6、仮名草子(インターネット【はてなキーワード】深沢秋男執筆)

6、仮名草子(インターネット【はてなキーワード】深沢秋男執筆)
 
                
【定義】
近世初期、慶長(1596~1615)から天和(1681~84)にかけての、約80年間に作られた、小説を中心とする散文文芸の総称。ただし、このように、散文文芸全般を含める広い範囲とする説と、他方で、物語・小説的な作品に限定すべきであるとする説もある。
この近世初期は、日本歴史の中でも代表的な啓蒙期であり、この時期に、漢字(振仮名付き)交じり仮名書きの通俗平易な読み物が次々と作られた。これら一群の文学的著作に与えられたのが「仮名草子」という名称で、命名は仮名草子研究を切り拓いた水谷不倒である。その数は、はじめは180点ほどであったが、研究が進むにつれて増加して、現在では300点にも達する。
作品の原本は、写本または版本(古活字本・整版本)として伝存するが、版本は出版の黎明期にふさわしく、全体に版式もおおらかで、大きな本が多い。

【分類】
仮名草子は、物語・詩歌・日記・随筆・評論・実録などのように、さまざまな文学ジャンルを包括している。そこで、これらを、どのように分類整理するかという問題が生じる。
野田寿雄氏の説に従って紹介すると以下の通りである。

1、 啓蒙教訓的なもの(教義問答的なもの、随筆的なもの、女性
 教訓的なもの、翻訳物)
2、 娯楽的なもの(中世風な物語、説話集的なもの、翻訳物、擬
 物語)
3、 実用本位のもの(見聞記的なもの、名所記的なもの、評判記
 的なもの)
この分類からもわかる通り、仮名草子は複合ジャンルのような性質をもっている。文学史的には、お伽草子→仮名草子→浮世草子と接続するが、これを小説の系列として考えるならば、小説以外の作品をどう扱うべきか、という問題が今後の課題として残されている。

【範囲】
 仮名草子の範囲を考える場合、留意すべき事項は、次の各項目が考えられる。
 1、御伽草子との関連。
 2、浮世草子との関連。
 3、評判記(遊女・役者)との関連。
 4、軍書、軍学書との関連。
 5、咄本との関連。
 6、随筆的著作との関連。
 7、名所記、地誌、紀行との関連。
 8、教訓書、女性教訓書との関連。
 9、仮名仏書、仮名儒書との関連。
 10、注釈書(・・・抄)との関連。
 11、翻訳物、翻案物との関連。
 これらの、各項を具体的に検討することも今後の課題である。

【参考文献】
◎坪内逍遥・水谷不倒『近世列伝体小説史』春陽堂、明治30年。
◎水谷弓彦『仮名草子』水谷文庫、大正8年。
◎ 水谷不倒『新撰列伝体小説史 前編』、春陽堂、昭和7年。
◎ 北条秀雄『改訂増補 浅井了意』笠間書院、昭和47年。
◎ 田中伸『仮名草子の研究』桜楓社、昭和49年。
◎ 水田潤『仮名草子の世界―未分化の系譜―』桜楓社、昭和56年。
◎ 野間光辰『近世作家伝攷』中央公論社、昭和60年。
◎ 渡辺守邦『仮名草子の基底』勉誠社、昭和61年。
◎ 野田寿雄『日本近世小説史 仮名草子篇』勉誠社、昭和61年。
◎ 三浦邦夫『仮名草子についての研究』おうふう、平成8年。
◎ 松原秀江『薄雪物語と御伽草子・仮名草子』和泉書院、平成9年。
◎ 市古夏生『近世初期文学と出版文化』若草書房、平成10年。
◎ 青山忠一『近世仏教文学の研究』おうふう、平成11年。
◎ 江本裕『近世前期小説の研究』若草書房、平成12年。
◎ 花田富二夫『仮名草子研究―説話とその周辺―』新典社、平成15年。
◎ 近世文学書誌研究会編『近世文学資料類従・仮名草子編・古板
 地誌編』 全61冊、勉誠社、昭和47~56年。
◎ 東洋文庫・日本古典文学会編『仮名草子』貴重本刊行会、昭和49年。
◎ 谷脇理史編『仮名草子集』早稲田大学資料影印叢書刊行委員会・
 早稲田大学出版部、平成6年。
◎ 朝倉治彦等編・校訂 『仮名草子集成』 1巻~49巻、東京
 堂出版、昭和55~平成25年。全70巻で、刊行中。
◎野田寿雄校注『仮名草子集』上・下、日本古典全書、朝日新聞社、
 昭和35・37年。
◎ 前田金五郎・森田武校注『仮名草子集』日本古典文学大系90、
 岩波書店、昭和40年。
◎ 青山忠一・岸得蔵・神保五弥・谷脇理史校注・訳『仮名草子集 浮
 世草子集』日本古典文学全集37、小学館、昭和46年。
◎ 渡辺守邦・渡辺憲司校注『仮名草子集』新日本古典文学大系7
 4、岩波書店、平成3年。
◎ 谷脇理史・岡雅彦・井上和人校注・訳『仮名草子集』新編日本
 古典文学全集64、小学館、平成11年。
◎ 深沢秋男・菊池真一編『仮名草子研究文献目録』和泉書院、平成16年。
◎ 深沢秋男・菊池真一編『仮名草子研究叢書』全8巻クレス出版、
 平成18年。

5、「仮名草子」(『日本古典籍書誌学辞典』)

 5、「仮名草子」(『日本古典籍書誌学辞典』)

仮名草子 (かなぞうし) 〈分類〉
近世初期、慶長(1596~1615)から天和(1681~84)にかけての、約八十年間に作られた、小説を中心とする散文文芸の総称。この近世初期は、日本歴史の中でも代表的な啓蒙期であり、この時期に、漢字(振り仮名付き)交じり仮名書きの通俗平易な読み物が次々と作られた。これら一群の文学的著作に与えられたのが「仮名草子」という名称で、その数は三百点にも達する。原本は、写本または版本(古活字本・整版本)として伝存するが、出版の黎明期にふさわしく、全体に版式もおおらかで、大きな本が多い。仮名草子は次の如く分類し得る。(1)啓蒙教訓的なもの(教義問答的なもの、随筆的なもの、女性教訓的なもの、翻訳物)、(2)娯楽的なもの(中世風な物語、説話集的なもの、翻訳物、擬物語)、(3)実用本位のもの(見聞記的なもの、名所記的なもの、評判記的なもの)(野田寿雄説)。この分類からもわかる通り、仮名草子は複合ジャンルの如き性質をもっている。文学史的には、お伽草子→仮名草子→浮世草子と接続するが、これを小説の系列として考えるならば、小説以外の作品をどう扱うべきか、という問題が今後の課題として残されている。(深沢秋男)
【参考文献】坪内逍遥・水谷不倒『近世列伝体小説史』春陽堂、明治30年。水谷弓彦『仮名草子』水谷文庫、大正8年。水谷不倒『新撰列伝体小説史 前編』、春陽堂、昭和7年。野田寿雄『日本近世小説史 仮名草子篇』勉誠社、昭和61年。近世文学資料類従・仮名草子編・古板地誌編全61冊、勉誠社、昭和47~56年。仮名草子集成1~21、東京堂出版、昭和55~平成10年。野田寿雄校注『仮名草子集』上・下、日本古典全書、朝日新聞社、昭和35・37年。前田金五郎・森田武校注『仮名草子集』日本古典文学大系90、岩波書店、昭和40年。青山忠一・岸得蔵・神保五弥・谷脇理史校注『仮名草子集 浮世草子集』日本古典文学全集37、小学館、昭和46年。渡辺守邦・渡辺憲司校注『仮名草子集』新日本古典文学大系74、岩波書店、平成3年。深沢秋男・小川武彦・菊池真一「仮名草子研究文献目録(明治~平成)」菊池真一『恨の介 薄雪物語』和泉書院、平成4年。
  【『日本古典籍書誌学辞典』1999年3月10日、岩波書店】

4、『仮名草子集成』

4、『仮名草子集成』 

 『仮名草子集成』は、昭和五五年(一九八〇)五月一二日に第一巻が発行された。編者は朝倉治彦氏である。近世文学の中でも、浮世草子の西鶴や、俳諧の芭蕉や、浄瑠璃の近松とは異なり、仮名草子は地味で、一般の人々には馴染みが薄い。当然、売れる本では無い。当初は文部省の出版助成金を受けてスタートした。
 第三九巻から、新体制で継承し、菊池眞一氏・花田富二夫氏と私が編集を担当し、さらに若い研究者の協力を得て今日に及んでいるが、第一巻発行から三六年になる。現在、第五六巻まで発行され、全七〇巻の完結を目指している。

■新体制の責任編集者
 第三九巻~第四五巻、菊池真一・花田富二夫・深沢秋男。
 第四六巻~第四九巻、花田富二夫・深沢秋男。
 第五〇巻~、花田富二夫・深沢秋男・柳沢昌紀。

■発行所 一〇一‐〇〇五一 東京都千代田区神田神保町一‐一七
     株式会社 東京堂出版 
      電話 03‐3233‐3741

 ■全巻・発行年・編者■

●假名草子集成 第一巻
 朝倉治彦編 昭和五五年五月一二日発行
●假名草子集成 第二巻
 朝倉治彦編 昭和五六年五月一五日発行
●假名草子集成 第三巻
 朝倉治彦編 昭和五七年四月三〇日発行
●假名草子集成 第四巻
 朝倉治彦編 昭和五八年一一月二二日発行
●假名草子集成 第五巻
 朝倉治彦編 昭和五九年一〇月一〇日発行
●假名草子集成 第六巻
 朝倉治彦編 昭和六〇年一一月三〇日発行
●假名草子集成 第七巻
 朝倉治彦編 昭和六一年九月一五日発行
●假名草子集成 第八巻
 朝倉治彦編 昭和六二年八月三〇日発行
●假名草子集成 第九巻
 朝倉治彦編 昭和六三年九月三〇日発行
●假名草子集成 第一〇巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成元年九月三〇日発行
●假名草子集成 第一一巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成二年八月二五日発行
●假名草子集成 第一二巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成三年九月二五日発行
●假名草子集成 第一三巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成四年八月二〇日発行
●假名草子集成 第一四巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成五年一一月二〇日発行
●假名草子集成 第一五巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成六年一二月一〇日発行
●假名草子集成 第一六巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成七年九月五日発行
●假名草子集成 第一七巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成八年三月二〇日発行
●假名草子集成 第一八巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成八年九月二〇日発行
●假名草子集成 第一九巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成九年三月一〇日発行
●假名草子集成 第二〇巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成九年八月三〇日発行
●假名草子集成 第二一巻
 朝倉治彦・深沢秋男編 平成一〇年三月二〇日発行
●假名草子集成 第二二巻
 朝倉治彦・深沢秋男・柳沢昌紀編 平成一〇年六月二五日発行
●假名草子集成 第二三巻
 朝倉治彦編 平成一〇年九月一五日発行
●假名草子集成 第二四巻
 朝倉治彦・伊藤慎吾編 平成一一年二月二五日発行
●假名草子集成 第二五巻
 朝倉治彦・柏川修一編 平成一一年九月二五日発行
●假名草子集成 第二六巻
 朝倉治彦・柏川修一編 平成一二年四月二〇日発行
●假名草子集成 第二七巻
 朝倉治彦・大久保順子編 平成一二年七月一五日発行
●假名草子集成 第二八巻
 朝倉治彦・大久保順子編 平成一二年九月二五日発行
●假名草子集成 第二九巻
 朝倉治彦編 平成一三年二月一〇日発行
●假名草子集成 第三〇巻
 朝倉治彦編 平成一三年七月三〇日発行
●假名草子集成 第三一巻
 朝倉治彦編 平成一四年三月二五日発行
●假名草子集成 第三二巻
 朝倉治彦編 平成一四年八月三〇日発行
●假名草子集成 第三三巻
 朝倉治彦編 平成一五年三月三一日発行
●假名草子集成 第三四巻
 朝倉治彦編 平成一五年九月三〇日発行
●假名草子集成 第三五巻
 朝倉治彦編 平成一六年三月三〇日発行
●假名草子集成 第三六巻
 朝倉治彦編 平成一六年九月三〇日発行
●假名草子集成 第三七巻
 朝倉治彦編 平成一七年七月三〇日発行
●假名草子集成 第三八巻
朝倉治彦編 平成一七年九月三〇日発行
●假名草子集成 第三九巻
 菊池真一・深沢秋男・和田恭幸編 平成一八年三月一五日発行
●假名草子集成 第四〇巻
 花田富二夫・中島次郎・柳沢昌紀編 平成一八年九月三〇日発行
●假名草子集成 第四一巻
 花田富二夫・入口敦志・菊池真一・中島次郎・深沢秋男編 
 平成一九年二月二八日発行
●假名草子集成 第四二巻
 深沢秋男・伊藤慎吾・入口敦志・花田富二夫編 
 平成一九年七月二五日発行
●假名草子集成 第四三巻
 花田富二夫・小川武彦・柳沢昌紀編 平成二〇年四月二五日発行
●仮名草子集成 第四四巻
 菊池真一・冨田成美・和田恭幸編 平成二〇年九月二五日発行
●仮名草子集成 第四五巻
 花田富二夫・大久保順子・菊池真一・柳沢昌紀・湯浅佳子編 
 平成二一年三月一五日発行
●仮名草子集成 第四六巻
 花田富二夫・入口敦志・大久保順子編 
 平成二二年九月三〇日発行
●假名草子集成 四七巻
 深沢秋男・伊藤慎吾・入口敦志・花田富二夫・安原眞琴・和田恭
 幸編 平成二三年六月三〇日発行
-●假名草子集成 第四八巻
 花田富二夫・入口敦志・中島次郎・安原眞琴・ラウラ・モレッテ
 ィ編 平成二四年六月三〇日発行
●假名草子集成 第四九巻
 深沢秋男・伊藤慎吾・入口敦志・中島次郎・柳沢昌紀編
 平成二五年三月三〇日発行
●假名草子集成 第五〇巻
 柳沢昌紀・冨田成美・速水香織・安原眞琴編 
 平成二五年一一月三〇日発行
●假名草子集成 第五一巻
 花田富二夫編 平成二六年三月三〇日発行
●假名草子集成 第五二巻
 柳沢昌紀・入口敦志・大久保順子・冨田成美編
 平成二六年九月三〇日発行
●假名草子集成 第五三巻
 花田富二夫・入口敦志・松村美奈・柳沢昌紀編
 平成二七年三月三〇日発行
●假名草子集成 第五四巻
 柳沢昌紀・伊藤慎吾・中島次郎・花田富二夫・安原眞琴編
 平成二七年八月三〇日発行
●假名草子集成 第五五巻
 花田富二夫・大久保順子・中島次郎・湯浅佳子編
 平成二八年二月二九日発行

 ■朝倉治彦先生の思い出
                        深沢 秋男  

 私は、卒業論文に仮名草子の『可笑記』を選んだ。今、当時を振り返ると、この作品は書誌的に大変な問題をかかえていた。そのようなこともあり、国会図書館へ日参したが、何か疑問が生じると、朝倉治彦先生に教えて頂いた。先生は、その都度、あたたかくお導き下さった。
 私は、自分の生涯の研究目標として、大きなことは最初から考えなかった。『可笑記』とその作者の解明、これが目標だった。それでも良いと思える作品だった。
 そんな、私に転機を与えて下さったのは、横山重先生と前田金五郎先生だった。両先生は、昭和四十七(一九七二)から刊行開始された『近世文学資料類従』(勉誠社)の解題担当者に私を加えて下さった。ここで、私の仮名草子研究における対象範囲が拡大された。その後、平成元年(一九八九)に、朝倉治彦先生は『仮名草子集成』第十巻に私を加えて下さった。ここで、さらに、私の研究範囲は広くなった。このような経過をたどって、私は仮名草子を研究してきた訳であり、横山・前田・朝倉の三先生の御配慮で研究してきた、と言ってもいいと思う。
 私が『仮名草子集成』に参加するに当たって、横山先生と朝倉先生の間に、微妙な関係があって、これには苦慮した。しかし、朝倉先生は、『仮名草子集成』の出発に際し、本文の組み方で、横山先生の『室町時代物語大成』と同様のスタイルを採用された。また、収録作品も、『室町時代物語大成』との重複は避ける、という原則を打ち出された。これは、横山先生を尊敬していなければ出来ないことである。私は、このことを、横山先生に御説明申し上げて、『仮名草子集成』に参加することを許可して頂いたのである。
 朝倉先生は、『近世木活図録』(昭和五十九年、青裳堂書店)、『桜山本 春雨物語』(昭和六十一年、勉誠社)、『仮名草子集成』(平成元年、東京堂出版)、『仮名草子研究叢書』(平成十八年、クレス出版)などの出版の機会を与えて下さった。これは、私の研究生活の中で、極めて重要な意味を持っている。改めて、先生の御温情に対して感謝申し上げる。
 朝倉先生は、『仮名草子集成』を、第一巻から、全巻、御恵与下さった。しかも、一巻一巻、手渡しである。その度ごとに、喫茶店や居酒屋で、長時間にわたって、さまざまな学問上のお教えを賜った。年二回から三回ということになる。また、『仮名草子集成』に参加してからは、頻繁にお会いした。その時のお話の中心は、当然、仮名草子に関する事が多かった。先生の仮名草子論には特異な視点があった。長年に亙って広く、沢山の作品の原本に目を通された研究者でなければ主張できない見解があった。私は、そのお話を録音させて貰い、研究書にまとめたい、と、何回かお願いしたが、先生は許されなかった。これは、最も残念に思うことである。従って、私の仮名草子に関する考えは、朝倉先生の御見解の影響を少なからず受けている。
 作品の原本調査の方法も、研究者によって異なる。ある図書館の仮名草子作品を同時に一挙に調査する方法もある。また、一つの作品毎に、各図書館の所蔵本を一本一本調べる方法もある。私は、後者の立場ゆえ、仮名草子作品全般への視点が不足する可能性がある。その点で、朝倉先生の御意見は、非常に参考になった。
 朝倉治彦先生は、事実に基づいて述べ、余り評論はしない、という点で、横山重先生と共通したところがあるように、私は思う。私は、お二人の先生にお会いできて、多くの事をお教え頂いたことに、改めて感謝申し上げる。

 平成十七年三月、私は昭和女子大学を定年退職した。定年後は、ライフワークの、如儡子・斎藤親盛の研究をまとめる予定であった。その計画を立てている、その時である。朝倉先生から一通の手紙を頂いた。
 平成十六年十二月二十七日付けの手紙は、
 「さて、突然のこと申上げます。私の命は、いくばくもない状況です。家族はまだ自覚していません。この手紙が、私の最後のものとなるでせう。生涯最后の、私の申出を聞届けて下さるよう懇願いたします。」
と書き始められていた。要件は、進行中の『仮名草子集成』を以後、一任するので引き受けてもらいたいというものであった。私に残された時間も多くはない。朝倉先生が企画・開始された、この大事業を引き受けるのは、至難のことである。出来得るならば、お断りしたい。しかし、仮名草子研究のため、学界のために是非継承して欲しい、と先生から要請されては、これをお断りするのは、研究者としても人間としても、自分勝手に過ぎるだろう、そのように判断して、微力な身ではあるが、お引き受けすることにしたのである。
 平成十六年の時点で、『仮名草子集成』は第三十六巻まで発行されていた。私は、平成十七年一月三日付けで「『仮名草子集成』の継承に関する事項(案)」を作成して、朝倉先生に検討して頂いた。以後、先生との継承に関する意見の交換は、全て文章(手紙)て行い、電話などは使用しなかった。重要案件であるので、全て記録することにした訳である。先生との手紙のやり取りは、平成十九年四月二十九日まで、双方各五十二通に及んだ。
 この間、朝倉先生は、非常に多くのことをお教え下さった。あれも、これも、紹介したいような貴重な内容であるが、私信という事もあるので、ここでは一つ、『仮名草子集成』成立に関するものを紹介したいと思う。これは、第三十二通目のもので、平成十七年七月二十九日付けの手紙とともに同封されていた。

「仮名草子集成縁起譚(タイトルは、仮に深沢が付けた)
私は、学生時代に、お伽草子に興味を持って(卒論は異なる)、まず「神道集」からと考えて、お伽草子と共に、本を見て廻っていましたが、野口英一さんから手紙を出して貰って、昭和二十二年頃、信州松本市外の片丘村に横山さんを訪ねました。
横山さんは、慶應出で、アラヽギ派の歌人で、島木赤彦の弟子でしたが、次第に折口さんに私淑するようになり、古代の論文などを書くなどして、折口さんを慶應に迎えた人ですが、やがて、その方法に疑問を持ち、神道集、室町時代物語、古浄瑠璃正本、説経節正本などを出版したことは、御存知と思いますが(これは折口さんの構想そのまゝです)、蔵書家でもありました。
私は、塩尻に親戚がありましたので、毎回、その家から山道を歩いて通い、本について勉強し、蔵書を拝見させて頂き、次第に信用されるようになりました。
そのうち、研究を仮名草子にきめ、横山さんの応援をうけて進めることゝなりました。
昭和三十年ヨーロッパ遊学(一年弱)から帰国して、間もなく横山、吉田両氏のすゝめで、文部省へ研究費を申請し、うまく貰うことが出来ました。
吉田さんとの関係は、古典文庫出版前に訪ねて、会員となりましたが、吉田さんの名は、それ以前に雑誌「書誌学」誌上で、かねてから存じあげておりました。次第に親しくなって行きました(年令の差は十二、三才と思います)。
文部省申請は、横山さんから、吉田さんに、直接指導してやるようにとのお言葉で、吉田さんは手続を用意して下さいました。
古典文庫には、次第に、私も著者となり、「西鶴研究」編集にも参加し、「未刊文芸資料」も出版させて頂き、吉田さんのお蔭で、上野図書館に奉職し(昭和二十四年)、三十二年には、吉田さんのすゝめで、御親戚の娘さんとの結婚(吉田夫妻が仲人)と、すっかり吉田さんのお世話になって、人生を出発した訳です。
古典文庫の次には、未刊国文資料にも仮名草子を入れて、次第に研究を進めて行きました。
図書館に入ってからは、全国的に調査旅行を開始して、主な機関は、ほとんど調査したと思っています。これは『国書総目録』刊行以前で、その時のノートが、私の研究の基礎を支えてきています。
『仮名草子集成』は、昭和五十五年開始ですが、大分前から、これは考えていたことです。」

 この時に頂いた原稿は、ここまでで、後半はいずれ書きましょう、ということであったが、ついに頂けなかった。しかし、これだけでも、朝倉先生と横山先生のこと、朝倉先生と吉田先生のこと、朝倉先生の仮名草子研究の原点を教えて頂けて、有り難い内容である。
 『仮名草子集成』は、朝倉先生の御指導を頂きながら、新体制を立ち上げた。若い研究者の御協力を得て、現在、第五十二巻まで発行することが出来た。朝倉先生の始められた企画が断絶する事無く、継続できたことは、本当によかったと思う。
 私個人の立場からすれば、定年後の自分の予定・計画は、完全に狂ってしまったが、仮名草子研究全体のことを思えば、小さいことだと考えている。
     【『渋谷近世 國學院大學近世文学会会報』第二一号、
       平成二七年三月三一日発行。】

 

3、『仮名草子研究叢書』

 3、『仮名草子研究叢書』

仮名草子研究叢書 菊池真一氏と共編。
 A5判、、二〇〇六年二月二六日、クレス出版発行、全八巻セッ
 ト定価八五〇〇〇円。

■第一巻 雑誌論文集成(一) 四二六頁
 目次
高野 斑山 徳川初世の名所記                     
三浦 周行 後光明天皇の御好学と朝山意林庵  
此花社同人 江戸出版の仮名草紙
水谷 不倒 仮名草子の挿絵と雛屋立圃
林若樹ほか 輪講 東海道名所記
島津 久基 御伽・仮名・舞の草子
山本 秀煌 切支丹文学の一班
石田 元季 初期の仮名草紙作者殊に如儡子に就きて
林若樹ほか 輪講 あづまものがたり
田中 喜作 師宣の初期絵入本に就て
新 村  出 伊曽保漫筆
新 村  出 影模蘭文古版絵入伊曽保物語の断簡
久保 天隨 翦燈新話に就いて
潁原 退蔵 近世文学選釈 一 恨の介
田中 浩造 伽婢子の翻案態度
潁原 退蔵 近世文学選釈 二 尤の双紙
北条 秀雄 浅井了意の生涯
森  銑 三 可笑記の著者如儡子は何人か
潁原 退蔵 近世文学選釈 三 東海道名所記
潁原 退蔵 仮名草子の発生に関する一考察
潁原 退蔵 近世文学選釈 四 可笑記
北条 秀雄 浅井了意の自筆願書
潁原 退蔵 近世文学選釈 五 元の木阿弥物語
城戸甚次郎 緑蔭比事
潁原 退蔵 近世文学選釈 六 たきつけ草・もえくひ・けしずみ 
天野佐一郎 石平道人の墓
木村 捨三 複製木版の工作過程に就て─特に岡田希雄さんに呈す
大越 長吉 仮名草子研究序説─主として、その擬物語を中心とせ
岡井 慎吾 石平道人鈴木正三が神として祀られて居る
佐藤 鶴吉 近世文学の註釈に就いて
潁原 退蔵 近世文芸の註釈的作業
野村 八良 尤の草子
                                    
■第二巻 雑誌論文集成(二) 四五四頁
 目次                      
宇佐美喜三八 伽婢子に於ける翻案について
重 友  毅 近世小説研究史略
頼 桃三郎 『難波鉦』の地位
朝田祥次郎 仁勢物語成立に就いての私見
安部 亮一 「可笑記」覚書
岡本新太郎 「醒睡笑」と裁判物
長沢規矩也 「怪談全書」の著者について
熊 谷  孝 仮名草紙小論
市古 貞次 艶書小説の考察
後藤 丹治 お伽草子と後代文学
杉浦正一郎 「犬枕」に就いて
斎藤 護一 江戸時代に於ける支那小説翻案の態度
潁原 退蔵 近世怪異小説の一源流
長沢規矩也 「怪談全書」著者続考
片岡 良一 仮名草子の輪郭
野田 寿雄 浮世物語の意義
暉峻 康隆 仮名草子の文芸性
鶴 見  誠 名所記概説─名所観に及んで─
波多郁太郎 醒睡笑の研究
岡田 希雄 東海道名所記について─製作年時および京童との関係
      など─
市古 貞次 「仮名草子」の意味
野田 寿雄 仮名草子の世界
市古 貞次 仮名草子の恋愛と死
中村 幸彦 安楽庵策伝とその周囲
麻生 磯次 近世小説
暉峻 康隆 近世小説様式論
朝倉 治彦 読後所見 策伝宛光広の書簡
水田 紀久 可笑記の著者について
松 田  修 日州漂泊野人の生涯
関山 和夫 御咄の衆の事
鵜 月  洋 近世における小説論 ─展望と評論─
松 田  修 変身
小 野  晋 近世初期評判記略年表
関山 和夫 木下長嘯子と安楽庵
寺 谷  隆 仮名草紙に於ける庶民教化の一断面
横 山  重 活字本、絵入本、色彩の本
市古 貞次 近世初期小説の一性格
中村 幸彦 仮名草子の説話性
 ★雑誌論文集成 解説 菊池真一
                                    
■第三巻 単行本記述集成(一) 六〇四頁 
 目次
水谷不倒・坪内逍遥 『近世 列伝躰小説史』上巻 
     第一章 徳川文学の起源
     第二章 仮名草子
坂本 健一 『近世俗文学史』
     第一 総 叙
     第二 前 期
藤岡作太郎 『近代小説史』
     総 論 江戸時代の風尚と時代の分割
     第一編 仮名草紙の時代
津田左右吉 『文学に現はれたる我が国民思想の研究』
     第二巻 武士文学の時代 第三篇 武士文学の後期      
     第三巻 平民文学の時代 上 第一篇 平民文学の隆盛
         時代
                                  
■第四巻 単行本記述集成(二)  六二四頁 
 目次
藤井 乙男 『江戸文学研究』
     江戸文学概観、江戸初期の三教一致物語、仮名草紙の作
     者、鈴木正三、禅僧と小説、藻屑物語と男色義理物語、
     支那小説の翻訳、松永貞徳の父祖について、むもれ木、
     歌舞妓草子
藤岡作太郎 『国文学史講話』江戸時代
藤 村  作 『上方文学と江戸文学』武士生活と町人生活
高須芳次郎 『日本近世文学十二講』
     第二講 文芸復興期前の文学
鈴木 敏也 『改訂 近世日本小説史 啓蒙から歓楽への文芸』
     序論 近世小説の背景、第一編 仮名草子の時代
水谷 不倒 仮名草子研究

■第五巻 単行本記述集成(三)   六一四頁
 目次
石 川  巖 元禄以前の花街文学
山 口  剛 『怪談名作集』解説                                     
石田 元季 『江戸時代文学考説』
山 口  剛 怪異小説研究
新 村  出 南蛮文学概観
笹川 種郎 『仮名草子集』解題
高野 辰之 『江戸文学史』部分
水谷 不倒 『新撰 列伝体小説史 前編』部分 
山 崎  麓 『日本小説書目年表』

■第六巻 単行本記述集成(四)  五二二頁
 目次
笹川 種郎 『近世文芸史』上方の小説                                      
藤井 乙男 『江戸文学叢説』浅井了意、お茶物語
鈴木 暢幸 『江戸時代小説史』
     第一編 江戸時代小説の特質
     第二編 各種小説の概観
     第三編 京阪中心期の小説
長沢規矩也 『江戸地誌解説稿』
潁原 退蔵 仮名草子
鈴木 行三 『戯曲小説 近世作家大観』第一巻
潁原 退蔵 『日本文学書目解説(五)上方・江戸時代』
山 口  剛 怪異小説研究
藤井 乙男 仮名草子の研究
宮川 曼魚 咄本の研究
次 田  潤 『国文学史新講』仮名草子
潁原 退蔵 仮名草子の三教一致的思想について
                                    
■第七巻 単行本記述集成(五) 四九六頁
 目次
近藤 忠義 『近世小説』
暉峻 康隆 『江戸文学辞典』
      凡例、江戸小説概観、仮名草子 
片岡 良一 『近世前期の文学』
暉峻 康隆 『文学の系譜』仮名草子の文芸性
潁原 退蔵 『江戸文芸』
                                    
■第八巻 単行本記述集成(六) 五一八頁
 目次
守随 憲治 仮名草子と生活文化
深沢 正憲 烏丸光広伝 附作品解説
井浦 芳信 古活字本「竹斎」の研究─仮名草子における流動性―
深沢 正憲 目覚し草(翻刻)解説
宮尾 重男 『近世笑話文学』天和年間~元和年間
暉峻 康隆 『日本の書翰体小説』
     第三章 書翰体小説の源流
     第四章 形式的完成
重 友  毅 『近世文学の位相』
     第一篇 近世文学の概観
     第三篇 方法論上の諸問題
麻生 磯次 『江戸文学と支那文学』総説
     前篇 第一章 怪異小説に於ける影響             
次 田  潤 『日本文学通史』仮名草子と浮世草子
藤井 乙男 『近世小説研究』
     一 江戸時代の小説概観
     二、元禄時代の京都小説家
     三、浅井了意
  ★単行本  解説 深沢秋男

 ■『仮名研究草子叢書』単行本 解説

一、 はじめに

 仮名草子の研究は近代から始まった、という暗黙の了解かあるように思われる。確かに『万葉集』や『古事記』や『源氏物語』等の如く、近世の人々は、同時代の著作の故か、仮名草子を確たるジャンルとも意識せず、これを分析したり、解明する対象とはしてこなかったようである。
 しかし、同時代においても、浅井了意の『可笑記評判』などは『可笑記』の出典を少なからず指摘しているし、近世後期の考証随筆類には、少なからず、考証の拠所に仮名草子作品を利用している。『瓦礫雑考』『還魂紙料』・『嬉遊笑覧』・『近世女風俗考』・『骨董集』・『書儈贅筆』・『用捨箱』・『擁書漫筆』・『柳亭記』・『柳亭筆記』・『歴世女装考』などは、その一例に過ぎないが、これらから研究上のヒントを得ることもある。このように考えると、近世の様々な著作も、仮名草子研究に寄与している点があり、これらは尊重されるべきものと思う。

  二、近代の仮名草子研究

 近代の仮名草子研究の全貌については、『仮名草子研究文献目録』(深沢・菊池共編、二〇〇四年一二月、和泉書院)によって知る事ができる。この目録では、仮名草子作品も全て収録しているが、現在、仮名草子作品の範囲が確定している訳ではない。この点に関しては、広義に解釈する説と、小説的な作品に限定するという狭義の説があり、今後検討しなければならない、大きな課題である。
 私が仮名草子研究を始めた、昭和三十年代は、一八〇点弱の作品が仮名草子として扱われていた。しかし、現在『仮名草子研究文献目録』の「第一部 仮名草子作品」に掲げられる作品は、ざっと数えても三八〇点に達する。これは、なにも数の多いのを誇っているのではない。明治以後の研究の結果がこのようになった訳である。
 仮名草子の対象を、狭義の説に従って処理した場合、近世初期の犬啓蒙期に、続々と書かれた著作の大部分が削除され、仮名草子作品の数が減少するだけでなく、結果的には、この時代の文化的潮流の全貌が把握できない事となる。
 近代の仮名草子研究の道を拓いた水谷不倒は、「仮名草子」を次の如く定義された。
  「仮名草子の名称
 寛文時代に行はれたる草子類は、学識ある人々が一般の知識を啓発せんとの目的にて、漢書、経文、さては古文等の案を翻し、または其の儘、仮名の読み易き文章に更めて紹介したるにあり。これを通例かな草子と呼べり。蓋しいかなる草子も、仮名文にて綴られざるはなきに、ひとり此の時代の草子のみに此の名目を附するはやゝ穏かならざるに似たれど、古文は仮名文なれども、ことば雅にして一般に読ましむる目的にあらず。又元禄以降は、草子類も段々六ヶ敷真字を交ふることとなり、其れに傍訓を施して、婦女子にも読み易からしめたれども、寛文ごろの草子は、日常用ふる最も容易き文字の外は、成べく真字を避けて仮名を使用し、其の目的全く文学の普及にあれば、特に此の時代の草子をかくは名づけしなり。」
                  (『近世 列伝鉢小説史』)
 水谷は、この定義のもとに、以下、如儡子の『可笑記』『百八町記』、鈴木正三の『盲安杖』『麓草分』『因果物語』『破吉利支丹』『二人比丘尼』『念仏草紙』『万民徳用』、山岡元隣の『誰が身の上』『小卮』、浅井了意の『孝行物語』『堪忍記』『本朝女鑑」『大和ニ十四孝』『新語園』『可笑記評判』『浮世物語』などを取り上げて論じておられる。
 仮名草子の研究は、以後、この水谷の定義に従って、明治・大正・昭和・平成と続けられてきたが、この「仮名草子」は、文学のジャンルから見るならば、複合ジャンルの如き性質を持っている。そこから、様々な分類がなされたり、この定義への批判も出されてきている。
 仮名草子の範囲を考える場合、様々な条件が浮かびヒがる。御伽草子(上限)や浮世草子(下限)との関係、遊女評判記・役者評判記との関係、軍書・軍学書との関係、名所記・地誌・紀行との関係、教訓書・女性教訓書との関係、仮名仏書・仮名儒書との関係、古典等の注評釈書との関係、翻訳物・翻案物との関係等々が、一応考えられる。また、実利・実用的な要素と文芸的要素の関連も、啓蒙期の文芸を取り扱う場合には特に留意しなければならないと思う。
 しかし、現時点で、仮名草子を分解するという説は、時期尚早であると考える。前述の如く、近世初期は、長い戦乱の後に訪れた、大啓蒙期にあり、百科全書家が時代をリードし、新しい文化の生成に努めた時期であったのである。文化は混沌とし、未分化であった。この時代思潮は慎重に扱う必要がある。
 また、仮名草子と目される、各作品の研究も十分行われているとは思われない。いずれかと言えば、代表的な作品に集中している傾向がある。現在では、なお、水谷不倒が「仮名草子」と命名した路線に従って、全作品の調査・分析を行い、全体像を明らかにする事が重要であると思う。その後に分解しても、決して遅くはない。当分の間は、仮名草子を広義に解釈して研究を進めたいと思うのは、このような、現在の研究段階を考慮してのことである。
 明治以降の仮名草子研究を概観してみると、必ずしも活発であったとは言えない。明治三十九年から昭和三十年頃の約五十年間に発表された論文はおよそ一五〇点、単純計算しても年間三点の論文しか書かれていない。
 ところが、昭和三十一年から四十年の十年間には一八二点の論文が発表されている。これには、昭和三十五年・三十七年刊の、野田寿雄校注の日本古典全書(朝日新聞社)『仮名草子集(上・ド)』二冊が大きく影響しているものと思われる。昭和三十七年に卒論を提出し、最初の論文を三十九年に発表している私は、まさにこの時期にあった。今、振り返ってみても、この野田の仮名草子作品への最初の校注は、我々若い研究者にとって、大きな励みとなった。
 近代に入り、仮名草子研究の道を拓かれたのは、『近世 列伝躰小説史』(明治30年)、『仮名草子』(大正8年)、『新撰列伝体小説史 前編』(昭和4年)などの労作を残された水谷不倒であり、戦後の低調な研究を軌道に乗せられたのは、昭和二十二年「仮名草子の世界」(『国語と国文学』7月)を発表し、仮名草子作品に初めて校注を施された野田寿雄であったと言ってよいだろう。
 仮名草子作品の本文研究では、昭和四十七年から刊行開始した『近世文学資料類従』が画期的なものであった。これは、前田金五郎・横山重の企画で勉誠社から出されたが、仮名草子編全三十九冊、古板地誌編全二十一冊、その後刊行された遊女評判記集をも含めると、実に八十余作品を収録している。この出版が、以後の仮名草子研究に与えた恩恵は大きなものであった。
 次に注目されるのは、朝倉治彦の『仮名草子集成』(東京堂出版)であろう。昭和五十五年に第一巻を刊行し、平成十七年までに三十八巻を出版している。仮名草子作品を網羅的に翻刻して収録するという、遠大な計画のもとにスタートして、ほぼ五十音順に刊行している。三十八巻には『女訓抄』が収録されたが、この出版計画の完結が望まれる。
 仮名草子の本文の研究に限ってみると、右の二つの叢書が注目されるが、その他にも、翻刻・校注・現代語訳など、諸先学の地道な研鑽が続けられてきた。これらに関しては、仮名草子全体の課題や研究の状況と共に、かつて、少し詳細に述べた事がある。「仮名草子研究の現状」(『文学研究』59号、昭和56年9月)、「仮名草子の範囲と分類」(早稲田大学蔵資料影印叢書『仮名草子集』月報43平成6年9月)、「仮名草子」(『日本古典籍書誌学辞典』一九九九年3月)等を参照して頂けるなら幸いである。

  三、採録の単行本

 既に述べたように、明治以降の仮名草子の研究は、必ずしも活発ではなかった。殊に、仮名草子研究として単行本で出版される事は稀であり、多くは、日本文学史、近世文学史の中の一部分として言及・論及される事が多い。また、この度の叢書に採録するにあたっても、様々な問題があり、何回か改めて、この書目が決定した。その点、編者としては不本意な点も無い訳ではないが、結果的にこれだけの、先学の労作を収録できた事に、一応満足している。
 『単行本記述集成(一)』には、明治三十年五月発行の水谷不倒の『近世 列伝躰小説史』をまず収録した。奥付の著者には、坪内逍遥も列記されているが、水谷の執筆したものを坪内に校閲してもらったものである。水谷には、『東京専門学校 文学科第一回二年級 講義録 参考科目』があり、その中の「徳川小説史要」は「凡例/序論/第一期 万治寛文/仮名草子/其一 教訓体/其二 仏教趣味の諸作/其三 心学もの/其四 翻訳」等の内容を収めている。これをもとにして執筆公刊したのが『近世 列伝躰小説史』で
あろうと思われる。文字通り、本書が仮名草子研究の出発点になったと言ってよいだろう。
 明治三十九年に、朝倉無声の『新修日本小説年表』があるが、昭和四年に、これを底本にして、山崎麓が編纂したのが『日本小説書目年表』である。さらに、昭和五十二年には、書誌研究会が、頭注の形式で増補修正を加えた『改訂日本小説書目年表』を刊行した。現在では、この年表が最も信頼できるものと思われるので、これを『単行本記述集成(三)』に収録する事にした。
 津田左右吉の『文学に現はれたる我が国民思想の研究』は仮名草子の研究書ではないが、この時期の文学を広く読み、その時代思潮を的確に述べているという点で、実に有益な著書と思われるので収録する事にした。その意味では、和辻哲郎の「日本倫理思想史」なども参照すべきであると思われる。どの時代も同じであるが、特に仮名草子のこの近世初期は、単に文学そのものだけでなく、歴史・思想・出版関係の著作も参照して、合わせ研究してゆく必要がある。そのような意味で、易しい文章でありながら、豊かな内容を持つ
津田の著作を収録した。
 『単行本記述集成』の各巻についての、個別的な説明は必要ないと思われるが、編者としては、最初、水谷不倒と野田寿雄に関しては、別に一括して、水谷では、『近世 列伝躰小説史』『仮名草子』、『新撰列伝体小説史 前編』を収録し、野田では、『近世小説史論考』『近世文学の背景』『近世初期小説論』、『日本近世小説史 仮名草子篇』を収録したいと希望していた。また、北条秀雄の『浅井了意』も収録したい名著であった。この著書については、その後、昭和四十七年に改訂版が出ている。これらの原案に関しては、様々な条件が関連して、今回は収録する事が出来なかった。さらに、ごく一部であるが、著作権の関係で採録出来ないものもあった。以上の点に関しては、別の機会があれば考慮したいと思う。

 『仮名草子研究叢書』を編纂するにあたって、著作権所有者をはじめ、多くの方々の御理解と御高配を賜った。ここに記して深甚の謝意を表します。
 この叢書編纂の話は、一昨年の暮に朝倉治彦氏から依頼された。私も前々から考えていた事であったので、喜んでお引き受けした。ただ、文献を改めて調査したり、選択する作業は、意外に労力の必要な仕事であるため、『仮名草子研究文献目録』の共編者、菊池真一氏に御協力をお願いした。雑誌関係は菊池氏、単行本関係は深沢と、一応分担したが、多くは菊池氏の御高配に負う結果となった。このような機会を与えて下さった朝倉氏の御厚情と共に、菊池氏の御協力に対して、心から御礼申上げます。                                      
              (元昭和女子大学教授 深沢秋男) 

 ■『仮名草子研究叢書』刊行に際しての、宣伝用パンフレット
                       深沢秋男執筆

 近世初期の約八十年間に書かれ、多くは出版された散文文芸の総称が仮名草子である。「仮名草子」の命名者は水谷不倒(弓彦)である。水谷は、東京専門学校(早稲田大学の前身)での講義録を著し、続いて、『近世 列伝躰小説史』を出版、さらに『新撰 列伝体小説史 前編』を出して、この中で仮名草子について論じた。近代的な研究も水谷不倒によって拓かれた、と言ってもよいだろう。
 もちろん、水谷不倒のみが、仮名草子の研究を進めてきた訳ではない。昭和二十年代以前に限ってみても、朝倉治彦・麻生磯次・石田元季・市古貞次・井浦芳信・潁原退蔵・片岡良一・近藤忠義・重友毅・新村出・鈴木行三・鈴木敏也・鈴木暢幸・関山和夫・高野辰之・暉峻康隆・長澤規矩也・中村幸彦・野田寿雄・深沢正憲・藤井乙男・藤岡作太郎・藤村作・北条秀雄・松田修・山口剛・山崎麓等々、多くの先学の努力が積み重ねられてきた。その研究論文・研究書と作品名の全貌は、『仮名草子研究文献目録』(深沢・菊池編、二〇〇四年、和泉書院)によって知る事ができる。
 仮名草子作品の数も、昭和三十年頃までは二百点足らずであったが、その後の研究によって、現在は三百点以上になっている。このようにみる時、仮名草子研究は活発に行われてきたように思われるが、明治以後昭和二十年、つまり、近代的な研究が始まってから、第二次世界大戦終結までの約四十年間に書かれた論文は一二〇点余に過ぎない。年間平均三論文という状況であった。
 戦後の研究は、昭和二十二年の野田寿雄の「仮名草子の世界」(『国語と国文学』7月)から始まるが、二十二年から三十五年までの十四年間に七十四論文という低迷が続いた。ところが、三十五年から七年にかけて、野田寿雄の日本古典全書『仮名草子集(上下)』が刊行されて、研究は活発化してきた。
 『仮名草子研究叢書』は、雑誌論文は、昭和二十九年以前のものを全二巻に収録し、単行本は昭和二十年以前のものを全六巻に収録したものである。
 近年の仮名草子研究は、細分化され、緻密な論文が多い。しかし、明治以降の先学の遺された研究が全く通用しなくなった訳ではない。むしろ、このように細分化され、微視的な傾向にある現在にこそ、明治以来の研究を振り返り、巨視的な観点から、仮名草子を見直し、先人の研究を吸収して、新たな研究の出発点にすべきではないかと考える。本叢書を刊行する所以である。

●平成一六年一二月、朝倉治彦先生から、この叢書の編纂を依頼され、私もかねがね、必要な事だと考えていたのでお引き受けした。ただ、実際に作業に入ってみると、かなりの労力を要する事がわかった。そこで、菊池真一氏の協力を頂く事にして実現したものである。収録内容に関しては、様々な制約があり、希望通りにゆかなかった部分も少なくない。それらの諸点については、今後の若い研究者に任せる事にして、一応出版することにした。
●この叢書に収録した先学の論文や単行本に、改めて目を通すと、私達は偉大な研究者の学恩を頂いて、ここまできたが、果たして、どこまで吸収消化できたのであろうかと、感謝と共に反省の念が強い。私個人としては、近藤忠義・重友毅・長澤規矩也・小田切秀雄の諸先生には法政大学で教えて頂いた。横山重・野田寿雄・朝倉治彦の諸先生には、仮名草子に関して多大の御指導を賜った。中村幸彦先生には九州大学で、野間光辰先生には京都大学で、井浦芳信先生には昭和女子大学で、諸本調査などの折に、それぞれお導きを頂いた。若い頃には暉峻康隆先生にも教えて頂いた。水谷不倒・山口剛・北条秀雄・麻生磯次・石田元季・市古貞次・潁原退蔵・片岡良一・新村出・鈴木行三・鈴木敏也・鈴木暢幸・関山和夫・高野辰之・深沢正憲・藤井乙男・藤岡作太郎・藤村作・山崎麓等々、論文や著書を通して多くを学ばせて頂いた。この叢書を編纂することで、仮名草子研究を振り返る事ができて感謝している。
     
                                    

2、仮名草子研究の現状(昭和五十九年)

2、仮名草子研究の現状(昭和五十九年)

 現在、仮名草子の研究は実に活発であり、私か仮名草子作品を読
み始めた頃を思うと、実に感慨深いものがある。
 仮名草子の文献目録は、それまでもいくつかあったが、昭和三十
八年、水田紀久氏が作られた「仮名草子文献目録」(日本古典鑑賞
講座『御伽草子・仮名草子』)は、最も充実した最初のものであっ
た。その後、四十八年に私は小川武彦氏と協力して「仮名草子研究文献目録」
(『近世初期文芸』第3号)をまとめたが、さらに水田氏は五十一年「参考文献・
仮名草子」(鑑賞日本古典文学「御伽草子・仮名草子」)を作成された。
 この水田氏の「参考文献」と国文学研究資料館の『国文学年鑑』
 (昭和51年~56年)を合わせて、仮名草子研究の歴史を通覧してみると、
明治三十八年から昭和十九年まで、つまり近代的な研究が始まってから
第二次世界大戦終結までの四〇年間に書かれた論文は一二〇論文に過ぎない。
年間平均三論文というさびしさである。
 戦後の研究は、昭和二十二年の野田寿雄氏の「仮名草子の世界」
(『国語と国文学』7月)から始まるが、二十二年から三十五年までの一四年間に
七四論文、年間平均五・三論文という低迷か続く。しかし、その次の年の三十六年には、
実に二六論文が発表され、以後五十六年までの二一年間に五五二論文、年間平均二六・三論文
と活発な研究が続けられ現在に至っている。
 三十五年から三十六年にかけて何があったのか。朝日新聞社の日
本古典全書は、戦後間もなく刊行開始されたが、この中に『仮名草
子集(上・下)』が入れられた。この野田寿雄氏校註の上巻が刊行
されたのが、三十五年三月三十日である。岩波書店の日本古典文学
大系は全六六冊として三十二年から刊行され始めていたが、仮名草子作品は
収録されなかった。朝日の日本古典全書に仮名草子が収録され、しかも二冊で
野田氏によって最初の注が付されたという事は、当時、仮名草子を学ぼうとしていた
我々にとって大きな励ましとなった。因みに、その後、岩波の日本古典文学大系は
第二期として三三冊を追加発表し、その中に「仮名草子集」(40年5月)一冊が加えられ、
前田金五郎・森田武両氏によって七作品に注が付された。さらに、小学館の日本古典文学全集・
全五一巻には『仮名草子集・浮世草子集』(46年12月)一冊が収録され、神保五弥・青山忠一・
岸得蔵・谷脇理史の諸氏により、注と共に現代語訳が加えられている。 
 近代に入り、仮名草子研究の道を拓かれたのは、「近世列伝体小説史」(明治30年)、
「仮名草子」(大正8年)などを残された水谷不倒氏であり、戦後の低調な研究を軌道に
乗せられたのは野田寿雄氏であると言ってよい。もちろん、この間、朝倉無声氏、藤岡作太郎氏、
潁原退蔵氏、藤井乙男氏、暉峻康隆氏。市古貞次氏、北条秀雄氏、野間光辰氏等の秀れた研究があったし、
戦後も三十六年頃までに、松田修氏、岸得蔵氏、関山和夫氏等をはじめ諸氏の論文はあったが、
その量において、また、対象の広さにおいて、野田氏の右に出るものはない。
 野田氏は昭和三十九年、仮名草子研究の状況を次の如く記しておられる。
 「仮名草子の作品は多いのにかかわらず、翻刻されているものは
 少ない。……(中略)……現在の段階では、やはりこういう文献
 学的研究が第一である。しかし、一つの作品からなにか問題を発
 見することも決して無意味ではない。まだまだ未開拓の仮名草子
 であるから、どんな問題でもむだということはないからである。」 
 (注1)
 この野田氏の提言に従ったかの如く、その後、本文整備は急速に
進んだ。水田紀久氏の、昭和三十八年の「文献目録」での複製・翻
刻書目は、九五作品に過ぎなかったが、五十一年の「参考文献」で
は、一九六作品に及んでいる。この内、複製のみのもの三四作品、
複製・翻刻ともに出版されているもの六一作品である。複製本は、
近世文芸叢刊・天理図書館善本叢書・岩崎文庫貴重本叢刊・大東急
記念文庫善本叢刊等に収録刊行されたが、これらの複製本シリーズの中で
最も注目すべき叢書は、近世文学資料類従・仮名草子編・古板地誌編(勉誠社)
である。その後刊行された遊女評判記集をも含めると実に八〇余作品を収録している。
この叢書は。前田金五郎・横山重両氏の企画になるもので、横山重氏が生涯をかけて
収集された赤木文庫蔵本を中心に、極力善本を求めて底本に使用している。本叢書の
資料的価値は、その収録作品数と共に高く評価されてよい。
 このようにみてくると、仮名草子の本文もかなり整備されてきて
いると言い得るが、市古夏生氏も指摘される如く(注2)、戦前の翻刻本は校訂の基準も
厳密さを欠き、誤植脱文も多いので、まだまだ満足すべき状態ではない。
 昭和五十四年五月、朝倉治彦氏は坂巻甲太氏と協力して『仮名草
子集成』(東京堂出版)の第一巻を出された。長年の諸本調査の実
績から、最善本を底本に選び、厳密な校訂を加えて、仮名草子の全
作品を収録しようというこの計画は、横山重・松本隆信両氏の労作
『室町時代物語大成』に接続するものであり、現在、第四巻まで刊
行され、二四作品とその異版が収録されているが。この大事業が順調に進行し、
完結する事を切に期待したい。
 このように本文の翻刻・複製が活発に行われた結果、作品の諸本
調査など書誌学的な研究にも多くの成果をもたらした。二十年前の
野田氏の提言に若い研究者が応えたものと言ってよいだろう。さら
に、それらの諸本調査に準拠した、各作品の本文批評が行われるな
らば、作品研究の基礎的な作業はほぼ整うことになる。
 これらの本文整備と共に、内容面の研究も進められてきた。単行
本として出版された研究書をみると、野田寿雄氏『近世小説史論考』
(36年)、『近世文学の背景』(39年)、『近世初期小説論』(53年)。
関山和夫氏『安楽庵策伝―咄の系譜』(36年)、『説教と話芸』(47年)、
『説教の歴史』(53年)。松田修氏『日本近世文学の成立―異端の系譜―』(38年)。
青山忠一氏『近世前期文学の研究』(41年)、『仮名草子女訓文芸の研究』(57年)。
北条秀雄氏『改訂増補浅井了意』(47年)、『新修浅井了意』(49年)。鈴木棠三氏
『安楽庵策伝ノート』(48年)。岸得蔵氏『仮名草子と西鶴』(49年)。田中伸氏
『仮名草子の研究』(59年)。坂巻甲太氏『仮名草子新政』(53年)。太刀川清氏
『近世怪異小説研究』(54年)。水田潤氏『仮名草子の世界―未分化の系譜―』(56年)。
等がある              
 約二十年間の研究の集積として、このように多くの実りを収める
ことが出来た。この間、仮名草子の研究者も増加し、現在ではおそ
らく二百名近いものと思われる。右に列挙した諸氏を別にして、雑
誌・紀要などをみてみると。
 野間光辰氏、暉峻康隆氏。中村幸彦氏、前田金五郎氏などの諸論
文は、それぞれの研究方法を以て論じられており、我々は、先学の
一つ一つの論文から内容面と共に。研究の方法をも学びとることが
できる。冨士昭雄氏、岡雅彦氏、鈴木亨氏、渡辺守邦氏、小川武彦
氏などは。この間に最も活発に研究を進められており。諸作品の諸
本調査・翻刻から、その典拠の解明。仮名草子の特質など、幅広い論文を
発表しておられる。岡本隆雄氏、三浦邦夫氏、阿部一彦氏、田中宏氏、
花田富二夫氏、宗政五十緒氏なども着実に研究を続けられ、仮名草子の文学性、
御伽草子・浮世草子との関連など、意欲的な論文が多い。さらに、市古夏生氏、
小野晋氏、黒部通善氏、佐々木孝二氏、長尾高明氏、原田福次氏、松原秀江氏、
森山茂氏、若木太一氏などの論文、その他の多くの研究者の活動が今日の仮名草子研究の
隆盛を導いたものと言うことができる。また、朝倉治彦氏、江本裕氏、谷脇理史氏、
堤精二氏、長谷川強氏、檜谷昭彦氏、水江漣子氏などの広い視野からの立論は、すでに、
研究書としてまとめられている諸氏の諸論と共に、今後の仮名草子研究の方向を示している。
 最も新しい仮名草子研究の展望は『研究資料日本古典文学・第四
巻・近世小説』(昭和58年10月)によって知ることができる。本書には、仮名草子・
書簡体小説・名所記・評判記・笑話本・安楽庵策伝・如儡子・鈴木正三・浅井了意・
山岡元隣・雲歩と恵中・犬枕・
伊曾保物語・三河物語・竹斎・うらみのすけ・薄雪物語・清水物語・仁勢物語・武者物語・
おあん物語・鹿の巻筆等の項目が収録され、島原泰雄・岡雅彦・矢野公和・市古夏生・
菊池真一・堤邦彦・大高洋司・武藤元昭・小西淑子の諸氏によって、現在までの研究が整理され、
それぞれの意義・評価などが指摘されている。
                                                     
 このように、十年前、二十年前を思うと、研究者人口も増え、論文の数も急激に多く
なってはいるが、研究の達成度からみるなら、まだ他の分野に比較して立ち後れている。
作品論も概論から各論に移行しつつあるが、それも、一部の名の通った作品に片寄っている。
個々の作品に最底四つ五つの論文が必要である。それも出来得るならば、異なる研究者の
論文があって欲しい。仮名草子作品の総数もまだ決定的なものは出されていないが、
ほぼ二〇〇前後として、この内、その作品論を持っている作品は、一五〇前後、しかもその中の
一〇〇前後の作品は一~二の論文しかない。まだまだ未開拓の分野であることに変わりはない。
 作者に関する調査・研究も、野間光辰氏が浅井了意及び如儡子に
ついて画期的な成果を示されたのは近年のことである。仮名草子の
作者として、浅井了意・朝山意林庵・安楽庵策伝・池田正式・井上
小左衛門・茨木春朔・江島為信・太田牛一・小瀬愚侍・烏丸光広・
北村季吟・木下長嘯子・小亀益英・斎藤親盛(如儡子)・斎藤徳元・
清水春流・鈴木正三・曽我休自・辻原元甫・富山道冶・中川喜雲・
野々口立圃・秦宗巴・林羅山・藤本箕山・三浦為春・山岡元隣など
の人々が知られているが、これだけの数の作品を遺しているのであ
るから、作者はもっともっと居たはずである。貞門俳人との関連も
考慮しながら、基礎的な調査を着実に進めるなら、きっと新事実を
発見できるものと思う。
 「仮名草子」という学術用語としての吟味も重要であろうし、分
類の問題も、御伽草子から浮世草子への文学史の流れの中で、全体
的に考察する事も重要である。しかし、現在、最も重要なことは、
依然として、そのような大きな流れを視野に入れっつ、一つ一つの
作品の基礎的な調査を行うことであり、その作品自体の文学的価値
の分析と評価を行うことであろう。一つの作品を一行二行で片付け
てしまうことなく、何故価値が無いかを分析評価することも、手順
としては必要であると思う。
 このようにみてくると、仮名草子研究は、諸先学によって着実に
研究が重ねられ、進められてきてはいるが、まだまだ今後の研究に
侯つところが多いと言わなければならない。それぞれの作品が十分
に分析され、評価が定まってから、「仮名草子」の意味を考え、除
くべきものは除いても決して遅くはない。むしろ、十分検討を経ず
に、むやみに整理する事は、却って研究の意欲を削ぐことになり、
マイナスですらある。この近世初期の大啓蒙期に続々と生産された
種々雑多な作品群を、「仮名草子」の名の下に、力を合わせて研究
してゆくことの方が実りは大きいと思われる。
 仮名草子研究文献目録は、五十一年の水田紀久氏の「参考文献・
仮名草子」以後作られていない。『国文学年鑑』のその項を参照す
れば、一応目的は達する事はできるが、「仮名草子」専用の詳細な
目録が、そろそろ作られてよいのではないかと思う。さらに、今痛
感することは、これは仮名草子に限った事ではないが、最近、外国
人による日本文学の研究が活発になってきているという事である。
この方面の確実なデータはまだ整っていないとのことであるが(注3)、
外国人による日本文学研究の文献目録なども作り、その研究成果を吸収
してゆく必要があると思われる。
 (注1)『国文学』昭和39年6月臨時増刊号、「仮名草子」の項。
 (注2)『日本古典文学必携』「仮名草子」の項。(別冊国文学・
     特大号、昭和54年11月)
 (注3)福田秀一氏談。(『文学』昭和57年12月号)
            【『文学研究』第59号、昭和59年6月】

1、『仮名草子研究文献目録』

 1、『仮名草子研究文献目録』

■『仮名草子研究文献目録』  菊池真一氏と共編
  A5判、三〇〇頁、二〇〇四年一二月一五日、和泉書院発行、
  定価三八〇〇円。
 目 次
 第一部 仮名草子作品
 第二部 仮名草子関係研究書(目次併載)
 第三部 仮名草子関係論文等(雑誌・紀要・その他)
  人名索引
  書名索引

■「仮名草子研究文献目録」(近世初期文芸研究会HP、菊池真一
  氏と共編)
 ◎仮名草子作品(五十音順)
  五十音順に配列し、複製は〔複〕で、謄写版は〔謄〕で示す。
  翻刻・複製・謄写版のない作品は『国書総目録』(岩波書店)
  に拠って、その所在の主なものを示す。
 ◎研究文献(単行本・年度別)
  単行本(研究書・辞典・その他)は発行年月日の順に配列。
  研究文献(雑誌論文等・年度別)
  雑誌・紀要等掲載の論文は発行年月順に配列し、同じ月の中で
  は標題の五十音順に従う。
  単行本所収論文(雑誌等に未発表のもの)も同様に扱う。

■「仮名草子研究文献目録」について
〔1〕明治二六年(一八九三)~平成一四年(二〇〇二)
 『仮名草子研究文献目録』(深沢秋男・菊池真一 編、二〇〇四
  年一二月一五日、和泉書院発行)
〔2〕平成一五年(二〇〇三)~平成一七年(二〇〇五)
 「近世初期文芸研究会」HPの「仮名草子研究文献目録」
〔3〕平成一八年(二〇〇六)~
 国文学研究資料館「国文学論文目録データベース」
 「近世初期文芸研究会」HPの「仮名草子研究文献目録」

■「近世初期文芸研究会」のHP掲載の「仮名草子研究文献目録」は、データを入手できたものから随時追加更新して、最終的には、国文学研究資料館編集の『国文学年鑑』で補ってきました。
 『国文学年鑑 平成一七年(二〇〇五)』は、平成一九年(二〇〇七)に発行されましたが、以後は、編集・発行が休止されました。従って、平成一八年以後の「近世初期文芸研究会」のHPの目録は極めて不十分なものとならざるを得ません。
 以上の事情から、今後は、国文学研究資料館の「国文学論文目録データベース」を中心に検索利用して頂きたいと思います。
■「雑誌記事索引集成データベース」の活用について
『仮名草子研究文献目録』(深沢秋男・菊池真一)は、明治以後のものも極力収録しているが、株式会社皓星社が作成した「雑誌記事索引集成データベース」を併用すれば、仮名草子研究文献で見逃したものも補える。
……………………………………
■明治初期から現在まで
国立国会図書館(NDL)の「雑誌記事索引」は、昭和二三年以降現在までを収録する邦文雑誌記事のデータベースです。ところが、この「雑誌記事索引」は、それ以前の記事は検索できません。
皓星社では、それを補うため過去における雑誌記事索引類を集大成して『明治・大正・昭和前期 雑誌記事索引集成』(一二〇巻)を刊行。雑誌記事索引集成DBは、この『明治・大正・昭和前期 雑誌記事索引集成』を基に作成されました。
丸善株式会社epro-j@maruzen.co.jp
株式会社皓星社http://www.libro-koseisha.co.jp/
……………………………………………

           平成二三年(二〇一一)一一月一〇日
                     近世初期文芸研究会
 

●私は学部の卒論の時、仮名草子関係の先行研究の文献調査に、かなりの時間を消費し、これは非生産的だと痛感した。そこで、仮名草子研究文献目録の作成を思い立った。最初のものは『近世初期文芸』第三号(昭和四八年)に出した。この時は、小川武彦氏に協力してもらった。以後、同誌の第四号、第六号で増補し、その後、菊池真一氏編の『恨の介・薄雪物語』(一九九四年四月三〇日、和泉書院発行)に掲載して頂いた。それと前後して、菊池氏の協力を得て、ホームページ「近世初期文芸研究会」の中に「仮名草子研究文献目録」の項を設けて、逐次追加してきた。明治初年から平成一四年(二〇〇二年)の文献を収録したものである。