には、主として『可笑記』の内容に異議の無いものや、賛成しているものを入れたが、これらが批評作業の結果である以上、批評的でないとは言えない。ただ「批評」においては、より一層否定の精神が重要な位置を占めると思われるので〔2〕と区別したのである。また、これを単に「異議の無いもの」「賛成しているもの」
としなかったのは、それらの諸段において『評判』は『可笑記』の内容に対して、単に賛意を示すのみでなく、その不足を補い、また詳しく説くことが強いので「解説的」としたのである。なお、これらは特定の主題(例えば、主君、武士、仏教、学問等)によって、〔1〕と〔2〕に分かれるという傾向はないように思われる。
さて、〔1〕解説的なもの、の一群をみると、巻三の7や巻五の36などの如く、評らしい評を付けない、ごくわずかな章段を除けば、いずれも『可笑記』の内容を整理し、解り易く説いている。また、和漢の故事や例話を付加して詳しく解説している段も少なくはない。さらに巻三の16、巻四の16、巻五の6・22・40・58などのに如く、単なる解説の域を越えているものも、少数ではあるがみられるのである。これらの解説的な章段は全体の半数にも及んでおり、それは、『評判』が『可笑記』の解説書としての性格を備えているという事を物語っている。
この外、解説的な要素として、次の二点を指摘したい。まず第一に『評判』は『可笑記』の各段毎に標題を付加しているという事である。それらは、巻四の22「人をほめすごす事」や巻四の41「祈るにしるしなきは信心浅き故の事」や巻五の48「万事後を思ふべき事」などの如く不適切のものも中には見られるが、概して諸段の内容を要領よくまとめている。これらの標題は『可笑記』全体の内容を見渡すという点でも、読者にとって便利な導きになったものと思われる。
第二に『評判』は『可笑記』の出典を指摘しているが、それは百余箇所にも及んでいる。これは当時盛んに行なわれた、古典の注評釈と関連するものと思われるが、これだけ『可笑記』の内容の源泉を指摘した事は『可笑記』研究史の上からみても、十分留意すべき事と思われる。ただ『評判』の作者は最初から『可笑記』の注釈書を著わそうとしたのではなかったように思われる。批評を加えようとして読み進めるにつれ、思い付く出典を、あるいは手元の参考書を開きながら指摘したまでの事と思うが、それだけに『評判』の作者の博識ぶりが伺われるのである。
この標題の付加と出典の指摘とは『可笑記』の内容を一層解り易くしているという点で、共に解説的な役割を果たしているものと思う。

〔2〕批評的なもの、の中で内容的というよりも、文字や文章などについて批評したものも少なくない。
文字に関するもの……一の35、五の65。
言葉に関するもの……一の45・46、五の40。
文章に関するもの……一の44、二の17・39、三の17・31、四の4・10・22・34・39・46、五の4・7・20・34・43。
これらの一群をみると、中には曲解や揚げ足取り的なものもみられるが、『可笑記』の文章の不備や不自然さを鋭く指摘してもいる。ただ、ここで注意すべき事は、巻四の39の『可笑記』本文には甚だしい重複が見られるのに、この段の文章について何も批判を加えていないという事である。この重複した文章は、寛永十九年版十一
行本から無刊記本へ移る過程で整理されているのであり(3)、『評判』は、やはり無刊記本を批評のテキストに使用していたものと判断される。
次に内容面での諸段を見渡すと、これにも、曲解もあり、批評がための批評もある反面、『可笑記』の言説に真正面から取り組んだ熱のこもった批評もある。これら両者の決定的な対立点のいくつかについては、以前(『文学研究』23号)考察した事があるので、ここでは『評判』の作者を知る上で参考になるものを、〔1〕のものをも含めて取り上げ、少し具体的に考えてみたいと思う。
従来『評判』の作者・浅井了意は武士の出身で、後に出家したとされてきた。しかし、この両者を読み比べてみると、『可笑記』の作者が自らを武士として、たとえ牢人の身にあるとは言え、そこに並み並みならぬ自負と毅然たる態度とを持っているのに対して、『評判』の作者には、何か武士らしからぬものを見出すのである。一例を示すと、武士の心得や軍陣についての段において、『評判』も『可笑記』に劣らぬ分量で批評を付すが、そこには実感がない。そして『可笑記』は、清盛・頼朝・正成・信玄・謙信・信長・秀吉・家康等の武将を記す場合でも、敬意を表わす「公」。の文字を必ずと言っていい程に付けている。それに反して『評判』はほとんどが呼び捨てであり、時折付けるにとどまる。これは、これらの過去の武将に対する評価とは別に、どこまでも尊敬するという、いかにも武士らしい『可笑記』の作者と、それらを知識的に受けとめている『評判』の作者との違いではないかと思われる。そして『評判』の作者は、全体的にみるならば、博識者としてかなり理性的に批評を加えているのであるが、『可笑記』が仏教批判をすると、やや感情的な面を露呈する。
仏教一般についての段(四の11・41、五の24。一の35、三の13、四の3・5、五の4)では是々非々の態度で解説し、批判しており、特に巻三の16や巻五の25には、『評判』の唱導に対する積極的な姿勢をみる事ができる。しかし、そこに特定の宗派が出ると態度が変わってくる。
巻四の24は、出家したなら故郷を離れるべきである、という一段であるが、ここで『可笑記』は例として「さる浄土衆上人、ひかりかゞやく装束にて、いすのうへゝのしあがり、談義をとかれしとき」にそれを聴聞する男女が色々と取り沙汰する様を、やや皮肉めいた筆つきで出している。これに対して『評判』は「しかるべき学者となり、倚子に上りて説法するほどならば、さこそ法門もたうとかるべし。只その法をとりて、僧をいやしむ事なかれ。」と応じて、それに続けて「又出家のみにもかぎらず。侍分の者日比にをひて身のおこなひをつゝしむべし。」とその矛先を武士に向けるのである。これは明らかに『可笑記』の作者即ち武士、という意識からする、
それへの反発であろうと思われる。これと同様な事は巻四の27や巻五の14にもみられる。
巻四の36「仏前を見て其寺を見かぎりし事」の段は『評判』も指摘する通り『徒然草』十一段に想を得たものである。兼好は枝もたわわになった柑子をきびしく囲っているのを見て「ことさめ」たのであるが、『可笑記』は「かの仏のみまへは当世やうにしなし、色々いろどりたるだてづくし、ひとへに浄土日蓮一向宗のすみかとおぼえて、たちまちになまぐさくなりもて行、此仏だんなくばよからましかばと、けうさめてかへりぬ。」と当世風の美々しい仏壇に興ざめたのである。これに対して『評判』は、心ある人でなければ、このような所に住んでいる訳がない、それなのに此書の作者が興ざめしたのは心得がたいと評する。的外れの批評と言わなげればならない。そして仏前を美々しく飾るのを批難した例は過去にないと言い「今なにゝ依てか仏前の奇麗なるをそしるや。」と詰問するのである。『可笑記』は『徒然草』に触発された、自らの美的感情に拠っているだけである。さらに『評判』は「浄土日蓮一向宗をけがれたる者と思ふ人は、諸国にならびなき禅宗か天台宗か真言宗か。」と言い「此段などあしく方人して空見におち給ふなよと思ふ斗也。」と結ぶ。『可笑記』がさらりと書いた一段に、向きになって批判を加えている『評判』の作者をここに見る事ができる。『可笑記』は巻五の8でも現実の生臭坊主を批難しで「浄土宗、日蓮宗、一向宗」を槍玉に上げているが、『評判』は「浄土日蓮一向宗は末世さうお
うの法」であるとし、『可笑記』の逸脱に対しては「仏経にくらき人の会釈誠に片腹いたし。」と難じている。さらに巻一の19・29、巻四の7などの発言や批評態度から推測すると『評判』の作者は浄土宗あるいは一向宗と関係があるように思われるのである。このように見てくると、批評を省略したものの中で、仏教に関するものが
六段あるが、巻一の40と巻三の29は浄土宗を、また巻三の6と巻五の10は生臭坊主をそれぞれ諷刺しており、巻五の50と68は禅僧の問答を出取り上げている。共に『評判』の作者にとって、批評を付加する意欲を失わせるような内容であったという事ができる。
ここに『可笑記』の作者・武士←→『評判』の作者・僧侶、という図式が出てくるのであり、これは全体を通してみても低触するところはないように思われる。
野間光辰氏は「了意追跡」(4)において、了意の出自に関して考察され、「了意は摂州三島江の浄土真宗本照寺の一子として生を享けた。」という説を出された。諸種の資料を分析、考証されたこの新説は認められてよいと思うが、『評判』の内容から考えてもそれは妥当なものと思われるのである。

次に『評判』の批評の仕方について考えてみたいと思う。使用されている評語をみると、賛成する場合は「いとよし(尤よし)」…12、「さも有べし」…6、「聞えたり」…3、「おもしろし」…2、等となっており、反対の場合は「心得がたし」…23、「知がたし」…6、「聞えがたし」…5、「誤りなり」…7、「曲なし」…3、等となっている。これらの批評語からも解るように、『評判』は『可笑記』の内容に対して、面白いか面白くないか、ではなく、善いか悪いか、正しいか誤りか、という視点から批評を加えているのである。これは『可笑記』を教訓書としてのみ受けとめている『評判』であってみれば、当然の事でもある。
そして、その批評の基準となっているのは、儒教や仏教を中心とする和漢の典籍であると言う事ができる。
『評判』の作者はそれらの和漢の典籍に広く通じていたようではおるが、それを自分の中で消化し、取捨して、自らの立場を強く打ち出すという事は少ない。ただ、ここで注意しておきたいのは、儒教的なものの中で、朱子批判がみられるという事である。巻四の5「儒仏互に誹合事」で、儒教より仏法を異端と言い始めたのは朱子からであると指摘して「朱子すでに仏法をあやまれり」としている。また巻四の48「蘇韶死して後人に逢たる事」でも「鬼には声なしといへる朱子の説心得がたし」と批判している。勿論このようにわずかなものではあるが、あるいは当時の儒学界の動向の影響が、ここにあるのかも知れない。
このように『評判』は儒仏を中心とする書物を拠り所に『可笑記』の内容を是か非かと批評しているのであるが、それは裁断批評のようでありながら、全体としてみる時、必ずしも切れ味のよいものとはなっていない。批評態度の基調の一つとなっているものに「物ごと一概すべからず」というのがあり、序をはじめ、全体では十六
箇所で使われているが、それらは相対的とか分析的とか言い得るものではなく、多く但し書的である。
一例として巻四の47「学文に根の透らぬ事」をあげてみる。ここで『可笑記』は、学問をするにも一度に集中的に根をつめ過ぎると健康を害する事もあるので、無理をせず毎日継続的に行なうべきだ、と説いている。これに対して『評判』は「末代になりて人の根機つたなく成たる故と理らずしては聞えがたし。」と言って、日夜を分かたず学問して成功した例話をそこに対置するのである。このように『可笑記』は、一つの主題を提出する場合、その主題の現象の一つを前面に出して説くことが多い。すると『評判』は、その同じ主題の反対面の現象をそこに対置して反論しようとする。このような方法では本質的な批評は不可能である。そしてこの段でも『評判』は「此書の三の巻に、朱文公が勧学の文を引て、学問をすゝめたる文章と、今此段とは相違せり。此作者はいづれの方をよしとおもひけん。」と記さずにいられないのである。「此書の三の巻」というのは誤りで、巻二の25(四
の1)「朱文公学文をすゝめられし事」を指しているものと思うが、その段はやはり学問を主題としているが、そこでは、時間は夢の如くはかなく過ぎ去るものであるから、学問をするにも、一日伸ばしにせず、今日ばかりと思って油断すべきではない、と『可笑記』は説いているのである。そして、との二つの段で言っている事は、学問の仕方において、いずれもその真理を指摘しているという事ができる。この両段に矛盾を感ずるのは、評者の賢しらである。

最後に、〔3〕批評を省略したもの、についてみる。『可笑記』の本文と共に省略した三段は、『評判』が本文を作る際に機械的に誤脱させたものと思われるので特に問題はない。残る四十六段を見渡して、まず気付くのは、『徒然草』の影響の下に、世の無常について述べたものや、中秋の夕べに貫之を思い出して一首ものした一段など、いわば、教訓的色彩が濃い『可笑記』の中では、比較的文芸性のある一群のものが多いという事である。それは、教訓的な歌を掲出している如きものまで含めると二十四段(一の7・14・40・47、二の2・10・12・22・29・31、三の6・23・29、四の8・17・20・29・38・45・52、五の52・57・68・70)にもなる。この事は、『可笑記』に最初から文学的な面白さを求めていない『評判』であってみれば、また故の無い事ではない。次に多いのは、武士の心得等に関するもの十段(一の7・47、四の26・43、五の61・62・71・77・84・88)である。これは『可笑記』の内容自体、武士に関するものが多いのであり、その事と無関係ではないと思うが、ここにはや
はり、『評判』の作者の興味の問題が係わっていると言い得よう。次に目につくのは、仏教を諷刺したもの六段であるが、これはすでに指摘したように、『評判』の作者の立場を反映したものであるという事ができる。これらの批評を省略した諸段は、右のように考えると、一応納得のゆくものとなっている。
以上みてきたように、『評判』は文芸批評書というよりも、むしろ倫理批評書というべき内容をもっている。それは『可笑記』が教訓的意図をもって著作されている事を思う時、あるいは当然の事と言えるかも知れない。ただ『可笑記』は、そのような意図をもちながらも、なお、教訓にのみとらわれず、時としてその枠からはみ出
し、文芸的雰囲気の中に遊ぶ余裕をもっていた。これに対して『評判』は、『可笑記』を教訓書としてのみ受げとめ、その意図の通り、『可笑記』の教訓的な内容に限って批評を付加した。また、たとえ『評判』が倫理批評書であったとしても、もう少し創造する事があったならば、それは、教訓書を批評して批評文学となっていたかも
知れない。『評判』はあまりにも創造するという事に意を用いなかったのである。解説して、また批評して『可笑記』以上のものを創出していると思われる段が実に少ないのである(二の9・11・45、三の25・30、四の11、五の6・40)。ここに『評判』の文学としての限界をみなければならない。そして、もし、この『評判』に文学史の上での意義を認めるとするなら、次の如き諸要素においてである。
まず、『可笑記』に一段一段標題を付加し、内容を要約した事。その半数に及ぶ諸段において内容をこまかく分解して説明している事。その意味で『評判』は『可笑記』の解説書であったと言える。また多くの出典を指摘し、少なからず誤りを訂正している事は、一面からみれば、『評判』は最初の注釈書・研究書であったとも言え
るのである。これらの『評判』の著述は、現代の我々が『可笑記』を読む場合、参考になる事が少なくないのであり、それは永遠に消える事のない『評判』の業績である。そして『可笑記』全五巻に真正面から取り組み、批評を加えたそのエネルギーは、これを認めなければならない。
ただ、その解説は知的解説にとどまり、注釈は徹底を欠き、そして真の意味での批評的情熱が見出し得ないところに、『評判』が、解説書まがい、注釈書まがい、批評書まがい、のものに終わった原因があるものと思われる。これはこの時代の仮名草子・批評書類にも通ずるものと思われるが、今後、他作品との関連を分析して、考
えをさらに深めたいと思う。
なお、紙数の関係で具体的な分析や、実例を掲げられなかったが、別の機会に再考したいと思っている。

注(1) 『可笑記』と『可笑記評判』(『文学研究』23号、昭和
41年6月)
『可笑記評判』とその時代(『文学研究』33号、昭和46
年7月)
『可笑記評判』翻刻(近世初期文芸研究会発行、昭和45
年12月)
(2) 『可笑記』に拠って各段を示すと次の通りである。

〔1〕解説的なもの…一の2・3・4・5・11・15・16・17・18・21・22・23・24・29・30・31・33・34・36・37・38・39・42・44・48、二の3・9・11・13・19・21・25・28・30・33・34・36・37・38・43・44・45・47、三の2・3・4・5・7・8・10・11・12・。15・16・18・20・21・24・25・26・27・30・33・34・36・39・40・41・42、四の1・2・7・9・11・16・18・19・21・23・24・28・30・32・33・34・37・40・41・44・46・48・49・51、五の1・3・5・6・11・12・13・14・17・19・20・21・22・23・24・25・27・29・31・32・33・36・37・38・40・46・47・53・54・56・58・59・64・67・69・72・73・74・75・76・81。
〔2〕批評的なもの…愚序評・一の1・6・8・9・10・12・13・19・20・25・26・27・28・35・41・43’45・46、二の1・4・5・6・7・8・14・17・18・23・24・26・27・32・35・39・40・41・42・48、三の1・9・13・14・17・19・22・28・31・32・35・37・38、四の3・4・5・6・10・12・13・14・16・21・22・25・27・31・34・35・36・39・43・47・50、五の2・4・7・8・15・18・30・34・35・41・42・43・44・48・49・51・55・60・63・65・66・78・82・83・85・86・87・89・90。
〔3〕批評を省略したもの…一の7・14・32・40・47、二の2・10・12・15・16・20・22・29・31・46、三の6・23・29、四の8・15・17・20・26・29・38・42・43・45・52、五の9・10・16・26・28・39・45・50・52・57・61・62・68・70・71・77・79・80・84・88。

(3) これについては『近世初期文芸』1号(昭和44年12月)
で詳しく述べておいた。
(4) 日本近世文学会、昭和43年春季大会で口頭発表の後、北
条秀雄氏『改訂増補浅井了意』に収録。

【『日本文学の研究――重友毅博士頌寿記念論文集――』昭和49年7月15日、文理書院発行 所収】

 

43年ぶりの拙論

●田中宏氏に依頼していた拙論のコピーが届いた。昭和49年7月、『日本文学の研究――重友毅博士頌寿記念論文集――』が発行された。重友毅先生の古稀を記念して、日本文学研究会が文理書院から出したものである。もちろん、私も所蔵していた。しかし、先年の引越しの際、蔵書を処理した時、誤って処分してしまったのである。国会図書館でも、複写はできないと言う。致し方なく、田中氏にお願いした。それが、届いたのである。

●全体の内容は以下の通り。

『日本文学の研究――重友毅博士頌寿記念論文集――』

目次

は し が き

『今昔物語集』編者の目について……………………… 池辺  実
西行法師の「あはれ」…………………………………… 加藤 惣一
『とはずがたり』における罪の意識…………………… 小沢 良衛
『徒然草』の成立をめぐって…………………………… 福田 秀一
『醒睡笑』について……………………………………… 田中  宏
●『可笑記評判』について……………………………… 深沢 秋男
西鶴後続作品の源泉としての『好色一代男』………… 高橋 俊夫
「女護の島」について…………………………………… 坂井利三郎
『諸艶大鑑』(好色二代男)の本質…………………… 市川 通雄
『おくのほそ道』の到達点……………………………… 笠間 愛子
「かるみ」の達成………………………………………… 高橋 弘道
『芭蕉翁全伝』の成立とその信頼性…………………… 岡村 健三
『重井筒』の鑑賞――愛の詩人・近松の本領………… 干葉  篤
穂積以貫年譜略…………………………………………… 中村 幸彦
『古今堪忍記』…………………………………………… 川口 師孝
『雨月物語』、状況的なものと構造的なもの………… 中村 博保
『金砂』を通して見た上田秋成の萬葉観……………… 鈴木吉三郎
『胆大小心録』にみられる上田秋成の思想について… 森田 喜郎
春雨物語「樊噲」の原典………………………………… 堺  光一
詩人鵜殿士寧とその妹の和歌…………………………… 山岸 徳平
南畝琉球誌考……………………………………………… 東  喜望
贈三位物語雑筆…………………………………………… 丸山 季夫
春水人情本『玉津婆喜』について……………………… 橋口 祀長
湯浅半月と大西操山――操山宛半月書簡をめぐって… 松村  緑
『草枕』覚書……………………………………………… 相原 和邦
「歓楽」論………………………………………………… 笹淵 友一
中島敦『わが西遊記』の世界…………………………… 平林 文雄

重友毅博士略年譜
重友毅博士著述目録

●それにしても、拙論を読んで、実に分りづらい。原稿枚数、常任委員は30枚という条件だった。そこに、重友先生の記念ということで、力作をと頑張った。その結果らしい。説明不足である。

 

『仮名草子集成』 第57巻 発行

●今日、東京堂出版から『仮名草子集成』第57巻の見本が届いた。本巻担当の方々の御努力に対し、感謝申上げる。また、このような、膨大な叢書の刊行には、出版社編集部担当者の、情熱と配慮がなければ、とても計画的に発行し続けることは出来ない。私は、朝倉治彦先生と共に、この仕事に従事してきたが、東京堂出版編集部の、歴代担当者、松林孝至氏、西哲生氏、菅原洋一氏に対して、改めて、心から感謝申上げる。

●私は、1989年の、第10巻から参加させて頂いたが、28年間の長い仕事であった。途中、大学の職務も多忙を極め、他の研究論文も書かなければならなかった。担当した作品の、諸本調査、本文校訂、これらを進めると、作品論を書きたくなる。しかし、それは許されない。そのようなストレスの中で従事した、28年間だったのである。
●私も、老齢となり、古典作品の、諸本調査、本文校訂等は、無理となった。この第57巻で引退することにした。
改めて、関係者の皆様に対して、心から感謝申上げる。
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●『仮名草子集成』は、昭和55年(1980)5月12日に第1巻が発行された。編者は朝倉治彦氏である。近世文学の中でも、浮世草子の西鶴や、俳諧の芭蕉や、浄瑠璃の近松とは異なり、仮名草子は地味で、一般の人々には馴染みが薄い。当然、売れる本では無い。当初は文部省の出版助成金を受けてスタートした。
第39巻から、新体制で継承した。菊池眞一氏・花田富二夫氏と私が編集を担当し、さらに若い研究者の協力を得て今日に及んでいるが、第1巻発行から37年になる。現在、第57巻まで発行され、全70巻の完結を目指している。

■新体制の責任編集者
第39巻~第45巻、菊池真一・花田富二夫・深沢秋男。
第46巻~第49巻、花田富二夫・深沢秋男。
第50巻~、花田富二夫・深沢秋男・柳沢昌紀。

■発行所 101‐0051 東京都千代田区神田神保町1‐17
株式会社 東京堂出版
電話 03‐3233‐3741
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『仮名草子集成』第57巻
花田富二夫・伊藤慎吾
柳沢 昌紀     編
2017年2月28日・東京堂出版発行
A5判・316頁・18000円+税

目 次
例 言
凡 例
『假名草子集成』で使用する漢字の字体について

假名草子集成 第57巻

自身房(写本、1冊)…………………………………    1
自身房 ………………………………………………    2
解 題 …………………………… 伊藤慎吾 ……  301

初時雨(整版本、2巻2冊、絵入)…………………    9
上巻 …………………………………………………   11
下巻 …………………………………………………   20
解 題 …………………………… 伊藤慎吾 ……  304

〈補遺〉慶長見聞集(写本、10巻、5冊)………   29
巻3 …………………………………………………   30
巻4 …………………………………………………   61
巻5 …………………………………………………   87
巻6 …………………………………………………  111
巻7 …………………………………………………  143
巻8 …………………………………………………  167
巻9 …………………………………………………  194
巻10 ………………………………………………  216
解 題 ………………………… 花田富二夫 ……  306

〈補遺〉醒睡笑(寛永正保頃板、8巻、3冊)…  237
巻1 ………………………………………………  239
巻2 ………………………………………………  247
巻3 ………………………………………………  257
巻4 ………………………………………………  264
巻5 ………………………………………………  276
巻6 ………………………………………………  285

解題追加 ……………………………………………  310
正  誤 ……………………………………………  313
編者略歴 ……………………………………………  314

写 真 ………………………………………………  315

〈随想〉仮名草子研究  ――思い出す恩師のことなど――

〈随想〉仮名草子研究
――思い出す恩師のことなど――

深沢 秋男

私が法政大学で仮名草子を卒論に選んだのは、近藤忠義先生の説経節の演習がきっかけであった。『さんせう太夫』や『しのだづま』などの本文をガリ版で印刷してテキストに使った。ほとんどが平仮名の本文に、一語一語漢字を当てるのには苦しんだが、これが大変勉強になった。
この授業の中で、なぜ仮名書きか? という疑問も持ったし、中世末期から近世初期へかけての、庶民の息吹の並々でない事も知る事が出来た。そして、この過渡期の時代の文芸に非常に興味を覚えた。これが、仮名草子を卒論に選ぶ一つの契機となった。
卒論指導は重友毅先生であった。重友先生の卒論指導は厳しい、という事で知れ渡っていたが、その厳しい先生の御指導を希望し、テーマを提出した。
私は1962年の卒業であるが、当時の日本文学科には、西郷信綱、秋山虔(非常勤)、西尾実、近藤忠義、重友毅、小田切秀雄、長澤規矩也という、錚々たる先生方がおいでになり、そのお教えを頂いた私達は幸せ者であった。今も、その学恩に感謝している。
仮名草子の中では、特に『可笑記』を選んだ。作者は浪人であるが、正義感の強い人物で、内容は批判性に富んだ作品であった。
この作品の本文は、当時、「徳川文芸類聚」と「近代日本文学大系」の中に収録されていたが、両叢書とも、なかなか古書店には出ず、たまに出ても、かなりの値段で、学生の私には、とても購入できなかった。当時は、まだコピーなど無かったので、毎日、学校の図書館や上野図書館へ通って書写した。大学ノート8冊になったが、完了した頃には、内容も、ほぼ自分のものになっていた。
先学の、水谷不例氏も暉峻康隆氏も、この作品は全400段であると記していたが、書写した両叢書や国会本の和本に収録された本文は、いくら数えてみても、280段しか無い。途方にくれて、早稲田大学の暉峻康隆先生をお尋ねして、問うてみたが、埓はあかなかった。残された道は原本を全て見る以外に方法がなかった。私の『可笑記』の諸本調査はここから始まった。
他大学図書館等の閲覧・調査には法政大学図書館長の紹介状に非常に助けられた。更に厳しい条件の時は、重友先生の名刺や紹介状を追加して頂いたが、原本調査で最も御指導頂いたのは、長澤規矩也先生であった。
長澤先生は、中国文学・書誌学を教えて下さったが、学生の頃から大東急記念文庫などに連れて行って下さった。先生は、川瀬一馬先生と共に、日本の書誌学界の権威であり、この大先生にお教え頂いた事は幸せであった。先生の御指導は非常に厳しいものであったが、一面で寛大であった。私は、図書館界で高名であった長澤先生のお名前を、しばしば使わせて頂いたが、いつも快くお許し下さった。
天理図書館は、貴重古典籍の所蔵では、有数の図書館であり、ここの調査には慎重を期した。万一にも失敗は許されないと考えたからである。幸い、島本昌一先生に連れて行って頂く事が出来た。先生と二人で夜行で奈良まで行き、午前9時、憧れの天理図書館の正面入口に立った時の感動は、今も全く薄れていない。以後、今日まで、この天理図書館には大変お世話になっているが、天理大学の金子和正先生は、長澤先生の教え子であり、原本調査に関して、全面的に御指導下さった。私の書誌学的調査の基礎は金子先生にお教え頂いたものである。
法政卒業後も、重友先生・長澤先生などの御指導のもとに、仮名草子研究を続けてきたが、学外の多くの先生の御指導も頂いた。
国学者・鹿島則文のコレクション・桜山文庫の調査を通して、則文のお孫さんの鹿島則幸氏にめぐり会えたのは、身に余る幸せであった。鹿島氏の御厚意によって、桜山文庫の御蔵書を調査させて頂いたが、これが、私の研究の根幹になっている。
ずいぶん前になるが、鹿島氏は、御所蔵の桜山本『可笑記』を、私の研究のためにと御恵与下さった。貴重な御本であるので、調査終了後は法政大学の図書館に寄贈したい旨申し出たところ、図書館の係の方は、法政には和本の管理が出来ないので、他の図書館へ寄贈してはどうか、とアドバイスされ、残念な思いをした事もあった。
後年、鹿島氏は桜山文庫を一括譲渡したいとの事で、この件を私に一任された。譲渡先として、現在、勤務している昭和女子大学を第一に考えたが、何しろ1万冊に及ぶ写本・版本であるから、その金額もかなりのものになると予想し、第2に鹿島氏の母校・国学院、第3に私の母校・法政、以下、国会図書館、国文学研究資料館などを検討し、結果的には昭和女子大学に決まったが、こんな事もあった。
その他、慶応の横山重先生、北大の野田寿雄先生、国学院の朝倉治彦先生など、多くの先生の御指導を頂きながら、仮名草子を進めてきたが、もう30年余になる。
卒論の頃リストアップした仮名草子作品は175点位であったが、昭和63年に作った私の『仮名草子研究文献目録』では300点余に達する。勿論、仮名草子の範囲に関しては、研究者によって見解を異にするところもあるが、作品の数は確実に増えている。
戦後、これらの諸作品の研究も、進められてきてはいるが、それでも十分とは言えない。私は、微力ではあるが、多くの恩師・先学の御学恩に感謝しながら、さらに、研究を続けてゆくつもりである。         (ふかさわ あきお・1962年卒)
(深沢秋男氏は横山重・松本隆信両氏の『室町時代物語大成』の跡を継ぎ朝倉治彦氏と共に『仮名草子集成』(東京堂出版)を毎年刊行されている。本年3月その第19巻が出版された。編集者付記)
(「日本文学誌要(法政大学)」、第56号、1997年7月)

仮名草子作品の古書価

仮名草子作品の古書価

仮名草子研究を志す者にとって、作品の原本は、最も関心のあるところである。かつて、水谷不倒氏は、仮名草子作品の古書価に関して報告している。私は、このデータに示唆される点が少なくなかつた。微力ながら、私も、これだけのデータを収集することが出来た。
平成29年1月21日
深沢秋男

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◎聚楽物語=3巻、寛永17年刊、杉田勘兵衛板、仮名草子、本屋利兵衛(京・富小路角)貸本印、3冊。
38万【71】

◎嶋原記=3巻、宝永1年刊、絵入、15行本、板元名無、江戸版、少虫損有、中下巻替表紙合本、2冊。
18万9千【71】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【71】

◎二人びくに=2巻 〔鈴木正三〕 寛文4年刊、仮名草子、総裏打ち有。
28万【71】

◎安倍清明物語=天文・人相之巻、7巻6冊の内、仮名草子、浅井了意、延享2年刊、京・岡宇兵衛求板、少虫損・しみ・疲れ有、2冊。
12万6千【71】

◎新板 御伽婢子=13巻、瓢水子松雲(浅井了意)、元禄12年刊、やや後印、京・中川茂兵衛板、絵入、半紙本、5冊。
54万【71】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
42万【71】

◎盲安杖=鈴木正三、寛文頃刊、松会板、替表紙、15行本。
9万7千【71】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【71】

◎新刻 因果物語=3巻、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、京・山本平左衛門板、片仮名、12行、中巻第14丁に1行破れ有。
8万4千【71】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【71】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【71】

◎丹緑本 うらみのすけ=巻上、1冊、江戸初期刊、丹緑絵五図、和大、帙入、一丁分欠あり、破損補修・墨書入あり。
9万1千8百【70】

◎大倭二十四孝=6冊、菱川師宣画、江戸前期刊、鱗形屋版、孝皇、照田姫、周防内侍、狭白、木村朝治、木幡藤栄、三保千寿丸、清原実元、二乃宮花満、山口秋道の十人分を収む、絵入、序品共、和大、帙入。
37万8千【70】

◎二人比丘尼=全1冊、鈴木正三、江戸後期刊、和泉屋庄二郎版、絵入、冨田渓仙旧蔵、和大、帙入、小墨汚れあり。
12万9千6百【70】

◎女四書=全7冊、辻原元甫、明暦2年刊、絵入、和大、帙入、一冊角破損あり(文字欠なし)。
3万7千8百【70】

◎聚楽物語=3巻、寛永17年刊、杉田勘兵衛板、仮名草子、本屋利兵衛(京・富小路角)貸本印、3冊。
38万【69】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【69】

◎嶋原記=3巻、宝永1年刊、絵入、15行本、板元名無、江戸版、少虫損有、中下巻替表紙合本、2冊。
18万9千【69】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【69】

◎念仏草紙=(鈴木正三) 元禄9年写。貸本印「信州高野町・大坂屋」。表紙虫損。
2万1千【69】

◎二人びくに=2巻 〔鈴木正三〕 寛文4年刊、仮名草子、総裏打ち有。
28万【69】

◎新板 御伽婢子=13巻、瓢水子松雲(浅井了意)、元禄12年刊、やや後印、京・中川茂兵衛板、絵入、半紙本、5冊。
54万【69】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
42万【69】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【69】

◎新刻 因果物語=3巻、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、京・山本平左衛門板、片仮名、12行、中巻第14丁に1行破れ有。
8万4千【69】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【69】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【69】

◎聚楽物語=3巻、寛永17年刊、杉田勘兵衛板、仮名草子、本屋利兵衛(京・富小路角)貸本印、3冊。
38万【68】

◎嶋原記=3巻、寛文13年刊、山本九左衛門板、(補写による)絵入、15行本、3巻末10丁を分冊して補写、4冊。江戸版の『嶋原記』。巻末は補写のため正確ではないが、寛文13年刊、山本九左衛門板と思われる。漉返し料紙。補修済み。
18万9千【68】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【68】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【68】

◎念仏草紙=(鈴木正三) 元禄9年写、貸本印「信州高野町・大坂屋」。表紙虫損。
2万1千【68】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
42万【68】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【68】

◎新刻 因果物語=3巻、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、京・山本平左衛門板、片仮名12行、中巻第14丁に1行破れ有。
8万4千【68】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【68】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【68】

◎京童=巻3、全6巻の内、中川喜雲、〔明暦四年刊〕、絵入、疲れしみ有・表紙傷み。
4万2千【68】

◎女誡=女四書の内、明暦2年刊、京・小嶋弥左衛門、江戸・中野正太郎 中野仁兵衛板、絵入。
2万【68】

◎京童=中川喜雲撰、明暦4年刊、亀河氏重庸板、題箋欠、6冊。
129万6千【67】

◎奇異雑談集=中村某著、刊、巻1、19丁目角少欠字有、6冊。
129万6千【67】

◎あだ物語=全4冊、三浦為春、寛永17年刊、中村五兵衛版、絵入、和大、帙入、一部小浸入、極小虫補修済。
70万2千【66】

◎曽呂里狂歌咄=全5冊、浅井了意、寛文12年刊、菊屋喜兵衛版、絵入、和大、帙入。
16万2千【66】

◎飛鳥川=全1冊、識字丁三柳、慶安5年刊、村上平楽寺版、3巻合冊、和大、帙入。
19万4千4百【66】

◎聚楽物語=3巻、寛永17年刊、杉田勘兵衛板、仮名草子、本屋利兵衛(京・富小路角)貸本印、3冊。
38万【65】

◎嶋原記=3巻、寛文13年刊、山本九左衛門板、(補写による)絵入、15行本、3巻末10丁を分冊して補写、4冊。江戸版の『嶋原記』。巻末は補写のため正確ではないが、寛文13年刊、山本九左衛門板と思われる。漉返し料紙。補修済み。
18万9千【65】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【65】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【65】

◎念仏草紙=(鈴木正三) 元禄9年写。貸本印「信州高野町・大坂屋」。表紙虫損。
2万1千【65】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
42万【65】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【65】

◎新刻 因果物語=3巻、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、京・山本平左衛門板、片仮名、12行、中巻第14丁に1行破れ有。
8万4千【65】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【65】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【65】

◎為人鈔=10巻、苦甜斎守株(中江藤樹)、寛文2年刊、後印、「小林姓福田」○に×の蔵印、5冊。
10万5千【65】

◎二人比丘尼=全1冊、鈴木正三、江戸初期刊、絵入、和大、帙入、一部虫・浸入、筆彩色あり。
29万4千【64】

◎うすゆき物語り=全2冊、元禄4年刊、元禄4年版は他に龍門文庫の1点のみ、絵入、原装元題簽付、和半、帙入、1部小浸入、筆彩色あり。
57万7千5百【64】

◎一休諸国物語=寛文頃刊、菊屋長兵衛板、帙入、5冊。
38万【63】

◎絵入 曾呂里狂哥咄=寛文12年刊、瓢水子松雲、菊屋喜兵衛版、5冊。
45万【63】

◎聚楽物語=西荘文庫旧蔵、帙入、3冊。
38万【63】

◎聚楽物語=3巻、寛永17年刊、杉田勘兵衛板、仮名草子、本屋利兵衛(京・富小路角)貸本印、3冊。
38万【62】

◎嶋原記=3巻、寛文13年刊、山本九左衛門板(補写による)、絵入、15行本、3巻末10丁を分冊して補写、4冊。江戸版の『嶋原記』。巻末は補写のため正確ではないが、寛文13年刊、山本九左衛門板と思われる。漉返し料紙。補修済み。
18万9千【62】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【62】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【62】

◎念仏草紙=(鈴木正三) 元禄9年写。貸本印「信州高野町・大坂屋」。表紙虫損。
2万1千【62】

◎御伽婢子=13巻、瓢水子松雲(浅井了意)、元禄12年刊、京・中川茂兵衛板、絵入、疲れ有、やや後印、半紙本、5冊。
58万【62】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
42万【62】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【62】

◎新刻 因果物語=3巻、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、京・山本平左衛門板、片仮名、12行、中巻第14丁に1行破れ有。
8万4千【62】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【62】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【62】

◎破切支丹=鈴木正三、寛文2奥書版、版元不載、後印、大1冊、滲み・消印有、1662。
2万【61】

◎鑑草=中江藤樹、6巻、延宝3版、村田庄五郎・福森兵右衛門板行、絵入、大6冊、1丁(6/6)欠、極少虫、1675。
8万【61】

◎倭小学=辻原元甫、6巻、万治2版、埜田弥兵衛開板、絵入、大8冊、極少虫、簽欠、1659。
6万8千【61】

◎智恵鑑=橘軒散人、10巻、仮名草子、無刊年、小嶋弥左衛門版、万治3自跋、序有、絵入、大10冊、虫補修有、表紙少疲れ、簽巻1少/2極少欠。
18万【61】

◎太閤記=小瀬甫庵、全10冊、万治4年刊、吉文字屋版、22巻合巻、和大、帙入、表紙傷み・小疲れあり。
10万5千【60】

◎似我蜂物語=全6冊、元禄15年刊、栗山宇兵衛版、絵入、中島仁之助旧蔵、和大、帙入、侵入、極小虫補修済、一部表紙傷みあり。
89万2千5百【60】

◎糺物語=仮名草子、無刊記、近江屋新兵衛板、2巻2冊、外題「新板 糺物語 絵入」原表紙、原題箋、虫食、朱筆書入、11行本、25・9×18・1糎。
18万【59】

◎古今百物語=仮名草子、寛延4年刊、吉文字屋次郎兵衛板、欠本4冊、改表紙か、原題箋擦れ、22・8×15・9糎、巻2欠。
18万【59】

◎女郎花物語=仮名草子、坂田屋平兵衛板、欠本5冊、外題「和歌 女郎花物語」原表紙擦れ、原題箋、1巻上欠、少虫、25×18・4糎。
7万5千【59】

◎儒仏物語=最登波留、巻下、1冊、万治3年刊、原装元題簽付、稀本、国書に完本記載なし、和大、帙入、巻上・中欠。
8万9千2百50【58】

◎島原記=巻中・下、2冊、貞享5年刊、服部九兵衛版、絵入、和大。
3万6千750【58】

◎御伽婢子=浅井了意、全7冊、文政9年刊、丁子屋平兵衛他版、絵入、13巻合巻、和大、帙入。
47万2千5百【58】

◎水鏡注目無草=外題目なし草、一休水鏡注、2巻、無刊年、大坂・土佐屋喜兵衛板、序有、大1冊、少虫。
2万【57】

◎一休骸骨=一休宗純、元禄5版、大坂・萬屋彦太郎版、絵入、大1冊、表紙共補修有、簽欠、1692。
3万【57】

◎破切支丹=鈴木正三、寛文2奥書版、版元不載、後印、大1冊、滲み・消印有。絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊、1662。
2万【57】

◎智恵鑑=橘軒散人、10巻、仮名草子、無刊年、小嶋弥左衛門版、萬治3自跋、序有、絵入、大10冊、虫補修有、表紙少疲れ、簽巻1少/2極少欠。
18万【57】

◎聚楽物語=3巻、寛永17年刊、杉田勘兵衛板、仮名草子、本屋利兵衛(京・富小路角)貸本印、3冊。
38万【56】

◎嶋原記=3巻、寛文13年刊、山本九左衛門板(補写による)、絵入、15行本、3巻末10丁を分冊して補写、4冊。江戸板の『嶋原記』。巻末は補写のため正確ではないが、寛文13年刊、山本九左衛門板と思われる。漉返し料紙。補修済み。
18万9千【56】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【56】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【56】

◎念仏草紙=(鈴木正三) 元禄9年写。貸本印「信州高野町・大坂屋」。表紙虫損。
2万1千【56】

◎御伽婢子=13巻、瓢水子松雲(浅井了意)、元禄12年刊、京・中川茂兵衛板、絵入、疲れ有、やや後印、半紙本、5冊。
58万【56】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
48万【56】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【56】

◎新刻 因果物語=3巻、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、京・山本平左衛門板、片仮名、12行、中巻第14丁に1行破れ有。
8万4千【56】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【56】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【56】

◎為人鈔=10巻、苦甜斎守株(中江藤樹)、寛文2年刊、後印、「小林姓福田」○に×の蔵印、5冊。
10万5千【56】

◎嶋原記=3巻、寛文13年刊、山本九左衛門板(補写による)、絵入、15行本、3巻末10丁を分冊して補写、4冊。江戸版の『嶋原記』。巻末は補写のため正確ではないが、寛文13年刊 山本九左衛門板と思われる。漉返し料紙。補修済み。
18万9千【55】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【55】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【55】

◎念仏草紙=(鈴木正三) 元禄9年写。貸本印「信州高野町・大坂屋」
2万1千【55】

◎御伽婢子=13巻、瓢水子松雲(浅井了意)、元禄12年刊、京・中川茂兵衛板、絵入、疲れ有、やや後印、半紙本、5冊。
58万【55】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
48万【55】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【55】

◎新刻 因果物語=3巻、片仮名、12行、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、後印、京・丁子屋九郎右衛門板。
3万8千【55】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【55】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【55】

◎鎌倉物語=5巻、中川喜雲撰、(菱川師宣風画)、万治2年刊、「勝鹿文庫」(松本月痴)旧蔵、11行、絵入(絵取り)、虫損破れ有、替表紙、5冊。
28万【55】

◎為人鈔=10巻、苦甜斎守株(中江藤樹)、寛文2年刊、後印、「小林姓福田」○に×の蔵印、5冊。
10万5千【55】

◎糺物語 =2巻2冊、仮名草子、近江屋新兵衛板、原表紙、原題箋、虫食、朱筆書入、11行本、25・9×18・1糎。
18万【54】

◎古今百物語=仮名草子、寛延4年刊、欠本4冊、吉文字屋次郎兵衛板、改表紙か、原題箋擦れ、一部存、虫食、擦れ 22・8×15・9糎、巻2欠。
18万【54】

◎女郎花物語=仮名草子、坂田屋平兵衛版、原表紙擦れ、原題箋、1巻上欠、少虫、26×18・4糎。
7万5千【54】

◎信長記=小瀬甫庵道喜著、寛永元年刊、15巻8冊、原表紙、題箋1部欠、傷み、しみ、少虫、墨書入、印有、27・6×19・1糎。
48万【54】

◎鎌倉物語=中川喜雲撰、菱川師宣画、享保20年改正、万屋清兵衛板、5巻5冊。
18万【54】

◎虫の歌合=木下長嘯子著、江戸中期写、1巻、少虫、雲母摺料紙13紙、十五番歌合、紺表紙、巻子仕立、箱入、27×560糎。
150万【54】

◎岩つゝじ=全1冊、北村季吟、江戸中期刊、絵入、2巻合冊、小汀利得旧蔵、和半、帙入。
89万2千5百【53】

◎嶋原記=3巻、寛文13年刊、山本九左衛門板(補写による)、絵入、15行本、3巻末10丁を分冊して補写、4冊。江戸版の『嶋原記』。巻末は補写のため正確ではないが、寛文13年刊 山本九左衛門板と思われる。漉返し料紙。補修済み。
18万9千【52】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【52】

◎山分=(月感) 寛文6年刊、京・河野道清板、絵入、かな仏教伝道書、裏打ち補修。
12万6千【52】

◎御伽婢子=13巻、瓢水子松雲(浅井了意)、元禄12年刊、京・中川茂兵衛板、絵入、疲れ有、やや後印、半紙本、5冊。
58万【52】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
48万【52】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【52】

◎新刻 因果物語=3巻、片仮名、12行、鈴木正三作、義雲等編、寛文3年序刊、後印、京・丁子屋九郎右衛門板。
3万8千【52】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【52】

◎嶋原記=3巻、寛文13年刊、山本九左衛門板(補写による)、絵入、15行本、3巻末10丁を分冊して補写、4冊。江戸版の『嶋原記』。巻末は補写のため正確ではないが、寛文13年刊 山本九左衛門板と思われる。漉返し料紙。補修済み。
18万9千【51】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【51】

◎むさしあぶみ=(浅井了意)、万治4年刊、京・中村五兵衛板、絵入、裏打ち補修、2冊。明暦大火一件書、仮名草子、やや後印。
38万【51】

◎御伽婢子=13巻、瓢水子松雲(浅井了意)、元禄12年刊、京・中川茂兵衛板、絵入、疲れ有、やや後印、半紙本、5冊。
58万【51】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
48万【51】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな、12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【51】

◎曾呂里狂歌咄=瓢水子松雲処士(浅井了意)、寛文12年刊、後印、京・菊屋喜兵衛板、巻一・二(外題・狂歌はなし)はさらに後印本で入本、5冊。
12万6千【51】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【51】

◎おさな源氏=10巻の内、巻一上・巻三下欠、立圃、寛文10年刊、八尾勘兵衛板、絵入、15行、8冊。
21万【51】

◎鎌倉物語=5巻、中川喜雲撰、(菱川師宣風画)、万治2年刊、「勝鹿文庫」(松本月痴)旧蔵、11行、絵入(絵取り)、虫損破れ有、替表紙、5冊。
28万【51】

◎一休はなし=3巻、元禄13年刊、菊屋七郎兵衛板、絵入、中巻第18丁破れ有、半紙本、3冊。
10万5千【50】

◎むさしあぶみ=(浅井了意)、万治4年刊、京・中村五兵衛板、絵入、裏打ち補修、2冊。明暦大火一件書、仮名草子、やや後印。
38万【50】

◎倭歌 岩つつじ=2巻、北村季吟、延宝4年序刊、正徳頃印か、大坂・伊予屋平兵衛等板、仮名草子、絵入、半紙本、2冊。
48万【50】

◎新板ゑ入 因果物語=6巻、ひらがな12行、鈴木正三、寛文頃刊、京・赤井長兵衛板、絵入、裏打ち有、3冊。
58万【50】

◎可笑記=5巻、12行本、如儡子、寛永19年刊、裏打ち、5冊。
58万【50】

◎武者物語=3巻、松田秀任集、明暦2年刊、京・荒木利兵衛板、絵入、9行、合本、少虫損有。
12万6千【50】

◎鎌倉物語=5巻、中川喜雲撰、(菱川師宣風画)、万治2年刊、「勝鹿文庫」(松本月痴)旧蔵、11行、絵入(絵取り)、虫損有、替表紙、破れ補修有、貸本屋印、五冊。
28万【50】

◎為人抄=10巻、苦甜斎守株(中江藤樹)、寛文2年刊、後印、「小林姓福田」○に×の蔵印、5冊。
10万5千【50】

◎あだ物語=全4冊、三浦為春、寛永17年刊、中村五兵衛版、絵入、和大、帙入、一部小浸入、極小虫補修済。
89万2千5百【49】

◎大坂物語=2巻、寛文12版、絵入、大2冊、虫少々有、墨色表紙少剥 上巻簽欠、1672。
7万1千4百【48】

◎鑑草=6巻、中江藤樹、延宝3版、村田庄五郎・福森兵右衛門板行、絵入、大6冊、1丁(6/6)欠、極少虫、1675。
8万4千【48】

◎倭小学=6巻、辻原元甫、万治2版、埜田弥兵衛開板、絵入、大8冊、極少虫、簽欠、1659。
7万1千4百【48】

◎鎌倉物語=5巻(地誌)、中川喜雲、元禄13版、須原屋茂兵衛板、絵入、自序 跋有、大合1冊、虫・シミ少有、書題簽、黒川真頼/高木利太等蔵書印有、1700。
15万7千5百【48】

◎女郎花物語=3巻(仮名草子)、〔北村季吟〕、万治4中野小左衛門板行、古雅絵入、竪長大3冊、1丁(下ノ30)欠、墨色表紙少虫損、簽少剥げ、1661。
29万4千【48】

◎一休ばなし=外題絵入一休ばなし、4巻、(咄本)、無刊年、永田長兵衛開板、大4冊。
12万6千【48】

◎大坂物語=全2冊、江戸前期刊、絵入、残花書屋旧蔵、和大、帙入、浸入。
18万9千【47】

◎女郎花物語=全6冊,江戸中期刊、坂田屋平兵衛他版、絵入、紺紙銀泥下絵入表紙原装元題簽付、和大、帙入、一部小虫入。
36万7千5百【47】

◎女鏡秘伝書=2冊、延宝6年刊、万屋庄兵衛版、絵入、和大、帙入、巻中欠。
36万7千5百【47】

◎女五経=全5冊、あかし物語、小亀勤斎、延宝9年刊、梅村弥右衛門版、絵入、和大、帙入、一部浸入・小虫補修済。
26万2千5百【47】

◎甲陽軍鑑=20巻、高坂昌信、無刊年 明暦頃刊(丹表紙)、天正3・4・5・14奥書、27.5×20糎、大22冊、3丁(10巻ノ下42・49、17巻ノ6)欠、染み少有、虫損有、簽欠。
84万【46】

◎信長記=15巻,太田牛一輯録、小瀬甫庵重撰、寛永元版、大8冊、虫損有、表紙少虫損簽欠、1624。
26万2千5百【46】

◎太閤記=別題豊臣記、22巻、小瀬甫庵輯録、万治4版、吉文字屋板行、寛永2自序、凡例・或問・綱目・目録付、大22冊、墨付少有、少虫、巻1・22表紙少剥げ、巻1簽欠、1661。
29万4千【46】

◎鑑草=6巻、中江藤樹、延宝3版、村田庄五郎・福森兵右衛門板行、絵入、大6冊、1丁(6/6)欠、極少虫、1675。
8万4千【46】

◎倭小学=6巻、辻原元甫、万治2版、埜田弥兵衛開板、絵入、大8冊、極少虫、簽欠、1659。
7万1千4百【46】

◎新板 絵入 倭小学=6巻、辻原元甫、宝暦9版、勝村治右衛門板、半5冊、少虫、表紙少剥、1759。
3万1千5百【46】

◎本朝列女傳=別題全像本朝古今列女傳、黒澤弘忠、10巻、寛文8版、村上平楽寺重梓、明暦3善斎老人序、古雅絵入、大合3冊、赤ペン線3行有、表紙少剥、簽欠、1668。
12万6千【46】

◎一休ばなし=外題絵入一休ばなし、4巻、(咄本)、無刊年、永田長兵衛開板、大4冊。
12万6千【46】

◎伽婢子=5冊、半紙本、13巻、浅井了意(瓢水子松雲)、元禄12年刊、中川茂兵衛板、少虫、少スレ、簽破れ。
40万【45】

◎理非鑑=3冊、漂泊野人(江島為信)、寛文4年刊、原装、極少虫、朱入、甘露堂旧蔵。
48万【45】

◎古活字版 信長記 巻九・十=1冊、太田牛一輯録、小瀬甫庵撰、元和寛永中刊、書入有、簽欠、天地断ち切り有。
9万【45】

◎三国物語=5冊、寛文7年刊、吉野屋惣兵衛板、巻1(1~18丁欠)、少虫、いたみ、破れ、スレ、改装。
12万【45】

◎醒睡笑 巻1・2=1冊、安楽庵策伝、江戸前期刊、改装、中本。
6万8千【45】

◎鑑草=3冊、6巻、江戸中期写、斐紙、列帖装、23.4×17糎、1・2(92丁)、3・4(60丁)、5・6(75丁)、毎葉10行、虫、しみ。
8万【45】

◎倭小学=5冊、6巻、辻原沙木子、元禄9年刊、野田弥兵衛板、極少虫、少ムレ、原装、半紙本。
3万【45】

◎ひそめ草=全3帖、仮名草子、伝九条幸家(忠栄)筆、江戸初期写、朱点、『国書』に写本記載なし、表紙・紺紙金箔散金泥下絵入、古筆極札付、各竪25.7糎 横17.8糎、綴葉装、帙入、巻下・裏表紙欠、一部虫・小浸入。
百57万5千【44】

◎島原記=巻中・下、2冊、貞享5年刊、服部九兵衛版、絵入、和大。
4万7千250【44】

◎曽呂里狂歌咄=全3冊、浅井了意、文化15年刊、秋田屋太右衛門版、絵入、5巻合巻、和大、絵入。
12万6千【44】

◎女四書=全7冊、辻原元甫、明暦2年刊、絵入、和大、帙入。
12万6千【44】

◎信長記=15巻,太田牛一輯録、小瀬甫庵重撰、寛永元版、大8冊、虫損有、表紙少虫損簽欠、1624。
26万2千5百【43】

◎太閤記=別題豊臣記、22巻、小瀬甫庵輯録、万治4版、吉文字屋板行、寛永2自序、凡例・或問・綱目・目録付、大22冊、墨付少有、少虫、巻1・22表紙少剥げ、巻1簽欠、1661。
29万4千【43】

◎大坂物語=2巻、寛文12版、絵入、大2冊、虫損少々有、墨色表紙少剥、上巻簽欠、1672。
8万4千【43】

◎鑑草=6巻、中江藤樹、延宝3版、村田庄五郎・福森兵右衛門板行、絵入、大6冊、1丁(6/6)欠、極少虫、1675。
8万4千【43】

◎新板 絵入 倭小学=6巻、辻原元甫、宝暦9版、勝村治右衛門板、半5冊、少虫、表紙少剥、1759。
3万1千5百【43】

◎一休ばなし=外題絵入一休ばなし、4巻、(咄本)、無刊年、永田長兵衛板、大4冊。
12万6千【43】

◎堪忍記=8巻、浅井了意、無刊年、美濃屋彦兵板、古雅絵入、大4冊、簽掠れ。
12万6千【43】

◎新板 糺物語 絵入=2巻2冊、仮名草子、無刊記、近江屋新兵衛板、原表紙、原題箋、虫食、朱筆書入、11行本、25・9×18・1糎。
18万【42】

◎おさな源氏物語=端本6冊、仮名草子、野々口立圃著、寛文頃刊ね原表紙、原題箋一部存、虫食、擦れ シミ 破れ 書入、27・1×19糎、仮名草子『おさな源氏』(10巻10冊)のうち、巻3・4・6・9存。
18万【42】

◎絵入 因果物語=巻1・2、零本一冊、鈴木正三著、絵入8図、原表紙、原題箋、疲れ、25・4×17・7糎。
5万【42】

◎新板 ゑ入 因果物語(平仮名本)=6巻3冊、仮名草子、鈴木正三作、丁子屋九郎右衛門版、原表紙、原題箋、12行本、シミ、26×18糎。
28万【42】

◎新刻 因果物語(片仮名本)=3巻合1冊、仮名草子、鈴木正三作、義雲・雲歩撰、寛文元年中巻未刊、山本平左衛門版、原表紙、原題箋、少虫、シミ、墨書入、26・7×18・8糎。
88万【42】

◎信長記=15巻,太田牛一輯録、小瀬甫庵重撰、寛永元版、大8冊、虫損有、表紙少虫損簽欠、1624。
26万2千5百【41】

◎太閤記=別題豊臣記、22巻、小瀬甫庵輯録、万治4版、吉文字屋板行、寛永2自序、凡例・或問・綱目・目録付、大22冊、墨付少有、少虫、巻1・22表紙少剥げ、巻1簽欠、1661。
29万4千【41】

◎大坂物語=2巻、寛文12版、絵入、大2冊、虫損少々有、墨色表紙少剥、上巻簽欠、1672。
8万4千【41】

◎鑑草=6巻、中江藤樹、延宝3版、村田庄五郎・福森兵右衛門板行、絵入、大6冊、1丁(6/6)欠、極少虫、1675。
8万4千【41】

◎百八町記=5巻、仮名草子、如儡子、寛文4、中野道伴板行、承応4自奥書、大5冊、虫・シミ・ムレ少有、奥付・半丁に少損有、表紙疲れ、簽巻5ノミ少存、1664。
15万7千5百【41】

◎一休ばなし=外題絵入一休ばなし、4巻、(咄本)、無刊年、永田長兵衛板、大4冊。
12万6千【41】

◎信長記=15巻,太田牛一輯録、小瀬甫庵重撰、寛永元版、大8冊、虫損有、表紙少虫損簽欠、1624。
26万2千5百【40】

◎太閤記=別題豊臣記、22巻、小瀬甫庵輯録、万治4版、吉文字屋板行、寛永2自序、凡例・或問・綱目・目録付、大22冊、墨付少有、少虫、巻1・22表紙少剥げ、巻1簽欠、1661。
29万4千【40】

◎大坂物語=2巻、寛文12版、絵入、大2冊、虫損少々有、墨色表紙少剥、上巻簽欠、1672。
8万4千【40】

◎鑑草=6巻、中江藤樹、延宝3版、村田庄五郎・福森兵右衛門板行、絵入、大6冊、1丁(6/6)欠、極少虫、1675。
8万4千【40】

◎倭小学=6巻、辻原元甫、万治2版、埜田弥兵衛開板、絵入、大8冊、極少虫、簽欠、1659。
7万1千4百【40】

◎一休ばなし=外題絵入一休ばなし、4巻、(咄本)、無刊年、永田長兵衛板、大4冊。
12万6千【40】

◎仮名列女伝=全5冊,北村季吟訳,江戸中期刊,8巻合巻,絵入,和大。帙入。
15万7千5百【39】

◎出来斎京土産=全7冊,浅井了意著,吉田半兵衛画,延宝5年刊,磯田平兵衛版,和大,帙入,傷み補修済。
157万5千【39】

◎竹斎=上巻,1冊,江戸前期刊,絵入,和大,帙入,虫補修済,墨汚れあり。
12万6千【39】

◎釈迦八相物語=全5冊,江戸後期刊,高橋平助版,絵入,原装元題簽付,8巻合巻,和大。
6万8千250【39】

◎女郎花物語=全6冊,江戸前期刊,坂田屋平兵衛他版,絵入,和大,帙入,1部虫入。
21万【39】

◎二人比丘尼=全2冊,鈴木正三,寛文4年版後刷,絵入,和大,帙入。
31万5千【39】

◎出来斎京土産=延宝6年,山口市郎兵衛版,絵入,美濃版,7冊,原装。緑色表紙,延宝5年版の再印本。
200万【1】

◎醒睡笑=慶安元年刊,8巻,咄本,安楽庵策伝作,半紙本,3冊,丹表紙。寛永版(無刊記)に次ぐもの。中冊は補配か。
98万【1】

◎可笑記=如儡子作,万治2年,山本五兵衛刊,絵入,半紙本,5冊,紺表紙。巻4の3~7丁は別本よりの補配。焼焦げ補修あり。
98万【1】

◎釈迦八相物語=寛文6年刊,合本2冊。
7万【2】

◎一休ばなし=本田長兵衛板,絵入,咄本,4巻,2冊。
25万【3】

◎あみだはだか物語=明暦2年初春吉辰刊,原装題箋,2冊。
48万【3】

◎一休諸国物語=揃,江戸前期刊,堺屋仁兵衛板,絵入,原表紙。
25万【3】

◎むさしあぶみ=浅井了意,西宮新六板,明和9年刊,筆彩色絵入。上巻原表紙題箋有,上下合本,1冊。
120万【3】

◎清水物語=朝山意林庵著,寛永15年刊,上下合本,1冊。
78万【3】

◎新板絵入/うすゆき物語=梅村判兵衛板,原装表紙題箋美。半紙本,2冊,元禄頃刊。
68万【3】

◎釈迦八相物語=揃,塩屋平助板,寛文6年刊,絵入美。原表紙題箋。
28万【3】

◎念仏草紙=鈴木正三,刊年不詳,原装題箋,1冊。
45万【3】

◎糺物語=上下,日心,栗山弥兵衛板,絵入,原装題箋,良刷。
30万【3】

◎おみなへし物語=写本,2巻,絵入,伝北村季吟撰,1帙2冊。17・5糎,横12・4糎の小本。田安家の蔵書印。
28万【4】

◎清水物語=朝山意林庵,寛永15年刊,原表紙,敦賀屋久兵衛版。2巻,1帙2冊。少虫補修済。
24万【4】

◎絵入念仏草紙=2巻,鈴木正三,刊年不明,1帙1冊。縦25・7糎,横18・6糎,淡黄色無地表紙,岡田真旧蔵印。
48万【4】

◎あみだはだか物語=2巻,明暦2年刊,1帙2冊。縦26・4糎,横18・7糎,紺色表紙,藤井文庫旧蔵印。
38万【4】

◎京雀=浅井了意作,7巻,寛文5年刊,田中文内版,1帙7冊。縦26・0糎,横17・4糎,平出鏗二郎旧蔵本。
430万【4】

◎理慶尼の記=一名武田勝頼滅亡記,弘化2版,絵入,大1冊。
4万5千【5】

◎古老軍物語=荒木利兵衛開板,外題古老物語,6巻,古雅絵入,大6冊。
35万【5】

◎大仏物語=寛永19年刊,大本,2冊。
80万【6】

◎釈迦八相物語=寛文6年,塩屋平助刊,大本,2冊,合本,後刷。
3万8千【6】

◎糺物語=宝永3年刊,大本,2冊,原装,但し少シミあり。
5万【6】

◎堪忍記=宝永元年,吉田屋平介刊,中本,小虫。
38万【6】

◎賢女物語=満女,寛文9年,出雲寺和泉掾刊,後刷,大本,2冊。
4万【6】

◎太閤記=小瀬甫菴道喜輯,正保3年,林甚右衛門刊,大本,22冊。
25万【6】

◎醒睡笑=5巻,酒元嘉,寛保元年奥書,写本,中本,1冊。
9万5千【6】

◎釈迦八相物語=文政10年,吉野屋仁兵衛板,原装,題簽スレ,絵入,表紙スレ,蔵印有。
6万【7】

◎むさしあぶみ 写=1冊,5丁,明暦3年の大火のこと,蔵印有,美本。
3万【7】

◎可笑記=3巻,1冊,寛政13年刊,絵入,
6万8千【8】

◎新板 死霊解脱物語 下=山形屋吉兵衛,正徳2年刊,1冊。
15万【8】

◎江戸雀=菱川師宣著并画,延宝5年刊,大本,12冊,7冊に原題簽付,紺表紙,挿絵33図,少手摩れあり。極稀本。
850万【9】

◎釈迦八相物語=寛文6年刊,大本,帙入,表紙痛み,
20万【9】

◎宗祇諸国物語=半紙本,1冊,正徳3年正月刊,西村市郎右衛門・丹波屋茂兵衛版,改装,5巻合冊。
65万【9】

◎一休可笑記=大本,3冊,6冊の内(一,三,五),絵入,小虫疲れ本,題簽欠,宝永板か。
5千【10】

◎棠陰比事=大本,1冊,江戸前期刊,原装。
5千【10】

◎新板改正甲陽軍鑑=高坂昌信,元禄12年刊,村上勘兵衛板,図入,原表紙題簽,10冊,揃。
65万【11】

◎信長記=小瀬甫庵,寛永元年刊,栗皮色表紙,題簽小有。
120万【11】

◎むさしあぶみ=浅井了意,西宮新六板,明和9年刊,筆彩色絵入,上巻原表紙題簽有,上下合本,1冊。
120万【11】

◎清水物語=朝山意林庵著,寛永15年刊,上下合本,1冊。
78万【11】

◎桃源集=□田鈍太郎末孫白面書生著,承応4年刊,保存良,全35丁,10行,19×14cm,嶋原遊女評判記で現存最古版,極稀,1冊。
400万【11】

◎新板絵/入うすゆき物語=梅村判兵衛板,原表紙題簽美,元禄頃刊,半紙本,2冊。
68万【11】

◎釈迦八相物語=塩屋平助板,寛文6年刊,絵入美,原表紙題簽有,5冊。
28万【11】

◎念仏草紙=鈴木正三,刊行未詳,原装題簽,1冊。
45万【11】

◎二人比丘尼=鈴木正三,堤六左衛門板,筆彩色絵入,延宝刊,丹表紙,1冊。
58万【11】

◎奇異雑談集=中村某著,古版ひらかな,絵入,原表紙題簽有,江都富野治左衛門・京茨木多左衛門板,6冊。
65万【11】

◎糺物語=日心,栗山弥兵衛板,良刷,絵入,原装題簽,2冊。
30万【11】

◎一休ばなし=本田長兵衛板,絵入,4冊。
25万【11】

◎一休ばなし=続編也来編,寛政頃刊,絵入,原装題簽,6冊。
45万【11】

◎あみだはだか物語=明暦2年初春吉辰刊,原装題簽,2冊。
48万【11】

◎薬師通夜物語=作者不詳,寛永20年2月刊,原表紙,1冊。
120万【11】

◎堪忍記=元禄13年刊,絵入合本,1冊。
5万【11】

◎一休諸国物語=江戸期刊,堺屋仁兵衛板,絵入,原装題簽,5冊。
25万【11】

◎鎌倉紀行=戸田幹著,武村市兵衛板,文政4年刊,大本,1冊。
85万【11】

◎鎌倉物語=中川喜雲撰,菱川師宣画,須原屋板,宝暦2年刊,絵入,1冊。
50万【11】

◎北条九代記=浅井了意,梅村弥右衛門板,延宝3年刊,原表紙,12冊。
48万【11】

◎天正記―太閤記拾遺=太田牛一,承応3年刊,中村五兵衛板,原表紙題簽,8冊。
38万【11】

◎重刊改正/信長記=小瀬甫庵,寛文12年刊,原表紙題簽,8冊。
95万【11】

◎甲陽軍鑑=高坂弾正,河内屋茂兵衛板,元禄12年刊,原装題簽,10冊。
25万【11】

◎甲陽軍鑑=高坂昌信,寛文延宝頃刊,原表紙・題簽少欠,保存良,23冊。
85万【11】

◎甲陽軍鑑管見抄=馬場信貞,寛文2年刊,原表紙装題簽,稀書,揃,15冊。
280万【11】

◎甲陽軍鑑=明暦頃刊,丹表紙原題簽,13冊。
150万【11】

◎奥州軍志―附奥州後三年記=林和泉掾板,寛文2年刊,合本絵入,1冊。
48万【11】

◎甲陽軍鑑=万治2年刊,安田十兵衛板,十一行本,原表紙題簽,揃,20冊。
60万【11】

◎仮名烈女伝=北村季吟訳,勝村治右衛門板,寛文8年刊,原表紙題簽,揃,8冊。
85万【11】

◎女四書=辻原元甫,明暦2年刊,絵入,教訓,原表紙題簽,揃,7冊。
25万【11】

◎可笑記=如儡子作,万治2年,山本五兵衛刊,絵入,半紙本,5冊,元紺表紙付き,元題簽は擦れて殆ど読めない(巻4のみ他本からの題簽を貼付),序半丁,巻5を除き尾題有,巻4第3~7丁はやや小振りの別本よりの補配,第8~21丁欄外焼焦げ補修,少水染み,少し疲れ有。
78万【12】

◎信長記=大田牛一録,小瀬甫庵重撰,寛永元年刊,少疲れ,合本,6冊,美濃判,元の栗皮表紙付,第2冊にのみ元題簽(破れ有),巻15少傷み,数ケ所水染み有,「能州正力仏照寺」の印有。
25万【12】

◎女訓抄=下巻,寛永14年刊,古活字版,13行,平仮名交り,3巻の内,1冊,美濃判,元丹表紙付,僅か虫損有,第8条「けいのふあるへき事」を収める,「神原家図書記」の黒印有,『国書総目録』に記されている伝本は,徳島大学阿波国文庫の焼失本のみである。
28万【12】

◎倭小学=辻原沙子(元甫)著,元禄9年,野田弥兵衛版,絵入,6冊,美濃判,原装,題簽少擦れ有,保存良。
6万5千【12】

◎古老軍物語=外題古老物語,万治4年版,荒木利兵衛開板,古雅絵入,大本6冊。
35万【13】

◎鑑草=中江藤樹,延宝3年版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大本,6巻6冊。
12万【13】

◎料理物語=慶安2年版,中本1冊,虫少裏打補修有,題簽欠。
20万【13】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本)・無刊年,永田長兵衛開板・大本4冊,原表紙題簽。
20万【13】

◎堪忍記=浅井了意,無刊年版,美濃屋彦兵衛板,題簽掠・原表紙。
20万【13】

◎和漢賢女物語=満女,5巻,寛文9年版,出雲寺和泉掾板,絵入,大本5冊,原表紙題簽。
58万【13】

◎清水物語=朝山意林庵著,2冊,元禄2年刊,永田長兵衛板,版心「清水 上(下)(丁数)」,紙数上34枚,下34枚(表3共),紙面縦25・3,横18・5糎,拵帙入。
50万【14】

◎和漢絵入/奇異雑談集=6冊,貞享4年(1687)成,別題「奇異雑談」,原表紙・原題簽,紙数巻一27枚5図,巻二19枚4図,巻三18枚3図,巻四20枚3図,巻五19枚3図,巻六21枚3図,紙面縦22・3,横15・7糎,拵帙入。
65万【14】

◎理慶尼の記=一名武田勝頼滅亡記,弘化2版,絵入,大1冊,原装。
4万5千【15】

◎鑑草=中江藤樹・延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6ノ6)欠有・原表紙題簽
12万【15】

◎倭小学=辻原元甫・万治3版・埜田弥兵衛開板,絵入,大8冊,極少虫,原表紙簽欠。
9万8千【15】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年版,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,墨色原表紙・第6巻表表紙欠,題茶欠。
30万【15】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫少裏打補修有,題簽欠。
20万【15】

◎一休はなし=外題絵入一体はなし,4巻,咄本,無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【15】

◎新語園=浅井了意,10巻,仮名草子,天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁に文字にかかる小穴有,改装,書題簽。
15万【15】

◎堪忍記=浅井了意,8巻,仮名草子,無刊年版,美濃屋彦兵板,古雅絵入,大4冊,題簽掠,原表紙。
20万【15】

◎和歌女郎花物語=北村季吟?,3巻,仮名草子,無刊年版,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原装。
38万【15】

◎和漢賢女物語=満女,仮名草子,寛文9版,出雲寺和泉掾板,絵入,大5冊,原表紙題簽。
58万【15】

◎大倭二十四孝=浅井了意,寛文5年刊,原装,12冊,水谷不倒旧蔵。
120万【16】

◎酒茶論=寛永頃刊,紙数16枚,1冊,「室町時代物語大成」収録の底本,横山重旧蔵。
450万【16】

◎山名玉松=菱川師宣画,延宝頃刊,仮名草子,絵15図,1冊。
70万【16】

◎安土宗論=万治3年刊,仮名草子,原装,絵2図,1冊。
120万【16】

◎甲陽軍鑑評判=大10冊,伊南芳通,万治4。
45万【16】

◎理慶尼の記=一名武田勝頼滅亡記,大1冊,理慶尼,弘化2。
4万5千【16】

◎古老軍物語=大6冊,古雅絵入,題簽少存,荒木利兵衛板,万治4。
35万【16】

◎一休ばなし=絵入,文政板後刷,3冊。
1万2千【16】

◎桃原集=□田鈍太郎末孫白面生書,承応4年刊,嶋原遊女評判記,極稀,1冊。
250万【16】

◎太閤記=虫,欠本,小瀬甫庵,万治4年刊,9冊。
3万【16】

◎可笑記=3巻,絵入,寛政13年刊,1冊。
4万8千【16】

◎丙辰紀行=元和2年,羅浮子(善庵旧蔵),1冊。
6万8千【16】

◎難波名所/芦分舟=大坂鑑,延宝6年版,付録共帙入,だるまや,7冊。
5万8千【16】

◎奇異雑談集=揃,中村某著,古版ひらかな,仮名草子,原装,絵入,江都富野治左衛門・京茨木多左衛門板,6冊。
65万【17】

◎糺物語=揃,日心,栗山弥兵衛板,仮名草子,良刷,原装,絵入,2冊。
30万【17】

◎一休ばなし=本田長兵衛板,咄本,全4巻,絵入,2冊。
25万【17】

◎一休ばなし=正続揃,続編也来編,咄本,原装,絵入,寛政頃刊,6冊。
45万【17】

◎夢遊集=水田甚左衛門板,仮名草子,3巻合本,慶安3年刊,1冊。
45万【17】

◎薬師通夜物語=作者不詳,仮名草子,原表紙,寛永20年2月刊,1冊。
120万【17】

◎あみだかんきん抄=松会開板,仮名草子,原装,絵入,1冊。
30万【17】

◎あみだはだか物語=仮名草子,原装題箋,明暦2年初春吉辰刊,2冊。
48万【17】

◎一休諸国物語=揃,堺屋仁兵衛坂,仮名草子,原装,絵入,江戸期刊,5冊。
25万【17】

◎堪忍記=巻2~8,絵入,合本,元禄13年刊,1冊。
5万【17】

◎やまと小学=野田弥兵衛板,合装,絵入,題箋付,万治2年刊,2冊。
9万5千【17】

◎鎌倉物語=中川喜雲撰,菱川師宣画,須原屋板,全5巻,絵入,宝暦2年刊,1冊。
50万【17】

◎重刊改正/信長記=揃,小瀬甫庵,原装題箋,寛文12年刊,8冊。
95万【17】

◎甲陽軍鑑=揃,高坂弾正,河内屋茂兵衛板,原装題箋,元禄12年刊,10冊。
25万【17】

◎甲陽軍鑑=揃,高坂昌信,原表紙,題箋少欠,保存良,寛文延宝頃刊,23冊。
85万【17】

◎新板改正/甲陽軍鑑=揃,高坂昌信,村上勘兵衛板,図入,原装,元禄12年刊,10冊。
65万【17】

◎甲陽軍鑑管見抄=揃,馬場信貞著,稀書,原表紙題箋,良,寛文2年刊,15冊。
280万【17】

◎甲陽軍鑑=揃,丹原表紙原題箋,明暦頃刊,13冊。
150万【17】

◎絵入太閤記=揃,出雲寺和泉板,,原装題箋,宝永7年刊,11冊。
80万【17】

◎甲陽軍鑑=揃,安田十兵衛板,11行本,原表紙題箋,万治2年刊,20冊。
60万【17】

◎仮名列女伝=揃,北村季吟訳,良刷美,原装,絵入,享保頃刊,8冊。
45万【17】

◎本朝列女伝=揃,黒沢弘忠著,勝村治右衛門板,原表紙題箋,寛文8年刊,6冊。
25万【17】

◎女四書=揃,辻原元甫,教訓,原装,絵入,明暦2年刊,7冊。
25万【17】

◎棠陰比事=大本5冊,慶安2年,安田十兵衛板,原表紙・原題簽存,第1冊ムレ・痛み有,オモテ表紙~目次に穴・巻末3丁~ウラ表紙柱部破損。
17万【18】

◎仮名列女伝=大本8冊・江戸後期頃・西村市郎右衛門板,北村季吟著,原表紙,原題簽存(第1冊欠)。
20万【18】

◎驢鞍橋=大本3冊,寛文9年,堤六左衛門板,原表紙,原題簽,鈴木正三者・恵三編,旧蔵印「斎藤文庫(=斎藤月岑)」他,※虫有・裏打補修有,書き込み多し。
7万5千【18】

◎鑑草=江戸中期頃板,原表紙原題簽存・良刷,大本6冊,中江藤樹著,正保・万治板系無刊記本,※少シミ・虫有。
8万【18】

◎釈迦八相物語=江戸後期頃・高橋平助板・原表紙・原題簽,寛文6年版後刷,保存良,8巻,大本5冊。
3万5千【18】

◎目なし草 一休鏡注=江戸早期頃・菊屋七郎兵衛板,大本1冊,原表紙,原題簽,24丁,旧蔵印「海心院蔵本」※少虫。
2万【18】

◎やまと小学=江戸中頃(奥付無),原表紙・原題簽存・大本6冊,辻原元甫著。
5万【18】

◎女四書=明和9年,境屋嘉兵衛板,原表紙,原題簽,保存良,大本4冊。
4万5千【18】

◎大和小学(序題)=万治3年,上村四郎兵衛板,後刷,題簽欠,山崎闇斎著,3巻5冊合,旧蔵印「墨川」※虫有,大本1冊。
9千【18】

◎釈迦八相物語=江戸後期頃,高橋平助板,原表紙,席題簽,寛文6年塩屋平助他板後刷,8巻,保存良,大本5冊。
4万5千【18】

◎目なし草 一休鏡注=延宝3年(版元名無)板,原表紙,原題簽,43丁,大本1冊。
2万【18】

◎目なし草 一休鏡注=江戸中後期頃・菊屋七郎板,24丁,替表紙,原題簽,※少虫,大本1冊。
1万3千【18】

◎一休ばなし=江戸後期頃,秋田屋太兵衛板,原表紙,原題簽存,4巻,大本2冊,※第1巻第17・21丁第3巻第6丁欠コピー補,虫有。
2万【18】

◎名所/絵入 難波鑑=大本,原装,古雅絵入,箱入,5冊,一無軒道冶輯,延宝8年序刊。大坂の名所・旧跡・年中行事・祭礼を暦の順に並べて紹介。住吉神社・天王寺・座摩社・天満天神・四天王寺・今宮祭・道頓堀芝居等,大坂古版地誌として「芦分船」と共に有名である。江戸中期の大阪繁栄と神事祭祀心行事の由来と風俗を詳細に記す。伝本甚だ少なく僅に数本のみ伝存。市場に出ること殆ど少く稀覯書である。小汀利得旧蔵印。巻6缺,題簽巻3・4のみ有り,巻1首僅に湿損あり。
300万【19】

◎住吉相生物語=大本,上本,5冊。一無軒道冶,古雅絵入,大坂住吉神社の縁起・由来・神事・伽藍等を詳細に記した書。大坂古版地誌のひとつ。5巻,延宝6年刊,元装,伝本稀。
650万【19】

◎大坂物語=合本,大本,1冊。大坂冬・夏之陣戦記,頸帳付,2巻,かな,古雅絵入,明暦4年刊,本屋板。
38万【19】

◎大坂物語=2巻2冊,かな,慶応元年岡本宣紹写,くび帳入。
25万【19】

◎釈迦如来一代記=仮名草子,元禄頃刊,絵入,巻5・8下欠、大本,8冊。
3万8千【19】

◎新板一休水かがみ=山岡元隣,ひらかな,明暦2年序刊,題箋附,大本,1冊。
2万8千【19】

◎水鏡註目無草=一休和尚,かな,菊屋板,少湿,江戸後期刊,大本,1冊。
1万5千【19】
◎甲陽軍鑑=結要品,5冊。軍法之巻,2冊。前集,1冊。末書,4冊。龍韜品・虎略品・豹業品,1冊。カナ,図入,朱書入,谷口元武写,文化頃写,小虫入。一括。
18万【19】
◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽一部存,1661。
35万【20】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,題簽極少欠,原表紙1692。
6万8千【20】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鏡注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1冊,虫損,原表紙疲れ,原題簽掠れ,1675。
2万8千【20】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【20】

◎比売鑑=中村テキ斎,述言12巻,紀行19巻,宝永6,正徳2版,絵入,半合16冊,虫裏打補修有,原表紙,1712。
30万【20】

◎倭小学=辻原原甫,6巻,万治2版,埜田弥兵衛開板,絵入,大8冊,極少虫,原表紙題簽欠,1659。
9万8千【20】

◎大和小学=(山崎闇斎),万治3版,上村四郎兵衛開板,大5冊,少虫,題簽少擦,1660。
4万5千【20】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年版,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,墨色原表紙,第6巻表表紙欠,題簽欠。
30万【20】

◎女四書=辻原元甫,7巻,明暦2版,杉山太郎左衛門板,絵入,大7冊,極少虫,原表題簽,〔女孝経2巻,内訓2巻,女論語2巻,女誡1巻,1656。
7万8千【20】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫少裏打補修有,題簽欠,1649。
20万【20】

◎山城四季物語=6巻,坂内直頼,延宝2版,本間長兵衛開板,古雅絵入,大6冊,虫少裏打補修有,巻2・4題簽欠,原表紙,1674。
250万【20】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,題簽欠,1700。
28万【20】

◎一休はなし=外題絵入り一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【20】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁ニ文字ニカカル穴有,改装,書題簽,1682。
15万【20】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年版,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,題簽掠,原表紙。
20万【20】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年版,秋田屋安兵衛板,絵入,大6冊,原装。
38万【20】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,大5冊,原表紙題簽,1669。
58万【20】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫原表紙疲,原題簽掠,1720。
38万【20】

◎清水物語=2巻(仮名草子),寛永15年刊本覆刻,朝山意林庵作,原表紙,少虫補修済,1帙2冊。
24万【21】

◎二人びくに=2巻合冊(仮名草子),鈴木正三作,寛文4年刊,山本九兵衛版,手擦レ裏打補修題簽欠表紙汚レ,1帙1冊。
45万【21】

◎京雀=7巻(仮名草子),浅井了意作,田中文内版,寛文5年刊,1帙7冊。帙には,縦17.6・,横3.6・の題簽が付され,「京雀 寛文五年刊,七冊 田中文内板 平出鏗二郎旧蔵本」と記されている。保存上本。
400万【21】

◎御伽婢子=後編1~5,浅井了意著,題簽付,文政9年刊,前川六左エ門等版,表紙擦レ,本文少墨シミ有,5冊。
13万【21】

◎仁勢物語=巻下(上欠),烏丸光広,寛永版(後印),無跋本,題簽上部少破,大一。
40万【22】

◎尤之双紙=巻上(下欠),斎藤徳元,寛永十一版か,題簽欠,少虫入,大一。
15万 【22】

◎七人びくに=中下巻(上欠),寛永十二年,下巻題簽欠,落丁墨書有,大二。
14万 【22】

◎信長記=巻1・6-10欠(全十五巻中),寛永中,改装,大合三。
3万5千【22】

◎太閤記=巻二欠(全二十二巻中),巻四写本,巻五-八正保版,補記,太閤記には古活字版がなく小瀬甫庵本がテキストの最善本,大二一。
10万【22】

◎うすゆき物語=巻上(下欠),寛文頃,薄雪物語板本考〔7〕か,第三丁欠,墨書汚あ り,大一。
4万【22】

◎棠陰比事物語=巻五(全五巻中),慶安二,大一。
5万5千【22】

◎絵入/棠陰比事=巻7・8(全八巻中),万治寛文頃か,題簽欠,松会版,大合一。
6万8千【22】

◎念仏草紙=巻上(下欠),寛文延宝頃,絵入り,題簽剥落,大一。
5万【22】

◎目覚物語=巻五(全五巻中),標題は目録題,柱刻に「そろり巻五」とあり,寛文頃, 江戸本問屋,大一。
8万【22】

◎三国物語=巻1・2・3(全五巻中),寛文七吉野屋版か,改装,大合一。
20万【22】

◎智恵鑑=巻1・2・4・5・10,万治三跋,京都上村次郎衛門,大五。
4万【22】

◎堪忍記=巻6・7・8(全八巻中),寛文四,版元名削る,絵入,少シミ,大三。
3万8千【22】

◎伽婢子=巻一零本,浅井了意,寛文六自序,後印,絵入,題簽欠,半一。
1万【22】

◎理屈物語=巻1・2・3・5(全六巻中),寛文七徑山子序,絵入,大四。
18万【22】

◎をんな仁義物語=巻下零本,無年記,絵入,松会版,大一。
6万5千【22】

◎絵入/一休はなし=巻一零本,寛文九,松会版,一部痛ミを補修,大一。
4万【22】

◎本朝寺社物語=巻2・3・6・8・9(全九巻中),寛文七,年記以後の三行は入木,毎寺社絵入,大合一。
20万【22】

◎一休諸国物語=巻1・2・5(全五巻中),寛文十二,堺屋庄兵衛,表紙屋庄兵衛版に先行するか,大三。
55万【22】

◎鎌倉管領九代記=伝浅井了意,外題・管領鎌倉九代記,9巻,寛文12,田中庄兵衛・梅村弥右衛門版,古雅絵入,大15冊,巻1上・巻9下,題簽欠,原表紙少剥,1672。
78万【23】

◎古老軍物語=外題・古老物語,荒木利兵衛板,6巻,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽一部存,1661。
35万【23】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,題簽極少欠,原表紙,1692。
6万8千【23】

◎鑑草=中江藤樹,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【23】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年版,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,墨色原表紙,第6巻表表紙欠,題簽欠。
30万【23】

◎一休はなし=4巻,咄本,元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙少剥少有,題簽欠,1700。
28万【23】

◎一休はなし=外題・絵入/一休はなし,4巻,咄本,無刊年,永田長兵衛板,大4冊,原表紙題簽。
20万【23】

◎新語園=浅井了意,10巻,仮名草子,天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁ニ文字ニカカル小穴有,改装,書題簽,1682。
15万【23】

◎堪忍記=浅井了意,8巻,仮名草子,無刊年版,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,題簽掠,原表紙。
20万【23】

◎和歌女郎花物語=北村季吟,3巻,仮名草子,無刊年版,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原装。
38万【23】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻,仮名草子,寛文9版,出雲寺和泉掾板,絵入,大5冊,原装題簽,1669。
58万【23】

◎杉楊枝=6巻,仮名草子,享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫,原表紙疲,原題簽掠れ,1720。
38万【23】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽一部存,1661。
35万【24】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,題簽極少欠,原表紙,1692。
6万8千【24】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鏡注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1冊,虫損,原表紙疲れ,原題簽掠れ,1675。
2万8千【24】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【24】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年版,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,墨色原表紙,第6巻表表紙欠,題簽欠。
30万【24】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫少裏打補修有,題簽欠,1649。
20万【24】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,1632。
20万【24】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,題簽欠,1700。
28万【24】
◎一休はなし=外題絵入り一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【24】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年版,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,題簽掠,原表紙。
20万【24】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁ニ文字ニカカル穴有,改装,書題簽,1682。
15万【24】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年版,秋田屋安兵衛板,絵入,大6冊,原装。
38万【24】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,大5冊,原表紙題簽,1669。
58万【24】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫,原表紙疲,原題簽掠,1720。
38万【24】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽一部存,1661。
35万【25】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,題簽極少欠,原表紙,1692。
6万8千【25】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鏡注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1冊,虫損,原表紙疲れ,原題簽掠れ,1675。
2万8千【25】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一名一休水鏡注,2巻,文化3版,大1冊,原表紙稍少傷,原題簽,1806
3万8千【25】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【25】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年版,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,墨色原表紙,第6巻表表紙欠,題簽欠。
30万【25】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫少裏打補修有,題簽欠,1649。
20万【25】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,1632。
20万【25】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,題簽欠,1700。
28万【25】

◎一休はなし=外題絵入り一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【25】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年版,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,題簽掠,原表紙。
20万【25】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁ニ文字ニカカル穴有,改装,書題簽,1682。
15万【25】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年版,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原装。
38万【25】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,大5冊,原表紙題簽,1669。
58万【25】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫原表紙疲,原題簽掠れ,1720。
38万【25】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽少存,1661。
35万【26】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,題簽極少欠,原表紙 1692。
6万8千【26】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鏡注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1冊 虫損,原表紙疲,簽掠れ,1675。
2万8千【26】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一名一休水鏡注,2巻,文化3版,大1冊,原表紙稍少傷 原題簽,1806
3万8千【26】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁  (6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【26】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年版,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫, 原表紙,題簽欠。第6巻表紙欠,
30万【26】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫少裏打補修有,題簽欠,1649。
20万【26】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,1632。
20万【26】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,題簽欠,1700。
28万【26】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊  原表紙題簽。
20万【26】

◎小町物かたり=外題新板小野小町物語(仮名草子),無刊年,鱗形屋板,江戸板,古雅絵入,中1冊,裏打補修有。
85万【26】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年版,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊 題簽掠,原表紙。
20万【25】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻910染み汚損  末ノ3丁ニ文字ニカカル穴有,改装,書題簽,1682。
15万【26】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年版,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原装。
38万【26】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,大5冊,原表紙題簽,1669。
58万【26】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫 原表紙疲,原題簽掠れ,1720。
38万【25】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽少存,1661。
35万【27】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,原表紙題簽極少欠,1692。
6万8千【27】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鏡注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1冊虫損,原表紙疲,簽掠れ,1675。
2万8千【27】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一名一休水鏡注,2巻,文化3版,大1冊,原表紙稍少傷原題簽,1806
3万8千【27】

◎倭小学=辻原元甫,6巻,万治2版,絵入,大8冊,極少虫,原表紙簽欠,1659
9万8千【27】

◎新板絵入/倭小学=辻原元甫,6巻,宝暦9版,勝村治右衛門板,半5冊,少虫,原表紙少剥原題簽,1759
3万8千【27】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年版,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,原表紙簽欠,第6巻表紙欠
30万【27】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫裏打補修有,簽欠,1649。
20万【27】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,1632。
20万【27】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,簽欠,1720。
28万【27】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【27】
◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原表紙題簽。
38万【27】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,大5冊,原紙題簽,1669。
58万【27】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少原表紙疲,簽掠れ,1720。
38万【27】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【27】

◎鎌倉管領九代記=伝浅井了意,外題管領鎌倉九代記,9巻,寛文12,田中庄兵衛・村弥右衛門板,古雅絵入,大15冊,1672
78万【27】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽少存,1661。
35万【28】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,原表紙題簽極少欠,1692。
6万8千【28】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鏡注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1冊虫損,原表紙疲,簽掠れ,1675。
2万8千【28】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一名一休水鏡注,2巻,文化3版,伊予屋左右衛門板,大1冊,原表紙稍少傷,原題簽,1806。
3万8千【28】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【28】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,原表紙簽欠,第6巻表紙欠。
30万【28】

◎女誡=辻原元甫,明暦2版,小嶋称左衛門梓,絵入,大1冊,原表紙簽極少存,1656。
2万8千【28】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,1632。
20万【28】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,簽欠,1720。
28万【28】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【28】

◎小町物かたり=外題新板小野小町物語(仮名草子),無刊年,鱗形屋板,江戸版,古雅絵入,中1冊,裏打補修有,題簽貼付。
85万【28】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年版,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,原表紙簽掠れ。
20万【28】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ丁に文字にかかる小穴有,改装書題簽,1682。
15万【28】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原表紙題簽。
38万【28】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,絵入,大5冊,原紙題簽,1669。
58万【28】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫,原表紙疲,簽掠れ,1720。
38万【28】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽少存,1661。
35万【29】

◎三河物語=大久保忠教,写本,寛永2奥書,墨付92枚,大(25×21糎),1冊,「内務省蔵書印」消印有。
15万【29】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,原表紙題簽極少欠, 1692。
6万8千【29】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鑑見注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1 冊,虫損,原表紙疲,簽掠れ,1675。
2万8千【29】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一名一休水鏡注,2巻,文化3版,伊予屋佐右衛門板,大1冊,原表紙稍少疲,少痛原題簽,1806。
3万8千【29】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【29】

◎倭小学=辻原原甫,万治2版,埜田弥兵衛板,絵入,大8冊,極少虫,原表紙簽欠,1659。
9万8千【29】

◎新板絵入/倭小学=辻原元甫,宝暦9版,勝村治右衛門板,半5冊,少虫,原表紙少剥原題簽,1759。
3万8千【29】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,原表紙簽欠,第6巻表紙欠。
30万【29】

◎女四書=辻原元甫,7巻,明和9版,銭屋庄兵衛板,境屋嘉兵衛行,絵入,大4冊,原 表紙題簽,1772。(女孝経2巻・女論語2巻・内訓2巻・女誡1巻)
5万5千【29】

◎女誡=辻原元甫,明暦2版,小嶋称左衛門梓,絵入,大1冊,原表紙簽極少存,1656。
2万8千【29】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫裏打補修少有,簽欠,1649。
20万【29】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,1632。
20万【29】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,簽欠,1720。
28万【29】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【29】

◎小町物かたり=外題新板小野小町物語(仮名草子),無刊年,鱗形屋板,江戸版,古雅絵入,中1冊,裏打補修有,替表紙,題簽貼付。
85万【29】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,原表紙簽掠れ。
20万【29】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁に文字にかかる小穴有,改装書題簽,1682。
15万【29】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原表紙題簽。
38万【29】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,絵入,大5冊,原表紙題簽,1669。
58万【29】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫,原表紙疲,簽掠れ,1720。
38万【29】

◎他我身のうへ=(1)(2),仮名草子,替装,刷悪,2冊,
8万5千【30】

◎出来斎京土産=巻之一,1冊,版本,絵入,大本,※虫損ノママ、不美。
3万【31】

◎うすゆき物語(内題)=揃2巻2冊,寛文9年刊,上巻第5丁欠落,絵入,縦25・5×17・8糎,紺表紙,(題簽欠),角少損,ツカレ。
8万【31】

◎大坂物語=上巻,刊年不明,絵入,大1冊,小穴(顔部分)有,墨色表紙疲れ有簽欠。
2万8千【32】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽少存,1661。
35万【32】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,原表紙題簽極少欠,1692。
6万8千【32】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鑑見注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛開板,大1冊,虫損,原表紙疲,簽掠れ,1675。
2万8千【32】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一名一休水鏡注,2巻,文化3版,伊予屋佐右衛門板,大1冊,原表紙稍疲,少痛原題簽,1806。
3万8千【32】

◎狂雲集=一休宗純,2巻(漢詩),寛永19版,河南四郎右衛門板,大2冊,極少虫,原表紙題簽,1642。
20万【32】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【32】

◎倭小学=辻原元甫,万治2版,埜田弥兵衛板,絵入,大8冊,極少虫,原表紙簽欠,1659。
9万8千【32】

◎新板絵入/倭小学=辻原元甫,宝暦9版,勝村治右衛門板,半5冊,少虫,原表紙少剥原題簽,1759。
3万8千【32】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,原表紙簽欠,第6巻表紙欠。
30万【32】

◎女四書=辻原元甫,7巻,明和9版,銭屋庄兵衛・境屋嘉兵衛板行,絵入,大4冊,原表紙題簽,1772。(女孝経2巻・女論語2巻・内訓2巻・女誡1巻)
5万5千【32】

◎料理物語=慶安2版,中1冊,虫裏打補修少有,簽欠,1649。
20万【32】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,〔小見出しに「水かゝ見・二人ひくに」とあり〕1632。
20万【32】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,簽欠,1720。
28万【32】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【32】

◎小町物かたり=外題新板小野小町物語(仮名草子),無刊年,鱗形屋板,江戸版,古雅絵入,中1冊,裏打補修有,替表紙,題簽貼付。
85万【32】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,原表紙簽掠れ。
20万【32】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁に文字にかかる小穴有,改装書題簽,1682。
15万【32】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原表紙題簽。
38万【32】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,絵入,大5冊  ,原表紙題簽,1669。
58万【32】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫,原表紙疲,簽掠れ,1720。
38万【32】

◎堪忍記=巻2~8,仮名草子,元禄13年刊,絵入,合本。
5万【33】

◎薬師通夜物語=仮名草子,寛永20年2月刊,原表紙,作者不詳。
85万【33】

◎むさしあぶみ=仮名草子,明和9年刊,筆彩色絵入,浅井了意,西宮新六板,上巻原表紙題箋有,上下合本。
12万【33】

◎清水物語=仮名草子,寛永15年刊,上下合本,朝山意林庵著。
78万【33】

◎新板絵入/うすゆき物語=仮名草子,元禄頃刊,原装美,梅村判兵衛板,半紙本,2冊。
68万【33】

◎和歌女郎花物語=揃,仮名草子,万治頃刊,絵入,原装,北村季吟,秋田屋・坂田屋板。
48万【33】

◎一休諸国物語=仮名草子,江戸前期刊,絵入,原装,堺屋仁兵衛板,5冊。
25万【33】

◎釈迦八相物語=揃,仮名草子,寛文6年刊,絵入,原装美,塩屋平助板,5冊。
28万【33】

◎あみだかんきん抄=仮名草子,絵入,原装,松会開板。
30万【33】

◎二人比丘尼=仮名草子,延宝刊,筆彩色絵入,丹表紙,鈴木正三,堤六左衛門板。
58万【33】

◎念仏草紙=揃,仮名草子,絵入,原表紙・題箋欠,鈴木正三,平野屋佐兵衛板。
60万【33】

◎奇異雑談集=揃,仮名草子,絵入,原装,中村某著,古版ひらかな,江都富野治左衛門・京茨木多左衛門板,6冊。
65万【33】

◎江戸雀=12冊,菱川師宣画,鶴屋喜右衛門板,27×19┰,元表紙,題箋は4冊のみ,延宝5年刊,江戸地誌,32図(内見開き図7図),跋に「延寶五年丁己仲春日/武州江戸之住 絵師菱川吉兵衛 江戸大傳馬三丁目/鶴屋喜右衛門板」勝海舟旧蔵。
980万【34】

◎鎌倉管領九代記=外題管領鎌倉九代記,伝浅井了意,9巻,寛文12,田中庄兵衛・梅村弥右衛門板,古雅絵入,大15冊,1672。
78万【35】

◎大坂物語=上巻,刊年不明,絵入,大1冊,小穴(顔部分)有,墨色表紙疲れ有簽欠。
2万8千【35】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽少存,1661。
35万【35】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【35】

◎仮名列女伝=北村季吟,8巻,無刊年,絵入,書入有(筆者不明),大8冊,少虫,原表紙簽欠,第6巻表紙欠。
30万【35】

◎女四書=辻原元甫,7巻,明和9版,銭屋庄兵衛・境屋嘉兵衛板行,絵入,大4冊,原表紙題簽,1772。〔女孝経2巻・女論語2巻・内訓2巻・女誡1巻〕
5万5千【35】

◎水鏡(柱題)=寛永9版,中野市右衛門板,大1冊,栗皮表紙,〔小見出しに「水かゝ見・二人ひくに」とあり〕1632。
20万【35】

◎一休はなし=4巻(咄本),元禄13版,菊屋七郎兵衛板,古雅絵入,半5冊,表紙剥少有,簽欠,1720。
28万【35】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【35】

◎小町物かたり=外題新板小野小町物語(仮名草子),無刊年,鱗形屋板,江戸版,古雅絵入,中1冊,裏打補修有,替表紙,題簽貼付。
85万【35】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,原表紙簽掠れ。
20万【35】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁に文字にかかる小穴有,改装書題簽,1682。
15万【35】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原表紙題簽。
38万【35】

◎和漢/賢女物語=満女,5巻(仮名草子),寛文9版,出雲寺和泉掾板,絵入,大5冊,原表紙題簽,1669。
58万【35】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫,原表紙疲,簽掠れ,1720。
38万【35】

◎大坂物語=上巻,刊年不明,絵入,大1冊,小穴(顔部分)有,墨色表紙疲れ有簽欠。
2万8千【36】

◎古老軍物語=外題古老物語,6巻,荒木利兵衛開板,万治4版,古雅絵入,大6冊,題簽少存,1661。
35万【36】

◎絵入/一休骸骨=一休宗純,元禄5年版,土佐屋喜兵衛板,大1冊,原表紙,簽極少欠,1692。
6万8千【36】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鑑注,2巻,延宝3版,吉野屋徳兵衛板,大1冊,虫損,原表紙疲,簽掠れ,1675。
3万8千【36】

◎水鏡注目無草=外題目なし草一休水鏡注,2巻,文化3版,伊予屋佐右衛門板,大1冊,原表紙稍疲少傷,原題簽,1806。
2万8千【36】

◎鑑草=中江藤樹,6巻,延宝3版,村田庄五郎・福森兵右衛門板,絵入,大6冊,1丁(6/6)欠有,原表紙題簽,1675。
12万【36】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし,4巻(咄本),無刊年,永田長兵衛開板,大4冊,原表紙題簽。
20万【36】

◎堪忍記=浅井了意,8巻(仮名草子),無刊年,美濃屋彦兵衛板,古雅絵入,大4冊,原表紙簽掠れ。
20万【36】

◎新語園=浅井了意,10巻(仮名草子),天和2版,大合5冊,巻9・10染み汚損・末ノ3丁に文字にかかる小穴有,改装書題簽,1682。
15万【36】

◎和歌女郎花物語=3巻(仮名草子),北村季吟(?),無刊年,秋田屋安兵衛求板,絵入,大6冊,原表紙題簽。
38万【36】

◎杉楊枝=里木予一,6巻(仮名草子),享保5版,絵入,半6冊,手擦少汚損,極少虫,原表紙疲,簽掠れ,1720。
38万【36】

◎佐倉物語=仮名草子,(半)42丁,江戸後期写,『藻屑物語』の一類本。寛永-延宝頃成,下総国佐倉藩士を主人公とした衆道物語。
25万【37】

◎古老軍物語=外題・古老物語、6巻、万治4版、荒木利兵衛開板、古雅絵入、大6冊、1丁(3/45)欠、少虫損、表紙疲れ、巻1・巻6裏:表紙剥げ傷有、1661
12万6千【38】

◎信長記=太田牛一輯録/小瀬甫庵重撰、15巻、寛永元版、大8冊、虫損有、表紙少虫損、簽欠、1624。
26万2千5百【38】

◎太閤記=小瀬甫庵輯録、別題・豊臣記、22巻、万治4版、吉文字屋板行、寛永2自序、凡例・或問・綱目・目録付、22冊、墨付少有、少虫、巻1・22表紙少剥げ巻1簽欠、1661。
29万4千【38】

◎鑑草=中江藤樹、6巻、延宝3版、村田庄五郎・福森兵右衛門板行、絵入、大6冊、1丁(6/6)欠、極少虫、1675。
8万4千【38】

◎倭小学=辻原元甫、6巻、万治2版、野田弥兵衛開板、絵入、大8冊、極少虫、簽欠、1659。
7万1千4百【38】

◎一休はなし=外題絵入一休はなし、4巻、(咄本)、無刊年、永田長兵衛開板、大4冊。
12万6千【38】

1『一誠堂古書日録』第86号・平成10年6月
2『日本書房目録 国語国文』NO.57・平成10年6月
3『沙羅書房古書目録』第57号・平成10年
4『日本書古書目録』(臨川書店)第78号・平成11年1月
5『自游書院文献情報』NO.84・平成11年4月
6『琳琅閣古書目録』第145号,古典号,平成10年1月
7『文学堂書店古書目録』第21号,平成10年秋
8『慶文堂古書目録』第63号,平成11年
9『思文閣古書資料目録』 No.162号・平成11年4月
10『穂ノ国書店古書筆蹟類目録』平成11年5月
11『沙羅書房古書目録』第58号・平成11年6月
12『一誠堂古書目録』第88号・平成11年6月
13『自游書院文献情報』NO.85・平成11年7月
14『玉英堂稀覯本書目』249号・平成11年7月
15「自游書院文献情報」NO.86・平成11年10月
16『神田古本まつり 特選古書即売展目録』平成11年。
(会期 11年10月29日~31日)
17『沙羅書房古書目録』第59号・平成11年
18『中澤書店古書目録』No.16号,平成11年
19『中尾松泉堂書店 古典目録』新収古典籍特輯,平成11年11月
20『自游書院文献情報』NO.87 2000年1月
21『和・洋古書特選優品目録』平成12年春期特集号,臨川書店
22『端本・青裳堂古書目録』平成12年3月
23『自游書院文献情報』2000年4月
24『自游書院文献情報』NO.90 2000年10月
25『自游書院文献情報』NO.91 2001年1月
26『自游書院文献情報』NO.92 2001年4月
27『自游書院文献情報』NO.93 2001年7月
28『自游書院文献情報』NO.95 2002年1月
29『自游書院文献情報』NO.96 2002年4月
30『筑波書店古書目録』NO.74 平成14年3月
31『牽牛庵和本目録』 平成14年4月
32『自游書院文献情報』NO.97 2002年7月
33『沙羅書房古書目録』第64号 平成14年6月
34『八勝堂古書目録』第16号 平成14年
35『自游書院文献情報』NO.98 2002年10月
36『自游書院文献情報』NO.100 2003年4月
37『筑波書店古書目録』第76号平成15年4月
38『自游書院 和本類書目』第9号 2006年4月
39『思文閣古書資料目録』第207号 平成20年6月
40『自游書院 和本類書目』第19号 2009年 夏
41『自游書院 和本類書目』第20号 2009年 秋
42『八木書店 古書目録 古典文学特輯 』第62号 平成21年10月
43『自游書院 和本類書目』第21号 2010年2月
44『思文閣古書資料目録』第216号 平成22年2月
45『日本書房 古典・近代資料目録』第10号 平成22年5月
46『自游書院 和本類書目』第22号 2010年7月
47『思文閣古書資料目録』第220号 平成22年12月
48『自游書院 和本類書目』第24号 2011年2月
49『思文閣古書資料目録』第221号 平成23年2月
50『誠心堂書店書目』第121号 平成23年5月
51『誠心堂書店書目』第124号 平成24年4月
52『誠心堂書店書目』第125号 平成24年9月
53『思文閣古書資料目録』第229号 平成24年10月
54『八木書店 古書目録 古典文学特輯』第68号 平成24年10月
55『誠心堂書店書目』第126号 平成25年1月
56『誠心堂書店書目』第127号 平成25年6月
57『自游書院 和本類書目』第29号 2013年7月
58『思文閣古書資料目録』第234号 平成25年10月
59『八木書店古書目録 古典文学特輯』第71号 平成25年10月
60『思文閣古書資料目録』第235号 平成25年12月
61『自游書院 和本類書目』第30号 2013年12月
62『誠心堂書店書目』第128号 平成26年1月
63『慶文堂古書目録』第77号 平成26年1月
64『思文閣古書資料目録』第236号 平成26年2月
65『誠心堂書店書目』第129号 平成26年6月
66『思文閣古書資料目録』第239号 平成26年10月
67『朝倉屋書目』 2014年10月
68『誠心堂書店書目』第130号 平成26年10月10日
69『誠心堂書店書目』第131号 平成27年1月
70『思文閣古書資料書目』第242号 平成27年5月
71『誠心堂書店書目』第132号 平成27年7月

7、仮名草子の範囲と分類

 7、仮名草子の範囲と分類        深沢秋男

 水谷不倒氏が「仮名草子」と命名してから既に百年が経過しようとしている。研究の進展と共に作品の数も次第に増加して、現在では三百点に達する勢いであるが、これには、昭和四七年完結の『国書総目録』が大いに与って力があったものと思われる。
 この間、「仮名草子」という名称に対する検討や批判もあり、作品群の分類に関しても様々な意見が提出されて今日に及んでいる。
 これは、現在、仮名草子として扱われる作品が、当時の書籍目録(寛文一〇年版)を見ると、「仮名仏書」「軍書」「仮名和書」「歌書 並 物語」「女書」「名所尽 道之記」「狂歌」「噺之本」「舞 並 草紙」等の各条に散在している事からも解るように、この名称が、いわゆる文学ジャンルとしての命名でなかった事と関連している。強いて言えば、複合ジャンルの如き性質をもっており、この事が、仮名草子の範囲や分類を複雑にしているように思う。
 仮名草子の範囲を考える場合、留意すべき事項について、今、思いつくままに、列挙してみると以下の如くである。
 ①御伽草子との関連。
 ②浮世草子との関連。
 ③評判記(遊女・役者)との関連。
 ④軍書、軍学書との関連。
 ⑤噺本との関連。
 ⑥随筆的著作との関連。
 ⑦名所記、地誌、紀行との関連。
 ⑧教訓書、女性教訓書との関連。
 ⑨仮名仏書、仮名儒書との関連。
 ⑩注釈書(…抄)との関連。
 ⑪翻訳物、翻案物との関連。
 これらの、各項を具体的に検討してゆく時、各項相互の間に、出入りがあったり、この他に加えるべき項目があるかも知れない。
 ①の御伽草子との関連は、いわゆる上限の問題であるが、時期は、徳川開幕以後とし、それに、中世との過渡期としての、安土・桃山時代を含めて、一応考えておきたい。この項で注意したいのは、寛文頃の刊と推測される、渋川版の御伽草子を仮名草子に入れるという説のあることである。確かにこの一群の御伽草子は、近世初期に出版されることによって、より多くの読者に仮名草子と同時的に享受されたものであろう。また、写本→版本の過程で、異同も生じているであろう。しかし、文学作品の史的定着は、あくまで、その内容と成立時期によって評価し、位置づけるべきものと思う。これらの御伽草子は、中世的世界観の下で創られたものであり、これを近世の作品とするのは妥当と思われない。なお、写本を除外するが如き考えが一部にみられることであるが、これも、写本であると刊本であるとに関わりなく、この近世初期に創られた作品全てを対象とすべきものと思う。
 ②の浮世草子との関連は、下限の問題で、天和二年の西鶴の『一代男』の刊行を一つの目安にする事に異論はないようである。その場合も、仮名草子と一線を画する、浮世草子の新しい特色、傾向についても検討して、いずれに属するかを判断すべきものと思う。
 ③から⑪は、中世の御伽草子系統の、小説的な作品(草紙)とは、やや異なる、娯楽的、教訓的、実用的な作品群との関連である。これらの諸作品を仮名草子に入れるか否か判断する場合、まず、その文芸性が問われなければならないだろう。これについては、今後、一作一作、具体的に分析して、それぞれの作品の評価を判定する必要がある。
 また、仮名草子は、小説的作品に限定すべきであるとしたり、さらに、小説に限定して、「近世初期小説」の用語を採用する、という意見も出されている。御伽草子→仮名草子→浮世草子と、これらを小説の系列として考える時、一応もっともな意見であると思う。しかし、そのように仮名草子を狭義に解し、他の作品を除くことは、研究史的観点から見て、時期尚早であると考える。現在、仮名草子とされている諸作品の具体的な調査、分析、評価等が十分になされているとは思えないからである。かつて、価値の低い作品は採り上げず、その事によって一つの評価を示す、という風潮があった。しかし、文学研究が科学である以上、そのような態度は、もはや、許されないであろう。一つ一つの作品の諸本調査と本文批評を行い、信頼すべき本文を確定し、それに基づいて、作品分析を行い、その属すべきジャンルを定め、文学的評価を出して、妥当な位置づけを行うべきである。
 「仮名草子」という名称も、いずれは、その内容を整理し、物語、説話、随筆、紀行、評論等々に分離して、後続作品への展開をも視野に入れながら、改められる事になるかも知れない。ただ、今は、まだその時機ではないと思う。
 仮名草子の分類に関しても、すでに多くの説が出されている。「いたずらに博捜を事として、書目の多きを誇り、分類・解説に憂き身をやつ」す、と厳しい批判もあったが、先学の諸説は、仮名草子の実態を知る上で、非常に有益であった。
 3種、3種13類、3種16類、5種9類、5種16類、6種、7種11類、8種、10種と、実に様々であるが、それだけ仮名草子の内容が種々雑多で複雑あることを示している。私には、先学の諸説に対して、別の分類を提出する準備も力量も、現在のところは無い。ただ、分類の第一の基準は、やはり、ジャンルによるべきものと考える。
 『分類の発想』の著者、中尾佐助氏は、分類の精神を示すキーワードは、枚挙・網羅・水平思考であると言っている。現時点での仮名草子の研究は、依然として、未だ研究されていない作品を俎上に載せることであり、より多くの作品を見渡して、これらに通用する基準で分類することにあると思う。
 「仮名草子」に該当する作品は、これをことごとく集成し、一作一作、研究を進めることが当面の目標であり、これらを分解、再編する作業は、次の世代の研究者に委ねることになるかも知れない。
 【早稲田大学蔵資料影印叢書 国書篇 第39巻『仮名草子集』
  同刊行委員会、平成6年9月15日発行、月報43】
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
●この一文は、早稲田大学教授、谷脇理史先生からの依頼で執筆したものである。谷脇先生とは、仮名草子研究を始めた頃から、論文を交換したり、多くの御指導を賜ってきた。先生は早稲田大学在職中に御他界なされた。改めて、先生の御学恩に対して、感謝申上げる。 (平成28年11月)