酷暑の中での奮闘 ?

酷暑の中での奮闘 ?
2018.08.30 Thursday

●今年の夏は暑かった。日中は外出せず、夕方から散歩に出た。妻と2人で、自然の風に感謝して歩く。なんとも生産性のない日々である。そんな中で、なんと多くの方々の御配慮を賜ったことか。
●4月には、北村薫氏の『小萩のかんざし』が出て、横山重先生の事をあたたかく描写して下さった。8月には、なんと、郷里身延の広報誌に、池田茂光氏が、思いがけない紹介をして下さった。
●年末に出る予定の『近世初期文芸』第35号に投稿する3点、この酷暑の中で脱稿した。
① 如儡子の祖父、斎藤光盛の出自
② 新出写本『可笑記』の紹介
③ 仮名草子の書誌的研究
●①では、越後阿賀町の斎藤家総本家の、6メートル40センチという、長大な系図が決定的な証拠となった。昭和37年1月に法政大学に提出した卒論の推測に結び付いたのである。こんな劇的なことも、長年研究しているとある、ということであろう。
●とにかく、年老いた私は、多くの方々の御配慮、御協力に感謝して、これらの原稿を、今日、印刷所に送った。8月も終わり、9月に入る。

〔みさそひ 御誘〕

〔みさそひ 御誘〕

●今日、菊池眞一先生から、氏家幹人氏『旗本御家人』(2011年10月21日、洋泉社発行)の中に、『井関隆子日記』が引用されていることを教えて頂いた。氏家氏の記述は、次の通りである。【振り仮名、省略】
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 『醇堂叢稿』の記述の中で、鯛の味噌漬の話にもまして眼から鱗だったのは、「おさそい」や「御宅」という言葉が、幕府の役人の間では、特別の意味を持っていたという指摘である。
 「おさそい」が「ぜひお誘いください」の「おさそい」なら、驚くまでもないが、醇堂が旧幕時代の役人言葉として挙げたそれはまったく違う。醇堂によれば、「おさそい」とは「不首尾にて免せらるゝ也。何も子細あらされども、病気と称してこれを辞退する事なり」。要するに職務上の過失等を犯した幕府の役人が、罷免されたり病気と称して辞任することを意味していたというのである。
 本当にそうなのか。『広辞苑』『日本国語大辞典』『江戸時代語辞典』などめぼしい辞書で調べたが、そのような意味の「おさそい」は見つがらなかった。「面白いけど裏がとれないな」と残念に思っていたところ、旗本井関家の未亡人隆子の日記(『井関隆子日記』)の天保十五年(一八四四)九月六日の条に、醇堂の記述を裏付ける記事を発見した。
 それは、天保改革の際に庶民を苦しめた酷吏として悪評が高い鳥居甲斐守忠耀(通称耀蔵)の失脚についての記事で、隆子は「鳥井(氏家註・鳥居)甲斐守は町ノ司にて時めきつるを、此度御誘とかいひて、病にこと付、司をはなたれたり」と書いていた。
 鳥居は、実は失脚なのに病気を理由に町奉行(「町ノ司」)を罷免された。このような罷免は「御誘」と呼ばれていると、隆子は明記しているのである。彼女は「御誘」に「みさそい」の読み仮名を添えているが、これが醇堂か言う「おさそい」であることは間違いない。
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 『井関隆子日記』天保15年9月6日には、次の如く書かれている。
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「・・・鳥井甲斐守ハ町のノ司にて時めきつるを、こたび、みさそひとかいひて、病にこと付、つかさはなたれたり。・・・」
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これを、私は、校訂の時、「みさそひとかいひて」を「御誘〔振り仮名=みさそひ〕とかいひて」としたのである。氏家氏は、「彼女は「御誘」に「みさそい」の読み仮名を添えているが、」としておられるが、正確には、隆子は「みさそひ」としているが、校訂者は、これに「御誘」の漢字を当て、「みさそひ」を振り仮名にしている、ということである。